【完結】空の記憶   作:西条

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第4話 異界への扉

「もー無理、体力が、続かない……」

「身体が動かない……なんかフラフラする……」

 

 今日の訓練は、気付けば明け方だった。

 冷たい訓練場に大の字になり、ぼくとヴィッガーは呻いていた。Aの飾り文字が刻まれた懐中時計を見ると、時間は朝の五時十二分。こんな時間まで起きていたのは初めてだ。

 闇祓いのローブは、さっきまで死ぬ気で駆け回っていたため、色んな要因でボロボロだった。杖を振れば簡単に修復出来るが、杖を取り出す気力もない。

 

「大丈夫かー、君ら」

 

 リオンは一人ケロリとした表情で、ぼくとヴィッガーを見下ろしている。体力お化けか、こいつは。グリフィンドールのクィディッチチームでビーターをしていたとは聞いていたが、こんなに体力が違うとは。

 

「少し休めば、なんとか……」

 

 ヴィッガーは声を出す体力すらも惜しいらしい。目をつぶって、ぐったりと息を吐いている。

 

「んー、ま、お大事になー。寝る前にしっかりマッサージしておかないと、翌朝筋肉痛で動けなくなるぞー」

「あいー……」

 

 ぼくらにヒラヒラと手を振り、リオンが立ち去って行く。

 しばらく体力回復に専念して、ぼくは立ち上がった。これ以上ここに寝転がっていたら、本当に眠ってしまう。寝るなら、自分の家のベッドで眠りたい。

 

「ヴィッガー、ちゃんと家に帰りなよ……」

「うー……」

 

 呻き声が返ってきた。本当に大丈夫だろうか。しかしぼくも、人を気にする余裕はない。

 

 普段は大勢の人で賑わう魔法省は、しかし明け方五時ともなれば人気はない。

 薄暗い廊下を、ふらつきながら歩く。本当に、魔法省から徒歩三十秒の寮は最高だ。エレベーターをうたた寝で数度乗り過ごした後、やっとこさロビーに辿り着く。

 

「秋! 秋じゃないか!」

 

 と、『魔法族の和の泉』のところで声を掛けられた。

 振り返ると、懐かしい姿に目を瞠る。

 

「リィフ!」

 

 レイブンクロー寮での同室の友人、リィフ・フィスナーの姿が、そこにはあった。

 深い緑色のローブは、彼の目の色ととても合っている。襟元には魔法省内閣の紋章が刻まれたバッジが留められている。

 

「今、帰り?」

「うん、そう。……それにしても、凄い汚れ具合だねぇ。訓練そのままでしょ」

 

 リィフが杖を振ると、ボロボロだったぼくのローブは新調したように綺麗になる。

 

「ありがとう……」

「どういたしまして。秋が、このくらいの魔法を使うのも億劫がるほど、訓練ってしんどいんだ」

 

 リィフはクスクスと笑った。はは、とぼくも笑顔を浮かべる。

 色々と話したいこともあったが、それより今は――寝たい。

 

「ねぇ、秋、寮住まいだったよね?」

「そうだけど……どうした?」

 

 リィフは両手をパチンと合わせた。

 

「お願いします、泊めて!」

「……え?」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 気がつくと、昼間だった。

 目が覚めると、なんて、そんな清々しい目覚めじゃない。意識を取り戻すと、という表現が一番正しいか。

 慌ててベッドから飛び起きると、身体の色んなところがミシミシと痛んだ。しばらく筋肉痛に身悶えしつつ、ベッドサイドの時計を見る。午後二時半。

 今日は闇祓いの訓練はお休み、夜に不死鳥の騎士団の会議がある。予定を脳内で確認して、大きく安堵のため息をついた。

 

 それにしても、久しぶりにベッドで眠った。最近は疲れ果てて、気付けばソファで眠ってしまうことが多かったから。

 

 ぐっ、と伸びをすると、あらゆるところで関節がパキパキと音を立てる。

 ベッドの上で軽く柔軟体操をすると、少しは筋肉の痛みがマシになった。それでも気怠さは抜けない。

 

 ベッドから降りて、一つ欠伸をしながらリビングへ。

 何の気無しにソファを見遣って、心臓が飛び出るかと思った。

 

 人間が倒れている。しかし彼の顔を見た瞬間、昨日の――いや違うな、今日の明け方のことを思い出した。あー、と声を漏らす。

 

「そう言えば、リィフ泊めてたんだっけ……」

 

