【完結】空の記憶   作:西条

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第25話 歯車は止まらない

 ホグワーツで、魔法薬学教授のホラス・スラグホーン教授主催のクリスマスパーティが開かれている、ちょうど同時刻。こちらでも、集まりが開かれていた。

 

 場所は、ダイアゴン横丁とは雰囲気も通りを歩く人物も正反対の場所である、ノクターン横丁の、更に通りを何本も挟んだところにある小さな民家。そこが、トム・マールヴォロ・リドル、通称『ヴォルデモート』の隠れ家の一つであることを知る人は、そう多くない。

 見た目はパッとしない民家だが、一歩中に足を踏み入れれば、建物の中は外から見かけがつかないくらい豪奢で煌びやかに装われている。しかし、日当たりが悪いのか、どんなに煌びやかであろうとも、陰気臭い印象は拭えない。しかしその印象も、この家の主人は好んでいるのだろうから、言うだけ野暮か。

 

 その家の、一番奥の、一番広い部屋。そこで、その家の主、トム・リドルは、椅子に座って足を組みふんぞり返っていた。その顔には、かつての整った面影は見当たらない。人ならざるものに身を落とし、更に闇の深く深くまで埋没する姿が、そこにはあった。

 

 彼の足元には、跪いた姿勢の人物が三人。ルシウス・マルフォイ、アンバー・ベルフェゴールと、今年ホグワーツを卒業した、バーティミウス・クラウチ・ジュニアだ。

 

「連れてこい」

 

 闇の帝王のその一言に、三人は短く「は」と声を揃えると同時に立ち上がる。

 そして部屋の外へと出て行った。

 

 部屋の外には、不安げな面持ちの少年らが数人、緊張して、しかし手持ち無沙汰に待っていた。マルフォイとベルフェゴール、そしてクラウチが姿を現した瞬間、一斉に視線を集める。

 見たことがある顔ぶれも多い、スリザリンの後輩か。エイブリー、マルシベール、ロジエール、ウィルクス。その中に一際不健康そうな顔色をした少年がいた。セブルス・スネイプだ。

 

「セブルス、おいで」

 

 マルフォイの言葉に、セブルスは驚いたように目を瞬かせた。一瞬だけ漏れた不安を、すぐさま胸底へと押し隠したその技術に、さすがだとクラウチは舌を巻く。

 この少年は、高等技術である『閉心術』を、半ば無自覚に、いとも簡単にやってのける。闇の帝王に相対するには相応しい人材だ。

 

 進み出たセブルスに、恨みとも何ともつかない視線が無遠慮に突き刺さる。しかしその視線にはビクともせずに、セブルスはマルフォイに従い、部屋の中へと入っていった。

 

 部屋に入ったセブルスは、目の前の闇の帝王の姿を見た瞬間、膝をついて頭を垂れた。

 しかし闇の帝王は優しげな声音で「近く寄るのだ、セブルスよ」と囁く。その言葉にセブルスは、一瞬迷ったようだったが、すぐさま立ち上がると闇の帝王へと歩み寄った。目の前で再び膝をつく。

 クラウチもベルフェゴールも、マルフォイでさえ、闇の帝王には「今からセブルス・スネイプという少年を連れて行きます」などと言った覚えはない。しかしすぐさま目の前の少年の名前を看過する闇の帝王は、凄まじいまでの開心術士だ。

 

 そして今から、この術士は目の前の少年を、まさしく心の奥底までも見透かしてみせる。

 

「顔を上げよ」

 

 その言葉に素直に顔を上げたセブルスの表情が、苦しげに歪んだ。

 闇の帝王はセブルスの目をまっすぐに見つめたまま、彼の心をじっと読み取っているようだ。誰も触れたことのない心の奥底まで、無遠慮に触れる。『自分』の核の部分を、闇の帝王は簡単に握ってしまう。そこを握られた人物は、もう闇の帝王に逆らうことは出来なくなる。従順な彼の駒に、命令を聞く彼の忠実なしもべに、成り果てる。

 

 心の一番柔らかなところを突くだけで、人は簡単にも陥落する。それを身をもって教えてくれたのは、闇の帝王だった。この無口な少年も、すぐさま堕ちるだろう。

 そう思い、ただ目の前の光景を傍観していたクラウチは、ふと目を瞠った。

 

「貴様……貴様っ!!」

 

 闇の帝王は、普段の余裕げな仮面をかなぐり捨てるとセブルスに駆け寄った。うずくまり呻くセブルスの肩を、遠慮なく揺さぶる。

 

「答えろ……幣原秋を知っているのか!?」

 

 セブルスは苦しげに眉を寄せていたが、疑問を湛えた瞳で頷いた。

 どうして闇の帝王が、あの少年のことを聞くのか分からない――本心から、そう思っているような瞳だった。

 

 疑問に思ったのは、クラウチだって同じだ。

 誰だ? 幣原秋とは。

 

 闇祓いにも、そんな者はいなかったはずだ。

 いや、そもそも、現在ホグワーツ生であるこの少年が、闇祓いの名を知っているとも思えない。

 

 では、一体誰なのか? 

