【完結】空の記憶   作:西条

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不死鳥の騎士団編
第1話 思惑


 ――砕け散った幻想を、一つずつ集めていったら、最後はどんな絵が出来るだろう。

 

 細やかな破片は、集め切れない。大きく割れた破片をどう組み合わせても、完成する絵は元のものとはかけ離れる。

 砕けた破片は、拾い集めようとしたぼくの指先を、鋭く切り刻む。

 血の雫が、破片に降りかかる。また一歩、元のものとはかけ離れていく。

 

 それでも、破片を集めて組み合わせ続ける。顔を歪めて、苦痛に身を焦がしながら。

 

 ――歪に完成したそれは、己に絶望しかもたらさないと知りながら。

 

「ぼくが欲しかったのは、こんなのじゃない……っ」

 

 完成した絵を、ぼくは地面に叩きつけた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ハリー・ポッターが優勝杯の『移動キー』を掴んで逃走し、ほとんど全ての死喰い人も姿を消した墓場で――立っているのは、三人だけだった。

 とうとう元の姿を手に入れたヴォルデモート、そして、ピーター・ペティグリュー。残る一人、厳重に黒いフードを被っている彼の名を、アンバー・ベルフェゴールと言う。『悪魔』の名を持つ純血家系の一つ、ベルフェゴール家当主であり、アクアマリン・ベルフェゴールの父親であった。

 

 ヴォルデモートは、しばらく憎々しげにハリー・ポッターが消えた辺りを睨みつけていたが、やがて墓石の隅へと歩み寄った。

 そこには、セドリック・ディゴリーの遺体があった。むんずとヴォルデモートはセドリックの髪を掴むと引きずり起こす。ダランと生気もなく項垂れる彼に、ヴォルデモートは囁いた。

 

「役者だな、セドリック・ディゴリーよ」

 

 そして瞬時に『磔の呪文』を掛ける。死者には何の苦痛ももたらさないはずのその呪いに、セドリック・ディゴリーは激しく呻き、もがいた。

 ピーター・ペティグリューとアンバー・ベルフェゴールは、思わずヴォルデモートの元に駆け寄ると、目の前の光景に目を瞠った。

 

「し、死んだはずでは……」

 

 アンバー・ベルフェゴールが震える声で呟く。

 確かに彼は、ヴォルデモートが放った緑の閃光が、彼の胸を貫くのを見ていたのだ。

 

「死んではいない。先ほどの直前呪文を見ただろう? 彼の者が姿を現したか? ――死んではいなかったのだ」

 

 やがて、ヴォルデモートは杖をセドリック・ディゴリーから放した。肩で息をついている彼の髪を再び掴み持ち上げると、今度こそ彼は瞳を開けた。

 この後に及んでなお、精悍で、しっかりとした光を瞳に宿していた。

 

「ハッフルパフの学生は油断ならない。必ず、一矢報いてやろうとする。それを教えてくれたのは、幣原直、お前だったな……」

 

 誰に向けるでもなく呟いたヴォルデモートの言葉を理解出来たのは、この場には誰一人としていなかった。

 

 ヴォルデモートは、セドリック・ディゴリーのローブのポケットに手を突っ込んだ。やがて一枚の紙を掴み出す。

 

 真っ黒に焦げ付いた紙切れだった。僅かに焼け焦げていない部分には、幾何学模様が垣間見える。

 ヴォルデモートが指を鳴らすと、その紙からぼやりと人魂のようなものが浮かび上がった。そのことに、アンバー・ベルフェゴールとピーター・ペティグリューは、それぞれ違った感情を伴う声を漏らした。

 

「やはりお前か……幣原秋よ」

 

 髪の長い少年が、こちらを凛とした眼差しで睨みつけている。

 ヴォルデモートも、その少年の目に応えるように、赤く鋭い瞳を向けた。

 

「……秋」

 

 ピーター・ペティグリューは、愕然とした表情でその少年を見ていた。

 忘れていたかったことを突き付けられたように、その顔は歪んでいた。

 

「……幣原秋、ですって?」

 

 アンバー・ベルフェゴールは、しばらく前に『週刊魔女』に載った、とある記事を思い返していた。ハリー・ポッターの双子の弟、アキ・ポッター。彼が、あの闇祓い、幣原秋と全く変わらぬ見た目であること。

 妻からもたらされたその情報は、ベルフェゴールの心中をざわめかせるに足るものだった。

 

「アンバーよ。この勇敢な青年、セドリック・ディゴリーの処置については貴様に一括しよう」

 

 そう言われ、慌ててアンバー・ベルフェゴールは片膝をついた。目線を下げたまま、頷く。

 

「ただし、絶対に殺すなよ。傀儡として、我らの人形として動けるように躾けるのだ。よいな?」

「御意」

 

「期待している」との言葉を残し、ヴォルデモートは「とっとと行くぞ、ワームテール」とすぐ近くの従者を蹴り上げると、姿を消した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 アクアマリン・ベルフェゴールは目を見開いた。

