語り出す前に、一言述べておこう。
僕、レギュラス・ブラックは、幣原秋のことが大嫌いだ。
◇ ◆ ◇
彼との初めての出会いは、不躾にも彼が僕に、人違いで飛びついてきたときだった。
人違いだとしたところで、他人に後ろから飛びかかるなどなんたる無礼、と思ったが、しかし当時は、あまりにも久しぶりに他人に触れられた感覚に驚いてしまったことを覚えている。
我が愚兄、シリウス・ブラックの友人だと名乗った彼は、僕が今まで見たことのある人間の中で一番小柄であり華奢で、自分よりもひとつ歳上だという事実が、酷く信じられないことのように感じられた。
だというのに、あんな非力そうな見た目をしていて(いや、単純な腕力で見ると、幣原秋は女子にも劣るだろうが)魔法魔術大会で全校生徒の頂点に立つほどの実力者となったことは、心の底から僕を驚愕させた。
幣原秋は、とても妙な人物だった。普通、ダンスパーティーに同性を誘うものか? 後輩である僕に散々な貶されようをしたというのに、腹が立つどころかそれをどうして受け入れる? 全くもって意味が分からない。
その意味の分からなさ加減は、まさしく自分の兄をも想像させ、僕を苛立たせた。
兄も、常日頃から僕の予想を大きく外れたことをしてくる人だった。平穏に生きたい僕の人生を大きく狂わせた原因の一人は、どこをどう考えても兄だろう。
代々スリザリンばかりで続いてきたブラック家、その直系長子であるにも関わらず、兄がスリザリンと何世紀も昔から天敵関係であるグリフィンドールに組み分けされたときから、兄は僕に心労と頭痛とをもたらす存在だった。
兄に失望した両親は、今度は弟である僕に大きな期待を寄せるようになった。その期待に応えられるよう、僕は精一杯努力したつもりだ。
品行方正、成績優秀、文武両道。模範的なスリザリン生となればなるほど、両親は僕を褒めてくれた。逆に、兄は僕からどんどん離れていった。
昔は、仲の良い兄弟だったのだ。まぁ、昔から兄に振り回されてばかりだった感は否めないが、それでも当時は、それが幸せだった。
二人でひとつの箒に跨り、深夜に屋敷を抜け出して夜の世界に繰り出したこと。木陰で、肩を並べて本を読んだこと。本ばかり読んでいる僕を根暗だと悪口を言い立てた同級生を、兄が殴ったこと。
何ひとつとっても、かけがえのない記憶だ。
しかし、そんな幼少期がまるでなかったかのように、兄は僕から離れて行った。
置いて行かれたようで、兄から見放されたようで――そんな気持ちになる自分を認めたくなくて、僕も自覚的に、兄から距離を置いた。
そうして月日が経ち、僕も兄のいない日常を普通のことだと受け止めるようになった折、僕は幣原秋と出会ったのだった。
◇ ◆ ◇
幼い頃から、僕は闇の帝王を慕ってやまなかった。闇の帝王関連の新聞記事は悉くスクラップした。
それは、当時スリザリン寮に所属する学生にとっては当然のことだったし、我が敬愛する両親も、闇の帝王の思想に賛成していたからだ。
親の思想を間違いだと断ずるような子供は、そういない。
しかし、僕の兄はそのごく僅かな方に入るようだった。
僕が五年生に、兄が六年生になる、夏休みのことだ。
夏休み、実家に帰ってきた兄は、僕のそのスクラップブックを発見した直後に、そいつをビリビリに引き裂いた後燃やしてしまったのだ。
勿論、兄の目につくところ、家族共同の場所であるリビングに放置したのは、僕の迂闊であったと思う。がしかし、他人の私物を自分自身の判断のみで勝手に処分するというのはどういう了見か。
僕と兄はお互いに一歩も譲らず、激しく罵り合い、口だけでなく暴力にも訴えた。兄は僕の思想だけでなく、両親、果ては一族全ての思想を完全に否定した。僕に両親も加勢し、このことがきっかけで、兄は家を飛び出して行った。両親は家系図から兄を抹消し、それ以降兄などいなかったように振舞った。
『……どうして、分かんないんだよ』
苦々しげに兄はそう言い放ったのだ。
幣原秋も、兄とよく似た思想、つまりは僕と相容れぬ思想の持ち主であると気付いたのは、比較的すぐのことだった。
これには少々ばかり驚かされた。何故なら、幣原秋は僕の同寮の先輩、セブルス・スネイプ先輩と、とても仲が良かったからだ。
