【完結】空の記憶   作:西条

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第19話 クリスマスプレゼント

(えっと……確かここで、関係代名詞のThatが入るから……)

 

 図書館の、禁書の棚の隣、既にぼくの指定席と化している席で、ぼくは一人ノートにシャープペンを走らせていた。勉強しているのは、当然の如く――英語。

 

(……馬鹿らしい)

 

 いくら頑張ったところで、何になる? この状況が少しでもマシになるのか?

 

 嫌になってシャープペンを放り込げかけ、すんでのところで再びキャッチすることに成功した。トントンとシャープペンの先でノートを叩くと、小さくため息をついて参考書と向かい合う。

 

(……でも、やらなくちゃ)

 

 語学の勉強も、学校の勉強も、魔力の制御も。

 もう二度と、誰かを傷つけないように。

 

「…………はぁ」

 

 余計なことを考えたせいか、集中が切れてしまったようだ。小説でも読んで気分を変えるか、と立ち上がって書棚へと向かう。ホグワーツの図書館はその蔵書の殆どが勉強の内容を深めるための専門書だが、小説も少しは入れられている。その書棚の前に立って、面白そうなものはないかな、と一冊一冊じっくりと確かめた。好きな作家さんの本があり、ぼくは背伸びをして、本に手を伸ばす。

 

 その時、世界が回った。

 

 左肩を強く打って初めて、世界ではなく自分が回ったんだと気付く。

 

 妙に頭がくらくらする。初めてだ、こんな感覚。

 意識が飛ぶ直前に見えたのは、懐かしい、一人の少年だった。

 

 

  ◇  ◆  ◇

 

 

 朝。目が覚めて身体を起こすと、真っ先に色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントの山が目に入った。はて? と一瞬思案し、すぐに今日がクリスマスだということを思い出す。

 

 パジャマのまま、慌ててベッドから飛び出した。そのままプレゼントの方に駆け寄ろうとし――思い立ってアリスを先に襲撃する。群青色のカーテンを勢いよく引き、丸まったシーツ目掛けて飛び込んだ。

 

「……いっ!?」

「アーリスっ! 朝だよ起きて! クリスマスだよっ!! お寝坊さんは損するよー?」

「……あー、お前か……うるせぇ」

「うるさくしてんだから当然じゃない。ほら起きて、プレゼントがあるよ」

「クリスマスだから当然だろ……」

「何言ってんのさ、ぼくとハリーなんてクリスマスプレゼントもらうの今年が初めてだよー?」

 

 アリスが小さく噴き出した。言っておくが不幸自慢は伊達じゃない。ストックなら丸々十年分はあるぞ。

 

「はいはい、分かったから。起きる起きる」

「絶対だよ? 二度寝しちゃダメだからね?」

「しねぇよ」

 

 ぼくはスキップしながらプレゼントの山の前に座り込むと、しばらくにこにこと眺めていた。やばい、滅茶苦茶幸せだ。口元がにやけるのを抑えられない。

 

 アリスに存分に呆れられてから、やっとぼくは一番上の包みを手に取った。ハグリッドからで、小さな木彫りのフクロウが一羽コロンと入っている。荒っぽくも暖かいそのプレゼントを机の上に載せると、次はバーノンおじさんとペチュニアおばさんからのとても小さな包みが出てくる。『お前らの言付けを受け取った。クリスマスプレゼントを同封する』という短いメモに五十ペンス硬貨が張り付いたそれはまぁ隅っこに置いておく。

 

 続いてのプレゼントはなんとウィーズリーおばさんからで、手作りらしい黒のセーターと、これまた手作りらしいファッジが入っていた。次はハーマイオニーで、マグルのエンターテイメント小説が一冊とクッキー。ロンもハーマイオニーと同じように本をくれたが、こちらはクィディッチの写真集だった。ありがたく積んでおく。

 

 個人的一番の難関はハリーだったのだが、今回は妙なサプライズなどはせず極々普通に髪留めだった。髪留めと言ってもヘアゴムではなく、強いて言うならばミサンガか。青と水色、それに銀糸で編まれたそれは、レイブンクローを彷彿とさせる。今日から髪留めはこれだ、と、以前までのと入れ替えて手首に巻き付けた。

