聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十四話   救世主

 爆発音が南十字星の居城のフロアを揺らす。

 地響きのなか、この地の総督とも呼ぶべき五車星の長が吹き抜けの広間からサザンクロスの街を眺めている。

 風雲炎山海の各部隊の報告を受けていた。

 

「北斗劉家拳の軍勢に曹家拳や孫家拳の残党も参加しており、その船団の数は増すばかりです。さらに月氏の民の血を受け継ぐ者とやらが……」

 

 言上中に倒れた風の隊員のかわりに、炎の軍団の影が血まみれで頭を下げる。

 

「西斗月拳と名乗った男の武勇は凄まじく、われら五車の最精鋭ともいうべき親衛隊はそ奴によってほぼ壊滅状態にあります……しかし北斗分派の首魁である劉家拳のソウブは未だ城門前広場の後方で鎮座し、配下や残党を動かすばかりで」

 

 それに頷いたリハクが顔をしかめて娘の名を呼ぶ。

 

「……ラオウに匹敵するような敵が二人、か。トウ」

「はい。今トキ様はレイ様の治療で手が離せず、シュウ様も負傷で動けません。戦力としてあてになるのは南斗百斬拳のダンテ、ナリマン、五車の面々」

「いかに彼らとてソウブ一人にも苦戦しよう。しかし未だケンシロウ様は戻らぬ」

 

 苦悶の表情を浮かべるリハクが玉座に座る鎧武者を見る。

 そのときだった。

 

「者ども、引けい!」

 

 中年男が鋭い叫びとともに、風と炎の隊員二人を担いで飛びずさった。

 巨漢の海の拳士は壮年でありながらも俊敏な身体能力を持っており、蹴破られてきた鉄条の両扉が吹き飛んでくるのを避けて転がり、二人の隊員の無事を確認してから

不躾な侵入者の姿を窺った。

 

「うぬら、下がれ」

 

 リハクの鬼気迫る低い叱咤で五車の兵が一斉に武器を引き、相手との距離を取った。

 

 広い謁見の間に静寂が落ちる。

 

 革靴を踏み鳴らしてやってきた黒いハットに黒い服装の男は、キセルを口にしながら、玉座の鎧武者に問いかけた。

 

「……お前が南斗の象徴、この街の支配者か」

「だったら」

 

 作り声とはいえあきらかに女の声だ。彼は手についていた血を振り払いながら言う。

 

「慈母星と名乗るのならばこれ以上我に無駄な血を流させるな。そなたの部下たちは血はもう吸い飽きた。食らい尽くすならやはり北斗」

「……ヤサカといったな。階下の部屋のからくりを突破してきたはずだ……それでも無傷とは」

 

 眉間に皺を寄せるリハクに対し、ヤサカはあくびを堪えながら傲然と言い放つ。

 

「フン、あれはラオウやソウブといった巨漢相手の仕掛けであろう。あんな児戯が通じると思っていたのか。お前は我だけではなく奴ら北斗の面々すら舐めている」

 

 ときどき黒い服が破けていたものの、西斗月拳最強の男は砂埃がついた部位を見つめ、それをふっと吹いて面を上げた。

 リハクがむむ、と唸りながらさらに問いかける。

 

「ダンテ、ナリマン、ヒューイやシュレンの四人を相手にしたはずだ」

「……あの南斗どもはそなたの部下か? ならばもう少し練武の士をつかわすのだったな。我を手こずらせたあの金髪の若僧ほどの腕がなければ足止めはできん」

 

 鎧武者がピクリと反応した。ヤサカはそれを見逃さなかったが、あえて別のことを口にした。

 

「年寄りの冷や水だ。やめておけ」

 

 海の男が象徴の前に立ちはだかる。同時に娘のトウも剣を持って身構えていた。

 

「北斗神拳が我を恐れて修羅の国から戻らぬのならば……こちらとしてもおびき寄せる餌がいる」

 

 リハクが放つ捨て身の五車波砕拳(はすいけん)はヤサカを瞠目させる気合いが込められていたが、足止めできたのはわずか数十秒。

 トウに至っては女は殺さぬという拳是の彼に秘孔を突かれ、動けぬ体にされて大理石の床に伏せている。

 

「そなたら健気な親子を討ち取るほど西斗は落ちぶれてはおらん。ラオウ、トキ、ケンシロウを屠り、ソウブを打ち破り、西斗月拳の名をこの世に知らしめる。その前の余興にも当たらぬが」

 

 腰が砕けて立てぬリハクが配下の部隊に動くなと命じる。

 この男に対抗できる拳士は現在サザンクロスにはいない。

 無駄な抵抗を諦めたと察したヤサカが、立ち上がった鎧武者に目に見えぬ突きを放った。

 頑丈な兜が一瞬にして砕かれた。そのなかから現れたクセっ毛の長い黒髪を見て、彼が感嘆の声を上げた。

 

「ほう……想像以上の美しさ。そなたが慈母の星」

 

 女の構えを見たヤサカが目を細め、南斗聖拳かと呟く。

 

「策士と聞く海の男が何やら細工をしていると思ったが、その構えは南斗宗家の構え。金髪の若僧と同じものだ。その稀有な美貌といい、偽物ではないようだな」

 

 突きかかってきた鎧武者の手首を捉え、ヤサカが相手の白い面に顔を寄せた。

 

「美形だな。今まで見てきた女が霞む。なるほど北斗の男たちが執着するわけだ」

「放せ……!」

「殺気のこもったいい拳筋よのお。余人ならば不意を衝かれていただろう。だがそなたが相手にしているのは地上最強の拳。北斗神拳も北斗劉家拳も……わが西斗月拳の亜流にすぎんのだ」

