【完結】空の記憶   作:西条

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第30話 最悪の記憶

 彼らたっての願いで、ぼくが悪戯仕掛人とリリーを不死鳥の騎士団に案内したのは、雪が腰までの高さに積もった頃だった。

 古びた屋敷に訝しんでいた彼らだったが、中を一目見るなり納得したようだ。

 

 彼らを不死鳥の騎士団員に紹介し、会議が終わってひと段落ついたところで、ぼくはエリス先輩の元に近付いて行った。

 エリス先輩は任務が書かれた紙を難しい表情で眺めていたが、ぼくに気付くと笑顔を見せた。畳んで懐に直す。

 

「幣原。久しぶりだね、少し背が伸びた?」

「お久しぶりです。ほんのちょっぴり、ですけどね」

 

 待望した成長期の恩恵か。もっとも、ぼくの成長期は人よりも遅く、しかも短いようで、もうそろそろ成長が止まりそうで、最近のぼくはヒヤヒヤしている。

 

 エリス先輩は楽しげに笑った。

 

「髪も伸びたようだ。切らないの?」

「切ってもいいんですけど、あそこにいる眼鏡と赤毛の可愛い女の子が悲しむので」

「なるほど」

 

 ジェームズとリリーは、少し離れた場所でムーディ先生と歓談している。シリウスはギデオン・プルウェットと、リーマスはマクゴナガル教授とそれぞれ話しているし、ピーターは……ピーターはエルファイアス・ドージに絡まれている。思わず苦笑した。彼の話は長いからなぁ、ピーターに合掌。

 

「闇祓いになろうと思っているんです」

 

 ぼくの言葉に、エリス先輩はパチパチと目を瞬かせた後、ゆっくりと微笑んだ。

 

「努力を履き違えない君なら、必ず合格するはずだ。待っているよ、幣原」

「ありがとうございます」

 

 と、背中に軽い衝撃が入って振り返る。てっきりジェームズかシリウスかリリーだと思っていたのだが、全然違った。アリス・プルウェットさんだ。

 

「幣原くん、闇祓いになるの? 大歓迎! こんな可愛い後輩がずっと欲しかったの!」

「プルウェット、仮にも幣原は成人した男だよ。可愛いって形容は、私はどうかと思うがね」

「可愛い子を可愛いと言って何が悪い! エリスくんは本当にそういうところがダメだよねぇ!」

 

 うぐ、とエリス先輩はたじろいだ。同期の人と絡むと、エリス先輩は途端に無邪気な表情をする。ぼくはそんなエリス先輩が嫌いにはなれないのだった。

 

「今日は、ロングボトム先輩はいらっしゃらないんですか?」

 

 尋ねると、プルウェット先輩は肩を竦めた。

 

「一昨日から任務なのよね。無事に戻ってくるのを祈るばかりだわ」

「……本当に」

 

 脳裏に日刊預言者新聞の記事がちらつく。しかしプルウェット先輩は笑顔だった。

 

「きっとだいじょうぶよ、フランクは」

「…………」

 

 どうしてそう言い切れるんです、と言いかけたが、堪えた。

 彼女の笑顔を曇らせるだけの発言のように思えたから。

 

 だから代わりに、微笑んだ。

 

「……えぇ、そうですね」

 

 信じよう。

 信じることしか、ぼくらには出来ないのだから。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「ぼくとデートしてくれたら、やめるよ。どうだい? そうすれば、親愛なるスニベリーには二度と杖を上げない、約束しようじゃないか」

 

 ハリーは呆然と、目の前で起こっている光景を見ていた。

 

 スネイプとの、何度目かとも分からない『閉心術』の個人授業。腹が立ってヤケクソめいた気持ちで、スネイプの憂いの篩を覗き込んだことを、ハリーは今、死ぬほど後悔していた。

 

 目の前で繰り広げられる、自分の父親と仲間たちが仕出かす悪行。

 見物人のど真ん中で辱められるスネイプが、今一体どんな気持ちなのか、ハリーには痛いほど分かっていた。

 

「あなたか巨大イカのどちらかを選ぶことになっても、あなたとはデートしないわ」

 

 辛辣なリリーの――母の声。嫌悪に満ち溢れるその声は、数年後に結婚する相手に向けられたものとは到底思えない。

 

 その時、懐かしい顔を見た気がした。ハリーは思わず、目を瞠る。

 

 ――幣原、だ。

 

 アキ・ポッターと全く同じ姿形。艶やかな黒髪も、後ろに一つで縛る髪型も、また同一で。

 悲しげに歪むその表情も、どこかで見たことがあるもので。

 