 

「……やぁ、アクア」

 

 つい昨日、彼のことを悼み、全校生徒で杯を掲げたばかりだというのに。どうしてその張本人が、しかも、私の家の地下牢に閉じ込められているのだ。

 

「んー、なんか、生き残っちゃって。君の彼氏くんのおかげでね」

 

 そう軽く言わないで欲しい。

 

「いやぁ、まさか君の家だとは。そうか、ベルフェゴールなんてそうそういない苗字だよね、その時点で気付けば良かったや。それにしても、広いお屋敷だね。しかも、こんな地下牢にまで掃除の手が行き届いているとは、驚くものだ」

「……私も、ちょくちょくここに放り込まれてたから」

 

 言葉少なに呟くと、へぇ、とセドリックは目を瞬かせた。

 拷問を受けたのだろう、身体の至るところに生々しい傷があるが、しかし彼にはあまり堪えていないようだ。表情も今までと変わらず生気がある。

 

「しかし、友人の家だと思うと、なんだか楽しくなってくるね」

「……友人? ……私と、あなたが?」

「そう。君はアキの友人だろ? それなら、僕と君も友人だ」

 

 ……なんという論理の人だろうか、と、アクアは眉を寄せると小さく頭を振った。

 アキと同類の匂いがする。人懐っこく、誰とでも友人になれる彼と同じ人種なのだろう。人見知りの自分とは大きく違って。

 

「……姉上、父上がお呼びですよ。いつまで喋っているのかと――」

 

 そう言いながら地下牢へ続く階段を降りてきたのは、アクアの弟、ユークレース・ベルフェゴールだ。ユークもまた、セドリックの姿を見て驚いたように目を瞠った。セドリックとアクアたちを隔てる鉄格子に駆け寄ると、慌てて鉄格子を掴んでガタガタと揺さぶる。

 

「え、えぇえええ!? どういうことなんです、どうしてセドリック・ディゴリーがうちに……!?」

「うん、まぁ、話すと長くなるのだけれど」

 

 はは、とセドリックは、いっそのこと楽しげだった。監禁されているとは到底思えない。

 

「死んだはずじゃ……」

「うーん、それが死んでなかったみたいで」

「軽く言わないでください!」

 

 さすがは私の弟、思うことは同じだったか。

 

「……ユーク。父様が呼んでいるの?」

「あ、そうだった。早く上がってくるように、と。話したいことがあるようです」

「話したいこと? ……何かしら」

 

 さぁ? とユークはこてんと首を傾げた。自分と違って、感情表現が豊かだ。アキに似ている、と、ふと思う。

 

「……ディゴリー。出してあげたいのは山々だけれど、そうも出来ない。……ごめんなさい」

「分かっているよ。そこまで君達に頼むことは出来ないさ。休みの間だけでも、たまに顔を出してくれるだけで、気晴らしになるから」

 

 セドリックはそう言うと、人好きのする笑顔を浮かべて見せた。ユークも心配げに、セドリックを伺っている。

 ユークの目がちらちらとセドリックの生傷に移るのを見てとったか、セドリックは「何、名誉の負傷さ」と朗らかに笑った。

 

「……そうだ。あと、僕が生きてるってことは、僕と君達の秘密にしておいてもらえないかな?」

「……アキにも?」

 

 うーん、とセドリックは考え込んだ。『アキ』という名前に反応してか、ユークの眉が不機嫌そうにぎゅっと寄る。何故だか、ユークはアキのことが嫌いなのだ。その理由の原因は間違いなくアクアなのだが、アクアはその理由を知ることはない。

 

「アキになら、大丈夫か……あいつなら、誰が信用出来て誰が信用出来ないか、分かるだろうし、それに」

 

 セドリックは素直に微笑んだ。

 

「君の信頼する人だしね」

 

 ……どうして、そんなに素直に、心から人を信じることが出来るのか。

 

 さっぱり分からない、そう思いながらも、アクアは小さく頷いたのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「魔法省は『例のあの人』が復活したというハリー・ポッターの言葉をもみ消した」

 

 深夜。家に帰り着いたリィフ・フィスナーは、眠っているであろう息子を起こさぬよう、そうっと階段を上り――そんな声に出迎えられた。

 

「――起きていたのか」

「親父殿よ。俺がどんな子どもなのか、まだ実感がねぇみたいだな? 夜更かしと喧嘩は不良の得意分野だぜ」

「……違いない」

 

 そのままリィフはリビングへと入ると、カバンをその辺りに放り投げ、バルコニーへと出た。ウッドチェアに腰を下ろす。

 リィフの正面にアリスも腰掛けると、足を組んだ。

 

「一本いいか」

「構わねぇよ」

 

 そうか、と呟き、リィフは懐からタバコのパッケージを出すと、そこから一本を取り出し口に咥えた。魔法で火を灯すと、大きく吸い込み、静かに吐き出す。

 

