聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十一話   暗躍

「遅い」

 

 濃いブラウン、センター分けの髪、緑色の瞳、口髭の男が夜空を見上げて呟いた。

 黒いハットをかぶり直した西斗月拳の頂点がキセルを口にして煙を吐く。

 

「ここで落ち合うつもりだったが……来ぬか。いや、来れぬかギドゥオーン」

 

 夕闇が落ちていくなか、岩に座っていた彼が立ち上がる。 

 

「やくざ者と組んでの遊戯が過ぎたな。所詮は次点の伝承者、北斗の分派にでも手こずっているのだろう」

 

 冷たく言い放ったヤサカが首飾りの勾玉を握りしめながら、巨岩から静かに降り立つ。

 進みゆく男の背後には、いずこかの勢力の一隊が全滅の屍を野にさらしていた。

 ヤサカの名と西斗月拳を知るものは一部を除き、この大陸ではほとんどいない。

 ゆえに無謀な輩が彼に手を出したのだが、別動隊がほぼ全滅と聞いたようで、本軍らしき軍勢がやがてヤサカの元にあらわれた。

 機動部隊が薄暗い荒野の中で標的と対峙する。

 

「行く先々で中小の軍閥を潰しているのはお前か」

 

 そう問いかけた人物はヤサカと似たような髪形ながら白髪だった。この国に生まれるも、渡海して郡将まで上り詰めた拳士の名はサンガ。

 額に傷があり、口と顎に豊かな髭を蓄えている壮年の男だ。

 

「だったら」

 

 ヤサカの不敵な笑みに対し、情報通のサンガがジープから立ち上がって言った。

 

「北斗滅ぶべし。お前の拳から逃れた者どもからそう聞いている」

「……二千年前、われらが秘術を盗んだきゃつらの呪われた血を……月氏の神は許さぬ」

「それが拳是」

「そなた、何者だ? 今までの雑魚どもとは少し違うようだ」

「北斗神拳には恨みがないわけではない。南斗聖拳にもな」

 

 表裏一体の拳法、それらによって修羅の国は権変を迎えていた。

 郡将だったサンガからすれば、ラオウやケンシロウ、シンやユダなどは疫病神そのものだった。

 彼らのせいで修羅を率いてこの国に凱旋するという、年来の目論見を叩き潰されからだ。

 

「わしならお前の獲物の情報をいくつか持っている。手を組まぬか」

「……」

 

 音もなくヤサカが飛んだ。

 着地点はこのジープだということをサンガのみが悟った。

 轟音がした。一瞬にして車両は砕かれた。西斗月拳の掌底で金属の塊がひしゃげ、ガソリンに引火して爆発した。

 一撃必殺の奇襲を躱した壮年の男の体術を見て、ヤサカがほうと瞠目している。

 

「先読みの術か。やるねえ」

「お前が率先的に滅ぼすべき存在……ラオウ、トキ、ケンシロウ。いずれ劣らぬ才を持つ北斗三兄弟が一か所に集まる場所を知っている」

 

 燃え盛るジープを見ながら説明するサンガに、西斗月拳の伝承者は拳を収める。

 ほっとした様子の彼にヤサカが問いかけた。

 

「具体的に言ってみろ」

「孤島の都サザンクロス。そこに至る最短ルートを先導しよう」

「……連れていけ」

 

 サンガの意図はヤサカも察している。己の力を勢力拡大に利用するつもりなのだろう。

 だがそんな野望に興味のないヤサカは何食わぬ顔で新たに手配されたジープに乗り込んだ。

 

「途中にある拳王軍の検問は潰していこう。背後を衝かれると面倒だ」

 

 年上の男の言葉にヤサカがキセルを揺らしてああ、と答えた。

 よもやま話のつもりなのか、彼は帝都で南斗極聖拳(きょくせいけん)のシンを殺したとサンガに告げる。

 修羅の国で猛威を奮った復古の拳を倒した、と聞いて愕然とする壮年の男を一瞥し、ヤサカは長い脚を組んで彼方を眺めていた。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 北斗神拳の三弟のだみ声が荒野に響く。

 

「おいリュウガ、あの旗!」

「南斗白鷺拳、シュウのレジスタンスのものだな。行くぞジャギ」

 

