【完結】空の記憶   作:西条

103 / 295
全てが平和な世界だったら。


 短編 もしも、全てが平和な世界だったら

 蒸気機関車の汽笛が、高らかに響いた。煙が視界を曇らせるのに目を細める。

 懐かしいプラットフォーム。ホグワーツ行きの紅の列車がゆっくりと滑り込んでくるのに、思わず胸が高鳴る。

 

「よっす秋! 久しぶりだな!」

 

 突然、後ろから肩に手を回され振り回された。軽くよろめいて、目を見張る。

 

「シリウス! 久しぶり、一年ぶりくらい? 少し老けたね」

「ダンディーになったって言えよ。俺でも傷つくんだぜ? そういう君は全く変わらないなぁ」

「ねぇ、それはそれで傷つくんだけど?」

 

 あっはっはと豪快に笑いぼくの肩を叩くシリウス。学生時代からカッコいいって思ってたけど、こうして社会に出ても輝きが曇るどころかどんどん増してってる気がする。

 すっと通った鼻梁に涼しげな甘いマスク、そして浮かべるのは少年のような笑顔。これでモテない方がどうにかしてる。

 

「今、何してんの?」

「ブラック家の財産食い潰してる」

「働けよ! レギュラス見習えクソ兄貴!」

 

 心外な、というように大袈裟に肩を竦めてみせると、シリウスはにやっと、学生時代によく見た『裏がある』笑顔を浮かべた。

 ちょいちょいと手招きするのに、疑問符を浮かべながらも近寄る。

 

「実はさ、俺、今世界一周目指してんだよね。今日も、実は韓国から飛んできた」

「へぇ!」

 

 耳元で囁かれた声に感嘆した。

 あぁ、ブラック家の財産食い潰してるってそういうことね。

 

「旅はいいぜぇ~? 自由だし、何しても怒られないし、女の子はナンパし放題だし」

 

 ……ん? 今何か変なの聞こえたような。

 

「いやー、宿代タダってのはいいよな! メシも美味いし女の子はお酌してくれるし、文句ねぇよ」

「刺されて死んじまえ、このタラシ。そしてもうぼくらも30代なんだから、いい加減体力とか健康とか考えるべきじゃない?」

「そういうお前はどうなんだ? 後輩の不始末もひっ被る苦労人さんよ?」

 

 軽やかに言われ頬が引き攣る。

 ……そうか、レギュラスからの情報か。

 

「『秋先輩、秋先輩』って家でもふくろう便でも何でもお前の話ばっかりでなぁ、嫁さんが嘆いてたぞ、『レギュラスは私より幣原さんのことが好きなのよ』って」

「うぅ……色々誤解が……」

 

 頭を抱え、曖昧に笑顔を浮かべた。

 

「レギュラスは何故か、ぼくのことを何かのヒーローみたいに思ってる節があるんだよねぇ……ぼくなんて、ちょっと真面目で魔力が人よりちょっと多いだけのただの一般人なのに」

「謙遜すんな我が友人よ。秋先輩以上に闇祓いに相応しい人はいません! ってレギュラスが熱弁奮ってたぞ」

「それぼくすごく恥ずかしいんだけど!」

 

 いたたまれなくなる。

 

「おっ、あれリーマスじゃね? おーい、リーマス!」

 

 高い背丈を存分に生かして遠くを見渡し、シリウスはいち早くリーマスを見付けると手を振った。

 目を凝らすと、確かにそこにはリーマス、そして隣には闇祓いの我が後輩、トンクスの姿が。そういやこの前入籍したんだっけか、渋るリーマスをトンクスが無理矢理押し切って……。

 

「やあ秋、久しぶり。少し痩せたんじゃない? この前はウチのドーラが迷惑かけて悪かったね」

 

 普段と変わらず柔らかな笑顔のリーマスに、恥ずかしそうに顔を赤らめてトンクスが下を向く。

 おぉ、新婚さんだ。旦那さんの前では、おてんばなトンクスもしとやかな娘さんか。

 

「ううん、大丈夫だよあのくらい。失敗の内にも入らないって」

 

 朗らかに笑った。

 ……いや、ホントは後始末すっげー大変だったんだけどね……くそぅ、トンクスめ。後で残業押し付けてやる。

 

