聖拳列伝   作:小津左馬亮

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九話    終戦

 中途半端な蜂起で中途半端に破れ、諦め良く引いていった北斗の分派たちに対し、強硬に追撃を主張したのは元斗の一部のみであり、曹孫劉の御三家を滅ぼすわけにはいかないとする北斗宗家に近い立場の神拳の一声で、南北元の討伐軍は解散となった。

 

 南斗の象徴は争いを好まなかったし、各斗の最強格たる面子、サウザー、ラオウ、ファルコがいずれも分派の討滅に興味を示さなかったのが一因でもあった。

 それぞれの軍が帰還の途に就くなか、北斗の長兄はそれに追従を余儀なくされていた。

 離脱する直前に師父リュウケンに捕まり、解散のそのときまで兄弟とともに南斗の象徴の護衛を任されていたようだ。

 普段は無表情で何を考えているかわからないその長兄が、本営で鎮座することが仕事であった慈母の星とその親衛隊のもとへ義務的に顔を出したあと、馬に乗りこもうとしたところで大樹の上で寝転んでいた親衛隊の一人に声をかけられた。

 飄々としたその男はラオウと同世代。慈母の星の腹違いの兄でもあった。

 

「せっかくユリアと会えたってのに、仏頂面しやがって」

 

 葉っぱを加えた自由気ままな青年が幼友達のような豪気な男へ、大功を立てたんだってなと語り掛けてくる。ラオウが虚空を見つめて答えた。

 

「門最強の男を退けたサウザーほどではない」

「またまた。あいつに比べておめぇは無傷。トキも武功を示したことだし、兄弟ともに存在感を示してたと思うぜ」

「……何が言いたい、ジュウザ」

「ケンシロウの坊やは本陣でユリアを守るのみ。おめぇは戦場を駆け巡っている。そのおめぇほどの男が注目に値した奴がいたのか、ちょいと聞きたくてな」

「……」

「敵味方関係なくだ」

「なぜそれを聞く?」

 

 雲と呼ばれる自由人がぽりぽりと頭をかいた。剛直な大男を見下ろす美男子がこれも五車星としての仕事でねと呟く。

 

「生真面目すぎる風や炎、おめぇに隔意がある海のじっちゃんでは聞けるものも聞けねえって。そもそも山に至ってはまだ鬼が抜けきってねえってことで、この戦闘に参加すらしてねえし」

「……そうか」

 

 ラオウにとって山のフドウに会えなかったのは逆に幸運だった。

 かつて圧倒された大男を前にすれば、ここで雪辱を晴らすという流れになってもおかしくはない。

 

「で、誰かお眼鏡にかなう奴ぁいたかよ。当然あの帝王以外な。あれは強すぎて参考にならねえ」

「……いた」

「ほぉ?!」

 

 素っ頓狂な声を上げながら起き上ったジュウザに、ラオウが眉を寄せた。

 

「おらん、って言うのかと思ってたぜ」

「気にくわぬが」

「何がよ」

「……眼中にもなかった者どもが小賢しい働きを見せていた。特に」

 

 北斗の長兄が周囲に沸き起こる風で言葉を切った。

 その風が吹き終えたとき、馬上のラオウのすぐそばに黒装束の機動部隊がいつの間にか姿を見せて首を垂れているのにジュウザが気付く。

 

「あれは」

 

 あぐらをかいた雲が彼らを見下ろして言った。

 

極斗(ごくと)衆か。なんで奴らが潜在的な敵に跪いている……ってあれは女」

 

 ポニーテールを揺らした小頭の女性が極十字聖拳から救ってくれた礼を述べている。

 感謝の意を受け入れ慣れていないラオウは、面倒臭そうに首を少しだけ縦に振っただけだった。

 ジュウザがそれを茶化す。

 

「よぉ覇王様よ。女の謝意は素直に受けるもんだぜ」

「南斗を助けた覚えはない」

「女を助けた自覚はあるんだな」

「……」

「なあ美しい嬢ちゃん。こいつは不器用な奴で素っ気ないけど、心意気はある男だ。気を悪くしないでくれ」

「もちろんでございますジュウザ様」

「あー……知ってんのね、おれの名を」

 

 あぐらをかき直したジュウザがさらに吹いてきた風の方向を見る。

 それに乗って飛んできたかのような動きを見せた何者かがラオウの前に着地して、完璧な礼の施しを馬上の相手に向けていた。思わず彼は口笛を吹いていた。

 

「おっお。極斗衆の棟梁かよ。珍しい野郎を見たもんだ」

「拙者も同意見だ。雲がこの討伐戦に参加しているとはねえ」

「ダガール様」

 

 女性が面を上げた。独眼竜の異名を持つおのが長へ、面目なさそうに平伏している。

 

「おいやめろやめろ。美人に土下座なんてさせんじゃねえよダガール」

「うぬは」

 

 ラオウが長い銀髪を後ろで結んだ隻眼の勇将に問いかけた。

 さすがに隠密機動部隊の長までは見知っていなかったようだ。

 

「この娘の上役にて、謝意のために推参(つかまつ)った」

「……そのほうに問う。赤毛の小僧のことだ」

「紅鶴の御曹司でございますな」

 

 格上の拳士の問いに、ジュウザには軽口を叩いていたダガールが丁寧な口調で対応している。

 そのやりとりを聞いたジュウザがめんどくせえ、と再び横になる。

 どういう存在だと問われた側が、あの帝王がこの世でもっとも警戒する男、と説明すると、北斗の長兄が気分を害したように独眼の青年を見下ろした。

 

「南斗聖拳ではサウザーを倒せないのではなかったのか」

「……状況は代ごとに大小なりとも変わる。あのお方が南斗絶影の拳法として昇華させた紅鶴拳を修めた時点で、その金言は以前のものになったようで」

「ほう」

「帝王の突破力に対し、唯一致命のカウンターを撃つことができる存在。それが」

「ユダか」

 

 ラオウが赤毛の青年の名を苦々しげに呼んだことで、極斗衆の女性と首魁が同時に面を上げた。

 意外そうな表情だった。

 

「このラオウではなくあの小僧が目障りだと……サウザーめ。司空の(おおとり)め」

 

 気に食わない表情の剛毅な男が馬首を返す。その静かな憤慨を初めて見たような様子で眺めていたジュウザが、遠ざかっていく幼馴染の背中を窺いながら足拍手を送っていた。

 

「はっはっは。こりゃあ愉快だぜ。サウザーならまだしも、あの仏頂面が南斗の人間にあれほど興味を向けるたあ驚きだ」

 

 その感想を聞いた南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)の次代伝承者が反応した。

 

「珍しいのか」

「あいつとは長年のつきあいがあるが、最初雑魚扱いしていた存在の評価を変える、ってことはほとんどねえんだよ。ってか初めてかもな」

 

 将星以外の南斗など雛鳥の集まり、とジュウザに語ってたことを聞いた極斗衆の棟梁がなるほどと頷く。黒髪の美男子が接近する何かに気づいたようだ。

 それとともに影の連中が皆立ち上がった。

 

「とりあえずちゃんとユダには言っとけよダガール。あの北斗の覇王にまともに相手にしてもらえそうだってな。まあおれにはよくわからんが」

「……伝えておこう」

 

 少女の声が本陣から聞こえてきた。象徴の呼びかけに応えるように、ジュウザはほいよと大樹から降り立った。

 彼女が姿を見せたときには、極斗衆は風とともに消えていた。

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