【完結】空の記憶   作:西条

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 短編 モブ闇祓い視点 Goodbye, Hero.

 え、あ、私を呼んでいたんですね。すいません、全然気が付かなくて。棺の上の、ほら、百合の花。あれが持ち上げるときに崩れちゃったんです。さすがにあれだけ多くの花はね、乗り切れないと思っていたんですよ……ん。あれ。どちら様、でしょうか。

 

 ……はぁ。魔法警察の方ですか。いや、ま、はい、時間はあります。大丈夫です。知っての通り、闇祓いの仕事は随分と減りましたから。いや、適正になったと言われればそれまでですけど。働き過ぎ? いえいえ、平和な時代が目前ですからね、もう少ししたら、闇祓いも暇になりますよ。こんな職業は、閑職なくらいが丁度いいんです。

 

 えぇ、そうです、私がエリック・ボールドウィンです。歳は今年で二十六、闇祓い局の第三班にて働いています。杖を提示は、あ、構わないんですか。あぁ、なるほど、捜査というほど積極的なものじゃないんですね。お話が聞きたいと。承知致しました。

 

 そのうちね、来るかと思っていたので。案外早かったというか、思っていたより遅かったというか。はい、分かっています、幣原秋の死について、ですよね。

 

 自殺、だと聞きました。ロンドンの高層ビルから飛び降りたと。自殺……ね。そうしてもおかしくない危うさが、幣原秋にはあったような気がします。彼の死は衝撃的でもありましたが、でもその衝撃の中、どこかで私は、いつかはそうなるのでは、と予期していたのかもしれません。でも、こうして魔法警察の方が動かれているということは、事件性があるかもしれないと思われているんですよね。いえ、彼を恨んでいた死喰い人は数多くいたでしょうから。検視の結果は? あぁ、まだなんですか。でも、正直……あ、いえ、何でもないです。

 

 幣原秋について、ですか。難しいことを言いますね。いえ、はい、彼の存在は知っていました。むしろ知らない人なんていないんじゃないですか、闇祓いで『黒衣の天才』の存在を知らないなんて、さすがにありえない。だからこうして、彼の葬儀にも大勢人が駆けつけているのでしょう。無論、私もその一人なのですけれどね。英雄の死を悼むために。彼が、マスコミが作り出した英雄の虚像だって? いえ、確かにその面もあったとは思いますが。しかし、実際闇祓いとして、同僚として働いてみると分かりますよ。彼の特異さというか……異常さが。

 

 いくら人手不足だと言っても、研修一年で普通実践に組み込みませんよ。普通じゃありえないから、異例となり得るんです。偶像の英雄だと、人は言います。本物の英雄、ハリー・ポッターが出てくるまでの間、私たちが縋る希望だと、かりそめの光であったと。私は、そうは思いません。仕立てられた英雄、それは確かにそうでしょう。でも、だからと言って幣原秋が、惹きつける光を放っていなかったと言われたら、それは間違いだと言わざるを得ない。

 

 ……え? ……あー、はい。そうですね……私個人の意見を言わせてもらうならば。

 

 認めましょう。私は幣原秋のことが好きではありませんでした。馬が合わなかったと言ってもいい。故人のことを、悪くは言いたくないのですが……はは、ということは、全部分かった上で、私に話を聞きに来たのですよね。

 

 はい、そうです。以前、私は幣原秋と揉めました。目撃者も多く、始末書も書きましたから、裏付けも容易でしょう。そうか……もうあれから、一年は経つんですね。なんだか、つい先日のようにも思えてしまいます。

 

 だからと言って幣原秋を殺そうとなんて思いませんよ。そもそも――私なんかに殺されるような人ではない。私程度が不意打ったところで、彼の命なんて刈り取れるはずがないじゃないですか。

 

 言っておきますけど、謙遜じゃないです。誤魔化している訳でもありません。闇祓いには確かに、化け物のような人間が数多くおりました。しかしそんな化け物の中でも、幣原秋は飛び抜けた化物でした。到底、同じ人間だとは思えない。

 

 揉めた理由、ですか。少し、長い話となりますが宜しいですか。それに、聞いていてあまり気持ちのいい話とはならないと思いますよ。

 

