【完結】空の記憶   作:西条

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第22話 群青色の心音

「ホグワーツに、一体何の用なの」

 

 隣を歩くヴォルデモートは、随分と機嫌が良さそうだった。

 この人が機嫌良さそうだと、ぼくにとっては嫌な予感しかしない。警戒しながらのぼくの言葉に、ヴォルデモートは楽しげな笑みを向けた。

 以前のトム・リドルのようなイケメンだったらまだしも、この人に笑みを投げかけられたところで気分良くはならない。そこまで、ぼくは彼に心酔していない。

 

「最近、何かをしに世界中を飛び回っていたようだね。法整備も学校改革も何もかもぼくらに任せて。それだけの価値がある何かを、君は求めていた。そして、きっとそれは()()()()()()()()

「……いいだろう、アキ・ポッター。教えてやろうぞ。俺様が手に入れようとしているものを」

 

 浮かれて、舌も緩んだか。

 そのままヴォルデモートはぼくに対し『ニワトコの杖』についてを語り始めた。世界最強の杖。その存在は、ぼくも『魔法史』でちらりと耳にしたことがある――曰くがたんまりとついた杖だ。

 それの最後の所持者がダンブルドアなのだと、ヴォルデモートは喜色に濡れた瞳で語った。

 

「興味はないか? 最強の杖だ。これを持っていれば最強となる杖の存在に、心惹かれないか?」

「……生憎と」

 

 肩を竦めた。

 

「ぼくは『最強』には心惹かれないな。元々この身に生まれつき持ち得た力も、忌んで忌んでどうしようもないお荷物だとしか思えない。この力は、今までぼくを苦しめるだけで、一度もぼくを救ってはくれなかった」

 

 何度も何度も願ったさ。

 力なんて、なければいい。消えてしまえば、心の底からぼくはホッとするのに。

 

「父さんと母さんが死んだのも、ぼくのせいだ。かつての君がそう言ったんだ。エリス先輩が死んだのだってそう。そもそも力なんてなければ、こうして言葉も分からぬままホグワーツに来ることもなかった」

 

 くすりと笑った。

 

「何も知らないまま、日本で小学校を卒業して、中学校に上がって、高校生になって。ぼく結構勉強は好きだったから、ひょっとしたら大学に行って、その辺りで先生にでもなっていたりしてね。少なくとも、今よりは随分と平坦で、そして幸福な人生だ。奥さんもらってさ、子供が出来てさ。両親は生きていて、初孫にすごい勢いで大喜びしてさ――そんな妄想を、一体何度しただろう」

 

 本当に、何度も。

 何度も何度も何度も何度も、夢想したんだ。

 

 ぼくの表情を見て、ヴォルデモートは少し真面目な顔になった。

 

「…………そう、か」

「……きっと、君には分からないと思う。君の人生は、魔法のおかげで広がった――君の居場所はここ、英国魔法界だ。魔力のおかげで、居場所が作れた。分かってくれとは、言わないよ。分かる筈も、ないだろう」

「……あぁ」

 

 ヴォルデモートは、静かに呟いた。

 

「さっぱり分からないな――貴様の言うことなんぞ」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 白の大理石で出来た墓が、真っ二つに割れる。『墓を暴く』という醜悪な行為を目の当たりにして、思わず顔を顰めていた。ついでに、自身の仮の墓も心無いマスコミの手によって暴かれたことも思い出す。探っても何も出る訳がない。だってあれは『天才』の作品だ。あの時はそうマスコミを嘲笑したが、想像以上に気分が悪くなるものだと知った。リーマスあたりはガチ切れしているかもしれない。悪いことをした。

 

 最強の杖――ニワトコの杖を手に入れたヴォルデモートは、歓喜に沸いていた。

 意味もなく頭上の分厚い雲を千々に引き裂く。その後、杖がぼくに向かうであろうことは読めていた。『磔の呪文』には大分慣れてきた――嫌な慣れだ。

 

