【完結】空の記憶   作:西条

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第31話 友情なんて、幻想だ

「秋」

 

 図書館。名を呼ばれ顔を上げると、目の前には友人、セブルスの姿があった。無表情でぼくを見下ろしている。

 ぼくは勉強する手を休めて、セブルスを見上げた。

 

「やぁ、セブルス。どうしたの?」

 

 ぼくは微笑みを浮かべたが、セブルスはニコリともしなかった。

 

「少し、いいか」

「…………」

 

 声の調子は、平坦だった。

 

「いいよ」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「最近、どう?」

「悪くはないよ」

 

 途切れ途切れに会話をしながら、ぼくらは校舎を歩いた。

 セブルスは、どこか行くあてでもあるのだろうか。

 目的地があるとき、セブルスは早足だ。のんびり彷徨うことを嫌う。反対に、目的地がないときはすごくぼんやり歩く。そういう癖がある。

 七年間も友達でいれば、そのくらいは分かる。

 

 今日は、目的地がないタイプのようだ。歩みが遅い。

 だから「どこに行くの?」とか、そういう問いかけは無意味。

 

「もうすぐ卒業だな」

 

 きっとセブルスは、ぼくと話がしたかったのだろう。

 七年生ともなれば、いもり試験で受験する科目と、あとはもう個人の趣味で授業を取っている。ぼくとセブルスが被っている授業は、魔法薬学しかなかった。魔法薬学なんて、集中していたらあっという間に終わってしまう。七年生ともなれば内容も高度で、何かに気を取られている隙はない。

 

「そうだね」

「……秋は、この先どうするんだ?」

 

 階段を降り、一階へ。大広間の前を通り、中庭へと抜けた。

 

「闇祓いになろうと思ってる。……なれるかどうか分からないけど」

 

 ぼくの言葉に、セブルスはしばらく沈黙した。

 目は開いていたが、何もセブルスの目には映っていないんだろうな、ということが分かった。

 

「君ならなれるさ」

「……へぇ」

 

 返ってきた言葉は、少しだけ意外なものだった。

 だって、今のぼくの言葉は、『闇祓いになる』というその言葉の真意は――君たちの敵になると、真正面から言っているようなものだったから。

 

「君の努力を、僕は知っている。……多分、君を一番近くで見続けてきたのは僕だ。一年足らずで、英語を喋れるようになった君を、魔法魔術大会で優勝した君を――僕は見てきたのだから」

「……ありがとう」

 

 風が冷たい。思わず身震いをした。カバンからマフラーを取り出し、巻きつける。

 まだまだ雪は、降ることは減ったものの、未だうず高く積もっていた。中庭のそこかしこに、雪の山が作ってある。

 

 中庭は、ぼくらの他に誰もいなかった。もう夕暮れだからかもしれない。傾く西日が、積もった雪に、凍った湖に照りつけていた。

 夕焼けの中佇むホグワーツ城は、普段と少し違った印象を与える。普段の、穏やかな優美さは消え去って、荘厳な、少し怖いくらいの存在感を醸し出す。

 

 

 急に、背中を押された。

 

 

 強い力に、堪え切れず凍った地面に倒れ込む。

 左腕を捻り上げられ、思わず呻いた。

 

「な、に……」

「……ごめん、秋」

 

 振り返る。

 見慣れた親友の姿は、夕日に照らされたことも相まって、見たことのない色に染まっていた。

 

「僕を恨んで、秋」

 

 左の手首に触れる、冷たい金属の感触。

 手錠のような見た目のそれは、肌に触れた瞬間、なんとも形容しがたい不快感をもたらした。魔力をせき止める拘束具なのだと、感覚で予想がついた。

 

 左手首の次は、右手首に。しかし、黙ってされるがままのぼくじゃない。

 右の人差し指をついっと上げ、魔力を籠める。利き腕ではないから、細かい調整は上手く出来ないけれど、セブルスを吹き飛ばすくらいは余裕で出来た。

 

 慌てて立ち上がると距離を取る。左手首にぶら下がる手錠に、眉を寄せた。

 

「……セブルス」

 

 強く、強く、睨みつけた。

 

「何のつもり」

 

 指を鳴らすと、手錠が外れる。

 手錠を地に叩きつけた。

 

 セブルスは、変わらぬ無表情だった。瞳はさざ波さえも波立っていない。

 それが、自らの心を押し隠すための術の結果だということを、ぼくは知っていた。

 

 セブルスが、心を閉ざした状態でぼくに接してきたことが、本当に、どうしようもなく、腹立たしかった。

 

「解けよ、それ」

 

 左の拳を、強く握りしめる。

 

「閉心術なんて使ってんなよ」

 

 もう、終わりだ。

 何もかも。

 友情ごっこも、親友ごっこも。

 

「ふざけるな」

 

 杖を、左手に取った。

 ゆっくりと持ち上げ、杖先をピタリとセブルスに合わせる。

 

「ぼくを拘束しようとしたのは、ヴォルデモートの命令?」

 

 セブルスは、僅かに驚いたように目を見開いた。

 

「左腕をまくって見せて」

 

 その言葉に、セブルスは明らかに躊躇うそぶりを見せた。

 しかし、逡巡する暇を与えるほど、ぼくは優しくは出来ていない。

 

「早く」

 

