【完結】空の記憶   作:西条

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第36話 誰も知らない物語

「……っ、リリー、見つけた」

 

 

 そう言って、ぼくはにっこりと笑った。

 

 真夜中、と言ってもいい頃合いの時間。ホグワーツ城の中庭へと続く渡り廊下で、リリーは壁に背中を預け、ぼんやりと夜空を見上げていたが、ぼくの声に驚いて振り返った。その顔に涙の後があるのにぼくは気付いてしまい、少し気まずくなる。気付かなかった振りをして、ぼくは微笑みを浮かべた。

 

「メリーって子、君と同室なんだって? 帰ってこないって、凄く心配してたよ。だって、他寮のぼくにまで、取り乱した様子でさぁ、探すの手伝って、って言いに来るくらいだったもの……」

 

 そう言いながら、リリーの隣に腰掛けた。リリーがしていたように、空を見上げる。

 月は、もう沈んでしまったようだ。三日月だったからな、とふと思う。その代わり、月が出ている間は、月明かりが明るすぎて見えないような暗い星々も、今日は穏やかに瞬いていた。

 

「……秋、あのね」

 

 囁くような声だった。リリーは、その目に星を映したまま、言葉を口にした。

 

「セブがね……謝りに来たの。私に」

「うん」

「……でもね。もう、無理なんだ」

「……うん」

 

 リリーが、ゆっくりと両手で顔を覆った。指の隙間から、声が漏れる。

 

「なんで……私は、両親がマグルだからって、あんなこと言われなきゃいけないの……、マグル生まれだからって何? 『穢れた血』って……私の血のどこが、穢れてるって言うの? 私のどこが、皆に劣ってるっていうの? 今まで私、いっぱい努力してきたよ。魔法なんて知らなかった。自分が魔女だなんて、思いもしてなかった。だから、皆との差を埋めたくって、私、頑張ったんだよ。勉強だってそう。なのに……」

「……うん」

「セブが……セブが、一番最初にね、私に、『君は魔女だ』って言ってくれたの……セブルスは昔、『マグル生まれって何が違うの?』って尋ねた私に、こう言ったのよ……『何も違わない』って……それなのに、どうして……」

「…………」

 

 息が詰まった。意識して、ゆっくりと吐き出す。

 リリーは、ぐい、と手のひらで目元を拭った。

 

「セブは、変わってしまった……私も、変わったんだと思うの。でもね、秋は、変わらないね」

 

 そう言って、リリーはぼくを見て、にっこりと笑った。

 その笑顔は、普段のリリーが浮かべるような、晴れやかで暖かい笑顔とは全然違う、切なさに胸が引き絞られるような、笑顔だった。

 

「秋は変わらない。優しくて、一緒にいてね、すごく、落ち着くの……いつだって。寮が違っても、あなたは私の近くにいてくれる……それが、すっごくね、嬉しいの」

「……もう、セブルスとは、仲直り出来ないの?」

 

 ぼくの言葉に、リリーは笑顔で首を振った。

 

「ごめんね、秋。……もう、出来ないよ……私にはもう、セブが分からない……一番長い付き合いなのに、セブが何を見てるのか、何を考えているのか、さっぱり分からないの……」

 

 そう呟きながら、リリーは俯いた。

 

 震える、細い肩。

 ぼくは、手を伸ばせなかった。

 

「ずっと……ずっとずっと、三人で一緒にいられるって思ってた……わたしと、セブと、秋で、ずっと……なのに、どうして……っ、どうしてなの……っ」

 

 地面に、ポタポタと涙の雫が落ちる。それを見るたびに、ぼくの心も引き千切られるように痛んだ。

 

 この想いが、一体何なのか。

 気付いていなかった。気付きたくなかった。気付かない、振りをしていた。

 

 気付かない振りをして、いたかった。

 

 ずっと、ずっと、永遠に。

『鈍感』なんて、言われ続けながらも。

 

 

 気付いては、いけなかったんだ。

 

 

 左手を伸ばした。震える指先で、リリーの頭にそっと触れる。綺麗な赤い髪、その中に指を差し入れ、その小さな頭をぐいと引き寄せた。自分の胸に、リリーの頭を押し付ける。

 

 暖かな、その感触に。

 初めてリリーを自分から抱き寄せた、そのことに。

 

 知らず、歯を食い縛っていた。

 