「じゃ、リーマス、私その辺りで適当に時間潰してるね。学生時代の友達、まだまだ会う約束してるんでしょ?」

「あぁ。すまないね、ドーラ」

 

 リーマスが小さく笑ってトンクスの頭を撫でた。

 トンクスは恥ずかしそうに笑うと、ぼくに「それでは、秋先輩」と頭を下げ、人込みに消えていく。

 

「仕事はどう? ちゃんと休み取れてる?」

 

 と、その時穏やかな笑顔でリーマスがそう尋ねてきた。リーマスはホント心配性だよなぁ、と、何年経っても変わらない友の性格に癒される。

 

「大丈夫、食事も睡眠も休息も、ちゃんと一般人並みに取れてるよ」

「ホント? 秋は仕事のこととなると、平気で食事も睡眠も休息もぶっ飛ばすからね。目が離せなくって心配なんだよ。いつまでも独り身でお嫁さん貰おうともしないしね」

「……た、タイミングがなかったんだよ……!」

 

 リーマスからすーっと目を逸らす。

 うぅ、視線がいたたまれない。

 

「本当?」

「ホントだよ……仕事も忙しかったし、学生時代も結局、恋とは無縁だったし……」

「でも秋、モテない訳じゃないんだよな。おいリーマス、覚えてっか? 6年の時に、新聞部がバレンタイン特集とか言って、人気投票やったやつ」

「あ、覚えてるよ。シリウス、君が断トツトップだった奴だろう? 物好きがいっぱいいるーって言って、皆で大爆笑した奴か」

「……あぁ、言われてみりゃーそうだったな……まぁ、それは置いといて、だ。あれの順位な、俺が1位なのはまぁ当然として、二位がレギュラスだろ、で3位にレイブンクローの誰かが入ってて……」

「リィフだよ、シリウス。リィフ・フィスナー」

 

 横から口を挟んだ。

 低学年時代は可愛らしく、高学年では格好よく。明るい金髪に澄んだ碧眼、人懐っこい笑顔と親しみやすい性格で先輩後輩同級生問わず人気の、我がレイブンクロー誇りの友人だ。

 もう結婚して子供が一人、ハリーと同じ歳じゃなかったっけ。

 男の子なのに『アリス』と名付けられたあの少年は、しかしリィフによく似ている。一年ほど前に久しぶりに会ったのだが、目つきの悪さを除けば入学当時のリィフそっくりだ。しかしリィフほど簡単に懐いてはくれない。まぁ、そこが可愛いんだけど。

 父親の後を一生懸命付いていく、そんな姿が微笑ましい。

 

「あぁ、そんな名前だったか。で4位に、ハッフルパフのシーカーが入ってただろ? んで5位が、秋、君だった」

「よく覚えてるねぇ」

 

 ぼくなんて今の今まですっかり忘れてたぞ、そんなものがあったこと。

 

「あぁ、魔法魔術大会で君の知名度はぐんと上がったもんな。その後も、魔法魔術大会では二連覇するし。全く、歴史を書き換えた男だよ」

「うっ……でも、モテるのと結婚出来るのとじゃ違うでしょ。現にシリウスだって、自他共に認めるモテ男だけど結婚してない。つまりはタイミングなんだよ。ぼくの場合は仕事も忙しかったしね。恋愛なんてしてる暇なかったんだよ」

「まぁ、それはそうだけどさぁ……秋は浮ついた話がちっともねぇからな、つまんない」

「つまんない言うな」

 

 ぼくのせいなのかよ、それは。

 

「本当ーに、今まで一度も恋したことないの? 秋」

 

 リーマスが顔を覗き込んでくる。思わず身体をのけ反らせつつ、眉を寄せて「だーかーらー、ないって言ってんでしょ」と言いかけたところで、後ろから声を挟まれた。

 

「5年の時、スリザリンの先輩をダンスパーティーに誘っただろ? 正直に言えよ、秋」

「……セブルス」

 

 思わず低い声が零れる。振り返ってじと目で睨みつけるも、鼻で笑われてしまった。

 

「なんだいそれ! 初耳だよセブルス! 詳しく話を聞かせてもらえるかな!?」

 