 闇の帝王にこんな表情をさせる、幣原秋という人物は、一体誰なのか? 

 

「……ははははは……はははははは!! まさか、まさかこんなガキが知ってるとは! こんなガキと、まさか繋がりがあるとは!! 直、見つけた、お前の息子を!! お前の負けだ、幣原直!! 俺様の勝ちだ!! はははははははは!!!」

 

 哄笑する闇の帝王に、言い知れぬ恐怖を感じた。マルフォイは、クラウチよりももっと露骨に、闇の帝王を恐れているようだ。小さくクラウチは舌打ちをする。ベルフェゴールは能面のような仮面を被ることに成功したようだったが、それでも焦りは透けて見えた。

 

 闇の帝王はしばらく狂ったように叫び、狂ったように笑っていたが、やがてその笑いを収めると、今まで通り静かで厳かな声で――しかし、喜色を抑えきれぬ声音で――セブルスに腕を出すよう告げた。思わずクラウチは顔色を変える。

 

 まさか、まだ十五かそこらの少年を!? 

 

 セブルスの顔には、ありありと恐怖の色が刻まれていた。この少年が、ここまで感情を露わにするのは珍しい。まぁ、闇の帝王に強力な『開心術』を掛けられてなお、無意識に貼っていた『閉心術』を保てるほどの人材はそういないだろう。

 腰が引けている様子のセブルスに構うことなく、闇の帝王はセブルスの左腕を掴むと、袖をぐいと捲り上げた。細く白い腕が露わになる。

 

 闇の帝王が、杖の先をセブルスの左腕に押し当てた。

 

「――――――――――っっ!!」

 

 言葉にならないセブルスの絶叫が響く。思わず眉を顰め、目を逸らしていた。ズキ、と、クラウチ自身の左腕も鈍く痛む。思わず撫でさすった。あれは確かに、痛い。

 

 セブルスの悲鳴が絶え絶えになり、やがてすすり泣きのような音が漏れた。

 闇の帝王は左腕を抑えうずくまるセブルスに何も声をかけることなく、満足げに立ち上がると、虚空を見据え、高らかに、何より楽しそうに、叫んだ。

 

 まるで。

 ライバルに勝ち越したことを確信したような表情で。

 

「勝ったぞ――僕は、俺様は、君に、お前に――幣原直!!」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「そうは言っても、だな……」

 

 セドリックには「頑張る」と言ったが、そう簡単にアクアを誘えたらこんなに苦労はしない。呼び止められないから苦労しているんじゃないか。

 本当、どうして女の子って皆で固まって歩くのだろう。ぼくとおんなじ思いをしている男はきっと多いはずだ。

 

 ハーマイオニーは、驚くべきことにビクトール・クラムと行くようだ。「ハリーとロンには内緒よ?」と言って教えてもらった。

 本当にあの二人は、ハーマイオニーを女の子だと思っていない。それは時折とても気持ち良く見ていられるのだが、ハーマイオニーとしては複雑なようだ。性差は感じて欲しくないが、女の子として見て欲しい……と。女心は複雑だ。

 

 ハリーはチョウを誘いたかったようだ。これにはぼくも驚いた。いつの間にチョウを見初めていたのか……クィディッチでかな? チョウ、レイブンクローのシーカーだし。

 ぼくとしては、ハリーがチョウを好ましく思っていたことにびっくりしたが、ロンやハーマイオニーは納得顔だったのがよく分からない。しかも、二人ともぼくをじーっと見て、の納得顔だし。納得いかないのはこっちだって。

 

 時間ばかりが過ぎる中、もう、クリスマスまで十日を切っていた。

 ぼくは、まだアクアを誘えずにいる。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「とっとと声かけちまった方が楽だって」

 

 そう言いながら、アリスは熱々のシチューをスプーンで口に運んだ。ホグワーツにもシンシンと雪が降り積もる今、身体を温める料理がテーブルをところ狭しと並んでいる。

 ぼくはグラタンを引き寄せつつも「……そりゃ、それは分かってるんだけどさ」と唇を尖らせた。

 

「お嬢サマが待ちくたびれんのが先か、お前が声かけるのが先か。こりゃあいい勝負だな、全く」

「そういうアリスはどうなのさ? さっぱりそういう浮ついた話聞かないけど」

「お生憎だな。もう誘われた」

「誰っ!?」

 

 テーブルに勢い良く手をついて立ち上がると、アリスは少し眉を顰めて「行儀悪いぞ」と言った。しかし機嫌はいいのだろう、口元が少し緩んでいる。

 

「ボーバトンの子さ。そこにいる、レイチェル・クレティエ」

 

 慌ててアリスのフォークの先を目で追うと(と言うか、人に「行儀悪い」とか言っておきながら、お前だって人をフォークで指してんじゃねーか!)、そこには金髪ショートカットの女の子が友人らと談笑していた。頭に黒のニット生地の帽子を被っている、綺麗で上品そうな子だ。スラリと細身で、華奢な手首には金色のブレスレットが覗いている。

 

「いつの間に……」

「お前がお嬢サマを誘う誘わないでうだうだしてる間に」

 

 しれっとのたまうアリス。なんだこの差は、顔か、やっぱり顔なのか!? 