 リリーは、ぼくの行動に一瞬身を強張らせたが、やがてぎゅっとぼくのシャツを掴んだ。大きく肩を震わせ、しゃくりあげる。

 

「あのね……秋。聞いて……」

 

 リリーは顔を上げると、潤んだ瞳でぼくを見た。濃い緑の瞳は、今は目に薄膜を張る涙のせいだろう、僅かに薄く見える。

 

「ごめんね、秋……」

 

 止めてくれ、リリー。

 その言葉を言ってはいけない。

 

 リリーの瞳が、細くなった。耐えきれない、と言った風に、彼女の頬に涙がすうっと伝う。

 ぼくはそれを、息を止めて見つめていた。

 

「好きよ、秋」

 

 ぼくは一体、どんな顔をしていただろうか。

 

 彼女の手が、ぼくの頬に触れる。

 とてもひんやりとしていたことを、覚えている。

 

「ぜったい、言うはずじゃなかったのに……」

 

 そんな言葉が、耳をくすぐって。

 両の腕が、背中に回されて。

 

 やっぱり、君も。

 君も、そう思っていたのか。

 

 ぼくらは。

 

 彼女の顔が、だんだんと近付いてくる。

 

 リリーの瞳を脳裏に浮かべたまま、ぼくは静かに目を閉じた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 目が覚めて、ぼくは青褪めた。

 ここはどこだ、今はいつだ。ここが校長室であること、そしてすぐ近くに浮かんでいるモニターが――第二の課題で観客席にあったものと同じだ――、優勝杯を掴んで倒れているハリーを、皆が囲んでいる姿を映し出していた。優勝杯を、ハリーが掴んでいる。

 第三の課題が終わり、優勝者が決まったのだ。しかし、モニター越しに見るその雰囲気は、どこをどう見ても、決してハリーが優勝したことを喜ぶものではなかった。

 

 またもぼくは、間に合わなかったのだ。

 

 ひんやりとした絶望感が、心の奥底に染み渡る。

 膝を突きそうになったが、使命感に突き動かされた。

 

 ――ハリーの元に、行かなくては。

 

 慌ててソファから立ち上がる。そのとき、一枚の紙が、テーブルの上に置かれていることに気がついた。

 羽根ペンではなくボールペンで書かれたその文字は、癖があって少々読みにくく、几帳面な彼を知る者は、よく彼の字が存外に汚いことに驚いていたっけ。

 

 見覚えがある、どころじゃない。

 夢の中で、いつも書いている文字だ――書き癖がある文字、幣原秋の字だ。

 

 紙を取り上げ読むと、そこには一言だけ書き殴ってあった。ただでさえ癖字なのに、乱雑に書いたら読めなくなるだろう――そう思うが、ぼくが読めれば事足りるのだから、別に構わないと思ったのか。

 

『ムーディの部屋に向かえ』

 

 紙には、それだけが書かれていた。

 

 従うか、従わないか。考えるのは一瞬だった。

 紙をぐしゃぐしゃに丸めて握り締めると、校長室を飛び出し、廊下を走る。階段を駆け下り、目指すは、闇の魔術の防衛術教師の部屋。

 

 ムーディが――否。彼はムーディではない、クラウチ・ジュニアだ――ハリーに杖を向けている。

 その様子を目の当たりにして、カッと頭に血が上った。杖を掴み、一直線に横薙ぐ。『武装解除』によって吹き飛ぶ彼の杖を無視し、更に杖を彼に突きつけた。赤い閃光が迸り、彼を部屋の壁に叩きつける。ミシリ、と、部屋が軋んだ。

 

「アキ!」

「大丈夫、ハリー!?」

 

 彼から杖も目も離さずハリーに訊くと、ハリーは少し息をついてから「大丈夫」と答えた。

 

 彼は、少しばかり脳震盪を起こしているようだった。目の焦点が、両目ともに合っていない。そのことを確認した折、ちょうどこの部屋に、ダンブルドア、マクゴナガル先生、そしてスネイプ教授が雪崩れ込んできた。

 

「退くのじゃ、アキ」

 

 鋭く言うダンブルドアに、ぼくは素早く後ずさって道を開けた。ダンブルドアはその顔に冷たい怒りを滲ませながら、目を回すムーディの体の下に足を入れると、容赦なく蹴り上げ、顔がよく見えるようにする。

