【完結】空の記憶   作:西条

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第13話 紫苑色の危機

『親愛なる僕の弟、アキへ』

 

 ハリーとの連絡ツールである羊皮紙には、時折近況が綴られていた。

 近況と言っても、本当にざっくりとしたもので、今どこにいるとか、何をするとか、これからどうするつもりだとか、そういう事には一切触れない。そこは、ハリーもしっかり理解しているようだった。

 

 ぼくが羊皮紙に返事を書き綴ることはない。こちらからハリーに連絡を取ることもない。それでも、身から離せなかった。

 ハリーの言葉を、ハリーがちゃんと『生きている』という、ただそれだけの知らせを、ぼくは心の底から待ち侘びた。

 

『最近元気かい? これから、寒くなっていくからね。身体には十分気を付けるんだよ。……僕は、元気とは言えないや』

 

 そこで数秒、文字が止まった。もう、今日は書いてくれないのかな。そう危惧した矢先、何事もなかったかのように再開される。

 最近寒くなってきてもう半袖じゃあ辛いこと。風邪を引かないようにと、ぼくの体調を心配する言葉。そう言えば昔あんなことがあったね、と、核心に触れてしまわぬよう、話題は様々なところへ飛ぶ。

 

『ねぇ……アキに、会いたいよ』

 

 そんな言葉を最後に、羊皮紙は沈黙した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「それ、やめろよ」

 

 苛立ったロンの声に、ハリーは振り返った。片腕を吊ったロンは、顔を思い切り顰めながらハリーの手元にある羊皮紙を指差した。

 

「……どれのこと?」

 

 手早く折り畳むと、ポケットの中に突っ込む。

 ロンは眉間のシワを深くすると、歯を剥いた。

 

「誤魔化すなよ、ハリー。分かってないのなら、何度だって言ってやる。アキは、僕らを裏切ったんだ。騎士団から死喰い人に寝返ったんだぞ」

 

 その通り、何度も言われた言葉だった。何度言われても慣れぬ言葉だったし、何度繰り返されてもその都度痛みを呼び起こす言葉だった。

 

「……分かってるよ」

「いいや分かってないね。僕らが何度止めても、その羊皮紙にアキへのメッセージを綴るのが良い証拠さ。アキは見向きもしてないと思うよ? 君が書いた愛しい弟へのラブレター……いいや弟でも何でもないんだよね本当は。君との繋がりがある道具なんて、いの一番に『例のあの人』に対する献上品さ。『あの人』が君の書いたラブレターを読んで笑っているんだ。もしかしたら僕らの居場所とかをポロっと零してくれないかな、なんて期待して」

 

 ギリと奥歯を噛み締めた。

 ロンは、積もり積もった苛立ちをハリーに叩きつけるように言葉を並べ立てる。こうなったロンをいつも止めてくれるハーマイオニーは今ここにはおらず、食料調達に出掛けていた。

 

 実際のところ、ハーマイオニーもハリーがその羊皮紙にメッセージを書くことに良い顔をしてはいなかった。

 ハーマイオニーはハリーに言ったのだ。「あのねハリー、あなたがいくら気を付けたとしても、相手はあなたを絡め取るためにあらゆる手を使うことを惜しまない人たちなのよ。あなたは馬鹿ではないことは知っているけれど、あなたよりも頭の切れる人達が、あなたを陥れるために策を練っているの。不用意な発言は慎むべきだわ」

 

「本当に君は愚かだよ、滑稽だと言ってもいい! アキは君など歯牙にも掛けていないんだ、アキが大事なのは君ではなかった! 返事が来ないのが、何も言って来ないのがいい証拠だ!」

 

 それ以上黙って聞いてはおけなかった。カッと頭に血が上る。

 気付けばロンの胸倉を掴んでいた。

 

「アキを悪く言うな!!」

 

 その時ハーマイオニーが戻ってきた。ハリーとロンの様子を見て、ハッと大きく息を呑む。

 彼女の手からバラバラと木の実が落ちてテント中に散らばったことで、ハリーもロンも我に返った。ロンから手を離す。

 

「……もう、止めてちょうだい」

 

 ハーマイオニーは俯いて呟いた。

 彼女も、随分と憔悴していた。慣れぬ旅、先の見えない恐怖、分霊箱を手に入れはしたもののこの先どうすればいいか、など、悩みは尽きない。

 だからこそ、ここにいる三人で力を合わせていかなければならないのに。分裂なんて、仲間割れなんてしている時間はない。

 

「……ごめん」

「僕こそ……ごめん」

 

 もそもそと謝って、屈み込んだ。落ちた木の実を拾い集める。

 

 その日は随分と、静かな夕食となった。

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