 ソファを占領して、リィフは熟睡中だった。毛布から、腕と足が一本ずつはみ出ている。その様子に、思わず笑った。

 

 朝の身支度を済ませ、朝ではないが、モーニングティーを淹れる準備をする。普段は杖一振りで済ませてしまうが、今回はお湯を沸かすところから始めてみることにした。

 英国に来て、もう七年。紅茶文化にはかなり馴染んでしまった。

 

「……紅茶の香りがする……」

 

 くぐもった声が、ソファから聞こえた。ぼくは振り返ると「ストレート? ミルク?」と尋ねる。

 

「ストレート……」

「了解」

 

 カップに注ぎ、空中に浮かせたままリビングまで運ぶ。そう言えばこの前の訓練では、大きなバケツになみなみに入った水を、一滴たりとも零さずに数キロ先まで運べ、なんて指令が出たっけ。それに比べれば、小さな紅茶のカップなんて簡単簡単。

 

「ありがとう……」

「どういたしまして」

 

 緑の目をうっすらと開けて、リィフがこちらを見ている。手にカップを握らせてやると、リィフは一口啜り、はぁ、と息を吐いた。

 

「おはよう、リィフ」

「おはよう……今、何時?」

 

 懐中時計を確認すると、二時四十五分を指していた。それを告げると、リィフは顔色を変え「やばい!」と叫んで身を起こす。

 

「何時出勤?」

「十六時半!」

「なら、もう少し時間はあると思うけど」

 

 徒歩三十秒を舐めちゃいけない、そう茶化すと、リィフの瞳に落ち着きが戻る。

 

「あー、そうだった……本当、いいところに住んでるよ……」

「君もどう?」

「そうしたいのは山々なんだけども、色々としがらみってものがあってね」

 

 ふぅん、とだけ言葉を返した。しかし続けて言われた言葉に、ぼくは思わず身を乗り出す。

 

「それに、今結婚したい人がいるんだよねー」

「結婚!?」

「渋る彼女を説き伏せて婚約まで持ってったんだけど、絶対に親が納得してくれない相手だから、こりゃあもう既成事実を作るしかないかなって」

 

 ポカン、と口を開けた。震える声で呟く。

 

「き、既成事実って……」

「そりゃあ勿論、子供かな?」

 

 ……言葉が浮かばない。学校じゃああんなに優等生だったリィフの口から、そんな言葉が出てくるなんて。これも成長、と呼ぶべきなのか? 

 

「……えっと、何と言っていいのか……頑張って?」

 

 いや、絶対違う。口にした瞬間に、そのことだけは分かった。

 リィフは、ぼくの動揺も心得ている、とばかりにクスクス笑っている。

 

「君は変わらずウブだね。是非ともそのままでいて欲しいな」

「う、うるさいな……」

「彼女くらい作ればいいのに」

「モテる君みたいな人種と一緒にしないで。それに、今はそんな暇ないよ」

 

 寝る時間を確保するだけで一杯一杯なのだ。闇祓いの訓練が終わったらもう疲れ果てて眠くて仕方ないし、そもそも闇祓いの同期は男しかいない。学生時代と比べて、出会いは相当減った。

 

「学生時代も、女の子とほとんど話してなかった癖に。グリフィンドールのエバンズくらいじゃない? まともに仲が良かったのは」

「あー、うん……そうかも」

 

 思わず歯切れが悪くなってしまった。

 しかし、リィフは気付かなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。

 

「……君の彼女さん、会ってみたいなぁ」

 

 ポツリと呟くと、リィフは照れたように笑った。恥ずかしそうに、でも自慢げに「とってもいい子だよ」と口にする。

 

「……君のおかげなんだよ」

「え?」

 

 リィフの言葉に聞き返した。

 

「なんでもないよ、秋」

 

 楽しげに、なにより嬉しそうに、リィフは笑った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 結局念のためにこの家の全ての本を確認したが、ものの見事に空振りだった。全く魔法というものは便利な代物だ、一々手に取らずとも、本をずらずらっと空中に並べてパラパラ見ては外れなら本棚に戻す、が簡単に出来る。そのため、随分と短い時間で全ての書物に目を通すことが出来た。

 

 その結果、この家には存在しないということが自明となった。

 

「さて、さて……」

 

 幣原梓のいるであろう、日本の魔法界に行く方法を、一つだけぼくは知っていた。

 

 麓まで降りた先の、使われていない線路がある踏切。

 この踏切が音を立てたときに線路内に足を踏み入れればいい……はず。多分そう。自信はないけども……。

 