 初めて出会った、というには、あまりにも見知りすぎていた。

 

 ――彼が、幣原秋。

 

 愛しい弟を作り出した、誰もが天才と称する男。

 弟の中で眠っている、もう一つの人格。

 

『あの少年に情を込めすぎちゃいけないよ、ハリー』

 

 以前言われた、リーマス・ルーピンの声が、脳裏に蘇る。

 

『幣原秋は、アキのことを何とも思っていないのだから』

 

 ――そんな、幣原秋が、まるで情の欠片も持ち合わせていない人物の様に言うものだから。

 

 三年時に初めて出会った幣原の、酷く無機質な眼差しを思い出していた。

 ピーター・ペティグリューに。かつての友に、杖を向けた幣原秋を。

 

『ぼくが君を殺してあげる。そうすれば、ヴォルデモートも死喰い人ももう怖くない』

 

 天使のような、完璧な笑顔を浮かべた彼。

 あの彼と、ルーピンの言葉は、案外簡単に結びついた。結びついて、しまった。

 

 それなのに。

 

 ――今、目の前にいる少年は。

 

 目前で行われていることに、青ざめて、絶望の色を浮かべるこの少年は、ハリーの知る、何もかもを知ったような、どこか達観したような幣原秋とは、いくら容姿が全く同じでも、似ても似つかなかった。

 

 ――憎んでいたのに。怒っていたのに。

 

 優勝杯が移動キーと知っていたのに、みすみすハリーを死地に向かわせた、と、アキは本気で怒っていた。

 ハリー本人だって、自分をヴォルデモートの元に送り込んだ幣原を、よく思っている訳はない。そこに、何らかの思惑があったところでだ。愛しい弟をどこまでも苦しめる幣原を、憎んでさえいた。

 

 でも、どうだ。

 

 ――憎める訳がない。

 

「あんな汚らわしい『穢れた血』の助けなんか、必要ない!」

 

 スネイプの悲痛な叫び声に、幣原は大きな瞳を、溢れんばかりに見開いた。

 呆然と、小さな身体を震わせ立ち竦む幣原は、どこまでも、自分の弟に、アキにそっくりで。

 

 アキは、この情景を見たのだろうか。

 幣原秋の『夢』の中で。

 

 アキは一体、何を思ったのだろう。

 

 それが気になったけれど、同時に、それだけは絶対に聞きたくない、とも感じた。

 

「楽しいか?」

 

 二の腕を、思い切り掴まれた。ハリーは振り返り、戦慄する。

 

 大人のスネイプが、怒りで顔を蒼白にして、ハリーのすぐ脇に立っていた。

 

「楽しいか?」

 

 周囲の風景が、ぐるりと様変わりする。

 気付けば、再びハリーは、魔法薬学の研究室にいた。

 

「お楽しみだった訳だな? ポッター?」

「い……いいえ」

「お前の父親は、愉快な男だったな?」

 

 スネイプは激しくハリーを揺さぶった。そしてありったけの力でハリーを投げ飛ばす。

 地下牢の床に叩きつけられ、思わず絶息した。

 

「見たことは、誰にも喋るな!!」

「はい、もちろん、僕――」

 

 慌てて立ち上がると、スネイプから離れるために後ずさった。瞬間、頭上の死んだゴキブリが入った瓶が爆発する。

 脇目もふらずにハリーはドアに向かって走ると、廊下を駆け抜け、階段を駆け上がる。膝が疲れでガクンと抜けたところで、やっとハリーは止まった。

 

 震えが止まらなかった。

 無意識に髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、自分の父も同じ仕草をしていたことを思い出し、慌てて髪から手を外した。

 

 ――自分の父親は、どこまでも傲慢だった。

 

 そんなことはないと信じていたかったのに。

 あんなことをする人だと思っていなかった。まさか自分が、スネイプに同情する日が来るなんて、死んでも思わなかった。

 

 幣原秋も、スネイプも。彼らに抱く憎しみは、いつの間にやら消え失せていた。

 

「……幣原、秋」

 

 彼に会いたかった。

 でも一体、どうやって会えるのかは、分からなかった。

 

 初めて、アキにだけは会いたくないと思った。

 

 でも、どうしても、あの日のことについて知っている誰かに尋ねたかった。自分の父は、あんなクズのような人間じゃないということを、誰かに知らしめて欲しかった。

 

「……シリウス」

 

 ふと、心に一人の顔が浮かぶ。

 

「シリウスに、会わなくちゃ」

魔法連載主人公、どちらが好き?

  • 親世代主人公(幣原秋)
  • 子世代主人公(アキ・ポッター)
  • その他(イチオシの子がいましたら……)
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