【完結】空の記憶   作:西条

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第7話 闇の印

 五年生は学期末に、今までのような期末試験とは少々毛色の違う試験を受けることとなる。普通魔法レベル試験といい、Ordinary Wizarding Levels の頭文字を取って「O.W.Ls(ふくろう)」と生徒から呼ばれている。

 この試験で一定以上の成績を修めた生徒だけが、六年生からの NEWT レベルの授業を受けることを許される。将来に関わる、とても重要な試験だ。

 そのため、どの授業でも先生は、今年の勉強がどれだけ大切なのかを口酸っぱく言う。そのため、ぼくらは嫌でも自分の将来についてを考えさせられた。

 

「もう、子どもじゃあいられないんだな……」

 

 そう呟いたリィフを、横目で眺める。と、リィフはぼくを見て、尋ねた。

 

「そういや、秋って将来の夢、ある?」

「夢……」

 

 自分は、将来何になるのだろうか。一体どんなものになるのだろうか。

 

「まだ、あんまり……考えられないんだ。実感が湧かないというか、卒業してからのビジョンがよく見えないというか、さ」

 

 リィフはぼくの言葉に、深々と頷いた。

 

「分かるなぁ、その気持ち。まだまだモラトリアムに浸っていたいよ。勿論、そんな訳にはいかないんだろうけど……後3年で卒業とか、本当に嫌になっちゃうよ」

「リィフは、将来どうするの?」

 

 ぼくの言葉に、リィフは少しだけ渋い顔をした。

 

「残念だけど、僕の将来は生まれた時から決まってる……フィスナー家の長男は、魔法省の王室警護の任を請け負うことが決定づけられてるんだ。あそこは驚くほど激務なんだ……父が一般的な時間に帰ってきたことなんて見たことがない」

「そりゃあ大変だなぁ」

「全く、同感さ。いつまでも学生でいたいもんだ……」

 

 リィフから目を逸らした。

 

「……でも、いつまでも子どものままじゃいられないんだ」

 

 何も知らない、無知で純粋でいられる時期は、もう過ぎようとしているんだ。

 自分に言い聞かせるように、呟いた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ブルガリア対アイルランドのクィディッチワールドカップは、上々の内に終わった。フレッドとジョージは見事あの賭けに勝ったし(本当に見事だと言わざるを得ない。あんな内容の賭けをしようと思うその度胸にも感服だ)、最後にスニッチを取ったクラムはもう、最高に格好良かった。クィディッチの素晴らしさを再認識出来た試合だった。

 

 誰もが、クィディッチワールドカップに浮かれきっていた。誰もが熱に浮かされたように興奮し、はしゃぎ回っていた。アイルランド勢は勝利のお祝いに騒ぎ、負けたはずのブルガリア勢だって、クラムの素晴らしい活躍を誰かと共有したくて仕方がないようだった。

 

 だから、だろうか。こんな事態が起こったのは。

 いや――きっとこれは偶然ではないのだろう。

 

 ぐっすり夢の中のはずだったぼくが瞬時に覚醒したのは、誰かの叫び声が――苦悶にもがく叫び声が聞こえたからだった。

 はっと目を開け飛び起き、外に耳を澄ませると、眠りに落ちる前に聞こえていた、あの楽しげな喧噪は失われ、代わりに恐怖と混乱が蠢いていた。

 

 まだ、ウィーズリーおじさんもハリー達も寝静まっているようだ。

 少し考えたが、皆を叩き起こすよりも先に、今何が起こっているのかを把握したくて、ぼくは誰にも何も告げないまま、急いで着替えてテントを飛び出した。

 

 テントの外に一歩出て、思わず足が竦んだ。炎だ。テントが燃えている。

 そして、キャンプ場の向こうから、集団が――黒いフードを被り、仮面をつけた集団が――杖から魔法の光を吹き出しつつ、やって来ているのが見えた。彼らに追い立てられるように、人々は半狂乱で森の奥へと逃げていく。

 

 その、あまりの非現実的な風景にぼうっとしていたのは、ほんの数秒だっただろう。しかしぼくにとってみれば、まるで時が止まったかのような、そんな気分で立ち竦んでいた。

 

 はっと我に返ったのは、目の前で小さな金髪の女の子が躓いて転んだのを見たからだ。思わず駆け寄り、女の子に手を貸す。

 

