聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十五話   千隼(ちはや)推参

 時間は少し遡る。

 シン、ジョーカー、レスティエが西斗月拳のヤサカを追うなか、内乱中の拳王領内に通りかかった。

 当然にして一行は、ラオウに代わって留守を預かる重臣ヒルカの情報網に引っかかることになる。

 拳王陸戦隊に導かれ、シンたちがラオウの居城にある薄暗い広間に足を踏み入れたとき、かつては美麗だったであろうそこは、様々な建材の残骸が散らばっていた。

 激しい戦闘の渦中を窺い、細目の影が目を見張る。

 

「あれは……拳王軍の幹部たち……しかし相対する巨漢の中年男は誰だ?」

「修羅の国で郡将を務めていたサンガという老獪な武人だよ、死神」

 

 リュウガ、ザク、バルガなどの将軍とサンガの対峙を眺めつつ、同じような細い目の男がジョーカーにそう告げる。

 シンの側近は己以上に影を駆使する敵に向かって顔をしかめてみせた。

 

「ヒルカ。わしらをここに連れてきたのはきゃつを始末させるためか」

「察しがいい。あれは修羅の国でも有数の猛者でな、我らも少々手こずっている」

 

 指揮棒を手にしたモヒカン頭の謀将がマントをまくり、無言で佇むシンに近寄る。

 

「西斗月拳の最新情報がある。そやつを倒せばすぐにでも追撃の手配を整える」

「……」

「おっと」

 

 遠くからサンガの気当たりが飛んできた。

 それを躱そうとしたヒルカの前に立ち、シンは巨漢の気当たりを裏拳のみで弾きし返した。

 さすがよの、と偉そうに呟いたひょろ長い男がが再度金髪の青年に向かって言った。

 

「南斗の光明。やはりお主でしかあやつは倒せん。力を貸せ」

「シン様」

 

 レスティエが広い敷地の壁際まで下がる。彼女の主が手ぶりでそう命じたからだ。

 直属の上司も同じような動きを示しながら、拳王の宰相格に向かって言った。

 

「どうせキサマのことだ、西斗だけではなく北斗劉家拳の所在や飼い主であるラオウなどの現在位置も把握しているのだろう。地獄耳め」

「……それが対外情報機関の長たる役目だよ、ジョーカー。君はやや影の使い方が甘い。拳の腕はいいんだがね、このヒルカにはまだまだ及ばん」

「十年早いと言いたげだな、中年オヤジめ」

 

 狡猾だが有能な相手にそう答え、死神が歩みゆくシンの背中を見送る。

 

「リュウガ、ザク、バルガ」

 

 名を呼ばれた拳王配下の将軍たちが一斉に後方へ飛びずさった。

 長時間の攻防でさしもの剛毅な彼らも拳の先の先を読む、といわれるサンガの秘術に疲弊しきっており、日頃険悪な仲の宰相に対し抗弁せず引き下がる。

 

「修羅の国の郡将がこれほどの強者だったとはな。このバルガともあろうものが南斗極聖拳(きょくせいけん)の引き立て役とは」

「ヒルカ曰く、あれは東華八盾(とうかはったて)という上級修羅のひとり。我ら二人、死ななかっただけでも上出来よ」

 

 重傷に見えるバルガとザクがもう一人の僚友を横目に大きく息をつく。

 陸戦指揮官として名高い彼らとは違い、拳王軍屈指の拳士である泰山天狼拳の使い手は無念の様相だった。

 相打ちしてでも仕留めたかったが、ヒルカがそれを許さない。

 今の彼の言葉はラオウの命令に等しい。

 屈辱的な撤退に震えながら、リュウガがそばを通りかかる南斗の拳士に吐き捨てるように告げた。

 

「結局はお前に頼ることになるのか……この場も……わが妹ユリアのことも」

 

 力なく膝をついた彼に、ザク、バルガの両将軍が駆け寄る。

 リュウガの肩に手を置いたシンが纏っていたグレーのローブを脱ぎ捨て、肩で息をつく軽傷のサンガと対峙する。

 

 青みがかった白髪の壮士は追い詰められようと不敵に笑っている。

 未だ戦意を失わぬ男がいきなり突きかかってきた。

 

