【完結】空の記憶   作:西条

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第13話 似た者同士

 ぼくは思わず足を止めた。彼女もおそらく、そうだっただろう。

 

 足を止めたぼくらを不審がるように、不躾な眼差しで生徒たちが通り過ぎていく。あからさまな『邪魔だ』という視線に、ぼくらは同時に我に返った。

 

「……元気? 秋」

「……元気、だよ。リリー」

 

 目の前でリリーが、にっこりと笑う。

 ぼくは、ちゃんと笑えただろうか。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「久しぶりに話す気がする、秋と」

「そうかな……そうかもしれない」

 

 隣り合って、ぼくらは歩いた。

 あの頃より、僅かに空いたぼくらの距離。三人でいた頃と同じ、距離。

 

「いきなり寒くなったわね、最近。男の子は羨ましいわ」

 

 そう言ってリリーはぼくのズボンを睨みつけた。ハンターの目だ。

 

「……リリー、ぼくのズボンは上げられない」

「貰わなくていいわ。交換しましょう」

「……何と」

「もちろん……」

「いやっ、聞きたくない! ぼくは何にも聞いてないからね!!」

 

 慌てて耳を塞いだ。

 ぼくの様子に、リリーは楽しげな声で笑う。

 

「絶対似合うのに……」

「リリーの勘違いだからね、それ」

「そう言えば昔、秋が女の子になっちゃったこともあったっけ」

「思い出さなくていいよそんなこと!」

「一枚くらい写真に収めておけば良かったわ。秋、写真嫌がるんだもの」

「あの姿じゃなくたって、ぼくは写真が嫌いだけどね」

 

 リリーは首を傾げた。

 

「なんで、写真が嫌いなの?」

「……なんでだろう、嫌いな理由について、あんまり深く考えたことはないなぁ。なんとなーく、嫌なんだ。『写真を撮られると、魂が吸い込まれる』って聞いたことない?」

「何、それ。変な秋」

 

 そんなこと言われても、好きになれないのだから仕方がない。

 

 その時、前方から猛スピードで走ってくる人影が見えた。誰あろう、ジェームズ・ポッターだ。

 ジェームズはぼくとリリーの前で足を止めると、額の汗もそのままに満面の笑顔を浮かべてみせた。

 

「やぁ、秋、エバンズ! 偶然だね!!」

「そんな猛ダッシュしてきて偶然も何もない気がするけど……?」

 

 リリーは苦笑いで肩を竦めた。

 本当に、何が偶然だ。尻ポケットから忍びの地図がはみ出しているぞ。

 

「ところで二人とも、お腹空いてないかい! 美味しいカップケーキがあるんだ、どうだろう一口!」

 

 そう言いながら、ジェームズは隠し持っていたカップケーキをそれぞれぼくらに差し出した。

 美味しそうなチョコレートケーキだ。ジェームズが差し出してさえなければ。

 

 リリーはあからさまに警戒の表情を浮かべて半歩下がった。その気持ちは非常によく分かる。

 

「美味しそうだね、それじゃあ一個頂くよ」

 

 ぼくはにっこり笑顔で、ジェームズの手からカップケーキを受け取った。え、と、むしろジェームズが驚いたように眼鏡の奥の目を見開く。

 リリーが「ちょっと、秋、変な薬とか絶対入っているわよ!」という言葉を尻目に、ぼくは口を開いた。

 

「……へぇ、思っていたより美味しいじゃん、これ。ジェームズが作ったの?」

「えっ、嘘!!」

 

 ジェームズがぼくの手からカップケーキを奪い取る。「間違えたかなぁ……」と検分するジェームズに、指を鳴らした。

 瞬間、目にも止まらぬ速さでジェームズの口の中にカップケーキが飛び込んで行く。

 

「もごっ……!?」

「わぁ、そんなにジェームズも食べたかったんだ。吐き出すなんてもったいないこと、ジェームズはしないよね?」

 

 上唇と下唇を、『接着呪文』で塞ぐ。

 真っ青な顔で、ジェームズが口の中のものを飲み込んだ。数秒待つ。

 

 ポン、という小さな音と共に、ジェームズの姿が白煙に包まれた。

 そして、白煙が薄れた先には――

 

「……あらっ」

 

 リリーは目を見張ると、頬を緩めた。

 

 さっきまでジェームズがいた辺りに、三毛猫が座り込んでいた。目の周りが丸い黒縁で覆われている。

 その三毛猫はしょんぼりと、どこか伺うようにぼくらを見上げていた。

 

「なぁんだ、これなら、秋が猫になった姿も見たかったなぁ」

「やめて、リリー。カップケーキを手に近付かないで。……そのカップケーキは……っ、あいつらにやんないとだ!」

 

『浮遊呪文』を掛け、すぐそこの角で様子を見ている残りの悪戯仕掛人へ。

 誰の口の中に突っ込もうか一瞬迷ったが、リーマスがカップケーキを見て目を輝かせたので、それなら仕方ないなぁとリーマスの口の中に飛び込ませる。

 

