校内はお祭り騒ぎだった。
ハリーは主役だと言うことで、双子に担ぎ上げられ何処かへと連れ去られた。誰も、ぼくを気に止めない。浮かれ切っている。
倒れたヴォルデモートを静かに見つめていると、ふわりと隣を霞が通った。ハッと息を呑む。
かつて日記に内蔵された魂の欠片――ぼくと曲がりなりにも数年を寄り添い歩いた、十五歳のトム・リドルだった。
誰も、リドルに気付いていない。もしくは気にも止めていないのか。それでも、ぼくは慌てて立ち上がると、後を追った。少し重心が傾きふらつくが、構うことはない。
リドルは、仰向けに倒れたヴォルデモートを静かな瞳で見下ろしていた。ぼくが駆け寄ると、ゆったりと視線をぼくに合わせ、淡く微笑む。
「……分霊箱の役目、知ってる? 本体が死んでも……こうすることで。僕が願った分だけ、本体の魂を延命させることが出来る。勿論、心臓の拍動は戻らないから、ほんの少しだけだけど」
そう言うと、リドルは手のひらをヴォルデモートの遺体に翳した。微かな光が降り注いだ後――静かに、ヴォルデモートは目を開けた。
しかし、ただそれだけだ。身じろぎは一切しない。ただ瞳だけが、ぼくとリドルを交互に見つめている。
「……死んで尚、かつての自らの姿を見るとは、罪を思い知らされている気分だな」
ヴォルデモートが自嘲した。リドルは感情の読めない瞳で囁く。
「……一つだけ教えろ。どうして、直を殺した?」
ヴォルデモートはくつくつと愉快そうに喉を鳴らした。
「……直は自ら望んで死んだ。俺様の手を汚すまいと、最後まで気に掛けた愚か者だった」
「…………っ」
ぎゅっとリドルの目元が寄る。
ヴォルデモートはそんなリドルを見、鼻で笑うと言葉を続けた。
「息子の、幣原秋を守る為に。……直が隠した本を、見つけ切れなかった……その時代の俺様であれば、記憶にあることだろう」
「……見つけた。あるよ、ここに。……直は完成させていた。あの語った夢物語を、あの、バカは……」
リドルはそこで言葉尻を震わせた。ぐっと奥歯を強く噛み締める。
そうか、と、少し満足げにヴォルデモートは息を吐いた。
リドルが右手を少し持ち上げ、軽く手を開く。瞬時に、手元にナイフに現れた。刀身が朝の光に照らされ煌めく。
自身の未来に馬乗りになったリドルは、両手でナイフを握ると、はっきりとした声で言った。
「死ね、ヴォルデモート」
「……かつての自分に殺されるというのも、悪くはないものだな」
そう薄く笑い、ヴォルデモートは目を閉じる。
振り上げられたナイフは、吸い込まれるようにヴォルデモートの胸へと突き立てられた。
◇ ◆ ◇
誰にも顧みられることのないヴォルデモートの遺体に触れる。現在片腕しか動かないため、少し苦心しながらも、胸の真ん中で指を組ませた。乱れた着衣を整え、せめて死者らしい格好をさせる。
倒れ伏す死喰い人にも、ぼくは同じ行為を繰り返した。
それにしても、血が足りない。少しクラクラする。
左腕は、相変わらず痛覚も無ければ、触れられた感覚も何もないし――これはちょっと、早めに聖マンゴに向かうべきだろう。切り落とす、なんて羽目になっても驚かないぞ。それくらいにゾッとする。
よろめきながらも足を進めると、アクアとユークの姿があった。自身の父と母、二人の亡骸の前で膝を付き、静かに涙を零している。
一度立ち竦み、やがて何かに突き動かされるように、彼女らの元へ歩み寄った。
「……アク、ア」
ぼくの声に、アクアは涙に濡れた顔を上げた。その顔はいつにも増して綺麗で、そして、美しかった。
「……後悔は一切していないわ。でも、少し……泣かせて、ちょうだい」
ユークは歯を食い縛り、嗚咽を殺しながら泣いている。
周囲をよく見渡せば、スリザリン生がそれぞれ、家族や親類、またはお世話になった先輩だろう、それぞれに、密やかに縋り付いては、密やかに涙を零していた。
「……もしも」
呟いた言葉を、アクアが聞き咎める。静かに首を振った。
「なんでも、ないよ」
目を伏せた。
逝った魂に、静かに祈る。