セブルス先輩は八割がた、死喰い人となることが確定していた。そのため、親友である幣原秋も、同様の、ないしは似通った思想であると思っていたのだった。
それが思い違いであったことを、幣原秋本人の口から聞かされた。
『ヴォルデモートは間違っている』
幣原秋は、とても悲しそうな眼差しで僕を見ると、淡々とした口調で言った。
優しく語りかけるような口調ではあったが、激情を理性で押さえつけているような声色だった。
『純血至上主義だなんて……マグルを排斥していい理由なんて、何ひとつとしてないんだ。……誰だって、誰かを殺していい権利なんて持っていないんだよ、レギュラス』
それを幣原秋が言うのは、物凄い皮肉だ。後に闇祓いとなり、何十人もの死喰い人や、それに関連する人々の命を奪い、戦争の時代に『黒衣の天才』として名を馳せた幣原秋が、『誰も、誰かを殺していい権利なんて持っていない』なんて、一体どんな冗談なのだ。
しかし当時、幣原秋はまだ『黒衣の天才』ではなかったし、そもそも僕の命がある間は、幣原秋はまだその名前で呼ばれることはなかった。
どうして、理解してくれないのだ。兄も、幣原秋も。寮が異なるというのは、これほどまでに違う思考をもたらすものなのか。
当時の僕は、二人の態度に憤慨した。そしてその勢いのまま、自分が間違っているなんて心の片隅にすらも思わずに、死喰い人となった。
十六の、冬のことだった。
◇ ◆ ◇
クリーチャーは、我が家に長年仕えている屋敷しもべ妖精だ。幼い頃から、ずっとクリーチャーと一緒だった。
兄と仲違いをした後、ずっと僕の側にいてくれたのはクリーチャーだった。兄はクリーチャーを蔑ろにしたが、僕はクリーチャーを家族の一員として愛した。クリーチャーも、それに応えてくれたように思う。
だから、闇の帝王がクリーチャーを差し出せと仰ったときには、大変素晴らしいことだと舞い上がった。
クリーチャーの価値を、他ならぬ闇の帝王が認めてくださった。自分がずっと尊敬していたお方に。
どうして、闇の帝王は屋敷しもべ妖精を必要としているのだろう。闇の帝王の身の回りのお世話をする人たちは十分すぎるほどいて、クリーチャーが入る隙はないように思えた。
そもそも、闇の帝王が望んで出来ないことなど、この世には存在しないのに。そんな疑問がふつふつと湧き上がりはしたが、僕はそれを無視して、クリーチャーを送り出した。
これは、とても名誉なことなのだと。クリーチャーが認められて僕は嬉しい、闇の帝王の仰ったことは何でもするんだよ、と、何度も口にしながら。
――しかし、クリーチャーはそのすぐ一週間後、見るも無残な姿になって帰ってきた。
一体どういうことなのか。闇の帝王は、クリーチャーに一体何をしたのか。
クリーチャーの話を聞いた僕は、俄かには信じることが出来なかった。
闇の帝王は、クリーチャーに計画の深く深くまでを話していた。
分霊箱。自分自身の魂を封じ込め、実際の肉体がたとえ滅びたところで、永遠に生き永らえる術。
クリーチャーが僕に嘘を吐くはずがないと知っていたにも関わらず、僕はクリーチャーの話の最中、少なくとも三度、「嘘だろう?」と呟いた。
恐らくは、楽しい楽しい独り言だったのだろう。誰にも話すことが出来なかった、しかし誰かに話して聞かせて仕方がなかった、そんな時、クリーチャーは格好の相手だったのだろう。何でも言うことを聞く、従順で、そして今から永からぬ時間の後に死ぬ相手。
惜しむべき誤算は、クリーチャーが僕に絶大な信頼を――死に瀕していながらも、僕の元に帰ってきてくれるだけの信頼を――示してくれていたことに気づかなかったことか。
闇の帝王は、クリーチャー、ひいては僕ら死喰い人なんて何とも思っていないのだ、ということについて呑み込むことが出来るまでに、長い時間が掛かった。
闇の帝王にとっては、僕らは所詮使い捨ての道具にしか過ぎなかった。彼がかつて語った、魔法使いにとっての理想郷とは、すべて嘘っぱちだったのだ。
いや、すべてがすべて嘘ではなかったのかもしれない。幾分か真実も混ざっていただろう。しかし、闇の帝王が目指す世界に、僕ら死喰い人は必ずしも存在が必要とされる訳ではなかったのだ。
