【完結】空の記憶   作:西条

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第16話 モラトリアム

「リリーがジェームズとデート?」

 

 忍びの地図が完成して、悪戯仕掛人の創作意欲も少し減退したようだ。最近は、満月の日以外は随分と大人しい。

 それでもぼくらは、何をするでもなしに、暇な時は小部屋に集まっては課題や読書などで時間を潰していた。

 

 そんな折、小部屋のドアを勢い良く開けて入ってきたジェームズは、にやけ切った顔のまま、「エバンズととうとうデートに漕ぎ着けたぞ!!」と高らかに叫んだのだった。

 

 シリウスは読んでいる本から顔も上げずに言った。

 

「そうか、いい夢だったな。明日も見られるといいな」

「夢じゃないからね!! 現実だから!! でもちょっと不安になってきたじゃないか、ムーニー僕を一発殴ってく痛い!! ありがとう!!」

 

 リーマスの手があまりに早すぎて見えなかった。

 腹を抑えてうずくまるジェームズに、ピーターが駆け寄る。

 

「現実だった?」

「うん……」

 

 やがて復活したジェームズは「なんて友達甲斐のない奴らだ、見損なった、薄情者共め、こんな友達しかいないなんて僕可哀想! 可哀想!」と喚き出す。しかし皆知らん顔だ。

 段々と可哀想になってきたので、ジェームズに声を掛けた。

 

「あー、ま、良かったね、ジェームズ」

 

 ジェームズは砂漠でオアシスを見つけたかのような表情でぼくを見ると、何を思ったか抱きついてきた。

 

「そうなんだよー!! 秋、君ならそう言ってくれると思っていた!」

「で、一体どんな壷を買わされるのかな」

「信じていたのに!!」

 

 泣きながらジェームズはぼくを突き放す。

 それに笑いながらも、少しばかり複雑な気分になるのは否めなかった。

 

 ――リリーが、ジェームズとねぇ。

 

「で? その『デート』とやらは一体いつの話なんだ? 兄弟よ」

 

 シリウスが尋ねるのに、ジェームズは「イースター休暇直前のホグズミード休暇さ! もう、今から待ちきれないよ!」と夢見心地に口ずさんだ。

 

「いったいどんな手を使ったの、ジェームズ」

「少々土下座と懇願を繰り返しただけさ」

「そりゃ……リリーも災難だ」

 

 リーマスは大きくため息をつく。

 

「おっと、こんなところでボヤボヤしちゃいられないっ、デートのためにも服と眼鏡を仕立てなければ! それではバイバイ、女の子に相手にされない可哀想な友人諸君よ!!」

「誰に向かって言ってんだ、鏡見ろ!!」

 

 シリウスがぶん投げた本は、ジェームズが閉めたドアに跳ね返って床に落ちた。チィッとシリウスが舌打ちする。

 

「エバンズもよりによって妙なやつを選んだものだ。エバンズは絶対なびかないと思っていたのに」

「ま、最近ジェームズも落ち着いてきたからね。僕らの前以外では、だけど」

 

 リーマスがニヤニヤと笑いながら言った。ピーターが何の気無しに呟く。

 

「シリウスが気に食わないのは、ジェームズがリリーに取られたからなんじゃないの?」

「ワームテール、覚悟は出来てるんだろうな」

「やめっ、痛い痛い関節はそっちには曲がらないってば!!」

「秋、どうしたの?」

 

 ポロッと失言したピーターに、シリウスが関節技を掛けている。その様子を横目で見つつぼうっとしていると、リーマスに声を掛けられた。はっと我に返る。

 

「ちょっと長考してただけ。次の手をどうしようかとね」

 

 言いながら、チェス盤上のナイトを動かした。しかし、これは悪手だったらしい。チェスの駒が「わしをこんなところに置くとはなんたる主君じゃ、仕える価値もないわい!」と喚き始める。

 リーマスは吹き出した。

 

「長考して、その手?」

「う、うるさいな……そもそもぼくは日本人なんだ、チェスより将棋の方が合ってる」

「秋、将棋やったことないって言ってたよね?」

 

 ……声も出ない。

 

「よぅし君ら、分かってるんだろうな」

 

 ピーターを虐め終わったらしいシリウスが、先ほどより幾分スッキリした顔で立ち上がった。

 ピーターは未だ、床に転がって関節の痛みに悶えている。

 

「何を?」

「鈍いな、秋よ。決まってんだろ?」

 

 ニヤリとシリウスは笑った。久々に見る、悪戯に目を輝かせた悪どい笑みだった。

 

「親友の恋路を邪魔するのも、大事な務めさ」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 全ての寮に『教育令二十四号』が張り出されたのは、ホグズミードで初会合があった、すぐ次の週の頭のことだった。

 三人以上で行われている全ての組織、団体、チーム、グループ、クラブが解散され、再結成を求める場合は高等尋問官――アンブリッジのことだ――に願い出て、許可を頂かなければいけない。この承認なしに、何かを結成したり属したりした生徒は、退学処分となる。そう、書いてあった。