 時刻はちょうど、逢魔が時。日本の夏において、日が段々と沈み始める時間帯。

 夕焼けが地平を緋く染め抜き、道を歩く人も一気に少なくなった。今ならば。丑三つ時と並び、一番異界に近くなる、今ならば。

 

 遠くから聞こえた踏切の音に、息を呑んだ。ハリーとダンブルドアを振り返ると、頷いて前を向き、歩みを進める。遮断機すらない線路に、足を踏み入れた。

 

 ゴウ、と、姿の見えぬ電車が迫ってくる。目には見えないけれど、圧倒的な質量と速度で近付いてくる。正直、怖い。

 

 ――それでも。

 

 大丈夫、と言いたげに、ハリーがぼくの手をしっかりと握っている、だから。

 だから、ぼくは大丈夫。兄が、すぐそこにいてくれるから、ぼくは落ち着いて目を開けていられる。

 ぼくとして、ここにいられる。

 

 電車がぼくらをすり抜けた瞬間、景色がふわりと歪み溶けた。一回瞬きをすると、風景は改めて、今までとは全く異なる色合いを構成する。

 

「……う、わぁ……」

 

 鮮やかな朱の色に、思わず目を瞠った。

 目の前には、森に分け入るようにずらりと続く階段と、階段に沿って立ち並ぶ、目にも鮮やかな朱色の鳥居。

 思わず躊躇するほど、目の前の風景は圧巻だった。ハリーも驚いたように、眼鏡の奥の瞳を見開いている。

 

「わしも初めて来たのぉ」

「え、そうなんですか?」

 

 ダンブルドアの言葉に瞬きをすると「そうなんじゃよ」と落ち着いた声が降ってきた。

 

「日本の魔法界は、ヨーロッパほど寛容で戸口が広くはないらしい」

「……あー」

 

 なんとなく、それは理解出来た。周囲を海で囲まれたこの国は、外から見ても随分と排他的だ。

 

 階段を登る。高齢のダンブルドアは大丈夫かと思っていたが、彼は相当な健脚のようだった。むしろ、この中で一番体力がないのはぼくなんじゃないのか。気を抜くと置いていかれそうだ。

 

 永遠とも続く階段を登った後――先が見えないものは辛い――、やっと開けた場所に出た。

 膝に手を付き息を――吐く間もなく、眼前にふわりと光が突きつけられた。

 

 その光が、日本刀の刀身が放つ鈍いものだと遅れて認識する。

 

 気配もなく現れた人だった。気配はおろか、抜き身をこちらに向けているというのに、殺気すらも感じない。だからこそ、反応が遅れたのだ。

 

 ――気は張っていた、つもりなのだけれど。

 

 深い緑の長着に、青みを帯びた墨色の袴。背丈はそれほど高くない――平均的な日本人の身長だ。ぼくと同じように、長い黒髪を一つに括っている。少し違うのは、括る位置がぼくは低く、そして目の前の彼は高いということ。

 年の頃は掴み辛いものの、纏う落ち着いた雰囲気から三十は下るまいと推定する。

 

何方(いずかた)でしょう」

 

 当然のことながら、彼の口から零れる言葉は日本語だった。ダンブルドアなら苦もなく理解しているだろうが、ハリーは目を白黒させている。

 彼の瞳は一直線にぼくを射抜いていて、深い漆黒がまさしく「お前は誰だ」と雄弁に問いかけていた。

 

 ぼくはゆっくりと両手を上げる。その人を目の前にして尚、気配は希薄だった。一陣の風に紛れてしまいそうだ。

 彼ならば、気付かれずともぼくら三人を袈裟斬りにすることも簡単だっただろう。

 

 ならば、こうしてぼくらの前に姿を現した理由は。

 

「幣原秋に、縁ある者です」

 

 その名を耳にした彼の気配が、僅かに揺らいだ。

 流石にこの場で「本人です」と言える肝の太さは持ち合わせていない。縁ある、とは奇妙な言い方だと我ながら思うが、しかしぼくと幣原秋(あいつ)の関係は実に奇妙なものだから、構わないだろう。

 

「幣原梓に、用があって参りました」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「幣原家現当主、幣原桜と申します。幣原梓は、私の父です」

 

 通された客間で、目の前の彼――幣原桜はそう言った。彼の瞳は主にぼくを向いているが、時折ダンブルドアを気にかけるように気配が揺らいでいる。

 日本刀は鞘に収められていたが、信用されていないのは、彼の左側に未だ刀が置いてあることからも明らかだった。

 