 ……でしたら、場所を変えましょうか。雰囲気の良い喫茶店を知っているんです。そこで、せめて暖かい紅茶でも飲みながら、お話しましょう。美味しい紅茶が、話の後味の悪さを誤魔化してくれると嬉しいんですが。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 さて。何から話しましょうかね。少々失礼しますよ。あぁ、盗聴と窃視防止の魔法です。事が、幣原秋に関するものですからね。いえ、捜査にはちゃんと協力致しますよ。彼の死を解明する手がかりになるかもしれませんから。あ、すいません、そこのシュガーポットを取ってくれますか? いえね、なんだか紅茶を飲むのも久しぶりです。闇祓い局内は基本コーヒーですから。局、来られたことあります? きっとコーヒーの香りが出迎えてくれることでしょう。他所の部署からは、よく『カフェイン中毒の吹き溜まり』などと揶揄されているようですがね、私にとっては居心地がいい空間ですよ、ホッと一息つくと言うか、生き返る心持ちになるというか。無論、そこから任務に行って、二度と帰って来ない人も多いのですけれど。はは……少し時期を読み間違えたジョークでしたね、不謹慎だったかもしれません。気分を悪くされたのなら申し訳ないです。闇祓いではそれなりにウケるんですが、身内ネタ過ぎましたね。お恥ずかしい、反省します。

 

 幣原秋のお話、でしたね。揉めた理由、か。それではまず、我らが闇祓いの仕組みからお話しましょう。

 

 我が闇祓いは、十の班より成り立っています。権限は、かつてはほぼ平等でしたが、今は第一斑の一人勝ちですね。そう、幣原秋が班長をしていた一斑です。もともと一番戦場に近いと言われていた一斑でしたが、幣原秋が入ってからは、更に突き抜けた感じでしたね。一斑は、他の班と比べて段違いの戦死率を誇っていました。半分の顔ぶれが一年で変わるんですから、相当なものですよ。私、闇祓いに勤めて今年で八年になりますけれどね、その短い間で三回班長が変わるなんて、はっきり言わせてもらうなら異常です。リスター先輩、エリス、そして幣原秋……あぁ、エリスというのは、学生時代の同級生でして。いえ、その世代じゃないんです、ロングボトム夫妻とエリス・レインウォーターとは、闇祓いでは同期ではないんです。いえ、難しい話ではなく、単純な話でして。私が彼らほど優秀ではなかったため、現役では闇祓いに合格しなかったというだけのお話です。拍子抜けでしょう?

 

 計算して頂けると分かると思いますが、私と幣原秋は三つ歳が離れておりまして。ですので、通常の研修期間三年を終えた私と、異例の一年で研修を終わらせた幣原秋は、ほぼ同時期に実践へと投入されました。班は違ったんですがね。噂は十二分に入って来ましたよ。稀代の逸材、『黒衣の天才』幣原秋。先輩が人目を阻むように指した彼は、お世辞にも体格がいいとは言い難く、大人しそうで柔らかな顔立ちをしていて、どうして、とまぁ言い方は悪いですがね、ベテラン闇祓いを差し置いて、ひょっと出の若造がそこまで祭り立てられているのだとは思いました。彼の力を、見るまでは。

 

 トン、と、ただ彼は左足を下ろしただけかと思いました。それだけで、死喰い人らが張り巡らしていた防衛結界は粉々に破れ、永久魔法にて補強されていた家々は一瞬で瓦礫になっていました。何が起こったのか、始めはさっぱり意味が分からなかったことを、覚えています。彼の背に靡く長い黒髪を、一拍置いて吹き抜けた爆風が揺らしたあの情景が、私は忘れられなかった。これから先も、この鮮やかな記憶が薄れることはないのでしょう。

 

 三つも歳下の、まだ少年と言ってもいいほどの年齢であった幣原秋を、私はあの時間違いなく畏怖しました。あの時、彼は二十歳も超えていなかったと思います。私だけではありません、彼の力を初めて間近で見た者は皆、多かれ少なかれ私と似た表情を浮かべておりました。圧倒的な力に対する、本能的な恐怖と呼べば格好はつくのでしょうか。

 

 私だって闇祓いです。自分の能力に対する自負がありました。学業だって訓練だって、何にも手を抜いたことはありません。それを、それなのに、彼は。幣原秋は。

 

 住んでいる世界が違うのかと、そうまで思いました。

 

 幣原秋は、必要なこと以外は一言たりとも口を開きませんでした。氷のような無表情を、最後まで崩しませんでした。丁寧な顔つきと相まって、近寄り難い雰囲気を放っていました。あの中では一番最年少であったはずなのに、あの場の全ての空気を、彼が支配していました。誰もが幣原秋を伺い、彼の一動作に目を凝らしていました。小さく華奢なその背中が、酷く恐ろしいものに感じたものです。

 

 あの場でただ、エリスだけが、幣原秋を悲しげな瞳で見ていました。その理由を尋ねることは、ついぞ出来ませんでした。

 