 口を尖らせるぼくと対照的に、リーマスが食いついてくる。

「おいスネイプ、俺にも聞かせろよ」とシリウスも身を乗り出してきて、思わず舌打ちした。

 

「どうして教えてくれなかったんだよ秋!」

「フラれたから言いたくなかったんだよ!」

 

 あぁもう、と目頭を押さえる。

 まぁ確かにな、とセブルスは肩を竦めた。

 

「スリザリンの先輩って、誰なの?」

「聞いたことないかな? エメラルド・クラリス、僕らの一個上で、ルシウス先輩のいとこでね。人気投票にランクインする程綺麗な人だった。真っ直ぐな銀髪を腰まで伸ばしていてね、覚えてないかい?」

「あぁ、あの人な。知ってるぜ、一度新聞部からの依頼で、一緒に写真写ったことがある。……あの人に告ったんか、我が友人よ。あの人ぁ競争率高かったろうに」

「告ってないよ! ダンスパーティーに一回誘っただけだよ! ……フラれたけど、さぁ」

 

 だって、今まで見たことないくらい綺麗な人だったから。

 付き合おうなんて大それたことは考えてなかった。

 ただ――

 

「……ま、いいじゃん。これも青春だよ」

 

 肩を竦め、小さく笑った。

 

「というか、僕は秋、実はリリーが好きだったんじゃないかって勝手に考えてたんだけど、外れちゃったみたいだね」

 

 にこやかな笑顔のまま、リーマスがさらりと爆弾発言をかます。

 空気が凍った。

 

「……あ、あれ? なんか僕、言っちゃいけないこと言っちゃった感じ?」

「まぁ……ルーピン、それはその……な?」

「そうだぞーリーマス、世の中には触れちゃいけない部分というものがあるんだから」

 

 セブルスとシリウスが微妙な顔で顔を見合わせた。ぼくはブンブンと音が鳴る程激しく頭を振る。

 

「ないって! リリーはない!!」

「えぇ? どうしてだい? そうだ秋、知ってた? 一時期リリーは君が好きだったんだよ」

「嘘ぉ!?」

「嘘なもんか、当時の本人から聞いたんだから。間違いようがない」

 

 思わずぽかんと口を開けた。

 初耳だ、というか気付きもしなかった。嬉しいけど何だか申し訳ない。

 

「……いや、うん……リリーは、ぼくの中では、その……そーゆーのの対象じゃないというか……なんか上手く言えないんだけど、家族みたいな存在だったんだよ。妹って言うか、姉って言うか……」

 

 ちらっとセブルスを見るも、セブルスは涼しい顔をして立っている。

 ――畜生、言えるかよ。

 セブルスがリリーのことを好きだったから、リリーに恋しないようにした、なんて――

 リーマスがもっともらしく頷いた。

 

「うん。リリーもそれは分かってたよ。妹は恋人になれないもの、って、よく言ってた。結局のところは受け入れて、諦めちゃったみたいだけど」

「……そっか。何か、悪いことした気分」

「ま、リリーは大して気にもしていなかったがな」

「へぇ……って!」

 

 普通に相槌を打とうとして、慌てて顔を上げた。

 

「セブルス知ってたの!?」

「そりゃ、まぁ気付くだろう。誰が君の一番近くにいたと思ってるんだ」

 

 ……はー。

 待てよ、そしたら、えっと……リリーはぼくが好きで、セブルスとジェームズはリリーが好きで、でもってぼくは……だから、なかなかしっちゃかめっちゃかな学生時代を送っていた訳だ。

 もしかしたらぐちゃぐちゃに崩れてしまっていたかもしれない、微妙なバランスの上に成り立っていたなんて、全然気付きもしなかった。

 

「……そうだ、クラリス先輩――って、もう結婚してベルフェゴール先輩か――の娘も、今年ホグワーツ入学なんだと。今年はまた、殊更に忙しくなりそうだな」

 

 空気を察したか、セブルスが話題を僅かに変えた。

 ほっとしつつもそれに乗っかる。

 

「そうなの? 頑張れよホグワーツ魔法薬学教授!」

 

 笑ってセブルスの肘を小突くと、「当然だろう」とさらりと返された。

 

