聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十九話   愛の誓い

「ぬぅふははははははもう息切れか南斗極聖拳(きょくせいけん)……! まだわが拳の到達点を愉しんではおらぬぞ」

 

 血煙のなかで金髪の青年が膝をついた。

 センター分けの髭男は完勝だと言いたげに両手をかざしている。

 

「……やべえんじゃねえのかあいつ。剛拳どうしの肉弾戦、どうやら西斗のヤロウに分がありそうだぜ」

「ヤサカとやら……誰が見ても神々しいほどの高みに辿りつつある。あれがユダ様の言う自覚の覚醒」

 

 五車の雲と山のうめき声が凄惨ながら静かな戦場に響き渡った。

 皆が固唾を飲んで見守っている。

 そんななか、鎧武者の美女が蒼白になって渦中に駆けだそうとしていた。

 しかしその守護星たる赤い衝撃が配下に目線を送る。

 

「放せ……!」

「南斗を統べる御身といえど、こればかりは聞けませぬ」

「御曹司のご命令だ、男と男の戦いに出しゃばるな」

 

 マミヤを抑える南斗紫蝶拳(しちょうけん)の女拳士と下僕の小男が鋭く言い放つ。

 そんないざこざを横目に見たヤサカは切り裂かれた黒い胴着を煩わしそうに破り捨て、鋼の上半身を(あらわ)にしながら尋ねた。

 

「女……南十字の象徴よ。この若僧の命がそれほど惜しいか?」

 

 静かな城門前の広場に不気味な風が吹く。

 彼の台詞を耳にしたクセのある黒髪の影武者は抑えにかかるユダの直臣の肩をつかんで、思わず身を乗り出していた。

 

「フン……それほど執着を示すとは。それは慈母星としての義務か、それとも」

「――」

 

 何かを叫ぼうとするマミヤの口を塞いだのはメイエルである。

 問いかけた男は薄く笑っている。

 闘気とともに狂気も奥底に閉じ込めた西斗の拳士が、ついには声に出して呵々大笑しだした。

 

「北斗抹殺を前にして南斗宗家の男を月氏の生贄に……そう思っていたが、少し気が変った」

「……何?」

 

 膝をつき、俯く金髪を眺めながら高笑うヤサカの台詞に、珍しくユダが眉を寄せる。

 

「象徴であろうとなかろうと……気に入ったよ、いい女だ。未熟者などにくれてやるには惜しい」

 

 周囲がざわついた。

 それでも本来ならば激昂してもよい面々、ジュウザ、フドウなど、マミヤが影だと知っている者はわずかに動揺を示しただけだ。

 

「う」

 

 強烈な蹴りを受けたシンが吹き飛んだ。

 転がり終えても立ち上がれないほどの衝撃を受け、彼は肘をついて大敵を眺める。

 

「お前ほどの女には地上最強の男がついてしかるべき」

 

 ヤサカの目がユダに向けられた。

 だが赤毛の美男子は泰然としたままだ。

 それを窺った髭男は重畳、と呟きながら歩き出す。

 

「南斗の慈母星よ、西斗の我こそお前にふさわしい。強き者の傍ならば、そのような無骨な鎧で体を覆う必要もない」

 

 そう言いながら、勝者がシンの頭を踏みつけた。

 マミヤの絶叫を耳にしたそのとき、今にも駆け込んできそうな勢いの美女に向かってヤサカは告げた。

 

「ひと思いに殺そうと思ったが、わが伴侶になろうとする者の声なら……我も聞き入れる用意がある」

「?!」

 

 今度こそひとかどの拳士たちを含めた驚愕のざわめきが沸き起こった。

 西斗月拳の拳士が象徴を人身御供に南斗宗家の助命を提案している、と誰もが察したところで、死神とレスティエがようやく声を振り絞って言った。

 

「ジョー様……!」

「……マミヤさんはあのお方の身代わり。南斗の人間としては勘違いさせたまま成り行きに身を任せる以外にない」

「そんな」

「KINGが一番無念であろう。本来は守るべき相手にあのような決断を迫られるとは」

 

 短い薄緑色の髪の影が歯ぎしりをしながら金髪の主を窺う。

 

「返答次第で若僧の頭は踏みつぶす。覚悟を決めよ」

「……マミ」

 

 髭男の足元に屈辱の平伏を余儀なくされたシンが顔を上げようとするも、ヤサカに再度踏みつけられて地中にめり込んだ。

 血はともかく、土の味を噛みしめるなど、この世に生まれ変わってから初めてのことだ。

 