 苛立って足を踏み鳴らした。

 緩慢な動作で、セブルスが左腕をまくる。

 

 ――あぁ。

 

 これが全部、悪い夢だったらいいのに。

 

「……何で。ねぇ、何でだよ。どうしてなんだよ」

 

 囁いたぼくの言葉に、セブルスは唇を噛み締めた。

 既に今までの、何が起こっても波立たない瞳ではなくなっていた。

 目に映るのは、激しい感情。

 

 どうして。どうして。どうして。

 疑問ばかりが降り積もる。

 

 いや――本当は分かっていたんだ。

 何もかも、ぼくは気付いていたんだ。

 

 目を逸らしていたツケは、高かった。

 

「……僕こそ、聞きたいよ。どうして分からないんだ。これからの魔法界には、あの方の力が不可欠なんだ」

 

 セブルスの瞳は、真剣だった。

 真剣に、ヴォルデモートに忠誠を誓う瞳だった。

 

「秋。どうして教えてくれなかった」

「……何を」

 

 セブルスの唇が、言葉を紡ぐ。

 

「君の両親が、死んでいたことに」

 

 その言葉に。

 一瞬、世界が凍りついた。

 

「……知ってたの」

 

 自分の口から零れた言葉が、自分のものでないような、そんな錯覚を感じた。

 

「知ってたんだ、セブルス。ぼくの両親が、ヴォルデモートに殺されたって。……ヴォルデモートに聞いたのか。じゃあどのようにぼくの両親が死んだのかも、きっと聞いた訳だ」

 

 ギリリ、と奥歯を噛み締める。

 

「さぞや愉快だったろうね? 痛快だっただろう、きっといい御伽噺になっただろう、ぼくの両親の死は。高みからぼくを見下ろすのは、いい気分だっただろう。両親の復讐のために足掻くぼくは、きっと滑稽だっただろう。君にとってはぼくの両親の死ですら、あの方の崇高な理想のための犠牲に過ぎないんだったね」

 

 ぼくの言葉に、セブルスは動揺の色を見せた。

 

「違う、違うんだ、秋。僕は……」

「聞きたくない!! 今更、今更何を言う!!」

 

 頭を振った。目を細め、セブルスを睨みつける。

 呆然と、セブルスはぼくを見つめていた。

 

「選べ」

 

 杖を突きつけて、ぼくは言った。

 

「ぼくか、ヴォルデモートか。君自身の意志で選べよ。さあ!!」

 

 杖の先端から、火花がパチパチと零れた。ぼくの想いに反応しているのか。

 

「これが、最後だ。ぼくの手を取るか、取らないか。リリーに『穢れた血』と口走った時のように」

 

 セブルスは息を詰めてぼくを見返していたが、『リリー』という単語に我に返ったようだった。

 瞳に光を灯し、強く、強くぼくを睨みつける。ぼくに言い返したい、それでも言葉が見つからない、そんな憎々しい眼差しだった。

 

 数瞬前まで友人だと、親友だと思っていた。

 今はその彼を、いくらでも傷つけてやりたくてたまらない。

 

 きっとそれは、向こうも同じ。

 

「僕は君の敵だ、幣原秋」

 

 ――友情なんて、幻想だ。

 

 水面に映った月と同義。

 花開いた朝顔に誓うのと、同意。

 

 永遠に続く友情なんて、存在しない。

 

 そんな、当たり前のことに。

 

「こんな形で、気付きたくなかった……」

 

 さっきまで、隣り合って肩を並べていたのに。

 どうして今、向かい合っているのだろう。

 どうしてぼくは、彼に杖を向けているのだろう。

 

「ぼくらは一体、どこで間違ってしまったのかな」

 

 ぼくの言葉に、セブルスは。

 

「出会ってしまった、ところから」

 

 酷く苦しげに、そう答えた。

 

「……秋。君は」

「セブルス。もう元へは戻らない。ぼくは……ぼくらは……」

 

 はっきりと。

 断言する。

 

「ぼくらは君たちの敵だ。ぼくにぶちのめされたくなかったら、とっとと視界から消えてくれ」

 

 ぼくの言葉に、セブルスは異論はないようだった。

 踵を返しかけ、一歩歩みを進めたところで、足が止まる。

 

「なぁ、秋」

 

 酷く悲しげな瞳だった。

 全てを諦めきったような、一切抗わずに運命を受け入れたような瞳だった。

 

「僕を恨んで。僕を憎んで。君が、気が済むまで」

「……嫌だ」

「……どうして」

「君も、ぼくを恨んで。ぼくを憎んで。好きなだけ、心の底から。そうじゃないと、釣り合わない」

 

 セブルスは、ほんの少しだけ、笑顔を見せた。

 傷跡が引きつるような、笑顔だった。

 

「でも、僕には君を恨む理由なんてない」

「――じゃあ、こうしよう」

 

 杖を、振り上げた。

 魔力を、最大の火力まで。

 

 容赦も、手加減も、何もなく。

 

「最大限の力で、今から君をぶちのめすから」

 

 だから、ぼくを許さないで。

 ぼくも、君を許さないから。

魔法連載主人公、どちらが好き?

  • 親世代主人公(幣原秋)
  • 子世代主人公(アキ・ポッター)
  • その他(イチオシの子がいましたら……)
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