【完結】空の記憶   作:西条

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第12話 濡羽色の忠誠

 グリモールド・プレイスが死喰い人の手に落ちた。

 死喰い人であり魔法省に勤務しているヤックスリーの手柄だと聞く。シリウスは嫌っていたし、確かに陰気臭いことは否めなかったが、それでも由緒ある屋敷が蹂躙されるのは見ていて辛かった。

 

 かつて英国魔法界のトップを引いていたとされるブラック家。それが今や、その姓を引く者はたった一人、聖マンゴで永久(とこしえ)の眠りについている。全く、栄枯盛衰を如実に感じさせる佇まいだ。

 

 荒らした後は、死喰い人共は一切片付けをしていかなかったようだ。ぐしゃぐしゃに引っ掻き回された家は、空き巣の方がずっとスマートにやっただろうと、そんなことまで考えてしまう。

 

 杖を振って、荒れ果てた部屋を片付けた。しばらく何もする気が起きなくて、ダイニングのソファに座り込むと目を閉じる。

 

「はぁあ……」

 

 どっと疲れが込み上げてきた。閉心術を久々に解く。

 盾の呪文も……構わないだろう。この家の守護結界自体は、動いているのだ。だから侵入者対策に頭を使う必要はないし、まぁ死角から殺されたところで、構うものか。元々、あってないような命だ。少し早まっただけ。

 

 それでも、死にたくはないけれど。

 

『君はこの家を、荒らそうとはしないんだね』

 

 声を掛けられた。鷹揚に、目だけをそちらに向ける。

 

 壮年の男性だ。黒髪に、灰色の瞳は理知的な印象を受ける。口元には穏やかな笑みを浮かべていたが、こちらを見つめる目は、対象の奥底までも読み取ってやろうという意志が見受けられた。

 

 ぼくはうっすらと微笑んだ。

 

「シリウスのお父様ですね。オリオン・ブラック」

『おや、知られていたとは』

 

 肖像画に描かれた青年、オリオン・ブラックは、そう言うと笑った。

 

『ずっと、君を見ていた。二年前から変わらずに』

「……えぇ、きっとそうでしょう」

『私の息子はまだ生きていると聞いた。君が、生かしてくれたのだと。いつかお礼を述べたくってね』

「……お礼なんて」

 

 気をもう一度だけ張り詰める。結局ここでも休息は許されないようだ。

 余計なことを、再びここに訪れた死喰い人連中に吹き込まれては敵わない。

 

「家系図から抹消済みの息子でも、それでも情なんてあるんですかね?」

 

 表情を意図的なものに塗り替えた。試すような、挑むような視線を投げかける。

 ぼくの眼差しを受け止め、オリオン・ブラックは静かに笑った。

 

『妻が怒りに任せて消した息子だ。ブラック姓の男は、今や我が愚息のみ。……君に言葉を繕っても無駄なようだ。そう言えば君はレイブンクロー生だったね? ならば情で甘く言葉をコーティングせずとも、私の意図は伝わることだろう』

「……ブラック姓が英国魔法界から消えることが惜しいんであって、息子だからと言って格段の情を持ち得はしない、そう言いたいんですね」

『洞察力が高くて素晴らしいよ。瑣末な言葉遣いに拘って、本意を見失う愚か者がこの世には多すぎる。そうは思わないかい?』

 

 最後の問いかけには答えずに、ぼくは口を開いた。

 

「……シリウスの生存を喜ぶ気持ちは真であると、信じます。たとえそれが、様々な思惑に塗り固められていた思いだとしても。……いいところの当主様ってのも、大変そうだ。ぼくは普通の家系に生まれ育って良かったなぁって、心の底から感じますよ」

『はは。そうかい? ……よく言うものだ。姓から察するに、君の父親は幣原直だろう?』

 

 思わず目を細めた。

 そうか、そっちが本命か。

 