 

 ハリーは医務室に行くべきだと主張するマクゴナガル先生に、きっぱりとダンブルドアは首を振った。ハリーは真実を知らなければならない、と言うダンブルドアに、ぼくはハリーを振り返る。

 ハリーの目は、何が起こったのか、事の真相を知りたいと強く叫んでいた。

 

「セブルス、君の持っている『真実薬(ペリタセラム)』の中で一番強力なのを持ってきてくれぬか。それから厨房に行き、ウィンキーという屋敷妖精を連れて来るよう。ミネルバ、ハグリッドの小屋に行ってくださらんか。大きい黒い犬がかぼちゃ畑にいるはずじゃ。犬をわしの部屋に連れていき、まもなくわしも行くからとその犬に伝え、それからここに戻ってくるのじゃ」

 

 マクゴナガル先生もスネイプ教授も、すぐさま身を翻した。

 ダンブルドアはムーディのトランクへと歩いて行き、鍵を錠前に差し込んでトランクを開けた。二つ目の鍵を同じ錠前に差し込むと、今度は呪文の本が姿を現した。やがて――七つ目の鍵で、一つの真相が露わになった。

 

 トランクの下が、奥まで続いている。そして、下の床に横たわりぐったりと目を瞑っているのは、彼こそが本物のマッドアイ・ムーディだった。ハリーは驚いたように、本物のムーディと、床に転がるムーディを見比べる。

 

 ムーディの『ポリジュース薬』の効果が切れるのを、義足と義眼が外れ、傷跡が消え、髪の色が変わるのを、ハリーは呆気にとられた表情で見つめていた。

 

 やがて、スネイプ教授がウィンキーを連れて来る。その後ろにはマクゴナガル先生の姿も。スネイプ教授が目を見開いて「クラウチ……バーティ・クラウチ!」と喘いだ。

 

 ダンブルドアは『真実薬』を彼の口の中に流し込むと、蘇生術で、クラウチ・ジュニアを呼び起こした。

 

 長い長い話が始まった。

 どうやって、クラウチ・ジュニアがアズカバンから抜け出したのか。バーサ・ジョーキンズとのこと、クィディッチ・ワールドカップのこと、貴賓席で、目の前にいたハリーから杖を盗んだこと。空に『闇の印』を打ち上げたこと。クラウチ家の戸口に、ヴォルデモートが現れ、呆気なくクラウチ氏が『服従の呪文』にかかり、彼は自由の身になったこと――そして、ホグワーツに来てからの、今年一年のこと――全てを包み隠さずに、クラウチ・ジュニアは話した。

 

「今夜、俺は夕食前に、優勝杯を迷路に運び込む仕事を買って出た。俺はそれを移動キーに変えた。ご主人様の計画は上手くいった。あのお方は権力の座に戻ったのだ。そして俺は、他の魔法使いが夢見ることも叶わぬ栄誉を、あのお方から与えられるだろう……ククク、アハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 しばらく、クラウチ・ジュニアは狂ったように笑い続けていた。薄暗い教室に、狂気の笑い声が響き渡る。誰も、何も言わずに、その声を聞いていた。

 

「……そして、幣原秋よ。ご主人様に執着される人物よ。お前の首をご主人様に献上出来なかったのが、俺の唯一の心残りだ」

 

 クラウチ・ジュニアは敵意をその双眸に宿し、ぼくを睨みつけた。臆さず、ぼくの側も一歩彼に踏み出すと、睨み合う。

 その均衡を崩したのは、彼だった。瞳に狂気を漲らせ、ぼくを指差し、嘲笑う。

 

 あの時のように。あの、裁判のように。

 

「だが、あのお方は蘇った。過去の自分と等しい力を手に入れなさった。ああ、嗚呼! ご主人様がお前を壊す様を見ることが出来ないなんて、なんたる不運なのだろう!! 死に損ないの生き損ないよ、どれだけ重い十字架を背負い生き続ける? アハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハッ」

 

 ぼくはぎゅっと眉を寄せた。杖を、ぎゅっと握りしめる。

 

 幣原秋と、同じ杖を。

 幣原秋が、多くの命を奪った、その武器を。幣原の罪を一番近くで見てきた、相棒を。

 

 クラウチ・ジュニアは哄笑していたが、ふとその表情を理性あるものに変えた。しっかりとした眼差しで、ぼくを見遣る。

 