 白馬をいななかせて止めた世紀末覇者の将軍、泰山天狼拳伝承者がバイクに乗る同僚とともに目を凝らす。

 勢力を大幅に縮小しながら戦線の維持に努めていたリュウガとジャギが旗を掲げる数台のバギーに近づいた。

 潜在的な敵とはいえ、今は休戦中のような間柄である。

 遠慮の文字がないジャギが指揮官らしき人物がいる車内を覗き込んだ。

 

「あん? 仁のオッサンだけじゃなく義の若僧もいやがる……」

「六星の二人が同乗だと?!」

 

 緊急事態を察したのか、リュウガがいきなりフロントドアを開けた。

 胸を押さえて倒れんばかりに座っているレイとそれを支えるシュウの姿を見て、拳王軍の幹部たちが再び驚愕する。

 

「ジャギ、これは!?」

「わーってるよ、どうやら何かの秘孔を突かれたようだが」

「……お前にはこの秘孔の跡がわかるのか」

 

 レイを抱える盲目の闘将の言葉に、ジャギがわかるも何も、と再びレイの胸部を観察して言った。

 

「北斗神拳、新血愁……いや少し違う気もするが……生かしたまま苦痛を与え続け、最後は全身から血を吹き出して死に至しめる、て言われた時限を操る高等術だ。これができる奴ぁラオウ兄者ぐらいのもんだが」

「だが現在拳王様はケンシロウとともに修羅の国におわす」

「じゃあ誰がやったんだ?! 北斗の分派風情が成せる技じゃねえ」

 

 二人のやりとりに、昏倒寸前のレイを見守りながらシュウが告げた。

 

「……我らを退けたその男の名はギドゥオーン。西斗月拳の伝承者」

 

 聞き及びがないその拳法に、二人は顔を見合わせる。

 それにしてもこの荒野では話にならぬということで、ひとまずシュウの部隊を拳王領の支城に迎えることにした。

 鼻の利くジャギが本城は何か危ないと察していたためだ。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 北斗孫家拳のタイエンを撃破し、いくばくかの休息を経て、シン一行は再び南下しはじめた。

 その最中、森と湖がある風光明媚な領内の近くを通りかかったが、その際に赤備えと呼ばれる偵察隊に出くわした。

 指揮官は紅鶴配下南斗二十三派のひとり、南斗鵺影拳(やえいけん)のヤンソンと名乗った。

 

「久しぶりだな金髪の若僧、死神」

「ヤンソン、言っておくがわしらは妖星の領内で悪さをする気はないぞ。ただ時短で通り過ぎたいだけだ」

 

 赤いターバンに目元まで覆ったマフラー。細身で中背の優男がジョーカーの弁明を遮って手を上げる。

 

「野望のなさすぎるお前の主の行動には是非もない。それより聞いているか、南斗六星の二人が西斗月拳によって倒されたことを」

「?!」

 

 ここに至ってシンたちは同門の身に起こった災厄を知ることになる。

 ユダの街ブルータウンに案内されたシン、ジョーカー、レスティエが居城に招かれ、赤い衝撃の将帥たちを前に、世情に通じた彼らから様々な話を聞くことができた。

 

「レイ殿に秘孔を突いた西斗に報復するため、ユダ様はわずかばりの手勢を連れてこの地を発った。その行く先で北斗曹家拳のキョウウンとやらを倒したという報を受けている」

「元斗皇拳のファルコたちは未だ帝都を取り戻せず雌伏中で、とても助力できる余裕はない」

「拳王の領内や周辺はさらに混迷している。北斗の分派や中小の軍閥の暗躍が激しい」

 

 宰相格の老将ゲンガンの説明を謁見の間で聞いているシンの後ろで、一般門下生であるレスティエが興奮冷めやらず左右を窺っている。

 ユダ配下の名だたる重臣たちは彼女にとって雲の上の存在だった。

 

「伝説の老拳士ゲンガン様、独眼竜ダガール様、武官筆頭と呼ばれる南斗羽鷹拳(はおうけん)のイルフォーン様……はいませんが……ヤンソン殿その他紅鶴の名将たちが勢ぞろい。壮観ですね。まるで南斗の聖殿に身を置いた気分です」