 思えば、多くの友人を亡くしたものです。同期も、先輩も、後輩も、分け隔てなく神は自らの懐へと招き入れました。私は、受け入れてはもらえませんでしたけれど。

 

 長くなりましたね。まだ本題に入っていなかった。幣原秋と揉めた理由を、順を追ってお話致しましょう。

 

『例のあの人』を打ち破った『生き残った男の子』ハリー・ポッター、彼が現れた後、相次ぐ闇祓い襲撃事件があっていた頃合いです。闇祓いの内情が、どこかから漏れているのではないかと噂されていた時ですね。任務を命じられました。その時私が所属する第三班が戦力不足だということで、第一班が補填するということになりました。そこまでは、どこにでもあることです。しかし、第一班が派遣してきた人材が、かの有名な幣原秋であったことで、一気に班の緊張感が高まりました。幣原秋を交えて任務の打ち合わせをするあの瞬間が、敵地に踏み込むよりも恐ろしいとは、なんともおかしな話ですね。

 

 しかし、そんな第三班にも、幣原秋の名を聞いて瞳を輝かせた者がおりました。幣原秋の、訓練生時代の同期、パトリック・リオンです。幣原は優しい子なのだと、彼はぽつりと零していました。僕は知っている、僕は彼を信じている――そう、リオンは語ってくれました。もう、随分と遠くに行ってしまったような気がすると、苦々しい笑顔で言っていました。

 

 任務の内容について、あまり詳しくはお話出来ないのですが、ざっとした概要を説明しますと、あの任務は残存する死喰い人の捕縛任務でした。荷が重い、と正直感じました。第三班はどちらかと言うと、警護任務が多く、戦闘を全面とした任務は少ない方でしたから。幣原秋がいたからこそ、この任務が回されたのだと、一瞬で誰もが悟りました。

 

 助っ人である幣原秋に、あまり碌なもてなしは出来なかったと思います。彼も、そんな気遣いは無用だと言わんばかりに、任務に関わらない交流は避けていたようでしたので、その点では安心していました。ただ、リオンだけは懐かしそうに、幣原秋に対して親しげに話しかけていましたね。その時初めて、幣原秋の笑顔を見ました。年相応の、いえ、年齢よりも幼さを感じる、随分と穏和な微笑みでした。正直、驚きました。失礼だけれど、幣原秋も人間だったのだなぁと思い、その力に畏怖していた自分を僅かに恥じました。彼は今まで、その持つ恐るべき力のせいで、どれほど他人から距離を置かれてきたのだろう、どれほど排斥されてきたのだろう。望まないことに巻き込まれたことだって、数多くあったことでしょう。そう思うと、彼が酷く不憫に感じられたのです。

 

 リオンと談笑する彼は、極々普通の少年のように見えました。二十を超えた男を少年と呼ぶのは少々妙かもしれませんが、幣原秋は下手したらミドルティーンと言っても誤魔化しが効くのではと思えるほどに童顔でしたから、なんだか、ね。アジアの方は年齢より幼く見えると聞きますし、そういうことなのでしょう。

 

 会話の内容は、何かの魔法薬についてのようでした。どうして覚えているのかって? そのときの幣原秋の言葉を覚えていたんです。「ぼくの友人にも、魔法薬学が得意な子がいてね」その言葉を口にした瞬間、少し妙な間が空いたんです。思わず彼の方を見ると、彼は明らかに苦々しい顔をしていました。誤魔化すのを失敗したような表情でした。正面からその表情を見たリオンは、どうしようかと逡巡する素振りをしましたが、流すことに決めたようでした。何も気付かなかった体で、似て非なる話題を振ったリオンに、幣原秋は救われたようにホッとした表情をしていましたね。

 

 その時の任務は、死喰い人の会合の情報を入手したため、その場に踏み込み捕らえよというものでした。ざっくり言えば、ですが。ですので、誰が会合の防衛呪文を解除するのか、等、打ち合わせでは役割分担についての話が主でした。幣原秋に呑まれてはならないと、我らが第三班は打ち合わせを主導しました。今になって思えば、死喰い人捕縛について我らは素人も同然だったので、素直に彼の意見を聞けば良かったんです。ほとんど最終決定に相成るまで、彼に口を挟ませませんでした。幣原秋は私たちの話を聞いて静かに頷き「それでいいです」と小さな声で言いました。幣原秋の返答を聞いた同じ班の方々は、覇気のない返事に不安の声を漏らしていました。元々細い、頑健とは言い難い体躯に、頼り甲斐がないと感じた者も多かったようです。中には顔に『期待外れだ』とありありと浮かべている者もおりました。

 