 

「オー、あなーたがレイのハートを射止めた色男さんなーのですねー!」

 

 そう会話に入ってきたのは、ボーバトンの代表選手、フラー・デラクールだ。長いシルバーブロンドの髪に、掘りの深い整った顔立ち。姿形、立ち居振る舞い、全てにおいて気品と魅力を備える彼女には、少しヴィーラの血が入っているらしい。

 彼女と話していると周囲の男子の視線が気になるのだが、彼女はクィディッチ・ワールドカップで、転んだ彼女の妹にぼくが手を貸したことから、よく話しかけてくれるようになっていた。

 

「あぁ、どうもな」

「レイを泣かしたら承知しーませんよ!」

「泣かさねーよ、多分。俺優しいもん、な、アキ」

「さぁてどうだろうね、こいつ口が悪いから、余計なこと言って泣かせちゃうかも」

「バカ、余計なこと言ってんじゃねぇよ」

「何言ってんだ、大切なことだろ?」

 

 にやりと笑って肩を竦めた。親友の恋路を邪魔するのも、親友の大切な責務だ。

 

「そういうアキはどーなんですー?」

「そうだぞーアキ、どーなんだー?」

 

 と、風向きが変わった。興味津々と言った表情でぼくに向き直るフラーに、悪ノリするアリス。なんたること。

 

「えっと、そのー……まだ誘えてないというか……」

m'enfin(全くもう)! 男はガッツ! 何をためらうことがあーりますか! ボーバトンの男、みーんな積極的ですよ! ホグワーツの男情けないね!」

「う、うぅ……」

 

 何も言えずに言葉に詰まった。アリス、突っ伏して笑ってんじゃねぇ。肩震えてんの見えてんだよ馬鹿野郎。

 

「なんか……どうやっていいのか分かんないんだ。今までどうやって彼女と喋っていたのか分からない、というか……言いたいことはいっぱいあるのに、彼女を前にすると何も言えなくなる、というか」

 

 あらあら、とフラーは大人びた笑みを浮かべて、ぼくの頭を撫でた。

 と思った瞬間、頭を引き寄せられる。

 

「ホントーにかわいーですねアキは! ウブでかわいー男の子、わたし大好きでーす!」

 

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って、何だろうこの顔面を優しく包み込む柔らかな二つの塊は!?!? 暴力的なまでに柔らかいんだけど何だよこれ!?!? そしてすっごいいい匂いするよ、何この匂い!?!? 

 

 周囲がにわかに殺気立つ。だって首筋が殺気でピリピリ痛いもの! 

 こういうとき一体どうすればいいの!? 離して欲しいけど、一体フラーのどこを掴んで離して貰えばいいの!? 

 

「アキっ!!」

 

 そんな声と共に、ローブのフードをグイッと掴まれた。喉が締まり思わずぐえっと声が漏れたが、とりあえず天国なのか地獄なのか分からないアレからは解放された。

 

 フラーは楽しそうに「あらあら」と呟いている。アリスがニヤニヤと笑いながら、「後ろ見てみろ、後ろ」と言い、ぼくの背後を指差した。

 今ぼくのフードを引っ張ったのは、アリスじゃないらしい。じゃあさっきからフードを掴んで離さないのは一体誰なんだろう……と、首を回して見たところで――。

 

「あ、う、アクア……」

 

 アクアが、見たこともない無表情で立っていた。まさしく氷雪系美少女と呼ぶにふさわしい、氷のような表情だ。一年の頃も、こんな無表情を向けられたことはなかったぞ。思わずゾクリと身震いをした。

 

「……アキ」

「ご、ごめんなさい!!」

 

 アクアがぼくのフードを離す。瞬間、ぼくはアクアの前に両手を付いて土下座した。

 

「本当、そんなつもりはなかったんです! ごめんなさい、許してくださ……」

「本当に、あなたは……いつになったら私を誘ってくれるつもりなのよ!」

 

 思わず、目を見開いた。ゆっくりと頭を上げる。

 

 アクアは、さっきまでの無表情を一転させ、顔を真っ赤にさせて、泣き出しそうな表情で両手をぎゅっと握りしめていた。大きな瞳に、涙が浮かんでいる。

 

「あ……」

 

 周囲が、ぼくらの騒動を何だ何だと見ていたことにも、アクアの言葉で周囲が静まり返ったことにも、ぼくは気付かなかった。

 ただただ、目の前のアクアを見ていた。

 

「……ごめん」

 

 左膝を立てた。アクアの右手を取ると、真っ直ぐにアクアを見つめる。

 アクアの右手は、ひんやりと冷たかった。

 

「ぼくとダンスパーティに行ってくれますか?」

 

 アクアは顔を左手で覆うと、小さな声で「……はい」と頷いてくれた。

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