「しかし――アキ・ポッターよ。俺はお前に同情する。お前は可哀想な奴だ。お前の願いは何だ? 生きがいは? 幣原から与えられるだけの使命のどこに、お前の意志は存在する?」

 

 淡々と、クラウチ・ジュニアは言葉を紡ぐ。

 悪意も敵意も篭っていないその言葉は、しかしだからこそ、何よりも鋭く尖っていた。

 

「誰もアキ・ポッター(お前)を見ちゃいない。誰からも、お前は認められない。意志を持たぬ傀儡に、生きる価値など存在しない。だから、お前は死ぬべきだ。お前が救われるためには、死ぬしかない。生きていることがつらいだろう? 『死』は誰よりもお前を深く受け入れてくれることだろう」

 

 可哀想に、と、クラウチ・ジュニアは呟いた。その同情的な視線に――思わず、息が出来なくなる。

 

 これが、クラウチ・ジュニアの『本心』なのか――そうなのか。

 

 心から、そう思って、ぼくを見ていたのか。

 

 ダンブルドアが立ち上がった。ありありと嫌悪の色を浮かべ、杖を振る。縄がクラウチ・ジュニアをしっかり縛り上げるのを確認して、ダンブルドアはマクゴナガル先生を振り返った。

 

「ミネルバ、ハリーを上に連れていく間、ここで見張りを頼んでもよいかの?」

「もちろんですわ」

 

 吐き気を堪えるように眉間に皺を寄せて、マクゴナガル教授は即答する。

 

「セブルス。マダム・ポンフリーに、ここに降りてくるよう頼んでくれんか? アラスター・ムーディを医務室に運ばねばならん。そのあとで校庭に行き、コーネリウス・ファッジを探して、この部屋に連れてきてくれ。ファッジは間違いなく、自分でクラウチを尋問したいことじゃろう。ファッジに、わしに用があれば、あと半時間もしたら、わしは医務室に行っておると伝えてくれ」

 

 スネイプ教授は頷くと、すぐさま部屋を出ていった。

 

「ハリー」

 

 ダンブルドアが、ハリーに優しく声を掛ける。ハリーは頷いて立ち上がったが、ぐらりと傾いだ。足を痛めているのか。

 ダンブルドアはハリーの腕を掴むと、介助しながら廊下へと出た。

 

「ハリー、まずわしの部屋に来てほしい。シリウスがそこで待っておる。来るのじゃ、アキも」

 

 ぼくは俯いて首肯した。そして、ハリーの前に跪くと、杖を振る。包帯と添え木を出現させると、黙ってハリーの足の手当てを行った。ハリーは小さく「ありがとう」と呟いた。

 

 校長室に着くまで、ぼくもハリーもダンブルドアも、誰も一言も喋らなかった。

 校長室の扉を開けると、目の前にシリウスが立っていた。顔色は蒼白で、この前見たときよりもやつれたようだ。

 

「ハリー、大丈夫か? 私の思った通りだ、こんなことになるのではないかと――一体何があった? 何があったんだ?」

 

 ハリーを机の前の椅子に座らせながら、シリウスが勢い込んで尋ねた。

 そしてその瞳に驚愕の色を露わにしながら、「どうして君がいながら、こんなことになったんだ? 秋」と、責めるような目をぼくに向ける。

 ぼくは黙っていた。

 

 ダンブルドアがクラウチ・ジュニアの話をシリウスに語り始めた。シリウスの目が、初めて対面する真実に見開かれる。

 話し終えると、次にダンブルドアはハリーを見つめた。ハリーはダンブルドアから目を逸らしたが、ダンブルドアはハリーを逃さなかった。

 

「ハリー、迷路の移動キーに触れてから、何が起こったのか、わしは、わしらは知る必要があるのじゃ」

 

 ダンブルドアの声に、ハリーは語り始めた。今日、墓場で何があったのか。一度口を開けば、後は堰き止められていたものが溢れ出すかのようにスラスラと言葉が零れ出た。

 

 ハリーをヴォルデモートの父の墓標に縛りつけたこと。セドリックに『死の呪文』を掛けたこと。ワームテールがハリーの腕を刺した件で、シリウスは激しく罵った。そこに、かつての友人に対する慈悲は存在しない。