 幣原秋は、随分と憔悴しているようでした。まじまじと観察していた訳ではありませんが、食事もそう取っていないようでした。目の下には黒々と隈が刻まれていましたし――もっとも、それは職業病のようなものですが――時間が惜しいとばかりに、何かしらの仕事をしていました。仕事に取り憑かれているような、と申しますか、何か鬼気迫るものを感じたことは確かです。時間が出来ることを、暇になることを、恐れているようでした。

 

 任務の地に赴き、班長が散開の命令を出して、皆がバラバラになったちょうどその折でした。背後を取られる形で『死喰い人』が『姿現し』したのです。スパイの存在、内通者がいるということ。全ての統制を失った最中、夜中の乱戦が始まりました。明かりが全て落とされた視界で、閃光だけが光源でした。怒号と魔力の音だけが響く世界の中、思い切り横から突き飛ばされました。次の瞬間の閃光に照らされて、幣原秋の顔が浮かび上がりました。幣原秋は眩い光源を打ち上げると、返す一振りで目の前に――本当に目前にいた死喰い人の二人の意識を奪いました。

 

 険しい表情で周囲を見渡した幣原秋は、その場に私しかいないことを知ると、舌打ちして駆け出していきました。その後を慌てて追って――広がる惨状に、思わず立ち竦みました。

 

 惨状――言葉にしたら、案外軽いですね。想像して欲しいとは思いません、が……話の都合上、ここを省く訳にもいかないんですよね。淡々と描写するならば、闇祓いが一人、そして死喰い人が一人、その場で死んでいました。一目で、絶命していると分かりました。……すみません、状況を描写する元気がありません。もし気になるのでしたら、闇祓い局の情報にアクセスしていただければ。

 

 倒れている闇祓いの名は、パトリック・リオン。幣原秋の、訓練生時代の同期であった筈の人物でした。

 

 仲間の凄惨な姿に、私は思わず駆け寄りました。学習した治癒魔法と医療知識でもって、リオンを治療しようとしたのです。今思えば、自分は完全なる恐慌状態、パニックに陥っていました。自分がそのようになる経験は初めてで――あんな凄惨な現場を見たのは、初めてで。幣原秋は、そんな私をどんな気持ちで見ていたのでしょうね。

 

 気がつけば、彼に胸倉を掴まれていました。嫌悪をありありと含んだ眼差しで、幣原秋は私を見下ろしていました。

 

「全て終わってから立ち止まれ。闇祓いになった覚悟はその程度か」

 

 数度私を揺さぶった後、幣原秋は手を離すと、私から目を切りました。駆け出そうとした彼の腕を、私は掴みました。案外、というか、想像通り、というべきか、成人男性にしては細い腕でした。

 

 人非人かと、倒れている仲間を見捨てるような血も涙もない人間なのかと、そういう思い一色で脳内が埋め尽くされました。自分と同じ人間のやることだと、その瞬間の私には思えなかったのです。

 

 手加減も、もはや力のリミッターも、なかったでしょう。右の拳を握り締めた私は、幣原秋が気配に気付くよりも早く、その拳を振り抜きました。成人男性の、それもきちんとした戦闘訓練を受けている者の拳です。生半可な威力ではないことは、私が一番よく理解していました。小柄な身体が宙を飛び、壁に当たって地面に崩折れるのを、私は自分の二つの目というよりは、どこか少し離れた視点から、見ていたような気がします。

 

 散開した仲間を探して駆け寄ってきた同僚は、私の凶行を目にして焦ったように、私の名前を叫び私を羽交い締めにしました。残念ながら、私は一切耳に入ってはいませんでしたが。

 

 私は、随分と口汚い言葉を吐いたようです。色を失った顔をした同僚から、後ほど話を聞きました。お前は本当に人間か、狂っている、そう言った類の言葉を、幣原秋に放っていたのだといいます。

 

 やがて咳き込んで身じろぎをした幣原秋は、身体を起こしながら、怒りの籠った眼差しで私を睨みました。血で汚れた口元を拭うと、立ち上がり私の元へと歩み寄りました。

 

 殴り返されるとは、思っていなかったというのが正直なところです。あの細い腕が放ったとは思えないほどの力でした。そう言えば、幣原秋だってきちんとした戦闘訓練を受けた軍人なのでした。私より体格は随分劣りますが、戦闘経験は明らかに向こうが上。同僚が私を羽交い締めにしていなければ、きっと地面に座り込んでいたことでしょう。

 

 誰もが、一言も言葉を上げることなく、呆然とした表情で幣原秋を見ていました。よろめいた私に強い侮蔑の瞳を向け、幣原秋は言いました。

 

