ペルソナ4 Another Story,Another Hero 作:芳野木
そんな小説を書いてみたい。
2011年 3月
霧の中。俺は手探りで歩いていた。少し前、いや足元さえも見えない。止まればいいと思ってはいるが、なぜか歩き続けている。
いったい俺は何を探してるんだ? そもそも探していないのかもしれない。
俺はなぜここにいる? 始めからここにいたのかもしれない。
霧の中では思考も視界も曖昧になるようで、さっきから全てが定まらない。
――珍しいね。この霧の中で人がいるなんて。
誰だ? 突然聞こえてきた声に足が止まった。止まれたんだな、そう自分の足なのに感心する。
目をしばたたかせてみるとほんの少しだけ、前が見えた。相変わらず見通しは悪いけど、前が見えただけでも十分だ。
――変わった力を持ってるようだね。真実を探す力。それと……まったく真逆の力も。
黒い人影が突然現れる。たぶん、人だ。多少は人じゃない妖怪やら化け物やら考えもしたが、こんな霧の中で遭遇したくないので人だと思う。
それにさっき話していたし。うん、人決定。
――何で君はここにいるんだい?
「そんなことこっちが知りたい」
答えがおかしかったか、人影は体を揺らして笑った。くぐもった笑い声も微かに聞こえる。やっぱ、人か。
「あんたは何でここにいるんだ?」
――…さぁ? いたいからここにいる。それじゃあ、ダメかな。
「…こんな霧の中で?」
たしかに、ある意味過ごしやすいかもしれない。けど足元も前も見えない見通しの悪さじゃ俺は遠慮したいな。
――見たくないものが見えないのは、いいことじゃないか。
「そんなの見なきゃいけないのも見えないだろ」
――それもそうか。
そう言うと、ゆらゆらと人影は揺れはじめる。あれ? 俺も…揺れてる? 立ち眩みのように頭がぼんやりとして体から徐々に力が抜けていく。
――君は‘真実’を得たいか? 霧の中を見たいか?
ゆらゆらと揺れ続ける人影と今にも倒れそうな俺。
――さぁ、役者となり翻弄されるか、脚本家となり翻弄される人々を傍観するか。……君ならどちらを選ぶ?
膝をついた俺はその答えに──
◇◆◇◆◇◆◇
「いでっ…」
ごんっと鈍い音がして、俺は眠りから覚めた。目を擦ってから、耳に付けっぱなしだったイヤホンを外しウォークマンを止める。
丁度、電車はトンネルを通っているようで、ついさっきばかしの鈍い音の原因である窓ガラスには、顔をしかめぶつけた額を擦っている間抜けな男の姿が映っていた。
電車で居眠りして窓ガラスに頭やら額やらをぶつけるなんてベタな話だ。ベタな話であるからこそ、間抜けさが際立つ。まったく、車内にいる人が少なくてよかった。
眠気を紛らわすように目を擦って、景色の変わった窓を眺める。トンネルを抜けると途端に懐かしい気分になってきた。なんせ中学最後の冬に行って以来だからな。
八十稲羽市。幼い頃から伯父さんが住んでいたこともあり、よく遊びに来ていた所だ。都心から離れた所謂‘田舎’で伯父さんはよくここを
「何もないのがココのいいとこだな。星は見えるし、空気はうまい」
と誇らしげに喋っていた。そんな、伯父さんに懐いていた俺は引っ越し先がほぼ都会だったのに、都会にあまり慣れない変わった奴に成長していった。ま、後悔はしていない。
伯父さんが言うとおり、ここは何もなくて星が見え空気がうまい。
降り立った場所はやはり八十稲羽市だった。これで違う場所だったらびっくりだけど。見渡せば都会と比べると何にもない風景が広がっている。喧騒も車が行き来する音もない。
ビバ、田舎。グッバイ、都会。
空気をゆっくり吸い込み、担いでいたバッグを下ろす。そして外していたイヤホンをまたかけなおし、ポケットから携帯を取り出した。メールの本文をうち送信ボタンを押そうとして…少し考える。
…今日は家の掃除で忙しいだろうから、明日にでも連絡するか。どうせ今日も明日も同じだしな。何事もサプライズが肝心。人生に驚きを。
メールを保存し、バッグを担ぐように持つ。じゃ、バス停に行こうか。
2011年、橘日向。八十稲羽市到着。
歩いていると突然喉が渇くことがある。ウェストバッグからお茶を取り出そうとしたが、いくら探してもお茶は見当たらなかった。しまったな、電車に置き忘れたか。
「まだ飲んでなかったのになぁ…」
勿体ないし、迷惑なことをしてしまった。…今度は忘れないようにしよう。
「あれ、こんな時間に珍しいね」
「……?」
顔を上げると、ガソリンスタンドにいた男性店員が笑みを浮かべ近付いてきた。
「ね、観光?」
やけにフレンドリーな店員だな、この人。嫌じゃないけど、むしろフレンドリー好きだけど。
「いや、今日引っ越してきたんです」
『MOEL石油』。ガソリンスタンドの看板を見て、店員に答える。