 梓さんの息子、ということは、幣原秋の従兄弟にあたるのか。従兄弟の名前すら知らない、というのは如何なものなのだろう――一切交流がなかったとしても、だ。

 

「幣原秋に縁あると申されましたが、一体如何様の縁でしょう」

 

 どうしようか、と少しだけ迷って。

 

「……幣原秋の息子です。名は……春、と申します」

 

 結局嘘を突き通すことにした。まぁ、年齢的に考えてもアリな嘘だろう。幣原と同級生であるジェームズとリリーの息子が、ぼくと同年齢なのだし。

 

「……ほう。で、彼の息子が、一体父に何の用があると言うのでしょう」

「かつて我が家にあった本を、返して頂きたく参りました」

「本?」

 

 ゆるり、と瞼が一度閉じられ、開かれる。

 幣原桜――桜さん、は、一切与り知らぬことのようだった。

 

「何の本でしょう」

「……梓さんなら、多分分かると思います」

 

 あの、人を食ったように喋り、何もかもを見透かしたような言葉を紡ぐ、あの人なら。

 

「梓さんに会わせてください」

 

 ――しばらくぼくらは視線を交わし合う。

 

 先に目を逸らしたのは、桜さんの方だった。すっと音もなく立ち上がると「お寛ぎください」とだけ言葉を残し、去って行く。

 はぁ、と隣で大きく息を吐く音がした。ハリーだ。

 

「アキがその、日本語だっけ、喋っているのを聞くと妙な感じがするよ……」

「ぼくだって慣れないよ。知識はあるが経験はないんだ。意味が分からないだろうけど、もうしばらく付き合って」

 

 ハリーはこくりと頷いた。

 

「ちなみに、今の人は?」

「幣原桜さん。ぼくの――幣原秋の従兄弟にあたる人」

「へぇ、僕にとってのダドリーか」

「……うん、まぁ」

 

 そうなんだけど、なんだか頷き難いのはどうしてだろう。

 

「本来の君は、僕と同い年じゃなくって、あぁいう大人なんだなと思うと……シリウスやルーピン先生と同い年なんだと思うと、凄く変な感じがする」

 

 そう言って、ハリーは僅かに目を伏せた。

 今のハリーに掛けてやるに相応しい言葉を探そうとするも、ダンブルドアに阻まれる。

 

「アキ。いつでも杖を抜く準備をしておくのじゃぞ。この老いぼれの杖腕は、以前ほどしっかりしておらんのでな」

「……当然、ですよ」

 

 この屋敷に入った瞬間から、幾重にも巻かれた結界と攻撃呪文の存在に、このぼくが気付いていないはずもない。向こうは、こちらを一瞬で斬り伏せられると考えているのかもしれないが、こちらだって向こうを半瞬のうちに制圧することが出来るのだ。

 

 いくら身内の居住区だと言えど、ここは敵地も同然。むしろ下手に血が繋がっている分、厄介かもしれない。

 

「お待たせ致しました」

 

 障子を開ける音も微かに、桜さんが戻ってきた。手元にはしかし、日本刀ではなく薄型のノートパソコンが握られている。

 

「幣原春様」

「は、はい」

 

 そうか、今は春だった。慌てて返事をして姿勢を整える。

 

「恐らくご存知ではないのだろうという予想の元に、申し上げます――実はつい先日、日本魔法界は外部の手により壊滅的打撃を受けたのです。それにより、日本魔法界および日本魔術学校――『魔法処』も甚大な被害を被りました。そのため、不審者の情報などにわざわざ私が出向いたのですが」

 

 ……その『不審者』とは、ひょっとしなくてもぼくらのことなのだろうなぁ。

 

 いや、それよりも。

 だから、この広い屋敷に通されても、誰一人として出会わなかったし、人気がなくシンと静まり返っていた訳か……。

 

「外部の手により、とは」

 

 と、そこに切り込んだのはダンブルドアだった。明らかに欧州人のダンブルドアの口から零れた流暢な日本語に、桜さんは少し驚いたようだったが、その動揺をすぐさま内に押し込める。

 

「えぇ……強力な結界を一撃で破るほどの力の持ち主です。一瞬、幣原秋かとも考えましたが……彼は既に、鬼籍に入っているのですよね」

 

 漆黒の瞳がぼくを見るも、すぐさまダンブルドアに移った。

 

「監視カメラの映像があります……是非とも見て頂きたい」

 