それは、長年闇の帝王を信じていた僕にとって、自己の最も太い柱をへし折られるにも等しい衝撃だった。
クリーチャーに絶対屋敷から出ないよう言いつけ、それから過ごしたホグワーツ最後の七年生を、どのように過ごしたのか、ついこの前だった筈なのだが、よく思い出せない。
ただぼんやりと死人のように、心臓だけが鼓動するまま、時を過ごしていたのではないか。
果たしてそれは、生きていると言えるのだろうか。
自分が間違っていた。そう自覚すれば、解決するのは早かった。
あれだけ憧れていた闇の帝王に、今は何の魅力も感じない。
しかし、反逆することなど出来るはずもなかった。逆らったところで、虫けらのように命を消されてお終いだ。左腕の『闇の印』の刻印がある以上、闇の帝王から逃げることも出来ない。
僕がたまたま目が覚めただけで、友人らにこのことを伝えても、同感してくれるどころか鼻で笑い飛ばされるに違いない――でも、このまま唯々諾々と闇の帝王に従い続けることだけは、嫌だった。
結局のところ、兄が、幣原秋が正しかったのだ。
そんなことを今更気付くなんて、我ながら嘲笑しか込み上げてこない。
どうして彼らは自分たちを理解してくれないのか、不満で仕方がなかったが、今の自分も、昔の盲目的な自分がさっぱり理解出来ない。
どうしてあそこまで、何も考えずに生きることが出来たのだろう。どうしてあそこまで熱狂的に、闇の帝王を慕うことが出来たのだろう。
だから、これは、自らの罪滅ぼしだ。
そう考えたとき、すっ、と覚悟が決まった。
父親の戸棚から、こっそりとブラック家のロケットを失敬する。父親にバレたら大目玉だが、恐らくもう、この家に生きては戻るまい。
それに、このくらいの値打ちのものでないと、本物の分霊箱であるスリザリンのロケット、その偽物としても力不足だろう。
ほんの小さな抵抗として、闇の帝王に向け、手紙を書いた。文末に R.A.B と署名をし、ロケットの中に仕舞い込む。
そのまま真っ直ぐ洞窟へ向かおうと思っていたが、気が変わった。
階段を上がり、自分の部屋ではなく、兄の部屋へと向かう。
ドアを押し開くと、やや埃っぽい匂いがした。
壁を覆う大量の紅と金のペナントは、兄が両親を苛立たせるためだけのものだということは分かりきっていた。ペナントだけでない、オートバイのポスターも、マグルのビキニの女性のポスターも、全てが全て両親に反抗するためのものだ。昔は僕も、兄のそんな態度にいちいち苛立っていたが、今はむしろ、兄のそんな豪快さに、素直に笑みが零れた。
壁にピン留めされた写真に、目が止まる。兄の学生時代の写真だ。端から二番目、兄のすぐ隣に、幣原秋の姿を見つけた。兄に肩を組まれ、困ったように微笑んでいる。
その表情をじっと見つめた後、僕は目を離すと、勉強机に近寄り、躊躇いもなく引き出しを開けた。出てきた手紙を鷲掴みにすると、目的のものを探す。兄に見つかったら脳天に拳骨が降ってくるに違いないが、この時はむしろ、兄の鉄拳を心待ちにしていた。
「……っ」
見つけた。小さく息を吸い、そして吐く。
意外と、彼は癖字だった。読めないわけではないが、少しばかり読むのに苦労する字だ。埃を指で払うと、眉を寄せつつその住所を写し取る。
「……秋先輩」
小さく呟いて、そう言えば面と向かって、彼に先輩と呼びかけたことがないことに思い至った。いつも「貴方」と二人称でしか呼んだことがなかったのだ。
元あった場所に手紙を元通りに仕舞い込むと、僕はクリーチャーが普段根城としている納屋へと足を運んだ。
クリーチャーは突然寝床に現れた僕に驚いていたようだったが、僕は構わず、穏やかな口調で言った。
「一緒に付いて来てくれないか、クリーチャー」
◇ ◆ ◇
幣原秋が現在住んでいる家の近くに「姿現し」した僕の首筋に、冷たい雫が当たった。雫の数は次々と増え続け、やがては冷たい雨になる。
「風邪を引かないようにね、クリーチャー」
そう微笑むと、クリーチャーは気遣わしげな瞳で僕を見た。
雨に濡れるのなんて、何年振りだろうか。学生のクィディッチの試合以来かもしれない。
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。兄と二人、土砂降りの中で泥んこになりながら遊んだ記憶だ。今日と同じくらいの寒い日だった。