「ヤサカはお前を葬ったと言っていたが……やはりな、生きていたか南斗の若僧!」

 

 鋭い一撃を流すシンが同じように突き返す。だがそれはサンガによって読まれていた。

 

「うぬ……わかっていてもこの剛撃、当たれば即死か」

 

 ヒルカと同じ謀略家ながら、若いころは前線に立つ拳士として名を馳せていた。

 そんな気概が呼び覚まされたようで、死人と化した彼の狂気は拳威の増大に繋がっている。

 そんな巨体から繰り出される蹴りを、シンも長い脚で受け止めた。

 

「ぬっ?!」

 

 ラオウ配下の髭の将軍たちが異口同音に身を乗り出す。

 歴戦の彼らの目には、シンの蹴りで吹き飛ぶサンガの勢いは不自然に思えたからだった。

 飛んでいく先は、青白い頭巾をかぶった女の元だった。

 そしてその近くには外通路に続く両扉があるのだ。

 

「しまっ」

 

 リュウガが思わず立ち上がる。

 同時に上司であるジョーカーも動いていたが、サンガの猛烈な掌底に押し出されて大理石の床に転倒させられた。

 転げながら彼が叫ぶ。

 

「や、ヤロウ、これを狙っていたのか!」

 

 レスティエは南斗の門下生としては非凡な拳士であったものの、拳王軍の幹部と対等に戦う猛者には敵わない。

 たちまち身柄を拘束され、サンガの手の内に落ちた。

 

「動くな若僧っ」

 

 先の先を読む彼が冷や汗を流しながら吠える。

 南斗獄屠拳の発動を止め、歩みを止めたシンを見て安堵したサンガは、そうだやめておけと恫喝した。

 

「聖帝を破り、第二の羅将ヒョウすら追い詰める。いかにヤサカに後れをとろうと……お前のような未完成な男こそ畏怖に値する。次に奴と戦えば勝つのは」

 

 憎々し気な男の台詞が不意に途切れた。

 サンガが見上げる先に、天井のステンドグラスを割って落下してくる何者かの姿があった。

 キュロット(乗馬ズボン)が特徴な青みがかった黒い胴着、眼帯の拳士が女を人質に取る大男に向けて一直線に降りてくる。

 

「何やつか?!」

 

 レスティエを拘束したままでは彼女ごと斬られる、と思ったサンガが迎撃するために飛び上がる。

 

「ヒルカの部下から妖星の配下は外で待てと捨て置かれたのが……よほど気に障ったかと見える。隼め、強硬手段に出てきたか」

 

 ようやく余裕を得たジョーカーが取り出したのはトランプのカードだ。

 それを数枚、がら空きのサンガの背中へ投げ放った。

 

「んぬ?!」

 

 鋭利な刃物を仕込んだ飛び道具が彼の上半身の防具を砕いたものの、闘気に包まれた肉体にダメージを与えることはできなかった。

 しかし。

 

「……ぅおのれええええ!」

 

 拳における先読みの名手であり、この広間にいる誰よりも実戦経験がある男が目を見開いて呪詛の悲鳴を放つ。

 サンガに限ったことではない。

 どれほどの見切りを備えている達人でも不意を衝かれることはある。

 

 まさしく今がそれだった。

 

 上級修羅だった彼からすれば、トランプカードなど児戯にも値しない。

 しかし対峙する相手が一瞬も目を離せぬ強敵だった場合は別だ。

 カードに気を取られたわずかな間に、その相手は必殺の間合いに迫っていた。

 

「あの細目めええええ!!」

「いかに軌道を変えようとしても無駄だ。上空から急降下し、足で蹴落とすように狩りを行う拙者の爪からは逃れられん」

 

 空気を切り裂く凄まじい音がした。

 それを繰り出した銀色の髪を後ろで束ねた推参者は、開いた両手を交差させるようにしてサンガと激突する。

 ジョーカーが秘技の名を呟く。

 

「南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)奥義、千隼(ちはや)

 

 上下に位置を変えた二人のうち、地に降り立った異相の男が砕かれた肩のプロテクターを一瞥し、仕留めた標的を見上げた。

 

「うあがは」

 