「ま、今年は僕だけじゃないのだがね。ルーピン、もう秋には話したのか?」

「まだだよ。サプライズで僕の口から伝えたかったからね」

「何、何の話?」

 

 リーマスを見上げると、リーマスは心なしか誇らしげに胸を張り、ローブのポケットの中から大分よれている折り畳まれた紙を取り出すと、丁寧な手つきでそれをぼくの目の前で広げてみせた。

 

「今年から、僕も闇の魔術に対する防衛術の教師となりました。これからもよろしく」

「わぁ! おめでとうリーマス!」

 

 ホグワーツ教員採用通知を手に取って、ぼくは歓声を上げる。

 笑顔でリーマスを見上げれば、照れ臭そうにリーマスは頬を掻いた後、「ありがとう」と柔らかく笑った。

 

「うわ、うわー……本当によかったね!」

 

 リーマスの夢がホグワーツの先生だったこと、でも人狼のために就職を断られたことを、ぼくらは知っている。

 リーマスがあんなにへべれけに酔っ払ったところは、後にも先にもあの時が最後だ。潰れて眠り込んでしまったリーマスをシリウスと共に運んだのも、今となってはいい思い出。

 

「シリウス達! やっと見つけた、探したんだよ?」

「ピーター! 久しぶりだなぁ! 元気してたか?」

 

 その時、人混みの中から声が上がった。いち早く、近付いてきたピーターに気付いたシリウスは、大きく手を振り笑いかける。

 やがて出てきたのは、少々腹と頭が気になる我等が友人、ピーター・ペディグリュー。ぼくらの中では一番年相応なのかもしれない。老け方的に。

 だってシリウス見てみろよ、確かに以前よりは老けたけど、普通に20代と言われても信じるぞ。

 

「久しぶりだね、秋。何年ぶりかなぁ? 変わってないからすぐ分かったよ」

「ざっと5年って言ったところかな? 結婚したって聞いたよ、行けなくてごめんね」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 顔立ちは老けたが、笑顔は学生時代と変わらない。ピーターに笑い返してから、ピーターの手をしっかと握る女の子に目を向けた。

「君の子供?」と尋ねつつ目線を合わせるようにしゃがみ込むと、小さく微笑む。

 

「初めまして、お父さんの友達の幣原秋です。お名前は?」

 

 すると、女の子はすっとピーターの後ろに隠れてしまった。

 ……すごい、ピーターの人見知り属性が遺伝している。

 ピーターは呆れたように笑いながら、女の子の背中を押してぼくの前に出した。

 

「ほーらマリア、自己紹介しなさい」

「……マリア・ペディグリューです……よんさい、です」

「そっかぁ、四歳かぁ。ぼくらも年取るわけだよね」

「秋、君がそれを言うのかい……?」

 

 あははと軽く笑って、ぼくはマリアの柔らかい銀髪を軽く撫でた。

 と、そこでシリウスが「おりゃ! マリア、でかくなったなぁ!」と豪快にマリアを抱き上げる。

 マリアはびっくりしたように目を丸くさせていたが、相手がシリウスだと分かると嬉しそうに笑った。

 

「……こんにちは、シリウスおじさん。……それに、リーマスおじさんも」

「こんにちは。覚えていてくれて嬉しいよ、マリアちゃん」

 

 リーマスがにっこり微笑んでマリアの頭を撫でる。その様子を見ながら呟いた。

 

「……本当、小さい子って可愛いよね。ぼくも子供欲しかったなぁ」

「何、今からでも遅くないよ。よさげな人いないの?」

「んー、微妙」

 

 ほい、とシリウスからマリアを受け取ると、小さな温もりに思わず笑顔が零れる。

 

「あんまりピーターには似てない気がするけど、やっぱり女の子だからかな?」

「多分ね。母親のアリアに似てるんだ、マリアは。ま、僕に似なくてよかったよ」

 

 マリアは、出会ってまもないぼくの腕の中だからか、少し不安げにぼくを見つめている。

 小さく笑いかけて銀髪を撫でると、恥ずかしそうに目を伏せた。

 

「……秋、僕思うんだけどさ」

「ん、何?」

 

 リーマスに声を掛けられ、くるりと振り返る。リーマスは苦笑いしながら、マリアを指差した。

 