「お前も吸うか?」

「息子の非行の手伝いか?」

「私だってそうそう『いい子』でいた訳じゃないさ……学生の頃も隠れて吸っていた。友人は眉を顰めていたがね」

「幣原秋のことか」

「あぁ」

 

 それを聞くと、アリスは僅かに首を傾けた。

 

「俺はいらねぇや、興味もそんなにない。アキも嫌がりそうだしな」

「そうだね、あの子には嫌われそうだ。……ピアス増やしたか?」

「お前にゃ関係ない」

「そう」

 

 つれなくあしらわれ、リィフは肩を竦めた。どうにも息子との距離感が掴めない。

 

 まぁ、こんなものなのだろう。これでなんとかやっていくしかないのだ。自分たちは。

 

「……あぁ、もみ消した。コーネリウスは残念ながら、そういう人物のようだ。自分の常識の範疇を超えた分野は受け入れられないと。事務処理は上手なのだがね」

「……アンタはどう思う?」

「ん?」

「アンタは、『例のあの人』が復活したと思うか?」

 

 リィフはしばらく答えなかった。空にたなびいていく白い煙を見上げていた。

 

「ハリー・ポッターがそう言うのならば、そうなのだろうね」

「……人任せだな」

「そりゃあそうさ。自分の目で見た訳じゃない。ハリー・ポッターを信じるか、信じないか。こいつで世論は真っ二つさ」

「世界地図が二色に塗りつぶされる?」

 

 アリスの端的な質問に、思わず笑みが零れた。

 しかしリィフの笑みに、アリスは気を悪くしたようだ。ぎゅっと眉が寄る。

 

「お前は存外に賢いな」

「……闇の帝王と、不死鳥の騎士団の対立。グリフィンドールとスリザリンの対立は、再び……」

 

 アリスの言葉を、リィフは一睨みで掻き消した。

 

「……なぁ、アリス。……お前はさ、どうしたい?」

 

 アリスは気圧されたように黙っていたが、「……どう、って」と小さく呟いた。

 

「好きな方、選んでいいぞ。お前の人生だ。この家継ぐも継がないも好きにしろ」

「……っ、継がないって選択肢、あるわけ――」

「……まぁ、誰かがやらなきゃいけないことだ。だけどな、アリス、我が息子よ。必ずしもお前がやらなきゃいけない、ってことじゃあない。昔のお前が望んでいたように、今から嫁を娶ったって、養子取ったって、本当は構わないんだ……純血の誇りは、既に僕が」

 

 壊したのだから。

 リィフは淡々と、そう告げた。

 

「フィスナー家に縛られなくても、いいんだ……お前は、昔っから、何かに縛られんのが大っ嫌いなガキだったな。名門の肩書きは重いだろう。フィスナーの苗字はお前を縛る。魔法界に、イギリスの魔法省に。やりたいことなんて絶対にやれない。なりたい職には絶対に就けない。好きなところにも行けないし、ロクな休みも取れない。お前の将来は、お前が生まれる前から決まっている」

 

 アリスの瞳が、僅かに揺れた。

 迷うように、一度閉じられ――そして再び開かれた時には、意志の光が宿っていた。

 

「……人の考え、勝手に決めてんなよな」

 

 リィフは鷹揚にアリスを見た。目の色合いは、僅かにアリスの方が深みがある。

 

 ――あいつの目も、こんな色だったな。

 

 自分とよく似た息子の見た目に、随分前に亡くした妻の面影を見出して、リィフは僅かに微笑んだ。

 

 無邪気な人だった。身体が弱いのに、お転婆な人だった。何よりも、自由な人だった。

 

 フィスナー家の鳥籠に閉じ込めなければ、今もまだ、生きてくれていたのかもしれない。

 

「バカだな、お前。こんな家、なくなっちゃえばいいのにって思ってたのはお前だろ」

「それより、アンタの思惑に乗る方が気に入らない」

「お前は本当に、私のことが嫌いだね」

 

 呆れて息を吐いた。

 

「……やってやんよ、親父殿。『中立不可侵フィスナー家』――継いでやる。だから」

 

 俺は何をすればいい。

 

「……ふふ」

 

 リィフは楽しげに、碧の目を細めて息子を見た。

 

「そうだね……じゃあ、まずは私のご飯を作ってくれないか?」

 

 ぎゅっと寄せられていた眉が、ぽかんと離れた。

 は、とアリスは目を瞬かせて父親を見る。呆然とした表情は、案外年相応だ。

 

「さっきからお腹が空いて仕方なかったんだよ。アリスが作ってくれるなら万々歳だ。お前の方が私より家事は上手だからね」

 

 アリスはしばらく何を言われたのか分からないといった表情をしていたが、やがて苦虫を数十匹は噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「俺はっ、アンタの……」

「『そういうところが大嫌いだ』?」

「……っ、そういうところが、俺は本当に、大っ嫌いだ!!」

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