城門が閉じられていく。
サザンクロスの城内に戻っていく五車星とその部隊のなかには死闘の勝者と敗者がいたが、二人とも生きているのが不思議なくらいの重傷だった。
それとは別に、象徴や影武者を見送り、激突の後が色濃く残る広場を見回す集団もいる。
そのなかの主だった人物が口を開いた。
「他門のレイに対する救済に感謝する。この借りは必ず返そう」
「フン……名高き赤い衝撃に借りとはこそばゆいことよ。それには及ばぬ。だがトキには頭を下げておけ。心身をすり減らして今もまだベッドから起き上がれん」
頷いた赤毛の青年の傍を通りすぎる際、世紀末覇者を名乗る豪傑は自分によく似た姿形の分派の男を探したが、ソウブはすでに南十字星の島から姿を消していた。
いつか戦うことになると思いつつ、赤いマントを影のウサから受け取ったラオウが背後の強敵に向けて言った。
「この世に北斗の末弟は必要な存在。それと同じく義星も必要、そうほざいたらしいが」
「ああ」
「だがオレとうぬは……ケンシロウとあの金髪のような間柄でもありはせん。西斗月拳すら手玉に取るうぬこそわが最強の敵」
「……」
「カイオウもリュウケン並みにオレを楽しませてくれたが……妖星の赤い牙はそれ以上だと確信している。再戦はすでに決定事項だ。忘れるな」
「残念ながら私は記憶がよく飛ぶ」
「ほざけ。天に選ばれし者、南斗紅鶴拳のユダ。それを砕いてこそ拳王の伝説は完成される。表裏一体、竜虎の決着は必ずつけようぞ。それが二千年にわたって伝えられてきた北斗南斗の宿命」
ラオウが配下の精鋭を率いて整然と南の孤島を後にした。
残されたのは覇者に頂点扱いされた沈毅な優男と側近、そして赤備えだけになった。
中年の従者コマクが長身の主を見上げる。
「ユダ様」
「トキに合った後ブルータウンに帰還する」
「レイ様の様子を一目みてからでも」
女の気づかいを見せるメイエルの言葉に、同じ六星の彼は無事ならばそれでよいとサザンクロスの天守に向かって歩き始めた。
「これで終わったと思いたいんですが……何ていうか……いや~な胸騒ぎが止まらないんですけど」
そばかす顔の若い拳士が何気なくそう言うと、ブーツの歩みを止めた赤毛の美男子が白いあごに手を当てて、ゲンジュの予言は正しいと呟いた。
「これ以上の混乱はどの勢力もうんざりでしょうに、御曹司の勘はよく当たる。少し休ませてもらえんでしょうかね、年寄りに連戦はこたえますわ」
コマクがため息をつきながら主の背中を追いかける。
すでに日は沈もうとしていた。
§§§§§§
サザンクロスの救急医療室。
利き腕を破壊され胸を貫かれたヤサカだが、致命の衝撃を受けながらも、全霊の拳を会得するに至ったその頑健な体とケンシロウ、トキらの手当により、なんとか一命をとりとめていた。
それに劣らぬ傷を受けているシンも別の病室で絶対安静の状態だった。
マミヤはもとよりユリアも執念の男の傍から離れず、つきっきりでその看病に当たっている。
今回ばかりは五車星たちも何も言わぬ。
妹が兄を案ずる親愛的な行動を見守るばかりだった。
数日経って未だ人事不省に近い西斗南斗をよそに、サザンクロスは戦後処理で慌ただしい。
やがてそんな右往左往も峠を越え、帰途に就く者もあらわれる。
負傷していた仁星と、新月愁からの復活を遂げた義星の六星二人が郷里へ戻ると象徴に告げてきた。
ユリアはシンの病室の外でケンシロウとともに盲目の闘将シュウと、髪がライトブルーから白髪に変わったレイと挨拶を交わす。
双方は跪いてユリアに儀礼的な礼を施してから起き直った。レイが言った。
「ケンやトキだけではなく、あのラオウにも命を救われようとは……つい最近まで考えもしなかった」
ケンシロウは無言で頷く。
「ゆえにこの命の借りは必ず返す。オレにできることがあれば言ってくれ」
「慈母星に仕え、生きて使命を果たすべし。仁や義、二人とも死ぬことは許されん。ユダもそう言っていた」
北斗の親友の厳命に近い台詞を受け、レイが差し出された彼の手を力強く握り返した。
シュウも恩人の千金の言葉を心に刻もうと頷き返す。
「厄介ごとは極星や妖星に任せればよい。あれらは戦う運命を課せられた星々、火急の際に先頭に立つべき双璧だ」
生涯の宿敵に全面的な信頼を置いている。そんなケンシロウの断言だった。
壮年のシュウは後進に道を譲るという考えもあったが、まだ若いレイは同年代の双璧に対抗心がある。
それでもシンやユダは自分にとっての大恩人である。
白髪になった水鳥拳伝承者はしばらくは最前線は譲ってやる、と憎まれ口を叩いて背を向けた。
彼ら六星の二人がサザンクロスから発って、もうひとりの六星が目を覚ます。
意識を取り戻した金髪の青年は、いつの間にか気を失っていた南斗の象徴を支えながら満身創痍の身を起こした。