次の日僕は熱を出して、兄は母親に雷を落とされていたっけ。兄は自分だけ怒られたことに拗ねて「病人はズルい」だのなんだのと、僕にぶつくさ言っていた。
涙が出るくらいに懐かしかった。
少しくらい、雨に打たれるのもいいかもしれない。最後なんだ、次の日熱を出したところで、どうだっていいだろう。
幣原秋の住む家に辿り着く頃には、洋服を着たままシャワーを浴びたかのように、上から下までぐしょ濡れになっていた。
チャイムを押すと、家の中で来訪者を知らせるベルの音がするのが漏れ聞こえる。数秒後「……誰だ?」と押しくぐもった声がした。
「……秋先輩。誰か、なんて分かっているんでしょう? ……僕です。レギュラス・ブラックですよ」
朗らかに答えると、明らかに逡巡したような間が合った。
やがて、駆け寄ってくる足音が聞こえた後、ゆっくりとドアが開かれる。
僕が記憶していた幣原秋と、現実に目の前にいる幣原秋は、そう違いがなかった。少し背が伸びたくらいか。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うものの、彼は二年の歳月が流れても、相変わらずの彼だった。
昔と変わらず、艶やかな黒髪を後ろで括っている。少し大人びたものの、まだ幼さを残す大きな黒い瞳。クラシカルな黒のローブは、彼らしい几帳面さと繊細さを表していた。
「レギュラス……」
そっと僕の名前を呼ぶ声も、記憶とほとんど違わない。同世代の男子よりも幾分高い声。
幣原秋は僕の姿を見ると、驚いたように「濡れているじゃないか」と声を上げた。
「立ち話もあれだし、中に入ってくれよ。ちょっと待ってて、今タオルを持ってくるから……」
そう言って背を向けかけた幣原秋の腕を、僕は掴んだ。幣原秋は驚いたように振り返る。
「長く時間は取らせませんから。大丈夫です」
僕の言葉に、幣原秋は足を止めた。僕に向き直る。
「貴方は正しかった。そんなことに今更気付いた。もう、遅過ぎるけれど……それでも、貴方に、最後に言いたかった」
微笑んで、告げる。
「僕は、貴方と出会うことが出来て、本当に良かった」
どうか、お願いします。
闇の帝王を止めてください。
貴方は、僕の知る中で、それが出来る唯一の人物だから。
そして――願わくば。
また、どこかで、貴方がセブルス先輩と笑い合えるようになりますよう――。
それらは、あまりにも無遠慮な願いだった。遺言とは言え、口には出すことなく、胸の奥で呟くだけに留めておく。
「……凍えてしまう。やっぱり入ってくれないか。積もる話もあるんだ。君が好きなロシアンティーを淹れてあげよう。タオルを持ってくるから」
そう言って背を向け、家の中へ駆け出す幣原秋に、僕は小さく黙礼した。そして、ドアを開け、家から出て行く。
冷たい雨に打たれながら、僕はクリーチャーの手をしっかりと掴んだ。
「さぁ、行こうか。洞窟に」
今にも「姿くらまし」しようとした瞬間、僕の耳に声が届いた。
「レギュラス? レギュラス!」
幣原秋が、僕を呼ぶ声だ。僕を追ってくる。今は濃い霧で見えないが、やがて彼は僕を見つけ出してしまうだろう。その前に、行かなくては。
静かに目を閉じ、僕は「姿くらまし」した。全ての風景、音声が、どこか遠くの次元に流れていく。
深い深い暗闇に、僕はクリーチャーと共に落ちていった。
◇ ◆ ◇
洞窟の最奥、分霊箱が沈んでいた水盆の前で、僕は倒れ込んでいた。自分の荒い息遣いと、胸の鼓動が耳障りだ。早く消えてくれないだろうか。
僕の忠実なクリーチャーは、よくやってくれた。言いつけ通り、僕に水盆の薬を全て飲み干させ、ロケットをすり替えた。
後に、クリーチャーはロケットを破壊するだろう。僕との約束通りに。
クリーチャー。悲しませるようなことをして、本当にすまなかった。心から感謝している。
強い喉の渇きを感じた。水が欲しい。しかし杖を振っても、水は杯に溜まることはなかった。おそらく強力な魔法が仕掛けられているのだろう。水を飲ませないための仕掛けが。
