【完結】空の記憶   作:西条

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第12話 若者は明るい未来を求める

「…………っ」

 

 ぼくとジェームズは、揃って顔を見合わせた。

 慌ててジェームズは、テーブルの上に広げていた羊皮紙を持ち上げる。書き散らした紙の切れ端が、テーブルから滑り落ちるのも構っていられない。

 

「……出来た」

 

 小さな声で、呟いた。

 

「どうした? プロングズにレイブン。そんな、世紀の大発見をしたような顔をして」

「我、発見せり<ユーレカ>! とでも叫ぶのかい?」

「なんだいそれは」

「パッドフット、知らないの? マグルのとっても有名な学者さんの言葉だよ」

 

 一体どうしたんだ、とシリウスはぼくらに近付いてきて、ジェームズの持つ羊皮紙を後ろから覗き込んだ。瞬間、目の色が変わる。

 何も言わずにジェームズの手から羊皮紙を奪い取ると、真面目な表情で目を通した。灰色の瞳が、徐々に見開かれていく。

 

「……っ、完成……したのか」

 

 シリウスの言葉に、リーマスもピーターも駆け寄ってきて、羊皮紙を見つめた。

 

 テーブルに、床に、散らばった大量の魔法式。式にもならない計算は、その十倍以上。

 計算未満のアイディアまで合わせれば、一体どれほどの数になるだろう。

 

 それが、たった一枚の、両手を広げたほどの羊皮紙に、凝結している。

 

 杖を抜いた。杖の先端で羊皮紙を叩くと、羊皮紙上で浮かんだり消えたりしていた大量の魔法式は、吸い込まれるように姿を消した。

 

「ぼくらの、前に」

 

 声が、興奮で上ずった。

 

「姿を現せ、『忍びの地図』よ」

 

 再び、杖先で羊皮紙を叩く。

 瞬間、叩いたところから蜘蛛の巣が広がるように、インクが蠢いた。インクはホグワーツ中の地図を、その羊皮紙いっぱいに描き出す。

 

 ジェームズは弾かれたように立ち上がると、勢いよく小部屋を飛び出して行った。

 

「ジェームズ!?」

 

 ピーターが叫ぶ。ぼくらは地図を注視した。

『ジェームズ・ポッター』と名前の付いた足跡が、この小部屋から早い足取りで出て行く。

 廊下を通って、上の階に。天文学準備室をぐるりと一周した後、引き返した。途中、女の子の集団とすれ違い、少し慌てたように足取りが乱れた後、小部屋に戻ってくる。

 

 扉が開いた。ジェームズが息を切らし、しかしその顔を興奮に染め上げ、言う。

 

「どうだった!?」

「一つ上の、天文学準備室。合ってるかい?」

「途中で女子の集団と会ったな。エミリア・マーキュリーといやあ、確かハッフルパフの子じゃなかったか」

 

 ぼくらは顔を見合わせた。

 徐々に、嬉しさと達成感が込み上げてくる。

 

『忍びの地図』、ここに――完成! 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 それから五人で向かった先は、ホグズミードの『三本の箒』だった。

 完成したばかりの地図は、しっかりとその技能を思う存分発揮してくれる。フィルチの猫、ミセスノリスを鼻先で交わしたときは、思わずくすくす笑いが出そうになった。

 

 全員でバタービールで乾杯した後、ぼくらは議論に熱中した。

 

「何かさ、カッコイイ呪文を作りたいよね」

「そう、まるで僕たちのように!」

「ジェームズは黙ってて」

「まだ一言しか喋っていないのに!!」

「地図を消すときは、やっぱり『いたずら完了!』かな」

「それ、いい。さっすがリーマス」

 

 口が弾む。次から次へと、アイディアが溢れていく。

 

「名前を入れよう。僕らの名前を」

 

 輝く瞳で、ジェームズは言った。

 

「ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ、レイブン。僕ら五人の名前を書き入れよう」

「いいな。ついでに『我ら魔法悪戯仕掛人がお届けする自慢の品』ともな。後世、俺たちの後を継ぐ悪戯っ子達に、先達からのプレゼントと洒落込もうじゃないか」

「それ、いい案だね、シリウス」

「これを持った悪戯っ子達は、一体どんな途方もない悪戯を仕出かしてくれるのかなぁ。未来に希望が持てるね」

「ピーターは案外悪戯好きだね。やっぱりジェームズとシリウスの悪影響か……」

「ちょっと、おい、レイブン、今のは聞き捨てならないな。どういう意味だ?」

「文字通りの意味だよ、お生憎」

 

 明るい笑い声。どんな暗さも、吹き飛ばしてしまえるようだった。

 そんなプラスのエネルギーを、誰もが求めていた。

 

 当の本人たる、ぼくらも。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「アキの言う通りさ。今年度末のふくろうを、実技訓練なしで誰が通る? 半数と言わず落とすだろうさ」