 ダンブルドアは、ハリーの腕の傷を見せるように言った。ハリーは素直に腕を捲る。

 

「僕の血が、他の誰の血よりも、あの人を強くするとあの人自身が言っていました。僕を護っているものが――僕の母が残してくれたものが――あの人にも入るのだと言っていました。その通りでした。ヴォルデモートは僕に触っても傷つかなかった、一年の時とは違った。僕の顔を触ったんです」

 

 その言葉が意味することは、ぼくには分からなかった。しかし、幣原には何かピンとくるものがあったのだろう、胸の奥でざわめきがする。

 

 ハリーは話を続けた。ヴォルデモートの復活、死喰い人が集合したこと、ヴォルデモートがハリーに杖を返し、決闘しようとしたこと。

 金色の光が、ハリーとヴォルデモートの杖同士を繋いだこと。年老いた男が、バーサ・ジョーキンズが、母と父が、ヴォルデモートの杖から出てきたこと――。

 

「セドリックは? セドリックの姿は出てこなかったのか?」

 

 ダンブルドアはそう勢い込んでハリーに尋ねた。ハリーは目を瞬かせながら、なんでそんなことを聞くのだろうという表情で「えぇ」と頷いた。

 ダンブルドアはその後、ぼくを振り返る。澄んだブルーの瞳に見据えられたが、生憎とぼくには心当たりがない。

 

「なるほど、なるほど……」

 

 そしてダンブルドアは、ハリーとヴォルデモートの杖が「兄弟杖」であること、そしてその杖同士を無理に争わせようとすると、杖が正しく機能しないことをぼくらに告げた。

 

 ハリーは、杖から現れた姿たちがハリーにアドバイスをくれたこと、そして優勝杯を掴むと、再びこちらに戻ってこれたこと――それらを話し終え、疲労の色が見える息を吐いた。

 

「ハリー、今夜君は、わしの期待を遥かに超える勇気を示した。君は、ヴォルデモートの力がもっとも強かった時代に戦って死んだ者たちに劣らぬ勇気を示した。一人前の魔法使いに匹敵する重荷を背負い、大人に勝るとも劣らぬ君自身を見出したのじゃ――更に君は今、我々が知るべきことを全て話してくれた。わしと一緒に医務室に行こうぞ。今夜は寮に戻らぬ方がよい。魔法睡眠薬、それに安静じゃ……シリウス、アキ、ハリーと一緒にいてくれるかの?」

 

 シリウスはすぐさま首肯したが、ぼくは静かに首を振った。

 ダンブルドアとシリウス、そしてハリーの、三者三様の視線が、ぼくに突き刺さる。

 ぼくは笑顔を浮かべた。

 

「少し、一人になりたいんだ」

 

 心を、厚いベールで覆い隠す術。『閉心術』。

 初めて使ったにも関わらず、そんな気がしないのは、きっと幣原秋が、この呪文をよく使っていたからだ。

 

 校長室から出て、ぼくは廊下を歩いた。誰もいない。人気もない。

 

 どこに行くか、心は決まっていた。さざ波さえも、心は波打たない。何よりも穏やかで、どこまでも心は凪いでいた。

 

 秋も、ぼくと同じ気持ちなのだ。だから、こんなにも心が平穏なのだ。

 そのことは、ぼくを安心させた。

 

「アクシオ、忍びの地図よ」

 

 杖を振ると、静かに待つ。やがて飛んできた羊皮紙を、ぼくは掴んだ。

 懐かしの忍びの地図。ここに使われた魔法がどんなものか、ぼくは全てを熟知している。

 

「われ、ここに誓う。われ、よからぬものをたくらむ者なり」

 

 そう言って杖で羊皮紙を叩くと、瞬く間に地図が浮かび上がった。一番てっぺんには、渦巻き型の大きな緑色の文字。

 

『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングス、レイブン われら『魔法悪戯仕掛人』の御用達商人がお届けする自慢の品 忍びの地図』

 

 この地図は、秋の青春の象徴だ。ぼくらが確かに、ここにいたことの証。

 

 目を凝らして、今会いたい人の名前を探す。

 間もなくして、それは見つかった。

 

 だって、それほどぼくは、あの子のことを、名前を見るだけで心が躍るほど、好きになってしまったのだから。

 

『アクアマリン・ベルフェゴール』

 

 最後に、彼女に会いに行こう。

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