聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十六話   (あや)かしの星

 サザンクロスの港の波止場に降りてきたのは、修羅の国から帰還してきたラオウと麾下の軍団、そしてケンシロウだった。

 城門前広場で南斗五車星の部隊と対峙していた北斗劉家拳のソウブが髪を逆立て、床几から立ち上がる。

 そして慈母星を連れて逃亡しようとしていたヤサカに声をかけた。

 

「見ろ、西斗月拳。あれが北斗神拳の長兄と伝承者。ようやくの凱旋というわけだ」

「……奴らが」

 

 黒い帽子の下の双眼は暗い。

 首から下げている緑の勾玉を握りしめる彼が、手中にある女鎧武者の手を引いた。

 

「逃げられないと思っている顔だな、ユリアとやら」

「……」

「この我が北斗の兄弟ごときに後れを取ると思ったか。見ておけ、奴らをまとめて成敗してくれる」

「ふっ」

 

 長い黒髪の美女は不敵に口角を上げる。

 ヤサカは慈母の星とは思えぬ激情の瞳の中に、空からマントを広げてやってくる何者かの姿を見た。

 

「急襲か小賢しいわ」

 

 振り向いた月氏の拳士はすでに雷を纏わせている。

 

「ほう、いきなり奥義とは」

 

 軍服姿のソウブが腕を組む。

 だが、と口にしたそのニヤリ顔はサウザーに瓜二つであった。

 西斗の雷撃が空を切る。

 

「?!」

 

 必中といわれる相雷拳が獲物を捕らえ損ねた。

 すり抜けられたと悟り驚愕するヤサカが、はっと我に返って再度振り返る。

 

「……やるじゃねえか、赤毛の優男」

 

 いつの間に象徴を奪われていたのか、赤紫のマントを羽織った男は鎧武者を抱えて距離を取っている。

 

「野郎……!」

 

 荒い口調になったヤサカが獰猛な牙を剥く。

 己の頬に裂傷が走っていたためだ。

 強烈な殺気を当てられた側は守るべき存在が別人であることをすぐに察知したものの、それに対する反応はない。

 

「大儀。南斗紅鶴拳」

 

 美貌をさらした鎧女の一言だけで、南斗六星のひとりはおおよその事情を理解した。

 頷いた彼が感謝すると小声で応える。

 改めて怨敵との距離を詰めていく。

 マミヤに向けた優しいまなざしとは違い、藤色の瞳は怒気で揺らいでいた。

 

「西斗月拳正統伝承者、ヤサカだな」

 

 指をさしたユダの表情も、声すら冷たい。

 彼としても同僚のギドゥオーンをこの男に殺されたことを知っている。

 劣らぬ憤怒の気纏を浮かべ、指をさし返しながら言った。

 

「誰にものを言っている。月氏の血を流させた罪、北斗と同様に罪深い……キサマはあの金髪のように容赦はせんぞ!」

「容赦とは笑止。手を抜いて戦えば死ぬのはお前だ」

「言うたなぁ雛鳥めが……」

 

 西斗と南斗の拳士を誰もが見守るなか、再び床几に腰を下ろしたソウブが興味深そうに赤毛の青年を眺めていた。

 己を唯一降した聖帝サウザー。今も武名を轟かせる(おおとり)がもっとも恐れた男。

 拳是として越えねばならぬ北斗神拳の長兄を撃墜した赤い衝撃の雄姿を。

 

「地上最強のカウンター拳法、見せてもらうぞ。ラオウを倒せば次の獲物はあやつ」

 

 ユダが構え直した。

 誘っている。そう悟ったヤサカが踏みだした。再度相雷拳を打ち込んでいく。

 もともと迎撃用ではなく攻勢に重きを置いた奥義である。

 

(我の利き手の動きは見切れまい。手遅れになるまで迷うがよい)

 

「おいフドウ」

「あの位置、ユダ様からすれば奴の拳は死角のはず……お前ならどうするジュウザ」

 

 五車星の二人が渦中から目を離せずに言葉を交わす。

 

「無理だな、おれならさっさととんずらする。まともに受けたら死ぬぜ」

「頑丈さでは人後に落ちぬワシとて同じこと。あんな雷極を受けて生きていられる自信はない」

 

 閃光が(きら)めいた。

 その光に他の色が含まれていることを確認したのは北斗の伝承者だけだった。

 ソウブの神眼は拳を放ち終えたブラウンの髪の髭男ではなく、膝をついた赤い髪の美男子に向けられている。

 泰然とするラオウと目を見開くケンシロウを横目に、ソウブは思わず高笑った。

 

「ふっ、ふふふふはははは、ハハハ!」

「……劉家拳、何がおかしい」

 

 北斗の分派の哄笑を耳障りと感じたのか、地面が陥没するなかで立つ西斗の男が踵を返す。

 

「あれの前にキサマが果てるか、ソウブ」

「……気づかぬとは、愚か者が」

 

 巨漢の男が表情を改め、思わず逃げいと叫ぶ。

 憎き北斗の男の叱咤でヤサカが反射的に飛びずさる。

 

「……相雷拳が効かぬ?!」

 