 そう言って桜さんはノートパソコンを開くと、軽くキーをいくつかタップし、すぐに画面をこちらに向けた。

 

 画面が四つに分かれて、室内――学校のようだから、恐らくここが日本魔術学校『魔法処』だろう――の様子をモノクロームに映し出している。

 

 と思った瞬間、右上と左下の画面が揺れ、砂嵐に変わった。瞠目しつつも、無事な右下と左上にも動きが見える。黒いフードを被った人影が数人、杖を片手に押し入ってきたのだ。

 思わぬ奇襲に虚を突かれたか、年若い生徒らしき人物たちが逃げ惑い、応戦する教師も力なく閃光に巻き込まれた。上がる煙の中、強い風に、黒い影のフードがはらりと脱げ、闖入者の顔が露わになる。

 その瞬間、桜さんは映像を止めた。

 

 たった今黒いフードが取れた人物を、ぼくらはよくよく知っていた。

 忘れもしない。

 短い髪に、荒い画像でも分かるほど整った顔立ち。いつも笑顔を浮かべていた彼は、しかし今は氷のような無表情だった。

 

 ハリーもぼくも、ダンブルドアは言うまでもなく、上手い具合に動揺を押し隠した。特にハリーは見事だったと思う。彼に対して思い入れがあるのは、ぼくらの中では一番ハリーだったから。

 

 セドリック・ディゴリーのことを一番気に病んでいたのは、ハリーだったから。

 

「…………」

 

 アクアから送られてきた手紙の内容を、思い返していた。

 ベルフェゴール家の地下牢に囚われていたセドリックが、血痕を残して姿を消した――とすれば、今のセドリックは恐らくヴォルデモートの手により『服従の呪文』に掛けられている、と見るのが妥当だろう。

 

「この襲撃により、安倍、加茂、一条、五行、幣原等、力のある氏はどこも多大な人的被害を被りました。特に、学校が襲われたため、生徒数五十九人のうち三十二人が重軽傷、四人が亡くなりました」

 

 淡々とした声だったが、その声音には抑えきれぬ悔しさが滲んでいた。守れなかった、その心が、膝の上で強く握りしめられた拳から伝わってくる。

 

「調べは既に済んでおるのじゃろうが、わしからも改めて謝罪をしようぞ。日本魔法界を滅ぼそうとしたのは、我らイギリスの、一部の魔法使いじゃ。そのことについて既に、新魔法大臣ルーファス・スクリムジョールから謝罪を受けていることは存じておったが、改めてわしからも……」

「必要ありません、ホグワーツ魔法魔術学校校長、アルバス・ダンブルドア」

 

 姿勢を正した桜さんは、今一瞬見せた悔恨を胸の内に収めてダンブルドアに対峙した。

 

「現在イギリスを中心に、テロリストがいることは存じておりました。こんな島国に、彼らが用はないだろうと高を括って油断していたことは否めません。多くの謝罪は不要です」

 

 桜さんの言葉には、矜持と、そしてこれ以上は立ち入らせたくないという、相手を排斥する意志が籠っていた。

 

「……そうか」

 

 ダンブルドアは、言葉を飲み込んだようだ。

 

 その時、廊下をパタパタと歩く軽い音が聞こえ、やがて障子の奥に小さな人影が見えた。

 

「父様」

 

 幼い少女の声音。答えたのは桜さんだった。

 

「入りなさい」

 

 障子を音もなく開けたのは、声通りに少女だった。年齢は二桁行くか行かないかくらいか。長い黒髪を、上で二つに結わえている。

 少女は正座して頭を下げていたが、桜さんに「蘭」と名前を呼ばれて顔を上げた。露わになった顔は、左目を白い眼帯、左の頬をガーゼで覆っていて、襲撃者の存在を如実に感じさせた。

 思わず奥歯を噛み締める。

 

「お祖父様が、通しても良いと。ぜひ会いたいと、言っています」

「……そうですか」

 

 桜さんは、そこで小さく息を吐いた。

 

「ありがとう。すぐ行くと、父様に伝えてください」

「はい」

 

 少女――蘭ちゃんは、ぼくらを一瞥するとすぐに下がってしまった。

 桜さんは眉を寄せ、額に手を当てていたが、目を開けてぼくを見据えた。

 

「幣原梓の元へ、案内致します」

魔法連載主人公、どちらが好き?

  • 親世代主人公(幣原秋)
  • 子世代主人公(アキ・ポッター)
  • その他(イチオシの子がいましたら……)
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