【完結】空の記憶   作:西条

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第7話 友情の残量

 もう見慣れてしまったホグワーツ特急。重たいカートを押しながら、九と四分の三をくぐり抜け、空いているコンパートメントがないかを探し通路を歩いて――程なくして、見つかった。

 

「隣、いいかな?」

 

 そう言って微笑むぼくに、彼――セブルス・スネイプは、驚いた目を向けた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「初めて見たとき、君の服に魔法を掛けてやりたいと思っていたんだ。だって可哀想なくらいにダボダボだったんだもの。今は、ピッタリのようだ。背が伸びたね」

「……いつまでもあの頃のままじゃ、いられないさ」

 

 ガタンガタン、と、振動が座席から身体に伝わる。

 紅の特急は、ホグワーツ目掛けて一目散に進んでいた。

 

「……何の本、読んでんだ?」

「あぁ……日本の、東洋のね、魔術の本だよ」

 

 ほぅ、とセブルスは、僅かに興味を惹かれたように目を見張った。読んでいた分厚い魔法薬学の本を傍らに寄せると、ぼくの本を覗き込む。

 

「読んでみる?」

「いいのか?」

「いいよ」

 

 そう言って、ぼくらは互いの本を交換した。

 

 ぼくらの間に、言葉はあまり飛び交わない。リリーがいたときは、また違ったのだけれど――リリーは静かにしていることが苦手な子だから――ぼくらの間に飛び交うのは、少ない会話と、それに本と、少々のお菓子だった。

 

 静かな時。穏やかな時間。

 日本に帰っていたときも、一人静かな時間を過ごしていたが、誰かがいる『静かな時間』というのは、随分と久しぶりだ。

 互いが本のページを捲る、ペラリ、ペラリという音。風が、窓を叩く音。線路を走る列車の振動音。それだけで満たされた空間。

 

「坊ちゃんたち、車内販売はいかがですか?」

 

 そう扉を開けた、大きなカートを引く店員さんに、ぼくらは本から目を上げると、小銭を数えて立ち上がった。

 そのちょうど後ろを、リリーが通る。リリーはちらりとぼくらを見て、ハッと表情を変えた。そして、幾分具合が悪くなった顔をして、足早にスタスタと通り去る。

 

「……リリー」

 

 セブルスは苦しげに、その名前を口にした。自分で言ったその言葉に、身震いをしている。

 

「……蛙チョコを二つと、大鍋ケーキを二つください。かぼちゃジュースも」

 

 空気を振り払うように、ぼくは笑みを浮かべて店員さんに声を掛けた。

 

 店員さんが立ち去り、ぼくらは買ったものを手に再び腰掛けた。かぼちゃジュースの蓋を開けたぼくと対照的に、セブルスは一気に食欲がなくなった顔で、何も手をつけようとしなかった。

 

「…………」

 

 口を開きかけ、言葉がまとまらず、口を閉じる。前髪を引っ張ると、小さく首を振った。

 そして、考える。

 

 ぼくとセブルスの、友情の残量を。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「アズカバンの看守、吸魂鬼は、一体も持ち場を離れていないとのことだ。これまでも、そしてこれからも」

 

 深みのある声。キングズリー・シャックルボルトの声が広間に朗々と響いた。

 それにふむ、と声を発したのはムーディだ。

 

「だが、あやつらに聞いてみた訳じゃあなかろう? 魔法省の頭がいい奴らの中に、吸魂鬼と意思疎通しようと思うイカれた奴がいるようなら、是非ともうちに紹介してもらいたいもんだ」

「やーめてよ、闇祓いはもうそんな時代じゃないんだってば……十年以上前のことじゃない、マッドアイ」

 

 トンクスが聞き飽きたとばかりに肩を竦めた。リーマスは腕を組んで発言する。

 

「だが、ハリーがプリベット通りで吸魂鬼と遭遇したのもまた事実だ。あの少年は、そんな嘘をつくような人間じゃない」

「その通り。私もリーマスを支持しようじゃないか、ハリーの名付け親として」

「やっぱり、魔法省の誰か……それもある程度高い地位の者が秘密裏に、吸魂鬼に命令を出したと考えるのが一番かね」

 

 ヘスチア・ジョーンズはピンクの頬を引っかきながら呟いた。

 

「高い地位の者……コーネリウスか?」

「その可能性は低いんじゃないか? あの、脳みそお花畑閣下は、ハリーを排除するよりは目を瞑りたいタイプの御仁に見えるぞ」

「とにかく、そのあたりのことは引き続きあなたに任せますわ、キングズリー」

 

 ミネルバ・マクゴナガルはハキハキとした口調で言った。

 

「今、あそこの警備は誰がしているんだ?」

「スタージスが、昨夜私と代わってくれた」

 

 アーサー・ウィーズリーの質問に答えたのはリーマスだ。

 

「あと、ダンブルドアが――」

「しっ、静かに!」

 

 リーマスの声を、モリー・ウィーズリーは遮った。ドアの外に目を遣る。

 

「階段を降りてくる音がするわ――きっと、うちの子の誰かだと思うけれど」

「興味津々なんだよ。気になって仕方がないんだ。まぁ、僕だってそうだっただろうけど――」

 

 ビル・ウィーズリーは母親にニヤッと笑いかけた。

 モリーは気遣わしげにチラチラと扉の外を見ていたが、放っておくわけにもいかないと考えたのだろう。「少し待っていてくださいね」と場に言い残し、扉の外へと姿を消した。

 

「ハリーも聞きたいだろうに……」

「パッドフット、何度言えば分かる? ハリーはこの会議に参加させないって」

「わーった、わーったよ、ムーニー……」

 

 そこで再び扉が開かれた。

 てっきりモリーかと思っていたが、しかし顔を覗かせた人物は違った。

 

 真っ黒の艶やかな髪。小柄な体躯。大きな黒い瞳。

 口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

「ちょっと、アキ……」

「待て、リーマス」

 

 立ち上がりかけたリーマスを、シリウスは慌てて抑えた。

 周囲に漂うこの風は、自然にたなびくものではない。

 シリウスは、現れた少年をじっと見つめて口を開いた。

 

「……秋、だな?」

 

 モリーは、何とも言えない瞳で少年を見ている。

 背後のそんな視線をもろともせずに、少年は口を開いた。

 

「お久しぶりの方も、そうでない方も。……元闇祓い、元不死鳥の騎士団団員、幣原秋です。……どうぞ、お見知り置きを」

 

 深々と頭を下げ、少年はにっこりと微笑んだ。

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