「秋って、なにげ銀髪好きっしょ?」

 

 びっくりして、思わずマリアを落っことしそうになった。身の危険を感じたか、マリアがぼくの服を小さな手でひっしと握る。

 マリアを抱え直して、リーマスに向き直った。

 

「なっ、なっ、な……何を急に!?」

「あ、いや、別に他意はないんだけど。でも好きでしょ、銀髪。なーんか秋見てると、秋はだいたい誰にでも優しいんだけど、でも銀髪の子に対しては特別に優しいっていうか、何か違和感あったんだよねぇ。そっか髪フェチか、ありだと思うよ、僕は」

「なんだ、秋は銀髪が好きだったのか。もっと早く教えてくれれば良かったのに、水臭い。僕らは親友じゃなかったのか」

「セブルスまで乗るなっ!」

 

 顔が熱い。頬を赤らめるなんて何年ぶりだろうか。

 

「……秋おじさん、これ、きれいだねぇ」

 

 ふと近くで聞こえた声に、慌ててマリアに目を向ける。

 いつの間か首に掛けていたロケットを引っ張り出されていたらしく、マリアは小さな手の平の上にそれを乗せ、顔を近付けて見ていた。

 

「こらマリア、駄目だよ。秋が困るだろ」

「あーいやいや、大丈夫だよピーター」

 

 ぼくからマリアを引き離そうとするピーターに手を振ると、マリアの手の中のロケットに触れた。

 

「これはね、ぼくのお守りなんだ」

「お守り?」

「そう。ぼくの父さんが作ってくれたんだよ。ぼくが小さい時にね」

 

 細かい細工を指でなぞり、蓋をぱちんと開けて見せた。マリアはそれを覗き込んでくる。

 

「面白くもなんともないだろうけど……ぼくらの卒業式の時の写真だよ。ほら、ここ……君のお父さんも写ってるだろ? ……誰一人欠けることのないよう、願いを込めて入れてあるんだ。その甲斐あってか、13年経った今でも誰も欠けちゃないけどね」

「ま、スネイプは今にも死にそうな面してるがな」

「うるさいぞブラック」

 

 後ろでセブルスとシリウスが言い合いをしているのを尻目に、ぼくはロケットをぱちんと閉めた。元のように服の下に戻すと、「あー」と残念げにマリアは声を漏らす。

 笑って、ぼくはマリアを地面に下ろすと、銀髪を軽く撫でた。

 

「ジェームズ達はまだなの?」

「もうすぐだと思うんだけど……」

 ピーターの呟きに言葉を返すと、ぼくらは辺りを見回した。

「どっかで大騒ぎが起きてたら、原因はあいつらだと思えよ」

「ラジャー……」

 

 シリウスの言葉に思わず吹き出す。さすが、あいつのことをよく分かっていらっしゃる。

 本当にあの目立ちたがりは治らなかった。結婚して子供持って、確かに少しは落ち着いた。少しだけ、ほんの少しだけだけど。そんなもの、簡単に吹っ飛んでしまうくらい少しだけど。

 

「でもまぁ、今はリリーがいるし……大変なことにはならないでしょ」

「甘いな秋。リリーこそ危険なんだって、一緒にいた7年間で学ばなかったのか? もしくは長年の仕事浸けで、そんなことも忘れてしまったのかい?」

 

 隣でセブルスが、ふ、と影のある笑いを浮かべた。

 口元を引き攣らせ、ぼくは人混みの向こうを遠い目で見つめる。

 

「なるほど、そうか……じゃああれは……だんだんこちらに近付いてくるあれは、何なんだろうねぇ……ぼくにはオートバイに見えるけど」

 

 微かに、遠くから750ccのエンジンの唸り声。高い天井に反響するのと、こちらに近付いてくるのとで、徐々にその音量は上がってくる。

 ……てか、プラットホームって乗り物オッケーだっけか。わざわざ9と3/4番線にまで持ち込んできて、ご苦労なこって。

 

 人垣がバイクの進行方向について、さぁっと波が引くように離れていく。出来た一本道を、颯爽と駆け抜ける一台のバイク。

 黒いヘルメットに、同じく黒い、全身を覆うレザースーツ。長く赤い髪をたなびかせる人間は、よく見たら女性のようだった。

 思わずセブルスを見ると、やっぱりかと言うように額を押さえ大きくため息をついていた。

 