 鮮血の花火が咲く。

 それはサンガの口と卍斬りされた胴体から(ほとばし)っていた。

 さすがにあれはわしでも避けられん、と死神が思いながら独語する。

 

「その爪撃(そうげき)、さらに極まったか。九龍衆筆頭どころか六星に劣らんな」

 

 ドサリと落ちた巨体が転がりまわる。壇上にあぐらをかいて座っていたヒルカが珍しく瞠目し、ザクやバルガも声をなくして南斗の勇将を眺めていた。

 リュウガも思わず毒づく。

 

「ジョーカーの助けがあったとはいえ、我らが倒しきれなかったあの不屈の男を一撃とは……あ奴がユダ配下で勇名を(うた)われる(はやぶさ)、独眼竜ダガールか」

 

 南斗最強の影を率いる極斗衆(ごくとしゅう)の長が、未だ闘志を失わぬ壮年の敵と改めて対峙する。

 

「うぬれ……勝ち誇るにはまだ早いぞぁ」

 

 半日以上戦って疲労の極みにあったサンガに対し、ダガールは敬意を表するように一礼して面を上げた。

 いつものように気負いのない、緊張感のない台詞を放つ。

 

「まだ動けるか。先読みの術で必殺から抜けるとは、やるねえ」

「一人では死なん、キサマも道連れじゃ!」

 

 サンガが終撃を突きこんでくる。

 ふたつの剛拳をあえて受け、そして流したのは年長に対する礼儀であった。

 

「しかし貴公は大陸騒乱の原因。容赦はせん」

 

 飄々とした男の口調が厳かなものに変わった。

 その瞬間、百八派屈指の武威を持つ拳士の龍の牙が炸裂した。

 硬気功で守られていた古強者の胸板に、剛柔併せ持った隼の切っ先が突き進んでいく。

 サンガは激しく抵抗を示したものの、ダガールの指突は止まらない。

 

 背中まで貫かれたことで力を失った大柄な男は、大量の出血とともに両膝をつく。

 相当に気を削がれたのか、実の拳を放った側も利き腕を引き抜いたあと大きく息をついていた。

 

「見事」

「……」

 

 うつ伏せに倒れた強敵を見下ろすユダの右腕がシンの言葉に反応し、昔馴染みの金髪の青年に向かってひらひらと手を振った。

 強さに見合わず威厳がないといわれて久しい男は、この世で最も早くシンの拳才に気づいた存在としても有名である。

 でかくなったな若僧とも言いたげな視線を外し、長身を翻した隼の背に同門の影の声がかかる。

 

「ダガール将軍」

「邪魔をしたな死神。遅参してきた鷹の気配がする。ゲン爺の孫もやってきた。とりあえず拙者は退散しよう」

 

 何か言いかけた影が口を閉ざす。

 広間に入ってこようとするそばかすの青年、ゲンジュに続いてやってきたのは、隼と同格の猛将だった。

 レスティエの反応は拳を志す若い女子としては妥当なものだ。

 脆弱とは程遠い猛々しい鷹の登場に興奮を隠せない。

 

「ジョー様、あれは南斗羽鷹拳(はおうけん)のイルフォーン様では」

「のようだな。政敵に先を越されて不機嫌極まりない顔をしている。乱闘にならんうちに主を連れてさっさとここからずらかるぞ」

 

 他人事のように消えていくダガールとそれを追うイルフォーン、呑気なゲンジュの声がするなか、シン主従も外に出ていく。

 それを見送る拳王の腹心の戯言は半ば事実に近いものだった。

 

「恐ろしく腕の立つ配下を従えているな、さすがは妖星。あの若い鷹といい層が厚い。ザクやバルガなど相手にならんだろう。わが軍の将帥として招きたい逸材だ」

「……言い訳できぬが、うぬとて武に関してはわしらは変わらんだろうが」

「奴の細目を抉りたい気分だ」

 

 同僚たる拳王陸戦隊の将軍二人が軽口で応じる。

 雑魚扱いされなかったリュウガはすでに私兵部隊から応急の手当を受け、現場の復旧作業に取りかかっている。

 サザンクロスに向かったシンの背中に、彼は妹を頼むと改めて頭を下げていた。

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