 

「大丈夫かな? アレ」

 

 ぼくにそう耳打ちしてきたのは、同室で、一緒にホグズミードの会合についてきてくれたレーン・スミックだった。

 レーンの声が聞こえたか、アンソニーやマイケルたちがぼくらを振り返る。

 

「大丈夫じゃないだろうね」

 

 ぼくは掲示された紙を睨みつけた。

 タイミングが悪い、というか。むしろ、タイミングが『良い』というべきか。素晴らしい、ナイスタイミングだ。

 

「あの会合、許可を願っても絶対認可されないだろ」

 

 左胸に輝く監督生のバッジを弄りながら、アンソニーはぼくに言った。

 

「許可を願いに行った時点で、ぼくとハリーは退学処分かな」

 

 何せ、目の敵にされている自覚はある。

 時にはおおっぴらに、時には独り言じみて、今の魔法省の憂いを呟くぼくに、最近のガマガエル女史は顔の周りを飛ぶような蝿を見る目つきを向け出した。バカスカ寮から減点されているが、レイブンクロー生は案外寮対抗杯に掛ける情熱が薄いため(あまり興味がないとも言える。興味関心が向かないことには一切手を伸ばさないのがぼくらレイブンクロー生だ)、あまりヘイトを集めずに済んでいて、本当にレイブンクロー生でよかったと、こんなときにしみじみと思う。

 

「あの会合も確かに憂うべきものだけど、それよりもっと考えないといけないものがあるわ――」

 

 そう言ったのは、チョウ・チャンだった。ぼくの隣につかつかと歩み寄ると、しっかと掲示の紙を見つめる。

 チョウの後ろでは、彼女の友達のマリエッタが、小さくため息をついていた。

 

「何を考えるの?」

 

 チョウに尋ねると、チョウは「どうして分からないの?」とばかりに少し眉を寄せた。なんでもかんでも分かるものか。

 

 チョウは、告示の紙を指差し、読み上げた。

 

「『学生による組織、団体、チーム、グループ、クラブなどは、ここに全て解散される』――クィディッチチームもだわ!」

 

 ……あぁ、なるほど。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「俺は、あのガマガエルばばぁが、死ぬほどだいっっっっっきらいだ!!!」

 

 寝室に足音荒く入ってきたアリスは、息も荒くそう吠えた。

 ローブを脱ぐと、まるで親の仇かと思うくらい憎々しげに地面に叩きつける。それだけでは飽き足らず、ネクタイをも放り投げると、ズボンの中に入れていたシャツをあっという間に出しては、イライラとボタンを外した。

 

「落ち着きな、アリス。皆も『ありがとう』って言ってたよ」

 

 そう言って、アリスにクッキーの箱を放り投げてやった。部屋の奴らで金を出し合って買ったヤツだ。

 甘いものが嫌いなアリスでも、この店の紅茶クッキーだけは好んで口にしている。機嫌取りになるだろうと値段を調べて、思わず唖然とした。多分こいつ、値段を全く気にしていない。さすが坊ちゃん、名門貴族様は伊達じゃないな。

 

 アリスはベッドに横になると、クッキーの箱を開けつつ指折り数えた。

 

「クィディッチチームだろ、魔法チェス、ゴブストーン、勉強会が四つに、タロットクラブに音楽サークルが二つ、スポーツクラブが三つ、魔法飛行クラブなんてわっけのわからんもんが一つ。一体いくつ申請取ってきたと思ってる? 十四だ!! 俺、ひとっつも入ってねぇのに!! アキ、紅茶!」

「はいはい」

 

 杖を振り、ほかほかの紅茶を出現させると、アリスは礼も言わずに一息で飲み干してしまった。

 しかし、飲み干したことで一緒に溜飲も下がったようだ。少し落ち着きを取り戻して、息を吐いた。

 

「しかし、よく一人でこれだけの申請取ってこれたもんだ。フィスナー家様様、だな」

 

 ウィルが、椅子のキャスターを転がしつつアリスを労った。レーンも感慨深そうに呟く。

 

「本当にあの人、名門に弱いね。分かってたことだけど」

「あぁ……グリフィンドールもハッフルパフもスリザリンも、どっこもいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんが運び屋さ、あのガマガエルばばぁの選民思想は明らかだ、反吐が出る」

 

 ガシガシ、とアリスは髪を掻き毟ると、おもむろに右手を睨みつけた。やがてすっくと立ち上がる。

 

「あの女に触れられたところが気持ち悪い、風呂行ってくる」

「行ってらっしゃーい」

 

 そうひらひらと手を振った。

 アリスが部屋から姿を消した後、おもむろにウィルが言葉を発した。

 

「変わったな、あいつ」

「本当にね。今までのあいつなら、こういうこと押し付けられても絶対にやらなかっただろうさ。頭を誰かに下げるよう強制されること、何より嫌いだったはずなのに」

「……大人になったんじゃないの? あいつも、さ」

 

 目を細め、ぼくは言った。

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