「げっ、なんで! もしかして、秋にバレてる!?」

「リーマス!! そんな幸せそうな顔でもぐもぐしないでっ、吐き出――あぁ」

 

 わたわたと騒ぐ声。聞こえてるっての。

 

「はー、でも、よくやるわねぇ。食べた人を猫に変身させるなんて、一体どれだけ高度な『変身術』だと思っているのかしら」

「才能の無駄遣いさ、あぁ」

 

 そこで、リリーはジェームズ、もとい現三毛猫を抱き上げた。

 綺麗な笑顔を近付け、「人間の姿よりこっちの方がいいんじゃない? ポッター」と言い放つ。わぁお、強烈。

 

「秋。今からマクゴナガル先生のところに行きましょう?」

「え、なんで?」

 

 なんでって、と、リリーはにっこりと微笑んだ。

 

「猫の先輩として、きっとこの悪戯にゃんこさんに、いろいろ教えてくださると思うの」

 

 ジェームズの尻尾がブルルッと震えた。

 嘘だろ、嘘だよね、と、縋るような瞳をぼくに向けてくる。

 

「ご愁傷様」

 

 猫の悲痛な鳴き声が、廊下に響き渡った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「酷いもんだ」

 

 同室の友人、レーンは、無遠慮にぼくの左手を持ち上げ検分しつつ言った。

 一週間分の手の甲に刻まれた『ぼくは嘘をついてはいけない』という文字を、まじまじと見つめている。

 

「消えないのか?」

「消えないんだなーこれが。ぼくがこんな悪趣味な入れ墨、気に入って見せびらかしてると思う?」

「全くもって思わないな」

 

 軽く眉を上げウィルは言った。レーンはぼくの左手を、今まで通りマートラップのエキスで満ちたボウルの中に漬ける。

 

「ところで、アリスはどこ行ったんだ?」

「知らないよ、あいつがフラフラどっかに行くのは日常茶飯事だろ……今年の授業が始まって、まだ一週間しか経っていないというのに、既にもう憂鬱だ……ずっと寝室に引きこもっていたい」

「レーン、今からバスケしに外に出るが、じゃあお前は来ないんだな?」

「行く。行きますよ、行くってばぁ……」

 

 ウィルが「アクシオ!」と杖を振ると、部屋のレーンのスペースからバスケットボールが飛んできた。

 マグル生まれのレーンを筆頭に、最近ではバスケットボールがにわかにレイブンクローで流行っている。しかし悲しいかな、上背がないぼくにはなかなか憎むべきスポーツである。

 

「じゃあ、アキ、ちゃんと包帯まで巻くんだよ? 面倒臭がらずにね!」

「分かってるって!」

 

 レーンに叫び返す。二人が部屋から出て行ったのに、小さく息をついた。

 軽く右手の人差し指を振ると、机の上に置いていた読みかけの『日刊預言者新聞』を呼び寄せる。魔法で直立させたまま、ぼくは何度か読み返したその記事をもう一度読んだ。

 

『魔法省侵入事件』

 

「スタージス・ポドモア……」

 

『不死鳥の騎士団』団員だ。深夜一時に、魔法省の『最高機密の部屋』に押し入ろうとしているところを、ガード魔ンに捕まった――アズカバン六ヶ月収監の刑、と。

 九月一日、ハリーの護衛隊に加わるはずだったのに、結局姿を現さなくって、マッドアイがイライラしていたっけか……。

 

「アキ!」

 

 バンッとドアが勢いよく開け放たれ、びっくりしてぼくは跳び跳ねた。

 アリスは、ローブをしっかりと羽織っていれば、シャツの首元をある程度開けても大丈夫、ということを学んだらしい。ローブ姿のアリスを見ると、『今は真冬だったっけ……?』とそんな気分になってくるのだが、それはそうとして。

 

「ど、どうしたの、アリス?」

 

 そうぼくが尋ねる間にも、アリスはローブをベッドに放り投げると、ネクタイを素早く緩めていた。早着替えの腕前は、ここ最近で瞬く間に上がったようだ。

 

「来い、早く! お嬢サマが呼んでんぞ!」

 

 その言葉を聞いてなお、飛び跳ねずにいられるほど、ぼくは大人じゃないのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 アクアは居心地悪げに、肘掛け椅子に腰かけて、レイブンクローの談話室をキョロキョロと見回していた。

 アクアが座る椅子の、肘掛けの部分に腰掛け、忠犬の如くぼくをじっと睨みつけているのは、誰あろうユークレース・ベルフェゴール、レイブンクロー寮に所属し、アリスを兄とばかりに慕う、アクアの弟だ。ちなみに、アクアと付き合っているぼくを目の敵にしている、な。

 

 アクアに淹れたての紅茶を差し出すと、少し驚いたようにアクアはぼくを見て、そして「……ありがとう」とにこっと微笑む。

 その微笑みに、胸が満たされていくのを感じた。

 