 

 続いて――

 

「……ん?」

 

 黒い包み紙を手に取って中身を出し、思わず首を傾げた。

 

 中に入っていたのは、大分擦り切れた感じの黒い髪紐だった。手紙は入っておらず、差出人を示すようなものもない。プレゼントを配達する人が間違えたのだろうか? 疑問に思いながらも、ぼくはそれを机の上にそっと置く。

 

「……おい、アキ。これってもしかして、お前の手作りか?」

 

 アリスが手を振ってぼくを呼んだ。ぼくは身体を捻って腹這いでアリスの元へ行くと、手元を覗き込む。

 

「うん、そう。なかなか器用でしょ?」

「……悪くない」

 

 ぼくはにひっと笑うと、アリスの手から『それ』を受け取った。床に仰向けに寝そべって、光に透かすように掲げる。

 

 ぼくが皆にあげたものは、手作りの栞だった。透かしも入った本格的なので、一人一人色が違っている。アリスのは水色、ハリーには緑、ロンには赤、ハーマイオニーには栗色、ドラコには紫をプレゼントした。元々手先の器用さには自信があるんだ。ホグワーツに来る前はそれで、ちょっとした小遣い稼ぎとかもしてたんだから。

 

 アリスに栞を返すと、プレゼント開けの続きに戻る。高級紅茶の詰め合わせはドラコから、アリスからはカッコいいメタルチェーンだった。

 

 そして、一番下、埋まっていたプレゼントにもまた、差出人の名前は書いていなかった。

 

 包みを開くと、首から掛けるタイプのロケットが出てきた。中を開いてみるが、何も入っていない。にも関わらず、ロケットはちょっとくすんで年季が入っており、使い込まれた形跡もある。

 

 ちょうど、そう――先程の髪紐と同様に。

 

(……まるで)

 

「誰かの遺品みたい」

 

 そっと呟いて、ぼくはロケットを髪紐の隣に置いた。

 

 

  ◇  ◆  ◇

 

 

「アキ!!」

 

 消灯時間直前、レイブンクロー寮の談話室で一人本を読んでいたぼくは、突然の声にとんでもなく驚いた。ほぼ真後ろで声を掛けたその人物を見て、もう一度驚愕で目を丸くする。

 

「ハリー!? どうしてここに?」

「俺が入れた。こいつ、お前の兄貴だろ?」

 

 ハリーの後ろから寮に戻ってきたアリスが答えた。肩を竦め、ぼくの正面の肘掛け椅子に腰を下ろして足を組む。

 

「レイブンクロー寮の前でうろうろしてたら声を掛けてくれたんだ。えっと、アリス・フィスナーだよね? 僕はハリー・ポッター。アキがいつもお世話になってます」

「別に、寮の前で変な奴がうろついてたから声掛けただけだ。言うならば警察の不審者尋問ってだけで、それがたまたま知り合いの兄貴だった、それだけだからな」

「まったくもう、照れちゃって」

「……アキ、こいつ殴っていいか?」

 

 アリスがこめかみを抑え尋ねる。慌てて宥めつつも、ぼくはハリーに椅子を勧めた。ティーポットから紅茶を注ぐと、ハリーの前に置く。

 

「……で、今日は一体どうしたの? あと三十分で夜間の外出は禁止だよ。それとも今日はレイブンクローに泊まる?」

「あ、いや……でもそれもいいかな、うん……じゃなくて。今日は、アキにこれを見せに来たんだよ」

 

 そう言って、ハリーはポケットから銀色に輝く布を引っ張り出した。手渡されたそれはさらさらした手触りで、凄く薄くて羽のように軽い。隣からアリスが覗き込む。

 

「何、これ?」

「透明マント」

「透明マント?」

「そう。これをこうして……」

 

 ハリーはその布を手に立ち上がると、ふわりと肩にかけた。布に隠れた場所が透明になるのを見て、思わず息を呑む。

 

「透明マント……実在したんだな……」

 

 アリスが呟いた。

 

「これ、一昨日のクリスマスに送られてきたんだ。僕らの父さんのものだった、って」

「父さんの……」

 