 そのバイクはぼくらの前でキュッとブレーキ音を響かせ止まる。

 バイクの主は華麗にバイクから降りると、ぼくらの前で決めポーズをかました。

 

「……あ、あれ? 皆無反応?」

「リリー……」

 

 ぼくらの反応があまりにも微弱だったため、わたわたと慌ててその主はヘルメットを取る。

 やっぱりというかなんというか、そこには、一時は学年5本の指に入る程の美少女だった我らが友人の成れの果て。学生時代よりも残念度が上がっている。

 ……いや、まぁ、顔は可愛いんだけどね、今でも。中身が残念なんだよなぁ。

 

「あれ、失敗だったかな?」

 

 とその時、サイドカーから降りてきたのは、若干生え際が後退した友人、ジェームズ・ポッター。

「ジェームズ!」とリリーは叫ぶと、ジェームズに詰め寄った。

 

「どういうことよ! この登場の仕方は絶対に受けるって言ったのはあなたじゃない!」

「いやー、皆意外と冷めてたね。皆、ここは僕が何かやらかすだろうと予想してただろうから、えっ、あえてのリリー!? 作戦で行こうと思ったんだけど」

「いやジェームズ、あんまり『あえて』になってないから。そして、皆冷めてんじゃなくて、引いてんの、皆。あんたらの登場の仕方に」

 

 肩を竦めると、ジェームズは朗らかに笑ってぼくらに近付いてきた。ぼくらは顔を見合わせると、誰ともなしに笑い合う。

 

「久しぶり、ジェーム……」

 

 挨拶を口にしかけた瞬間、唐突に何者かに押し倒された。尻餅を着き目を白黒させていると、やがてずしっとした重みと体温の感覚がやってくる。合点が行き、ぼくは下を向いた。

 

「こら、ハリー!」

 

 ぼくを押し倒した張本人、ジェームズとリリーの息子であるハリー・ポッターは、ぼくの首元に埋めていた顔を上げ、「こんにちは、秋!」と満面の笑顔を浮かべる。小さく苦笑して、父親譲りのくしゃくしゃな黒髪を撫でた。リリーそっくりの緑の瞳が、楽しそうにきゅっと弧を描く。

 

「ハリー! また秋にそんな乱暴な真似して、死んじゃったらどうするの!」

「ぼくは昆虫か何かかよ! そんな簡単に死なないよ! セブルスだったらどうか知らないけどね!」

「秋、もういいから僕を巻き込むな!」

 

 リリーが、慌ててぼくからハリーを引きはがそうとやってきた。ほら、とハリーの背中を軽く叩くと、おとなしくハリーはぼくから離れ、マリアを見つけて駆け寄っていった。

 ぼくは立ち上がってパンパンとローブについた汚れを払う。と、リリーも手伝ってローブを叩いてくれた。

 

「ありがとう、リリー。……久しぶり」

「うん、秋も。元気してる? そのローブ、闇祓いのよね? これから仕事?」

「そう、ちょっとね。今日は休み入れてたんだけど、野暮用入っちゃって。ハリー達を見送ったら、すぐ帰るよ」

「あら、ジェームズが、久しぶりに皆集まるから今日は酒盛りだー! って騒いでたのに」

「本当に? じゃあ早目に切り上げて、ぼくも参加しようかな」

 

 小さく笑う。リリーも微笑んで、優しい目で集まっているメンバーを見つめた。

 向こうは向こうで、ジェームズとシリウスを中心に何やら盛り上がっている。さすが黄金コンビ、何年経っても絆は錆びることはないってね。

 

「……生活はどう? 楽しい?」

「毎日が大騒ぎよ。ハリー一人でも大変なのに、うちにはもう一人問題児がいるでしょう? あれのお世話が更に大変なのよ」

「そりゃそうだ」

 

 ジェームズがピーターの肩に腕を回し、何やら叫んでいる。それに対して皆が笑う、学生時代によく見た構図が、すぐそばで展開されていた。

 

「……秋に背抜かれたの、いつだったっけ」

 

 いつの間にか、リリーが隣に並んでいた。手を頭の上に掲げ、背丈を比べている。

 