「ガブリエル、急いで!」

 

 彼女の姉と思われる女の人(こんな場面ではあるが、すごい美人だなぁと少し見蕩れた)が、女の子が転んだのに気付いてこちらに駆け寄ってきた。発音からしてフランス語だろうか。ぼくに一瞥をくれると、立ち上がったばかりの女の子の手をぐいっと引っ張って森の方へと走っていった。

 

「アキ! 手伝ってくれないか!」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、セドリックが逃げる人々を誘導しているところだった。ぼくが走って行くと、「杖を出していた方がいい」と険しい表情で言った。

 

「仮面の集団を見た?」

「あぁ。さっき、ちらりと……」

 

 キャンプ場の方を見遣る。集団の姿は見えないが、時折見える魔法の火花から、奴らが大体どこにいるのかは見て取れた。

 

「奴らはマグルを狙ってる。マグルで遊んでいるんだ。……許せない」

「何をする気?」

「奴らを止めたい」

 

 無理だ、と出掛かった声をすんでのところで止めた。

 代わりに「……どうやって?」と言葉を返す。

 

「いや、今のところ、何も考えてない」

「……って、ちょっと」

「でも」

 

 そこでセドリックは言葉を切って、ぼくを見た。

 

「君がいれば、大丈夫だ。協力してくれないだろうか」

「……はぁ。するに決まってんでしょ。ぼくを誰だと思ってんの」

 

 差し出された手を強く叩くと、ぼくらはあの集団目掛けて走り出した。

 

 ぼくらの進む方向とは逆の方向に向かって、人々は逃げていく。それと同時に、ぼくらが知覚する魔法の音や光は徐々に大きく、強くなっていくのが分かる。

 

 集団にある程度接近したところで、ぼくらは止まった。

 先ほど見たときよりも、集団は大きくなっていた。フードを被った一団はその更に中心にいて、容易には手出しが出来なさそうだ。そのすぐ近くには魔法省の役人らしい人々がいて、一団に何とかして近付こうと奮闘しているようだった。

 その中にアリス・フィスナーの父親、リィフ・フィスナーがいることにぼくは気付いた。そして……その集団の頭上には、人間が4人浮いていた。

 

「酷いものだ……」

 

 思わず絶句したぼくに代わり、セドリックはそう言い捨てた。

 

「一体どうしよう。ただ下ろしてあげるだけならまだしも、もしも奴らの真ん中に落としでもしたら……」

 

 考え込んでいるセドリックをよそに、ぼくは杖を握ると真一文字に横薙いだ。まるで操り人形のように空中にぶら下げられていた4人は、その糸が切れたように宙を飛び、そして狙い定めたリィフ・フィスナーとその周辺に着地した。予想もしていなかっただろうに、見事にキャッチするとは流石リィフだ。驚いてあたりをキョロキョロ見渡しているのは、本当にすまないと思う。後で謝ろうっと。

 

「……そのあたりがやっぱり、僕には……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、逃げるよ、セドリック!」

 

 セドリックの腕を掴み、ぼくは後ろを振り返らずに駆け出した。

 

「な、何だよアキ!」

「あの集団に気付かれた! 追ってくるよ!」

 

 そう言うが早いか、怒号と呪文の閃光が迫ってきた。セドリックは一瞬だけもたついたが、それでも流石ハッフルパフで長年シーカーを務めているだけのことはある、あっという間に体勢を立て直した。

 こうなると、今度はぼくよりもセドリックの方が足が速い。逆にセドリックに引きずられるように、障害物の多い森の中を縦横無尽に駆け抜けていく。

 

 ぼくらがようやく足を止めたのは、辺りに人気がなくなった辺りのことだった。二人とも息を切らし、倒れるようにその場に座り込む。

 疲れに震える指で杖を振り、グラスに注がれた水を二つ『出現』させると、一つをセドリックへと差し出した。セドリックは礼も言わずに一気に水を煽ると、大きく息をつき、そして「ありがとう」とぼくに告げた。

 

「……あのマグル達は、助かったのかな」

「きっと魔法省が保護したに違いない。……僕が言い出したことなのに、君に押し付けて、すまなかった」

「そんな、謝ることなんて!」

 

 謝られ、動揺した。

 