 ぼくは改めて、その透明マントをしげしげと眺めた。世の中には凄いものが出回ってるんだな、と感心する。普段あまり他に興味を向けようとしないアリスも、興味深そうに観察したり触ってみたりしているくらいなのだ。随分と珍しい一品に違いないのだろう。

 

「そしてね、アキ」

 

 ハリーは声のトーンを真面目なものに変えると、ぼくを見つめた。その瞳がいつになく真剣な光を帯びているのに、ぼくも自然と居住まいを正す。

 

 はたして、ハリーは言った。

 

「見せたいところがあるんだ」

 

 

  ◇  ◆  ◇

 

 

「鏡?」

「そう。ロンには見えなかったけど、アキなら見れるかもしれない。僕らの父さん母さんに、きっとポッター家の人々が――」

 

 熱に浮かされたような調子で語り続けるハリーに、ぼくはちょっと心配になる。「静かにしよ。人にばれたらまずい」と人差し指を口に当てた。

 

 深夜零時、校内が静まり返る時間を見計らって、ぼくはハリーに連れられ『鏡』のある場所へと歩いていた。アリスは止めはしなかったが共に見に行こうとはせず、お前らの帰りを待ってるよ、とぼくが読んでいた本を引き寄せながら気楽そうに言っていた。きっと今頃はぼくらのことも忘れすっかり本の世界にのめり込んでいることだろう。クリスマスにハーマイオニーにもらった本だが、妙に中毒性があるのだ。

 

「ここだ……」

 

 ハリーが魂の抜けたように呟くと、ふらふらとマントを脱いで鏡の前に近付き、そのまま座り込んでしまった。慌ててぼくもマントを剥ぎ取ると、ハリーに駆け寄る。

 

「ハリー、大丈夫?」

「アキ……ここだよ、ほら……何が見える? 父さんと母さんが見えるでしょ?」

 

 ハリーの様子がおかしいのも気になったが、ひとまずぼくは顔を上げて鏡を見上げた。

 

 高い天井まで届くような、とても大きな鏡だ。見事な装飾がなされ、上の方には『Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi』と書いてある。何語だろうか、ぼくが知っている言語ではないことは確かだ。

 

 そして、鏡の中には。

 

「――ぁ……」

 

 ぼくは、思わず鏡に手を伸ばした。硬い感触が跳ね返ってくる。ぐっと拳を握った。

 

 ハリーが言うような両親の姿は、ぼくには見えなかった。

 

 見えたのは――何人かの、少年少女。ホグワーツのローブを身に纏っている。全員五年生くらいだろうか、大人びているが子供らしい溌剌さが残っている。

 

 幣原秋の世界だ、と、直感した。

 

 鏡の中のぼくの肩に手を載せ、ちょっと照れた感じの仏頂面で見返しているのは、セブルス。その反対側で明るく笑う赤毛の少女は、リリー。

 

 そして、彼らを囲むように位置しているのが、さらに四人。

 

 ハリーにそっくりな(しかし笑顔はハリーより豪快だ)丸眼鏡を掛けた背の高い少年が、その隣にいる同じくらい背の高い、甘いルックスの少年と肩を組み合い、手を振ったり笑ったりしている。その隣には穏やかに微笑む鳶色の髪の少年がいて、そして端には、頑張って背伸びをしてこちらに手を振ろうとしている、小さくてころころと丸っこい少年が映っている。

 

 そんな友人達に囲まれて――幣原秋は真ん中で、笑っていた。

 

 ぼくはぎゅっと、拳を握り締める。

 

 ――懐かしい

 

 そんな気持ちが浮かんだ。ふと涙が出そうになり、慌てて歯を食い縛る。

 

 ――会いたい。会いたい。会いたい。

 

 

 ――戻りたい。

 

 

「アキ、見えるかい? 僕らの両親の姿が」

 

 ぼくは静かに微笑むと、鏡から目を逸らす。そうだね、と頷こうとした時――

 

「ハリー、また来たのかい?」

 

 突然後ろから声を掛けられ、ぼくらは驚きで飛び上がった。慌てて振り返る。壁際の机に、いつの間にかダンブルドアが腰掛けていた。

 

「アキも今日は一緒かのぅ」

「ぼ、僕ら、気がつきませんでした」

「透明になると、不思議にずいぶん近眼になるんじゃのう」

 