「6年の時だね。嬉しかったから、よく覚えてるよ」

「秋もハリーくらいの時は、ハリーくらいに……いいえ、ハリーよりももっと小さかったのにね。私、最初は秋とセブよりも大きかったのよ? 全く、男の子って成長が早いんだから」

 

 む、と頬を膨らませるリリー。笑って頬を突くと、照れたように下を向いてしまった。

 と、そこでぐいっと肩を組まれる。

 

「幣原くん、人妻に手を出すのはよろしくない、非常によろしくないぞ」

「セ、セブルス……」

 

 はははーと暗い一本調子で笑いながら、バシバシとぼくの肩を叩いてくるセブルス。怖い、非常に怖い。

 そういやこいつ、抜け駆けしたらいっつもこんな調子だったっけ……。

 

「久しぶりだな、リリー。先日上げた薬の調子はどうだ」

「上々よ! あの花、セブに見てもらうまでは今にももう枯れちゃいそうだったけど、今じゃもう見違えるくらい元気になったもの。ありがと、セブ」

 

 お前も抜け駆けしてんじゃないか! とばかりに肘を小突くと、セブルスは澄ました顔してそっぽを向いた。

 余裕の表情がムカつくなぁ、おい。

 

「おいセブルス! 僕のリリーは渡さないぞ!」

「ジェームズ!」

 

 ぬっとリリーの肩越しに乱入してくる男が、一名。そのままジェームズはリリーの肩に手を回すと、セブルスに見せ付けるように頭をリリーの方へと傾けた。

 プチン、と隣から音がする。見ればセブルスは、普段中々見られないような笑顔を浮かべていた。

 ……まぁ、その、両拳には固く固く力が込められているわけだが。よく見ると額にも青筋が浮かんでいるし。

 

「ちょっとジェームズ、邪魔なんだけど。何?」

 

 冷めた目でリリーは腕を組むと、ジェームズを見上げる。

 

「あ、いや、何でもないけど……」

「じゃあとっとと離れなさいよ。私は秋とセブと、仲良し三人組の旧交を暖めていたのよ。あなたはいらないわ」

「すみません……」

 

 スゴスゴとジェームズはリリーから数歩離れた。それを見たセブルスが、聞こえよがしに鼻で笑う。

 

「様ないな、ポッター」

「畜生、セブルスの癖に……」

 

 ……何だろう、この構図、学生時代にもよく見た気がする。

 全く変わらないんだからなぁ、この二人も。

 

「リリー、ポッターの馬鹿に堪えられなくなったら、その時は遠慮なく僕のところに来てくれても構わないからな」

「さらりと僕のリリーを口説いてんじゃねぇよセブルス!」

「えー、でもセブ、これからホグワーツでしょ? 大丈夫、ジェームズに呆れ果てたら、その時は真っ先に秋のところに行くから、心配しないで」

「え、ぼく!?」

 

 唐突な振りに思わず声が裏返りかけた。

 咳込むぼくに、じとーっとした二人分の視線が突き刺さる。

 

「恨むぞ、秋……」

「お前だけモテやがって……」

 

 ゾンビみたくなってる二人から、あっははーと目を泳がせた。あはは、リリーもモテて大変だなぁ……、……。

 コホン。

 マリアの頭を撫でて、仕切り直し。

 

「マリアを撫でる必要はあるの……?」

「ロリコン予備軍と呼ばれないように気ぃつけろよ?」

「うるさいっ!」

 

 リーマスとシリウスに叫び返すと、ぼくはリリーに向き直り、ぎこちなく笑顔を浮かべた。

 

「……えっと、その。……何のおもてなしも出来ないけど、その……どうしてもって時は、別に……来ても、いいよ?」

 

 照れたようにリリーは目を伏せ、小さく笑う。何だかむず痒さに襲われ、ぼくは静かに身を震わせた。

 後ろでジェームズらが何やら叫んでいるけど、気にしない。

 

「ねぇ母さん、何の話?」

 

 ハリーがリリーの服の裾を引っ張り、話の概要を催促する。リリーは母親らしく「内緒♪」と微笑んだ。

 

「もしかしたら、秋がハリーのお父さんになるかもねって話だよ」

 