「あんなの、ぼくが勝手にやったことだ……君に言われたから、彼らを助けたわけじゃない。彼らを助けたのは、紛れもなくぼくの意志なんだから」

「それでも……、……いや、すまない」

 

 セドリックに頷き、ぼくは周囲を見渡した。

 えらく静かな所に来てしまった。人の気配すらない、生き物の気配も感じられない、寒々とした森の中。一人っきりじゃないということだけが心の支えだ。

 

 そう言えば、ハリー達は大丈夫だろうか。テントにも火の手が迫っていた。無事に逃げられただろうか。

 いや、一番は全てが眠っている間に沈静化していることで、何も気付かずに朝を迎えられていたら、それだけでいいんだけど……。誰にも告げずにこんなところに来てしまったから、ハリーがぼくを探していないか心配だ。

 セドリックも同じようなことを考えたのだろう、立ち上がり、警戒した眼差しで辺りに目を配っている。

 

 瞬間、今まで音も気配もしなかった背後の木立から、一体どこに隠れていたのだろうか、カラスが十数羽、一斉に羽ばたいた。音にびっくりして、ぼくたち二人は振り返る。

 その音がカラスが立てたものだということに安堵したものの、それでも異様な気味の悪さは消えなかった。

 こういうのを何と呼ぶのだろう、虫の知らせ、というものだろうか。

 

 その時だった。目の前の真っ暗闇から、緑色の閃光が立ち昇り、暗い空へと舞い上がっていく。

 つられて空を見上げて、ぼくらは息を呑んだ。

 

 髑髏だ。一軒家ひとつ分くらいだろうか、とても大きい。緑がかった銀色の霞が集まって、髑髏の姿になっている。髑髏の口が開いたと思ったら、その口から蛇の頭を持つ舌が這い出してきた。その舌はぐるぐると絡み付くように蠢いた後、夜空に張り付くかのように殊更明るく光り輝いた。

 

 この印を、ぼくは知っている。

 これは――闇の印、だ。

 

 ぞくり、と肌が粟立つ。

 脳裏に蘇るのは、当然のように、幣原秋の記憶と、そして、幣原秋の、強い強い感情だった。

 

「アキっ!?」

 

 全身から力が抜け、地面に座り込んだぼくに対して、セドリックは慌てたようにぼくの名前を呼んだ。「大丈夫か?」としゃがみ込み、ぼくに目線を合わせて尋ねる。

 ぼくは頷いたが、我ながら説得力のない肯定だと感じた。セドリックもそう思ったのだろう。

 

「……色々あったからね、疲れてしまったんだろう。大丈夫……あの印は、ただの……印だ。誰かが……危ない目にあったとか、そういうことじゃ、ない……と、思う……」

 

 ぼくを元気づけようとしているのにも関わらず、そんな自信なさげな声でセドリックは呟いた。

 ぼくは自分の左胸部分のシャツを掴むと、意識して呼吸を整え、鳴り響く自分の心拍を抑える。

 

「…………」

 

 気ばかりが急く。

 早く杖を取って、闇の印の元へと行かなければいけない。惨状が繰り広げられているに違いないドアを、真っ先に開けなければならない、他ならぬ、ぼくが。

 そんな感情が、アキ・ポッターには存在しない感情が、胸の中で渦を巻く。

 

「……ハリーの元に行かなくちゃ」

「……え?」

 

 ぼくはふらりと立ち上がると、暗闇に向かって歩き出した。どういう訳だろうか、闇の印が浮かび上がった真下にいるような気がしてならなかった。

 ハリーは死なせない。ぼくが、ハリーを……。

 

「アキッ!!!」

 

 セドリックに腕を引かれて、ぼくは振り返った。

 セドリックは純粋に、ぼくを心配してくれているようだった。

 ぼくがにっこりと微笑むと、セドリックは驚いた表情でぼくの腕を掴む力を弱めた。

 

「ハリーに会いたいんだ。会わなくちゃいけないんだ。会って、無事を確かめなくちゃ」

 

 そう言うと、セドリックは少し悲しそうな表情をした。しかしそれも束の間、セドリックは優しい笑顔で「じゃあ、一緒に探そうか」と、ぼくの腕を強く握る。

 

 ぼくは笑って頷くと、俯いて表情を消した。 

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