ってか、石油が燃えたらダメだろとか、石油に萌えるのも如何なものかとか……この看板ってツッコミどころ多いな。
「へぇ、もしかして都会から?」
「ええ。都会からです」
何でわかったんだろう。都会の人みたいな、雰囲気でも出しているのか俺。
「ここ何にもないでしょ? 都会と比べると退屈で慣れるの大変だと思うよ」
「あー。俺、昔からこっちよく来てたんで…退屈とかあんま感じないと思いますよ」
退屈を紛らわすのは得意分野だし。こっちの方が退屈はしなさそうだ。
「なら、君に言うべき挨拶はようこそよりもおかえりの方がいいかな?」
「ま、そっちがしっくりきますね」
「ハハッ…じゃ、おかえり。僕が言うのも何だか変だけどさ」
屈託なく笑うと店員が手を差し出してきた。俺はその手を握り、握手をする。まさか、ガソリンスタンドの店員に歓迎されるとは。
「あっ、そうそう今アルバイト募集中なんだ。よかったらどう? 高校生でも大歓迎だよ」
「こっちの生活に慣れたら、一度来ますよ」
丁度、ガソリンスタンドには自販機があったので、お茶を買ってから俺は店員と別れた。
ガソリンスタンドから出て少し歩いたところに青い服を着た女性がいた。いや……それがどうしたって話なんだけど、明らかにこっちを見られてるんだよな。超ガン見だ。
赤い服の女性には気を付けろとは聞いたことあるが、青い服は聞いたことがない。でも、八十稲羽じゃ青い服の方がヤバイのかも……ってか、そんなことも聞いてないし。
よく考えると非常に失礼極まりないなとか、よく見ると凄く綺麗な人だなとか、思いながら女性を横目に通り過ぎた……
「ちょっと待ちなさい」
ところで、呼び止められた。
…………逃げようか。なぜそう思ったのか分からない。本能で、何となく。けどどうせ逃げられないとも思った。これも本能で、なんとなく。
「久しぶりね。日向」
声をかけられたが、全然久しぶりとは感じない。恐怖しか感じない。…どこかであったか?
「あなたは覚えてないでしょうけど、私の名はマーガレット」
女性――マーガレットさんの金色の瞳が俺に向く。ゾクッとした。続く言葉に嫌な予感がする。
「あなたとは男女の特別な関係を築いていたわ」
「嘘でしょ」
俺は即座にマーガレットさんの言葉を否定する。
「あら、どうして?」
対するマーガレットさんはクールな表情を変えずに首をかしげた。
「いくらあなたのこと憶えてなくても、そんなのは直感でわかります。ってか、俺が誰かと特別な関係になるのは考えられないっていうか……そんなことと縁遠い質だし…そういうの避けてるんで」
それにマーガレットさんと対峙するとどうも冷や汗がとまらない。違う意味で胸がドキドキしている。
これでもし特別な関係であったのなら、俺たちはいったいどんな別れ方をしたんだよ。包丁持って泥沼レベルじゃないよな。あなたを殺して私も死ぬ、みたいなパターンは昼ドラか刑事物で十分だ。現実では実に拝みたくない。
まして、それが自分自身におこることならぜひ遠慮したいな。
「正解。その考え方、相変わらずなのね」
肩をすくめマーガレットさんは、つまらないわねと呟く。つまらないと言われてもな。
ってか、さっきのはからかっただけですか。というよりも
「相変わらずって…」
『相変わらず』その引っ掛かる言葉について尋ねようとした俺の手が掴まれる。造り物のような綺麗な手は思っていたよりも温かい。
「場所を変えるわよ」
「え…?」
手をひかれ、壁に不自然に存在する扉の前に移動する。マーガレットさんは、ちらりと後ろを振り返って俺に扉を開けるよう促した。
促された俺は、青く輝く扉を見つめる。懐かしさを感じた。この扉を開けば……何があるのかも知っている。
不思議な既視感とともにドアノブをゆっくり回した。
トンネルを抜けると雪国。扉を開けばそこは、
「……ベルベット…ルーム…」
「…あら…」
呟いたせいかマーガレットさんに興味深げに見られた。その部屋は青色で染め上げられたお高いリムジンのような内装で、車窓からは濃い霧が見える。車内にはどこか物悲しいピアノの音と歌声が流れていた。
部屋と同じく青いテーブルの前に座っているタキシードを着た白髪の老人が、顔をゆっくりと上げた。
特徴は長い鼻に大きくギョロッとした目。うん、鼻が長い。長いな、鼻。
……ベルベルベ~ル、ベルベット~。わ~が~あ~るじ長い鼻~。なぜだろう。無駄にいい声で変な歌が脳内再生される。
「ようこそ、我がベルベットルームへ。お久しぶりですな、橘日向様」
向けられた大きな目が俺の少し戸惑った表情を映し出す。…不気味な雰囲気なのに、全然怖くない。俺のすぐ後ろにいる人のほうが怖い。
「あ、どうも。えーっと……」
少し間をあけて、記憶から名前を引っ張りだす。特徴的な人だから覚えているわけじゃないのは、マーガレットさんでわかった。
ベルベルベ~ル……いや、もういいから。何だよ、その歌。