 笑顔でリーマスが、ハリーにいらんこと吹き込んでる。皆もう止めてあげて、夜道でぼくが襲撃される可能性が上がるから。

 

 その時汽車の汽笛が高らかに鳴り響いた。時計を見れば10時55分、汽車が出発する5分前の時間だ。慌てたようにリリーがハリーに乗るよう促すと、ハリーは汽車に飛び乗って、友達のいるコンパートメントを探しに駆け出した。

 まもなく戻ってくると、ぼくらに「後ろから二番目の車両だよ」と告げ、また汽車の中に引っ込んでしまう。

 

「じゃあ、僕らもここでさよならだ。また今度、何処かで集まろうね」

 

 リーマスが穏やかな顔で笑うと、トランクを持ち上げ手を振った。つられたようにセブルスも、いつもの無表情を崩さぬままにおずおずと片手を上げる。そのぎこちなさに、思わずリリーと二人で吹き出した。

 

「わ、笑うなお前ら!」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 

 リリーの笑顔に、セブルスはぐっと言葉に詰まる。相変わらずリリーには弱いんだよね。

 

 ハリー達のコンパートメントに行く途中、ルシウスさんに会った。お互いに目を見張り、怖ず怖ずと頭を下げ合う。

 シリウス達に「先に行ってて」と告げ、ルシウスさんと向かい合った。

 

「そっか。息子さん、ハリーと同い年でしたもんね」

「ポッターの子供を中心に思い出されるのは、何か納得いかないな」

 

 途端に不機嫌になったルシウスさんに、苦笑いを返す。

 

「リィフがさっきまでいたんだが、用事があるとかで一足早く帰ってしまったぞ」

「あぁ、お役所仕事は大変そうですしね。ぼくも会えるとは思ってませんよ」

 

 肩を竦めた。王室御用達の付き人の役を代々仰せ付かっている我が友人は、いつも忙しそうに国から国を飛び回っている。家族になかなか会えないのが不満だって、前会った時に話してたっけ。ぼくなんかは独り身だから、その点は気楽でいいものだ。

 

 ガタンッと列車が大きな音を立てた。ぼくはルシウスさんに慌てて頭を下げると、ハリーのいるコンパートメントまで走って行く。

 

「遅いよ秋! 一体何してたのさぁ!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 むぅっと頬を膨らませるハリーの頭を、優しく撫でてやる。そして「見ててごらん」と言って杖を取り出した。

「学校生活が楽しくなるおまじないだ」と笑って、杖を振り上げる。

 

「うわぁっ!」

 

 ハリーが身を乗り出して感嘆の声を上げた。シリウスが「見事なもんだな」と呟き、リリーが楽しげに笑う。

 外の異変に気付いたか、コンパートメントの窓が開き、生徒達が続々と顔を覗かせた。

 

 空のような、澄み渡った一面の青。天井から足元まで、全てを青一色に塗り替えて、駅を一瞬で空中へ。

 線路を虹色に輝かせると、まるで太陽へと伸びる虹のよう。

 

「君の人生に、幸多からんことを!」

 

 ゆっくりと汽車が動き出した。ハリーが一生懸命手を振るのに、笑顔で振り返す。

 

 深紅のホグワーツ特急が光の彼方に消えていくのを、目を細めて見守っていた――

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 そこで、目が覚めた。

 

「……あ……ゆ」

 

 夢か、と。

 呟きかけたところで、つぅっと一滴、涙が零れた。慌てて目を擦り、袖口で涙を拭く。しかし涙は止まらないで、何故か次から次へと溢れてきた。

 

「うわ……ちょっと、これは……」

 

 涙を拭きつつ、小さく笑う。

 

「……夢、か」

 

 ぎゅっ、とシーツを掴んだ。

 

「きっついなぁ……」

 

 これが、幣原秋が望んだ未来。

 実現されることのなかった希望。

 もう叶わない、願い。

 

 この世界に、幣原秋は存在しない。

 

 ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターは殺され。

 ピーター・ペディグリューは裏切り。

 シリウス・ブラックは投獄された、この世界。

 

 身体をくの字に折り曲げ、感傷に堪える。

 

 今だけは泣かせてくれ――

 

 呟いた言葉を、空は聞いていただろうか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。