まだ理性が残っているから、亡者が蠢く水面の水を飲もうとは思わないが、そんな理性ももう長くは持つまい。亡者の仲間入りをして、水の中に漂うのも時間の問題か。
最後に、闇の帝王に意趣返しが出来た。
それだけで僕は、何よりも満たされていた。
自分で思っていたより、僕の性格は兄に似ていたのかもしれない。退屈を嫌い、驚きに喜ぶ。
挙句の果てに、自らの人生を賭けて闇の帝王に悪戯を仕掛ける、なんて――学生時代に校内を賑わせた、兄たち『悪戯仕掛人』も瞠目するだろう。
視界が朦朧としてきた。亡者は、死の淵に瀕した僕を迎えに来ようと、その白く冷たい腕を伸ばしてきている。抗う術を持たない僕の身体は、段々と岸辺へと近付いていた。
暗く沈んで行こうとしていた意識は、しかしながら誰かの手によって遮られた。
「レギュラス!」
数刻ぶりの声。驚きに、僕の意識はわずかに浮上する。僕の身体に群がっていた亡者は、一斉に四散した。
どうして、貴方がここにいるんだ。
「死ぬなっ、レギュラス! 生きるんだよ、君は! 遺言めいた言葉をぼくに残して、勝手に死のうとしてんな!!」
身体を強く揺さぶられた。暖かい手が、僕の頬に触れる。
「――貴方くらいですよ、僕に遠慮なく触れてくる人なんて……」
思えば、初対面からずっとそうだった。身体にも、そして心にも。躊躇なく、彼は触れに来た。
「掴まって。絶対に離さないでよ」
左腕を引っ張られた。僕を背中に背負うようにして、幣原秋は歩き出す。
僕の方が、幣原秋よりもかなり背が高い。自然、背負われる、というよりも引きずられる、といった表現が正しくなる格好となった。
幣原秋は、右腕で僕の身体を支えながら、左腕で杖を掲げ、亡者の攻撃を退けている。
亡者は、僕という獲物を闖入者に掻っ攫われたことに対し、酷く腹を立てたようだった。執拗に追い縋ってくる。
対人戦では負けなしの幣原秋でも、何度倒しても起き上がってくる亡者の攻撃には難儀しているようだった。まして、僕という足枷がいるのだ。四方八方から飛んでくる攻撃を弾くのに精一杯で、中々前に進めない。
「このままじゃ、二人とも亡者の餌食になってしまいます……貴方だけでも、逃げてください……」
「……っ、嫌だ! 誰が君を置いていくものか……っ、君が死ぬなんて、神が許したところで、僕は絶対に許さないぞ……っ!」
そういう幣原秋は、かなり息が上がっていて、こんなに消耗した彼を見たのは初めてだった。
魔法魔術大会の最終戦でも、こんな様子になる幣原秋は拝めなかったというのに。
「…………」
最後の力を振り絞って、僕は幣原秋を突き飛ばした。
予想もしていなかっただろう僕の行動に、幣原秋はあっけなくすっ転ぶ。僕の身体もふらりと傾いだが、なんとか堪えた。
転んだ幣原秋の身体の上に、亡者が何体も積み重なった。その重さに喘ぎながらも、幣原秋は呆然とした眼差しで僕を見る。
「……知ら、なかったんですか……? 僕は貴方が大嫌いなんですよ」
――僕を恨んでいいよ、幣原秋。
本当に――ごめんなさい。
「貴方の言うことを、僕が――聞く訳がないじゃないですか」
そう言って笑顔を作った僕の身体に、しゅるりと亡者が巻き付いた。
一切の抵抗をせず、僕は亡者のされるがまま、水の中に引きずりこまれた。
暗い水の中は、想像していたよりも暖かく、僕を出迎えてくれた。
「――――――――っ!!」
幣原秋が最後に叫んだ言葉は、僕には聞き取ることが出来なかった。
あれほど煩かった呼吸の音も、心臓の音も、何一つ届かない。
深く真っ暗な闇の中、そのことにようやく安堵して、僕は静かに目を閉じた。
◇ ◆ ◇
――嗚呼、願わくば。
いつかどこかで、貴方にまた会いたい。
そんな未来を想い描くくらいなら、僕にも許されるだろう。
魔法連載主人公、どちらが好き?
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親世代主人公(幣原秋)
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子世代主人公(アキ・ポッター)
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その他(イチオシの子がいましたら……)