「姉上は紅茶よりコーヒー派ですよ、アキ・ポッター!」

「……ユーク、うるさいわ。どちらも飲めるから、気にしないで、アキ」

 

 ……いや、しかし、そうだったのか。覚えておこう。

 

「本当なのか、それは」

 

 周囲に『耳塞ぎ』と『漏音防止』『邪魔防止』呪文を幾重にも掛け、談話室であろうと孤立空間を作った。誰かがぼくらのすぐそばまで近寄り耳をそばたてたところで、ぼくらの話し声は何一つ聞こえないだろう。

 

 アリスは真剣な表情で、アクアを見据えている。

 その視線を正面から受け止めて、アクアは「ええ」と頷いた。

 

「そう――セドリック・ディゴリーは、生きている。生きて、私の家の地下牢にいる、それは確かよ」

「闇の帝王には、殺す意思はないみたいです。有効利用を目論んでいるのでしょう……どちらがセドリック・ディゴリーにとって幸せなのか、僕にはよく分かりませんが」

 

 ユークの言葉は、辛辣だった。

 だけども、その通りだ。死ぬより、生きている方が辛いことは、いくらだってある。

 ヴォルデモートは、様々な『生きている方が辛いと思わせる』方法を熟知していることだろう。

 

「ディゴリー……第四代目の魔法大臣を排出した家系だ。あそこは有力だ……」

 

 アリスは目を細め、小さく呟いた。

 

「なんとか、助け出す方法はないのかな?」

「……あの家には、色んな魔法が掛けられているわ。古いものから、最近のものまで。生身で奪い返すのは、厳しいでしょうね……」

 

 ふぅむ、と唸る。

 

「……セドリック、元気だった?」

 

 ぼくの言葉に、アクアは少し目を瞬かせた。

 

「……えぇ、元気そうだったわ。拷問の傷はあったけれども、少なくとも心は、随分としっかりしていた」

「……それは良かった。セドリックの精神力に掛けるしかない」

 

 何より、心を折られることが怖い。

 生きて行く希望を失うことほど、怖いものはない。

 

「うちの両親は」

 

 そこで、ユークが口を開いた。

 

「案外、騙されやすいんです。表面に。だから、姉上がこんなでも、僕が全くもって両親が信じる闇の思想に同意していなくても、両親の前だけ信じる振りをしていれば、なんとかなる――僕はそうやって、心を殺し、身を守って生きてきました。姉上は、そういう真似、すっごく下手くそでしたけど」

「……性に合わないの、演技というか、誰かを騙すみたいな真似……」

 

 アクアが反論するのを、ユークはいなした。

 

「姉上、不器用ですから。……まぁ、姉上がこうやって、分かりやすく声を上げていたから――僕もこうして、ちゃんと周囲を把握することが出来ているんですけどね」

 

 ユークは乾いた笑みを漏らした。

 姉と同じ灰色の瞳を、僅かに曇らせる。

 

「本当に……育った環境で、見える世界は変わります。一歩間違えれば、僕も姉上も、アリス・フィスナーならばともかく、あなたと(ここでユークはぼくを見た)――口を利くこともなく、闇の旗を振っていたでしょうから――ドラコ・マルフォイと同じく」

 

 ぼくらはしばし、黙り込んだ。

 

「……闇の帝王は復活した。魔法省は頼れない。……フィスナー、あなたが頼りなの」

「分かってる」

 

 アリスは言葉少なに答えた。嘆息し、眉間に寄ったシワを押さえつけている。

 取れなくなるぞ、と笑って手を伸ばせば、うるさい、と跳ね除けられた。

 

「……アキ、その傷、何?」

 

 あっ、と、慌てて隠そうとしたが、遅かった。

 アクアに左手を取られ、ぼくは思わず目を逸らす。

 

「アンブリッジのクソババアに対抗したときの傷さ。心配いらない、こいつ曰く『名誉の負傷』だから」

 

 アリスが軽く言うのに、救われた。

 しかしアクアは、それでも心配そうにぼくの手の甲の傷を見つめている。

 

「『私は嘘をついてはいけない』――よくも、そんな言葉を刻ませたものね、あのガマガエル女史、年甲斐もない少女趣味のピンクババァ」

 

 アクアの眉がぎゅっと寄った。

 アクアが誰かを罵るのを、初めて聞いた気がする。少し驚いてアクアを見つめると、アクアはハッと我に返った顔をした。

 

「ち、違うの、思わず……」

「……いや、君がぼくのために怒ってくれて、嬉しかった」

 

 そう言って笑うと、アクアは白い肌を桃色に染めた。

 こっちの桃色の方が、アンブリッジの纏うピンクよりずっとずっといい。

 

「……なぁアキ、お前去年何て言ったっけ? 『親友のナントカを邪魔するのも親友の大切な務め』?」

「記憶にないなぁ。一体全体何のこと?」

 

 全力ですっ惚ける。

 

「……アクア。それにユーク。君たちに一度会わせたい人がいるんだ」

 

 脳裏に、あの一等星を思い浮かべながら。

 ぼくはにっこりと微笑んだ。

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