「どうだ、黒衣の天才! 俺様は貴様よりも遥かに強い! 見ろ、直! 貴様の子供は俺様の敵にはならない、それほど弱い! だから始めっから俺様の元についていればよかったのだ、貴様は本当に無駄死にした、犬死にした! こんなつまらぬ子供のせいで!!」

 

 流石、最強の杖。こちらに与える苦しみが段違いだ、レベルが違う。苛む感覚が尋常じゃない。

 脳裏に映る、様々な記憶。もしかして走馬灯だろうか。ぼくと、幣原の記憶が入り乱れながらも吹き抜けて行く。

 いい記憶ばかりならいいのだけれど、生憎とぼくらの人生は、いい記憶ばかりが並ぶようなものではなかった。

 

「もう嫌だ……もう嫌だ!!」

 

 どうしてぼくがこんな目に。ぼくが一体何をした。

 流したくもない涙が流れる。

 これほど痛みを受けるほど、ぼくは悪いことをしたの? 

 

 心はもう限界だった。狂いたいいっそのこと狂ってしまいたい。

 こんな辛い現実なんて見たくない嫌だ嫌だもうぼくは生きていたくない、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして。

 

『代わろうか?』

 

 頭の中に、そっと声が響いた。

 痛苦にホワイトアウトする感覚の中、それだけがただ、鮮明だった。幣原秋の、声だった。

 

『辛いというのなら……君にその痛みを、背負わせているのはぼくだから……』

 

 声が、聞こえる。無我夢中で、首を振った。

 

『ぼくに気を遣っているの? お前には、こんな痛み耐えられないってそう思ってるの?』

 

 バカか、こいつは。

 そうじゃない、どうして分からない。

 

 あぁ、もう、もうさ。痛いし苦しいし何が何だか分からない、自分が今どういう体勢でどうもがいているのかも分からない。地獄でだって、こんな痛苦味わえるものか。

 

 それでもさぁ、地獄の最中だったとしてもさぁ。

 

「これはぼくの受けた痛みだ、手出しをするな幣原秋!!」

 

 何もかも嫌だ。本気で心の底から嫌になる。

 絶望しそうだよ、全く、こんな世の中。

 

 理性の箍が弾け飛ぶ。心の底の底に押し込めていた、深く激しい感情を、もうとり隠すことは出来なかった。

 

 幣原秋としてぼくを見るな。ぼくはぼくでいたいだけだ。

 ぼくは幣原秋じゃない。それでも、ぼくは幣原秋としてじゃないと世界に存在を認められていない。

 

 ほんっとうにさぁ。

 やってらんないよ!! 

 

 今なら分かる。幣原秋はアキ・ポッターに対し、一切の情を抱いていなかった。愛だのそういう感情が入らぬまま、あいつはただ自分が逃げるためだけにぼくを作り出した。

 あんな様子の幼いハリーを見た癖に、アキ・ポッターも同じ目に遭うと分かっていたはずなのに、それでも平然とあいつはぼくを放置した。

 

 あいつは何も分かっちゃいない。ぼくの痛みも、苦しみも、何一つとして理解しちゃいない。

 あぁそうだよな、本物に偽物の苦しみが分かるはずないもんな! 天才に凡人の苦労が理解出来るはずもないもんなぁ!! オリジナルがレプリカなんぞに構うはずもないもんな!! 

 

 

「……ぼくを認めろよ、世界ッッッッ!!!!」

 

 

 世界に認められない苦痛なんて、何一つ知らないんだよなぁ!! 

 

 それでもそれでもこれこそがこんな痛みこそがさぁ、ぼくがぼくでいる証なんだよ! こんなクソみたいな方法でしか自分という存在に縋れないくらいに、脆弱な地盤に立っているんだよ!! 

 

 いい加減さぁ、ぼくの努力を認めてくれても良くないか? 天才様のお眼鏡には、それでもまだ足りないと言うの? 

 

「本当、クソな世界だ……」

 

 間違っているのは、世界か、ぼくか、どっちだ。

 

『磔の呪文』が止む。

 さすがにショックで耐えられなかったか、同時に意識を失った。

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