 ダンブルドアは微笑むと、机から降りてハリーと一緒に地べたに座った。

 

「君だけじゃない。何百人も君と同じように『みぞの鏡』の虜になった」

「先生、僕、そういう名の鏡だとは知りませんでした」

「この鏡が何をしてくれるのかは、もう気がついたじゃろう」

 

 ぼくはちらりと後ろを振り返る。幣原秋が楽しそうに笑いながら皆にどつかれているのを見て、ぼくは目を伏せた。

 

「鏡は……僕の、僕らの家族を見せてくれました……」

 

 ハリーが答えて言う。

 

「そして君の友達のロンには、首席になった姿をね」

「どうしてそれを……」

「わしは、マントがなくても透明になれるのでな」

 

 ダンブルドアは穏やかに笑った。

 

「それで、この『みぞの鏡』はわしらに何を見せてくれると思うかね?」

 

 ハリーは首を振った。ダンブルドアがぼくに目を遣ったので、ぼくは口を開く。

 

「望みを……その人の望みを、映し出す鏡……」

「その通りじゃ、アキ」

 

 ダンブルドアが静かに言った。

 

「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。ロナルド・ウィーズリーはいつも兄弟の陰で霞んでいるから、兄弟の誰よりもすばらしい自分を見る。

 しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でヘトヘトになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり、発狂したりしたんじゃよ。ハリー、この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。たとえ再びこの鏡に出会うことがあっても、もう大丈夫じゃろう。夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。それをよく覚えておきなさい。さぁて、そのすばらしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな」

 

 ダンブルドアの声につられたように、ハリーは立ち上がった。

 

「あの……ダンブルドア先生、質問してよろしいですか?」

「いいとも。今のもすでに質問だったしの。……でも、もうひとつだけ質問を許そう」

「先生ならこの鏡で何が見えるんですか」

「わしかね? 厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」

 

 ハリーは、ダンブルドアの回答にポカンと目を瞬かせた。ダンブルドアは笑いながら言う。

 

「靴下はいくつあってもいいものじゃ。なのに今年のクリスマスにも靴下は一足も貰えなかった。わしにプレゼントしてくれる人は本ばっかり贈りたがるんじゃ」

「……なら、来年は必ず靴下を贈りますから」

「おぉ、アキ。嬉しいことじゃ」

 

 ダンブルドアは目元に皴を浮かべ、柔らかい眼差しでぼくを見る。

 

「……それでは先生、失礼します。おやすみなさい」

 

 ハリーが、ぼくから受け取ったマントを広げてぼくに掛けた。二人で教室を出ようとした時、後ろから声を掛けられる。

 

「まっすぐベッドに帰るのじゃぞ。……アキよ、ちょっといいかの? なに、すぐ終わる」

「はい?」

 

 ぼくは訝しげに振り返ってマントから出ると、ダンブルドアの前に立った。半月眼鏡の奥の淡いブルーの瞳を、しっかりと見つめ返す。

 

 ダンブルドアは穏やかな表情でぼくに尋ねた。

 

「アキ、君は『みぞの鏡』で、一体何が見えたのかね?」

 

 ぼくは数秒考え、返答する。

 

「ハリーと一緒ですよ。……両親の姿」

「アキよ。これは怖い鏡じゃ。君のような賢明な人間でも、ついつい心を奪われかける」

「……ぼくは、賢明なんかじゃありません」

 

 そうかの? と、ダンブルドアがぼくを見上げた。えぇ、とぼくは返事をする。

 

「だって、現に今も」

 

 言いながら、背後のみぞの鏡を振り返った。

 

「狂おしいほど、焦がれてますから」

 

 アキ・ポッター(ぼく)がいらない世界。

 彼らだけで完結している関係性。

 幣原秋が友人達に囲まれ笑っている姿を――狂おしいほど、願っている。

 

「アキ。夢に気を取られて、現実をおろそかにするでないぞ」

「大丈夫ですよ」

 

 ぼくは、小さく微笑んだ。

 

「ハリーがいて、アリスがいて、ロンがいて、ハーマイオニーがいて……大切な皆がいるこの世界が、ぼくは何より大好きですから」

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