「……聖帝なき今、二十三派の達人たちを率いる南斗最大の組織の長にして、拳王を凌ぐであろう大陸最強の拳士の居城だ。わしだけではなく心ある者はみなそう評するだろう。主が不在であろうと聖殿といって差し支えないかもな」

 

 レスティエが目を輝かせる傍ら、吹き抜けの王の間の向こうに広がる街並みを眺めながら、半分嫌味でジョーカーが呟く。

 そんな双方の目にも、百戦錬磨の二十三派がおのが主に対して好奇やら憧憬やら、あるいは嫉視を向けてくるのを肌で感じていた。

 

 長い金髪を風に揺らして佇む男は彼らが誇る赤い衝撃と対を成す勇者であり、その美男子ぶりは大戦前から南斗の里に轟いている。

 

 ましてや聖帝サウザーを倒した唯一の人物だ。

 

 それだけで南斗の拳士だらけのこの場では注目の的だった。

 その間にシンは北斗孫家拳のタイエンを撃退し、それ以前に完敗したヤサカを追っている最中だと妖星の宿老に告げていた。

 

「なるほど……だとすれば西斗月拳の使い手は複数いたことになる。貴重な情報だ」

 

 坊主頭、白い口髭顎髭、ダークレッドの胴着を身にまとった老人が頷く。

 すると居並ぶ重臣の末席に連ねていたそばかす顔の青年がシンの名を口にし、まあそれでもさと呼びかけた。

 

「西斗月拳とやらに一蹴された、と言うが……修羅の国で一緒にいたこともある僕から見れば、あれだけの修羅と連戦した後のあんたを敵は殺しきれなかったってことだろ。やはりあんたは不死身だよ」

「……その小娘の助力があったとはいえ」

 

 最長老の孫の言葉を遮ったのは、二十三派においても年長組、四十を超える齢の大男だった。

 

 南斗虎雁拳(こがんけん)のバルドヴィーノ。

 

 浅黒い肌に赤いヒゲ、どこかの部族の勇者のような外見の巨漢は、ユダ陣営においても一、二を争う膂力の持ち主であり、拳王軍のウイグルにも引けをとらないと噂されている。

 そんな猛者が組んでいた毛深い太い腕をほどいて言った。

 

「このしぶとい極星を討ち損ねた時点で……奴ら西斗の命脈は尽きている」

「ユダ様の逆鱗に触れた以上、光明が雪辱を果たす前にあの方が全て片付けてしまうかもしれんがね」

 

 バルドヴィーノの台詞を継いで楽しそうに言い放ったのは、銀色の長い髪を後ろで結い上げた隻眼の士だった。

 彼は南斗随一の影の軍団、極斗衆(ごくとしゅう)を率いる長でもある。

 対面にいる長身の髭男に虎眼を向けた大男が新参者の名を呼んだ。

 

 

「ダガール」

 

 バルドヴィーノは筆頭イルフォーンの派閥の長と目されるだけあって、影働きを自薦しようとした独眼竜を制するような視線を送っている。

 それを悟った百八派きっての勇将は珍しく肩をすくめてぼやく。

 

「貴公の将は裏元斗のひとりを討ち、中原においてその武名を轟かせている。拙者といえばこの街の守りに就くのみで力が有り余ってな」

「我らが鷹は遠くにあって次の任務に就こうとしている。いかに隼が推参しようとしも遅きに失すると思うが」

 

 飄々とした素振りを崩さないダガールと威圧感を増すバルドヴィーノのやりとりで、大広間に緊張が走る。南斗鵺影拳(やえいけん)のヤンソンは中立のようでどこ吹く風だ。

 そんな雰囲気に気付かない南斗焔浄拳(えんじょうけん)の若者、ゲンジュが、僕が参戦するのは問題ないでしょうと口を挟んできた。

 

「老ゲンガン様の嫡孫のご助勢はありがたく……しかし貴方様に万一のことがあればユダ様に顔向けできません」

「目が泳いでいるぞレスティエとやら。迷惑だと顔に書いてある!」

 

 地団太を踏む名門の御曹司と平身低頭する平拳士をよそに、ジョーカーが行きますかとシンを促した。




南斗鵺影拳(やえいけん)のヤンソン。南斗虎雁拳(こがんけん)のバルドヴィーノ。
共にオリキャラ。ユダ配下南斗二十三派にして十六翼将のひとり。
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