「イゴールさん」
俺が何とか思い出した名前を言うと、
「ほほぉ…私のことを覚えていらっしゃるようだ。どうですかな? 他に何か思い出すことがおありで」
その老人は目を細める。イゴールさんで合っていた。
この部屋に関すること、こめかみを抑えて目を瞑るが何も出てこなかった。俺は顔を上げるとかぶりを振る。
「安心なさるがいい。貴方の欠けた記憶はいずれ必要になる力。……全て思い出すには、まだ時間は長すぎる……」
「知ってるんですか? 記憶の内容」
「いいえ、我々は存じ上げていない。仮に知っていたとしても…我々に訊くことなく貴方ならば自分自身で捜そうとするでしょう」
「まぁ…自分の記憶ですしね」
自分の物なのに他力本願ってのは情けない。忘れたのも思い出せないのも俺の責任だ。誰かに任せられることは出来ない。
「フフ……それでこそ、ベルベットルームに招かれた客人だ」
ベルベットルームに集う者は、皆何かしら捜し求めている。イゴールさんはそう言葉を続けた。
「あなたの持つペルソナ能力についてはまた後日にしましょう。いきなり全てを話すにはいささか疲れているようだ……あぁ鍵は持っていますかな?」
「鍵?」
「手を開いてみなさい。鍵はもう手の中にあるはずだから」
マーガレットさんに言われて、握りしめていた手を開く。鍵は確かにあった。
いつのまに? いや、元々持っていたのか? だから、いつから?
ズキッと頭が疼く。手の中の鍵は俺が見ている中、手に溶け込むように消えた。
「次は自らの意志で鍵を使い、この部屋に来られるといい」
自分の手から視線を外し、窓の外を見つめる。外は相変わらずの霧だ。
いつか聞いたことがある。霧は何かを隠すのにもってこいの現象だって。外の霧も何かを隠しているのだろうか。いつかの夢みたいに。
ベルベットルームから出ると頭の痛みが途端にやわらぐ。マーガレットさん、イゴールさんが敵でないことは確かだ。確かなんだけれど……
ただ二つほど気になることがある。一つ目はイゴールさんが言っていた「欠けた記憶」の内容。俺はいったい何を忘れているんだろうか。
そして二つ目はマーガレットさんについて。最初はただマーガレットさん自身が怖いのだと思っていた。ま、確かにそれも含まれると思う。俺はマーガレットさんと対峙していた時、必要以上に緊張していた。だがそれ以外にも……いや、今はまだ上手く言葉に表されないな。
それに俺はマーガレットさんを覚えていなかった。マーガレットさんは俺を「日向」と呼び、俺の変わった性格についても「相変わらず」と呆れることが出来るほど知っている。男女関係はなかったにせよ、親しい関係なのは確かだ。俺は普通、性格のことを人に話したりはしない。話したくない内容だからな。
一気に考え事をしたせいか、また頭が痛くなってきた。イゴールさんに言われた通り、やはり疲れているんだろう。
「……今日は早く寝るか」
目を瞑り、目頭をおさえて息を吐いた。引っ越し初日から色々とありすぎだ。
どんな記憶か。なぜ怖いのか。悩み事が増える一方だな、考えていたら限りがない。
ってか、これ以上考えていたら頭が保たない。さっきら、ズキズキと疼きっぱなしだ。伯父さんの家へと急ぎながら、買ったばかりのペットボトルに口をつける。
ペットボトルの中のお茶は、まだ冷たいままだった。
今日から住むことになる家は、伯父さんの家だ。伯父さんが亡くなってからは、誰も住んでなくて無人の家。だが、伯父さんと過ごした日々がこの家には凝縮されている。
誰もいないのが不思議なくらいだ。家に入れば、すぐに伯父さんが笑顔で迎えてくれる――そんな幻想見たいなものを抱きつつ古き良き日本家屋の家を見上げた。
人の気配のない庭。明りの灯っていない一階と二階。
いや、ちょっと待て。俺はもう一度目を凝らしてから二階の窓を見た。
人影が動いている。まさか、幽霊か。泥棒か。身構えて凝視していると。
ガラッと窓が勢い良く開けられた。現れた人影の正体に安堵する。まったく、よくあるオチだ。
「おー、日向ぁ。遅かったじゃないのさ~!」
窓から体を乗り出して手を振ってくる女性―俺の伯母さんでおじさんの妹の橘凛子こと凛おばさん―に手を振り返した。
マーガレットコミュを日向は築いていくことになります。
……マーガレットさんは「厳しさの中に優しさがあるお姉さん」みたいな感じですよね。
日向はからかわれたり、メギドラオンされたりしますけど…
オリキャラが登場したので、その紹介を
・橘幸司
タチバナ コウジ
日向の伯父で、二年前に亡くなった。日向にとっては、一番の理解者であった人。
・橘凛子
タチバナ リンコ
日向の伯母。幸司の妹で、非常にサバサバとした女性。
暇人なのか、忙しいのか、仕事も様々な分野に手を出している。
現在の職業は雑誌のライター…だと思う。