【完結】空の記憶   作:西条

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第39話 シジフォスの罪

『黒衣の天才』の葬儀は、国を挙げて華々しく執り行なわれた。

 闇祓いのほぼ全員が参列しているのではないかと思う。闇祓いだけでなく、かつて不死鳥の騎士団だった者の姿もある。少し離れたところでは、かつての同級生、リィフ・フィスナーが、険しい瞳で立っていた。その者たちに気付かれないよう、リーマス・ルーピンはそっと目深に帽子を被った。

 

 壇上では、前任であったバーティミウス・クラウチに代わり、局長の座に就いたルーファス・スクリムジョールが長々と口上を述べている。

 幣原秋が、いかに闇祓いとして世界に貢献してくれたか。どれだけ希望の光であったか。中身の伴わない言葉にしかし、感動している観客は多いようだ。

 

 舌打ちしそうになり、自制した。

 下らない、心の底から、そう思う。秋を、あの善良な人間を、英雄に祭り上げたのはどこの組織だ。しかしそんな心の中を悟られるのは、非常にまずい。

 

 もう、視察は十分だろう。

 棺に土を掛けられる様を見て、リーマスはその場を後にした。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 訪れたぼくを、ダンブルドアは迎え入れた。生徒は誰もいない夏休み中のホグワーツは、驚くほどに静まり返っている。

 

「待ちくたびれるかと思うたぞ」

 

 ダンブルドアが手に持っているのは、幣原秋(ぼく)の死が報じられた日刊預言者新聞だった。黒い棺に、山のように積み上げられた百合の花。

 

「シジフォスの罪が何か、知っておるか?」

「そんな戯言に興じるほど、ぼくは時間を持て余してはいないんですよ」

 

 無表情で、ぼくは言った。

 

「入学名簿を出してください」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 入学名簿と、名前を書き込む羽根ペンは、塔のてっぺんに存在するのだという。

 鍵を手の中で遊ばせながら、階段をずっと上がった。扉を解錠し、開け放つ。

 

 小さな部屋に、机が一つ。真ん中には革張りの本と羽根ペンがそっと置かれている。

 創始者の時代、千年以上昔に作られたものだというのに、一切風化が認められない。室内の床と違い、埃すら積もっていない。

 近付くだけで、それらがとても高い魔力を籠められていることが分かった。

 

 ヘルガ・ハッフルパフが魔法を掛けた羽根ペン。サラザール・スリザリンが魔法を掛けた名簿。

 イギリス魔法界随一の魔法学校を作り上げた創始者が、自らの死後も入学者を選ぶために作成した魔法道具。

 

 ピリピリと、魔力が肌を灼く。 無視して、羽根ペンに手を伸ばした。

 掴んだ瞬間、電流のような痛みが掌に走る。眉を顰めたまま、名簿に手を掛けた。見た目は極々普通の本なのに、滅茶苦茶重い。

 

 魔力を思い切り込め、名簿を押し開く。開いてもなお抵抗する名簿に、こちらも肘で押さえ付けた。

 

「……この世、全ての魔力よ」

 

 奥歯を食い縛る。

 

「ぼくに、跪け」

 

 青いインクで、無理矢理に。

『アキ・ポッター』と、書き殴った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ハリーとダンブルドアが分霊箱探しの旅に出るのを、ぼくはぼんやりと廊下の窓に寄り掛かって眺めていた。

 傾く夕日が、二人の影を長く伸ばしている。二人の姿が宵闇に掻き消えるのを見届けても、しばらくずっとそのままでいた。

 

 取り留めもなく、考える。頭の中の物事たちは、きちんとした考えにまとまることなく、ただただふわふわと、ずっと脳内を漂い続けていた。

 

「……解決策なんて、何一つないんだ」

 

 小さな声で、呟いた。

 

「何も……ないんだよ……」

 

 秋。幣原秋。

 ぼくは君のために、何が出来るのだろう。

 

 近付いてくる足音に、目を遣った。人影に、思わず目を見開いた。

 

 大きな窓から差し込む真っ赤な夕焼け、それに照らされ輝く、長く綺麗な銀色の髪。白く透き通る肌は、赤い日差しに晒されてか普段より血色よく見える。

 

「……アクア」

 

 そっと、愛しい彼女の名前を呼んだ。

 アクアは微笑みを浮かべたまま、ぼくの元へと歩み寄り、そして無言でぼくの手を取る。

 

「……来て、アキ」

「え? どうしたの?」

「……いいから」

 

 そう言って、ぼくの腕をアクアは引っ張った。強引だけど、強引にされるのは嫌いじゃない……なんて、言ったら語弊があるだろうか。何を言ったところで、アクアにされることだったらぼくは何だって嬉しいのだ。

 

 長い廊下を通り、いくつもの動く階段を下っていく。どこに向かっているの、と聞いても、アクアはただ意味深に微笑むだけだった。

 何か、彼女なりの考えがあるのか。もしかしたら、何かのサプライズだろうか。うわぁ、それは……考えるだけで嬉しい。

 