「メイエル。コマク」

 

 赤毛の主の静かな呼び声に、二人の忠臣が半狂乱の影武者から手を放す。

 とたんに駆けだすマミヤの背を見ながら、彼らは主人の後ろに音もなく寄り添った。

 

「ユダ様、あのままでは」

「……」

「あの女……金髪の小僧のためなら身代わりであることを白状してもおかしくありませんぜ」

 

 赤い衝撃は無言だった。

 本物でない以上はどうでもいいという態度にも思えるし、南斗の双璧とも呼ばれた同僚に期待しているともとれる様相だった。

 その間に、鎧武者の女がヤサカの前に飛び込むように斬りかかっていた。

 当然にして軽くひねられ、手首をつかまれて持ち上げられている。

 

「おっと。先ほどより拳の鋭さが増したか。ふむ、その上気した顔も麗しい」

「触れるな髭野郎……!」

「おとなしくていろ。間違ってこやつの頭を踏み潰してしまうかもしれん」

「……」

 

 マミヤの美しい瞳が全霊の拳に昇華させた西斗の男の瞳を見つめる。

 激昂中の彼女だったが、それでも神の域に達したと思われる拳士に対して違和感を覚えていた。

 

「……違う」

「あ?」

 

 ぼそりと呟いたマミヤの低い声にヤサカが眉をひそめたものの、身を包む鎧を一撃に粉砕して転ばせた。彼はその肢体を確認して白い歯を見せた。

 

「武張った格好よりその下の衣装のほうがよいではないか。ますます好みだ」

 

 剛腕を伸ばし、意中の女を抱えた髭男が頬が触れ合うほど距離を詰めて、底冷えする声で告げた。

 

「我を愛していると言ってみろ」

「何をバカな……下ろせ!」

「気の強いことよ。躾がいがあるが、この時点で望むは恭順の意思」

 

 荒地を削り上げるヤサカの蹴り。うつ伏せのシンの胸部にヒットしたことで、標的が宙に浮く。

 マミヤを抱きかかえたまま飛び上がった西斗の踵落としは奥義だった。

 雷炎の属性を内に秘めた相雷炎獄蹴(そうらいえんごくしゅう)を受け、地面に叩きつけられたシンが跳ね飛んで転がっていく。

 

「やめ……」

「そなたの心ひとつでなぶり殺しはやめてやる。我を愛すると言えば苦しませずに殺してやる」

 

 先ほどは生かす、と言っていたはずが、マミヤのシンに対する感情を確信したヤサカが冷たく言い放った。

 

「執着すればするほどあの若僧は凄惨な最期を迎えることになる。五体満足の状態で果てるか、肉塊になるか」

 

 コンクリートの地面から立ち上がる南斗の拳士の血だらけな姿に、彼を主とする影の女が身構えた。

 上司がそれを抑える。いつにない厳しい声だった。

 

「耐えよレスティエ。もはやKINGの沽券にかかわる。六花八裂になろうと邪魔をしてはならん」

「……そのようなことになればわたくしも死にます!」

「それは止めはせん」

 

 ジョーカーが苦く吐き捨てた。シンが倒されれば弔い合戦の準備はできている。

 青白い頭巾の彼女を押しとどめながら、そうなったところで(かな)いはせんと思いつつ心は平静だった。

 黄金の牙を上回る赤い衝撃がいる以上後顧の憂いはない。

 

「強情な女だ。まだ観念せぬか!」

 

 南斗宗家の伝承者が西斗の剛拳により叩き伏せられ、蹴り上げられる。

 それを眺めるしかできないマミヤの絶叫が再び城門前に響く。

 

「やめて、ではなく愛の誓いだろうがぁ?!」

 

 ヤサカがそれ以上に大きく叫んだ。

 同時に、シンの腹筋に貫手が突き入れられた。

 口から血を吐き、両膝をついた若い南斗の拳士に渾身の正拳が打ち下ろされようとしたときである。

 

「……」

 

 マミヤのか細い声が放たれた。

 だがそれでは、再び正気のなかに狂気を込めだしたヤサカを満足させることはできなかった。

 

「なあにィ?! 聞こえんなあ!」

 

 内に気をこめた拳でシンの顔を殴り飛ばしたところで、慈母星の影武者が求められた台詞を金切り声とともに口にする。

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