「ほざくな髭野郎」

 

 真ん中分けミディアムヘアの男が名家の血筋らしからぬ美女の口調に目を見張る。

 

「月氏の神の宿願。それを晴らすのがおかしいか、女」

「地上最強とは笑わせる。だからほざくなと言ったのだ」

「ゆ、ユリア様いけませぬ」

 

 リハクが震える体で立ち上がろうとする。彼女の名を改めて聞いたヤサカが口角を上げた。

 

「ユリアか、なれば聞こう。そなたにとって地上最強の拳とは」

「南斗極聖拳(きょくせいけん)

 

 間髪入れず返答した長い黒髪の鎧武者の顔は瑞々しく上気していた。

 なんとも美しいドヤ顔だった。

 

「その拳法の男……シンといったか。そやつは我がすでに帝都で葬った。必殺の秘孔を突いてな」

「……へえ。彼が爆発したのを見たとでも?」

「あん?」

「やはり確認はしていない。そうだと思った」

 

 ひとり合点がいったとばかりに微笑んだ美貌の主が再度斬撃を放ってくる。

 それを躱したヤサカがユリアと呼ばれた相手を気絶させ、脇に抱え込む。

 海の部隊と長がやめろと追いすがるも、彼は鼻で笑って吹き抜けの広間のバルコニーに進み出た。

 

「神拳伝承者や拳王が戻ったら伝えろ。南斗の象徴はこの西斗月拳のヤサカ預かっているとな」

「まっ、まさかここから飛び降りるつもりでは?!」

 

 トウが顔面を蒼白にして叫ぶ。ヤサカが笑みを返し、石柱に乗り上げて言った。

 

「手中の宝を砕く愚行などせぬよ女。我に臆することない胆力、拳の心得、しかも美しい。恐れ入ったわ慈母星」

 

 そう告げた茶髪の髪の男がハットを抑え、脇に鎧武者を抱えたまま飛び降りた。

 

 騒然となる広間だったが、なんとか立ち上がったリハクが娘を抱きかかえ、周囲にいる五車の隊員全員に退室を命じる。

 急な展開にとまどうばかりの彼らだったが、主の不機嫌な二度目の叱咤に敬礼して出ていく。

 

「……やれやれじゃな」

 

 しばらくしてリハクが小さく息を吐いた。娘も同じようにやりきれない吐息を放つ。

 

「……これでよかったのですか、お父様」

「……」

「我らが主ユリア様は天帝ルイ様とともにおわします。このことを知ったら」

「どうしようもあるまい。あのお方には納得してもらうしかない」

「マミヤさんの自薦なれば我々にはヤサカを止めようがなかった。事実を知っているのはごくわずか。そしてあの者がマミヤさんが影武者と気づけば」

「犬とも畜生とも言え。全ての責任はわしにある……だが」

 

 口から流れる血を拭き取りながら、リハクは眼下に広がるサザンクロスの街並みを眺めた。

 その奥の城門から喧噪が聞こえてくる。

 事情を知らぬフドウやジュウザが軍勢を率いて、北斗劉家拳のソウブと睨みあっているようだ。

 

「やはり……あの拳士たちに頼らねばならぬ。ケンシロウ様にラオウ。シン様やユダ様……北斗南斗の救世主たちに」

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 サザンクロス城塞前の港および荷捌き地では、雲と山の部隊と北斗劉家拳の手勢が小競り合いを繰り返していた。

 双方の思惑もあり、正面からの決戦は避けている様相だ。

 だがそんな睨みあいに変化が起きる。驚愕の叫びが五車の軍から沸き起こった。

 不意に城門が開かれ、そのなかから出てきた二人のうち女のほうがサザンクロスの主だと彼らが知ったからだった。

 

 すでに彼女の見た目も名も知っている劉家拳のソウブも、これほど早く慈母の星が攫われようとは思ってもいなかったようで、思わず舌打ちを放つ。

 やってきた西斗月拳の伝承者と鎧武者の女を眺めて床几から腰を上げ、彼が言った。

 

「……さすがはというべきか、奴ら南十字星の幹部どもが不甲斐ないというべきか」

「両方だ。ともあれ南斗の象徴、このヤサカがいただいたぞ」

 

 髭の男が黒い帽子をかぶり直し、意識を取り戻した隣にいる鎧武者の女を見る。

 無理やり連れ去られたとわかる表情の美女が周囲を窺う。

 人質とわかるその姿に激昂した雲のジュウザと山のフドウを目線で制し、混乱が増すばかりの状況を回避しようとしていた。

 

「ジュウザ、フドウ」

 

 指揮官たちの名を呼んだ象徴の泰然とした様子に、彼らが思わず両膝をつく。

 五車の二人は互いにしか聞こえない会話を口にした。

 

「見たかジュウザ」

「……ああ。ちょいとキレかけたがおかげで落ち着いたぜ。あれは」

「言うな。おそらくリハクの策だろう。ここはあの女に従っておけ」

「妹が無事ならそれでいいが……なんとも気丈なこったぜ、マミヤって奴は」

 

 想い人と瓜二つな存在をあらためて眺める雲の賞賛は途中で途切れた。

 汽笛を鳴らして入港してきたのは船団だった。

 それがユダの水軍と修羅の国から戻ってきたケンシロウやラオウだということに気づき、飄々とした男が腰を上げる。

 

「いいタイミングで救世主たちが戻ってきたぜ。こりゃ乱戦になるか」

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