「ダンブルドアも信じられないよな、あんな女を教師にするなんて」

 

 レイブンクロー寮内も、アンブリッジに対するヘイトで渦巻いていた。どの学年も、「信じられない、ありえない」と非難轟々。

 しかし一番怒っていたのは、やはりふくろう試験を控えた五年生だろう。

 

「将来は銀行員の『呪い破り』になりたいんだ。『闇の魔術に対する防衛術』は必修だ……こんなところで夢破れるのは御免だ」

「ざわついてんな」

 

 レイブンクロー寮の談話室。

 アリスは、授業が終わって、教師の目がないのを確認するとすぐさまボタンを外しネクタイを緩め袖を捲ってしまった。二日目からこんな調子じゃ、一体いつまで『優等生』が保つのかも怪しいものだ。

 

「そりゃあそうだよ」

 

 アリスにそう返す。

『占い学』の宿題で出ていた『夢日記』を一月分描き上げると、目を通した。

 

「見事なでっち上げだな、おい。来月の夢なんて、一体いつ見たんだ?」

「そもそも、ぼくにとってでっち上げる以外の道があるとでも? 馬鹿正直に幣原の夢の内容を書く必要はないさ。そして、どうせでっち上げるのなら、とっとと終わらしてしまった方がいい、そうだろ?」

「そういう合理的なところ、嫌いじゃないぜ」

「それはどうも……っと、行かないとだ」

 

 寮の談話室の壁に掛かっている時計を見て、ぼくは慌てて立ち上がった。

 

「アンブリッジの罰則だったか」

「うん。今日から今週毎日」

「あの女は悪どいぞ」

「分かってるよ」

「アキ」

 

 袖を掴まれた。

 真剣な顔で、アリスはぼくを見つめる。

 

「昨日も言ったが、あの女は本当に何をしでかすか分からない。迂闊なことをするなよ」

「……本当、言うようになったもんだ。見違えたな」

 

 小さく笑って、アリスの手から袖を外した。

 

「分かってるよ」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ――本当、この女、とんでもない。

 

『ぼくは嘘をついてはいけない』と書くたびに、左の手の甲にその言葉が刻まれる。始めはすぐさま引いていた傷も、徐々に赤みを帯び、やがては消えなくなっていく。

 ちらりとハリーを見ると、ハリーは歯を食い縛って、絶対に弱音も何も吐いてやるもんか、という表情で羊皮紙に向かっていた。

 

 ――アリスがあれだけ言うのも、分かるってものだ。

 

 魔法省法執行部の次官であったと、アリスは語った。

 権力に何より弱く、力を持っている人を見つけ媚びへつらうのが上手なのだと。

 

「親父があの女に騙くらかされないで本当に良かった。ハニートラップを仕掛けられかけたらしい……本当、良かった」

 

 アリスは本心からそう思っている声音で、大きく息を吐いていた。リィフも災難なことだ。

 リーマスの就職を更に困難にさせた『反人狼法』を制定したりと、憎む部分は片手じゃ数え切れない。

 

「こっちへいらっしゃい」

 

 やっとこさ終わりか。

 ただただ、負けん気だけでずっと書き続けた。ハリーもきっとそうだっただろう。

 

 アンブリッジはぼくとハリーの手をまじまじと観察すると(ムーディの時とは全く違うが、彼女の手が触れるとゾッと寒気が走った)、ぼくらににっこりと笑い掛けた。

 

「まだあまり刻まれていないようですが、今週一杯掛かれば大丈夫でしょう。帰ってよろしい」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「なんなんだ、あのクソ教師!! アンブリッジばばあ!! ガマガエルばばぁ!!」

 

 アンブリッジの部屋から十分遠く離れたことを確認してから、ハリーは大声で叫んだ。

 無理もない、とぼくは肩を竦める。

 

「『僕は嘘をついてはいけない』? 誰が嘘をついたって言うんだ、この――」

 

 それからしばらくハリーは、決していい子には聞かせられないような口汚い言葉でアンブリッジを罵った。好きにさせてやろう。

 

 ぼくの分まで悪辣な言葉を並べ立てただろうか、そのくらいで、ハリーの悪態は止まった。

 ぼくの手を取ると、傷に触れ、顔を歪ませる。自分自身の甲にも同じ傷があるというのに、なんともまぁ、優しい奴だ。

 

「治癒呪文じゃ効かないよ。『呪い』だから」

 

 ハリーが杖を取り出しかけたのを見てとって、先回りした。

 自分の左の甲に刻まれた文字を見て、眉を寄せる。

 

「効くとしたら、マートラップのエキスかな……傷口の治癒力を高めてくれる。んで、マグルの怪我治療用の軟膏に包帯。これが多分一番か。ハーマイオニーなら、何も言わずとも用意してくれる――耐えるんだ、ハリー」

 

 先行きは暗けれど、決して曇り空ばかりではないのだから。

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