「シン様」
「シン……!」
「KING」
五車の長、マミヤ、ジョーカー。それぞれが彼の名を呼ぶ。
抱き着いてくる美人の弟子を受け止め、シンはユリアをトウやレスティエに任せた。
昏睡状態のなかでも感じていた最愛の存在が、二人の女に抱えられながら病室を出ていくのを眺める。
「ユリアに助けられた、か」
「わが主はシン様が目を覚ます直前までつきっきりで貴方の手を握り、念を送っておられました。昼夜問わずですぞ」
リハクが咳ばらいをしながら椅子に座り直す。
泣きながら抱き着いて離れないマミヤをよそに、シンは傍らに立つ死神が何気なくケンシロウに場所を譲ったのを察していた。
寡黙な宿敵が珍しく
「生きて帰ってきたか。さすがに今回は死ぬかと思ったが」
「……ユリアに頬をはたかれて引き戻されたようだ。あとトキの気脈も感じた」
「トキの兄者はレイだけではなく、お前や他の男を看ていた。精魂を使い果たしてまた病床についている。まあ医術の仁だ、本領を発揮してどこか楽しそうではあったがな」
「そうか」
ユリアの病といい、重ね重ねの大恩にシンが後で見舞うことを確約しながら、同門のシュウやレイが旅立ったことをリハクから伝えられる。
「仁や義が無事ならば世は事もなし」
シンが呟きながらベッドから立ち上がる。
マミヤは包帯だらけの師の上半身に上着をかけた。
その際彼女から聞いたのがヤサカの安否だった。
秘孔を突いて絶命の流血を止めた彼は自ら治療を施し、またトキにも助けられてすでに目覚めているという。
ひとりでその敵の元へ向かおうとするシンにマミヤは有無を言わさずついてきた。
病室に入ったときヤサカは仰向けに寝ていたが、シンらの気配で目を開けた。
彼ら美男美女が自分を見下ろせる距離に来たとき、西斗月拳の伝承者は不機嫌に告げた。
「偽物の女と復古の拳の若僧……うぬらもわが月氏の真実を聞いたであろう。北斗の次兄からだ」
ヤサカが北斗の血を引くと知らされたのはマミヤのみだ。
意識を回復したばかりのシンはそれを聞いて瞠目している。
「ふん……どちらにせよ北斗を恨むは筋違いであったわけだクソったれが。わが半生、くだらぬ労力を費やした」
利き腕のひしゃげた指を見ながら、髭男が自嘲気味にそれをかざす。
龍の牙に貫かれた右胸の様子はまだ予断を許さないようだが、秘孔を操るに北斗を凌ぐとされる西斗の拳士は、命に別状はないよう処置しているという。
「しかしな若僧、うぬとの因縁は別なもの。五分の戦績で終わったと思うな。必ず勝ち越す」
胸の傷が痛むのか、表情を歪ませがら欠けた手でシンを指さす。
美女に支えられる彼を一瞥し、舌打ちを放ってから彼らに背を向けた。
「……我より重傷であったうぬがすでに立つことができるほど回復しているとは。その点においても気に食わぬわ。はやくこの場から消え失せろ。次合うときは三度目の死合の場だ」
言いたいことを言い切ったヤサカが再び目を閉じたのを機に、二人は病室を出る。
シンが何かを話す前にマミヤは釘を刺していた。
「しばらくここで療養してもらいますから。逃げても無駄」
「……」
「あの人を泣かせるのは貴方の本意じゃないでしょ?」
「……五車の追っ手をさばけるほどの元気はない」
通路の窓に目をやり、不承不承に返答するシンの耳に、妹のような女の慌てふためいた声が突き当りから聞こえてきた。
「ユリア様、お、落ち着かれませ。シン様はこの建物の中に必ずいますれば」
普段は重厚なリハクのしどろもどろな台詞も聞こえてくる。
そんな集団がこちらに気づいたようだ。
ストレートな長い黒髪の美女が復古の拳士の名を呼ぶ。
「シン! ここにいた」
ぱっと花が咲くように笑顔を見せ、ユリアが彼の胸に飛び込んできた。
彼女のそんな気やすい行動に、同じような顔をした美しい影武者の眉が吊り上がる。
意に介せぬ無邪気な相手の髪をなで、シンは遅れてやってきた宿敵と言葉を交わす。
「目覚めたとたんにお前がいないと泣き始めた。子供返りのようなものだが、今は許せ」
「どのみちしばらくはここから動けん。妹の好きなようにさせるさ」
黄金の髪の美男子は彼に抱き着く本物と肩を貸す影の、一見静かなやりとりに気づいてはいない。
兄の恋人に対するユリアの対抗心に、マミヤが本気で殺気を送っている。
以前よりあまり関わりたくないと思っているリハクとトウは少し離れて見守るばかりだった。
一雨降った後だろうか。窓の曇り空には大きな虹がかかっていた。
聖拳列伝第三章、西斗編が終わりました。
最終章天斗編を考えておりますが、下書きすらしていない状況であり、次のお披露目は未定になっております。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
いつかまたお目汚ししたいと思います。