 こうして手を繋いでいるだけで、舞い上がってしまう。柔らかくて薄い手のひらを、どんな力で掴んだらいいのか。そんなことに、いちいちドキドキしてしまう。

 

 地下へと、ぼくらは降りていく。春から夏に変わる風が吹き抜けている地上と違って、地下の空気はひんやりとしていた。

 

 石造りの扉を押し開け、アクアは部屋の中へと入っていった。人を感知してか、蝋燭の光がふわりと点灯する。

 

 アクアが後ろ手に扉を閉めた。どうやら、ここが目的地のようだ。手狭な部屋に、机が一台、机を挟むようにして椅子が二脚。

 

「……最近、お話出来てなかったから」

 

 にこりと微笑むアクアの前で、断れる男などいるものか。

 アクアが椅子に腰掛ける。つられてぼくも、椅子に腰掛けた。

 

 机の上にも、蝋燭が一つ。ゆらゆらと不安定に揺らめいては、ぼくらの影を奇妙な形に映し出している。

 

 アクアとこうして話すのは、いつぶりだろう。

 あまり、ぼくの時間が取れなかった。普段から、いつも放りっぱなしで、アクアはそれに耐えてくれていたんだ。

 

 本当に、余計な苦労を掛けさせている。他の男の子と付き合うなら考える必要もないことを、掛けることのない苦悩を背負わせてしまっている。

 

 それでも、一緒にいたいとぼくが望んだんだ。

 

 アクアの存在は、ぼくがアキ・ポッターであるという一番の証。

 ぼくが、ぼくだけの意志で――幣原の意志が一切入らずに――好きになって選び取った女の子。

 

 一体、どれだけ話していたのだろう。アクアの口数はそう多くはないまでも、いろんなことを、ぼくらは話した。アクアは始終、穏やかな表情でぼくを見つめていた。

 

 くぅ、とお腹が鳴ったことで、空腹に気がついた。アクアがクスクスと笑うのに、恥ずかしくって唇を尖らせる。

 

「自然現象だから仕方ないでしょ……でも、お腹すいたね。話してたら、夜ごはん食べ損ねちゃったな……」

 

 時計を出して、時間を確認する。もういい時間だった。そろそろ寮の門限の時間になる。

 

「一度厨房に行って、何か食べれそうなもの貰って来ようよ。アクア、今日は君とたくさん話せて嬉しかった……寮まで送るから」

「だ……ダメ」

 

 え、と、訳が分からずに目を瞬かせた。

 アクアは一瞬だけ困ったような眼差しをしたが、やがて――心臓が飛び出るかと思った。アクアがぎゅっと抱きついてきたのだ。

 慌てて受け止めるも、思考の中は大パニック。この場合どうすればいいのか、この空中に浮いた両の手はどこに置いておけばいいのか、待って待って吐息が掛かる、なんだかすっごいいい匂いする! 

 

 潤んだ瞳で、アクアはぼくを見上げた。こんな至近距離で、アクアの顔を見たのは初めてだ。どうする、大人の階段登っちゃう? 

 

「ねぇ、アキ……」

 

 耳朶を擽る甘い声。思わず息を吐いていた。

 アクアの背中に手を回そうとし――その手が止まる。

 

「……アクア」

 

 アクアの灰色の瞳を見据えた。何かがおかしい。脳内のどこかが、警報を鳴らしている。

 彼女の肩を押し返すと、左手をローブの中に突っ込み杖を掴んだ。

 

 彼女の目の前で、解除呪文を唱える。一瞬虚ろな瞳をさせたアクアは、膝から地面に崩れ落ちた。慌てて、彼女が落ちる前に抱き留める。

 

「……ん? あれ、アキ?」

 

 やがてこちらを向いたアクアは、ぼくを見るなりパッと顔を赤らめた。

 両手で突き飛ばされ、思わず硬い地面に尻餅をつく。

 

「やっ、アキ、ごめんなさい! 近くってびっくりしちゃって、怪我してない?」

「いや……大丈夫」

 

 ちょっと心が痛いけど。ちょっと心に傷を負ったけれど。

 

「……童貞の妄想臭いって思ったんだ……」

 

 アクアに聞こえないよう、口の中でごにょごにょと呟く。

 アクアがぼくに手を伸ばしている、その手にありがたく掴まった。

 

「ここでぼくと会話した記憶、ある? 随分長々と喋ってたんだけど」

 

 アクアがきょとんとした顔で首を傾げる。それこそが、答えだった。

 

 舌打ちをして、部屋を飛び出す。アクアがぼくの後ろから懸命についてきているのが、足音で分かった。申し訳ないけれど、今はアクアの体力を慮る余裕はない。

 

 地上に出た。広がる惨状に、立ち竦んだ。

 争いの後が、ありありと伺えた。夜の帳はとうに落ち切っている。

 

 今こそ、全てを理解した。

 ぼくが騙されていたことに。

魔法連載主人公、どちらが好き?

  • 親世代主人公(幣原秋)
  • 子世代主人公(アキ・ポッター)
  • その他(イチオシの子がいましたら……)
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