 大きく離れて着地した彼が信じられぬものを見たとばかりに瞠目している。

 いつの間に接近していたのか、ヤサカの真ん中分けの髪の額に鶴の人差し指が付きつけられていることに、誰もがようやく気が付いた。

 

「これが絶影……」 

 

 かすれ声でそう呟いた西斗月拳の拳士の額から血が流れだす。

 お前などいつでも殺せると言わんばかりな妖星の冷厳な目がヤサカを射抜いている。

 

「おい」

 

 唸るようなヤサカの声は怒りで震えている。ユダの人差し指をつかんだ男は思わず面を伏せた。

 

「同胞ギドゥオーンもこうしてなぶり殺したのか」

「相雷拳とやらはすでに見切っている。まずはひとつめのお前の誇りを砕いた。今から全ての矜持を粉砕していく。そして奴と同様、南斗聖拳を敵に回したことを後悔しながら……死ね」

 

 ユダの尋常ならざる凄みを受け、ヤサカほどの男が総毛立った。

 握った指を潰すつもりでいた彼がそれを手放す。

 無意識の危機感を打ち消し、反り返って気合を溜めた西斗の男が飛び上がった。

 だが踵落としは南斗の男の長い脚によって相殺される。

 

「うぬ」

 

 ならばと放たれた百裂の掌底。

 まともに受ければ塵と消える広範囲の剛撃ながら、それもことごとく受け流されていた。

 放ち終えたヤサカの両手はユダの両手によって内側から開かれている。

 ガラ空きの胴体に向け、独特な指の配置の拳が突きこまれた。

 

「あれは南斗斫撃(しゃくげき)?!」

 

 フドウが叫ぶ。

 今度は自分の体術を見せつけるように、ヤサカは宙返りをきめてその鋭鋒を(かわ)し、地に降り立っていた。

 

「鶴の嘴か、しかし鋭さがなかったな。お前も金髪の若僧と同じく相雷拳の全てを流せなかった。その腕や手は痺れて物の役にたつまい」

 

 黒い胴着の破れた部分を見下ろしたあと、月氏の血を引く拳士が両手を天にかざす。

 グキグキと筋を鳴らしながら唸るように言った。

 

「ぬぅふふふふぁ。過剰殺戮に等しいわが奥義を見せてくれよう。南斗ごときには過ぎたる第三の相雷拳を」

 

 絶影に劣らぬ神速を見せ、彼は鶴の懐に飛び込んだ。

 

「死ねい、相雷焦熱拳」

 

 双腕による雷炎の打ち上げを受け、ユダの体が属撃に(まみ)れて宙に浮いた。

 コンクリートに跡をつけるほどの踏み出しで、ヤサカが標的より高く飛翔していく。 

 

「うぁわたぁ!!」

 

 ごうっという重い打撃音とともに、真なる西斗の剛拳が振り下ろされた。

 そのとどめを受け、地面に叩き落された赤い衝撃がもんどりうって転がっていく。

 

 雷と炎にまかれ、動きを停止させた標的を見ることなくヤサカは歩みゆく。

 U.Dの紋章の旗の部隊が騒ぐなか、ようやく渦中にやってきたラオウとケンシロウを出迎えた。

 

「待ちかねたぞわが西斗の亜流ども……!」

 

 巨漢のラオウには劣るものの、ヤサカも背が高い。

 彼は伝承者より先に北斗の長兄を抹殺するつもりでいた。

 それに相対しようとする男が無言で配下を影響範囲から下がらせる。

 そして復讐者に向けて告げた。

 

「二千年もの間怨念を受け継いできた拳法か。女々しいものだ」

「何ぃ?!」

 

 首にかけた緑の勾玉が浮き上がる。鬼の形相のヤサカが告げた。

 

「わが西斗月拳こそ地上最強……それをこの世に知らしめるために赤い南斗は葬った。すぎたる口を利くキサマも生かしてはおかん」

「後ろを向け」

「あ?」

 

 ラオウがマントをまくって指をさす。それを見ていたソウブも思わず立ち上がった。

 フドウとジュウザも息を飲む。

 

「やはりな、あれほどの雷炎を受けても軽傷か。さすがはシンの上を行く存在だ」

 

 修羅の国で共に戦ったことがあるケンシロウは当然のように呟き、南斗最強の拳士がゆらりと立ち上がるのを眺めていた。

 

「……てめぇ」

 

 振り返ったヤサカが唾を吐く。

 秘奥義で倒したはずの敵は属撃を纏っておらず、突いたはずの秘孔も炸裂していない。

 

「自ら最強とほざく者ほど滑稽なことはない。それは他人が決めること」

「……」

 

 拳王を名乗る豪傑らしからぬ台詞がヤサカの背後から聞こえてきた。

 

「このラオウすら退けた(あや)かしの星。うぬごときが容易く倒せる男ではない」

 

 兄である北斗琉拳のカイオウを倒してさらに武威を高めた世紀末覇者の言葉は重い。

 満身創痍とて気力ますます盛んな巨漢が口角を上げた。

 

「オレを失望させるなよ赤毛の若僧」

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