「……えぇ。そっか、父をご存知なんですね。生没から見たら、ぼくの父の後輩に当たりますものね。トム・リドルはあなたの寮の先輩ですし」

『よく覚えていたものだ、そんな細かい数字を。記憶力がいいんだね』

「忘れることが苦手なだけです」

 

 身を起こす。

 

『かつての再来かと思ったよ。トム・リドルの隣に君の姿。幣原直に生き写し、とまではいかないまでも、容姿の目立つ部分は引き継いだようだしね』

「……回りくどいですね。はっきりと言ったらどうです?」

『おや、いいのかい? それじゃあ遠慮なく』

 

 オリオン・ブラックは口元に手を当て上品に笑うと、軽い口調で尋ねた。

 

『幣原直みたいに、君もトム・リドルを裏切るんじゃないのかな、と思っただけだよ』

 

 動揺を全て押し隠す。心拍の上昇も、最低限に留めた。

 

「……失礼なことを言いますね」

『礼を失した発言であることは認めるよ』

「父は闇の帝王を裏切った訳ではありませんよ。その点の認識に、些か誤解があるようです。……お暇します」

『まぁ待って。すまないね、気分を害したのならば誠心誠意謝ろう。あまりに退屈でね。煩いからと言って妻を追放したら、今度は話し相手がいなくなってしまったんだ。久しぶりに誰かと話して羽目を外してしまったようだ』

 

 そう言われてみれば、オリオン・ブラックの奥さん、ヴァルプルガ・ブラックの肖像画の中は空っぽだった。肖像画というのはそういうことも出来るのか。同じ家に飾られ、同じ絵師が描いたからこそ出来る技なのかもしれない。

 

「……本来の用件があるんですね、ぼくに」

 

 浮かせた腰を再び下ろした。すまないね、とオリオン・ブラックは滑らかな口調で言うと『クリーチャー、邪魔立てして済まなかった』と声を張り上げた。

 瞬間、パチンという姿現し特有の音と共に、ブラック家付きの屋敷しもべ妖精、クリーチャーがぼくの目の前に現れる。思わず目を瞠った。

 

『幣原秋に話したいことがあったんだろう。目の前の彼こそが、幣原秋だ。会話した私が保証しよう』

 

 クリーチャーはオリオン・ブラックの肖像画を向いて「心より感謝申し上げます、旦那様」と深々と頭を下げた後、ぼくに向き直った。

 

「ぼくに用事が?」

『死喰い人から如何なる拷問を受けても漏らさなかったクリーチャーが、幣原秋にだけは言いたいことがあるのだと言う。まぁゆっくりして聞いて行ってくれよ。紅茶でも飲みながらさ』

「いや、紅茶は別に……」

 

 しかしぼくが言葉を紡ぎ終わるよりも早く、クリーチャーは恭しくぼくに紅茶を差し出していた。戸惑いながらも受け取る。

 何だこの待遇の差は。騎士団としてここに滞在していた頃は、こんな高待遇受けたことないぞ。

 

「あなた様が本当に幣原秋様であったのか、クリーチャーはずっと疑問でございました。旦那様は、そんなクリーチャーの悩みの種を取り去ってくださるよう取り計らってくださいました」

 

 大きな瞳が、ぼくに注がれる。

 

「……どうして? どうして、ぼくを知っているの?」

「幣原秋様。クリーチャーはずっと存じておりました。レギュラス坊っちゃまが、最期にお会いしたいと願った存在なのです。当然でございます」

 

 思いも寄らぬ言葉だった。思わず目を見開く。

 表情を取り繕うことは、ちょっと、出来なかった。

 

『おやまぁ、それでは、私の息子は揃って二人とも君に救われたのだね。何とも奇特な縁だ』

 

 オリオン・ブラックは静かに笑っている。ぼくは、笑えなかった。

 

「……クリーチャー。一つ聞かせて。ううん、一つと言わず幾つも、になると思うけれど。……ハリーたちはどうして魔法省に?」

 

 密やかに、クリーチャーは囁いた。

 

「破壊出来なかった分霊箱、スリザリンのロケットを探しに」

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