「現実を見たくなくて喚いていたいのならばそうすればいい。闇祓いなんて辞めてしまえ。お前のその判断が、この無為に過ごした時間が、他者の命を守れるか守れないかの瀬戸際だと――どうして分からない!」

 

 最後は、空気を震わす怒号でした。怒りに顔を歪める幣原秋の瞳には、強い感情が浮き上がっていました。

 

「狂っている、あぁそれで構わない!! 新たな犠牲を出すくらいなら、狂った方が数倍マシだ!! リオンの死に対するぼくの感情を、お前ごときが斟酌するな!! 勝手に推し量って好き勝手言われて黙っているほど、ぼくは気が長くない!!」

 

 箍が外れたように叫ぶ彼の瞳から、一筋の涙が零れるのを私は見ました。彼は、流れるものに気付く素振りもなく、私をその場に放って戦禍の最中へと駆け込んで行きました。私はその場にへたりこんだまま、物も言えずにその小さな背中を見つめていました。

 

 その後、私は減給処分を受けました。幣原秋は、何もお咎めがありませんでした。公が、私が間違っており幣原秋が正しいのだと認めたのです。私も、そのことに対し一切の不服はありませんでした。

 

 始末書を書いた後、事実関係を確認するために、私は幣原秋の所属する第一班に赴きました。幣原秋は私の書いた書類を一目見て「構いません」と言い突き返しました。尚も謝罪の言葉を紡ごうとする私を遮り、幣原秋は立ち上がると、眉を顰めて私を見上げました。

 

「あなたは闇祓いに向いていない。その言葉は、撤回しません。あなたは優し過ぎるあまり、極限状態では随分と視野狭窄になるようです。ぼくの班に来なくって、本当によかった」

 

 淡々と紡ぐ彼の階級章は、第一班班長を示していました。エリス・レインウォーターが殉職した、一週間後のことでした。

 

 それでも闇祓いでいたいのだ、と、私は幣原秋に返しました。

 

「どうしてですか?」

 

 無感情に幣原秋は私に問いかけました。

 

 私は、この暗い世の中を変えたいのだと言いました。否、変えたかったのだと。自分の力はとても小さなものだけれど、それでも変えられる何かがあるのかもしれない、そう思ったから闇祓いになったのだと、そう伝えました。幣原秋は、私から目を逸らして、いっそ聞いていない風に、窓の外、魔法で映し出した夕焼け空を、じっと眺めていました。

 

 私が語り終えても、しばらく幣原秋は何も反応を返しませんでした。気が焦れて、私は逆に彼に問い返しました。どうしてあなたは闇祓いになったのか、と。

 

 幣原秋は、ゆっくりとこちらを振り返りました。笑っていた、と思います。灼き尽くす夕日に照らされた表情は、酷く読みにくいものでした。影が落ちた彼の口元が歪むのを、私は息を止めて見つめていました。

 

「――復讐のため、ですよ」

 

 ……話は、以上に相成ります。それ以降、私は幣原秋と一切の言葉を交わしたことはありません。

 

 私は、幣原秋が好きにはなれませんでした。そもそも生き方自体、似ているところが本当に一切なかったのでしょう。私は、幣原秋を理解出来なかった。幣原秋も、私のことを嫌いであったと思います。理解出来ない存在であったと、そう思います。もう、確認する術はありませんけれど……。

 

 でも、万が一、ですよ。もし、幣原秋と出会ったのが、あんな戦場でなかったのなら。あんな、どうしようもない場所でさえ、なかったのなら。

 

 あの稀代の天才と分かり合えたかもしれないと、思うことは罪ですかね?

 あの、暖かな陽だまりのような微笑みを、純粋な笑顔を、柔らかな声を――願うことは、悪ですかね?

 

 私は幣原秋の死を悼みます。闇祓いの仲間であったからだけでなく、エリック・ボールドウィン一個人として、彼の死を悼みます。彼が死を選んだ理由を、悲しみます。

 

 復讐のためだと、幣原秋は言いました。復讐のために、闇祓いになったのだと。そう彼に言わせた、世界こそを憎みます。幣原秋を英雄として祭り上げた、世界こそを憎みます。

 

 随分長々と、お時間を頂いてしまいました。ねぇ、どうです、最後に一杯だけ。幣原秋に対する、手向けの酒を。……乗ってくださるんですね、有難うございます。

 

 幣原秋に、そして、天才がいなくなった世界に、乾杯を。

魔法連載主人公、どちらが好き?

  • 親世代主人公(幣原秋)
  • 子世代主人公(アキ・ポッター)
  • その他(イチオシの子がいましたら……)
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