【完結】空の記憶   作:西条

273 / 295
第35話 深藍色の灯火

 校内はお祭り騒ぎだった。

 ハリーは主役だと言うことで、双子に担ぎ上げられ何処かへと連れ去られた。誰も、ぼくを気に止めない。浮かれ切っている。

 

 倒れたヴォルデモートを静かに見つめていると、ふわりと隣を霞が通った。ハッと息を呑む。

 かつて日記に内蔵された魂の欠片――ぼくと曲がりなりにも数年を寄り添い歩いた、十五歳のトム・リドルだった。

 誰も、リドルに気付いていない。もしくは気にも止めていないのか。それでも、ぼくは慌てて立ち上がると、後を追った。少し重心が傾きふらつくが、構うことはない。

 

 リドルは、仰向けに倒れたヴォルデモートを静かな瞳で見下ろしていた。ぼくが駆け寄ると、ゆったりと視線をぼくに合わせ、淡く微笑む。

 

「……分霊箱の役目、知ってる? 本体が死んでも……こうすることで。僕が願った分だけ、本体の魂を延命させることが出来る。勿論、心臓の拍動は戻らないから、ほんの少しだけだけど」

 

 そう言うと、リドルは手のひらをヴォルデモートの遺体に翳した。微かな光が降り注いだ後――静かに、ヴォルデモートは目を開けた。

 しかし、ただそれだけだ。身じろぎは一切しない。ただ瞳だけが、ぼくとリドルを交互に見つめている。

 

「……死んで尚、かつての自らの姿を見るとは、罪を思い知らされている気分だな」

 

 ヴォルデモートが自嘲した。リドルは感情の読めない瞳で囁く。

 

「……一つだけ教えろ。どうして、直を殺した?」

 

 ヴォルデモートはくつくつと愉快そうに喉を鳴らした。

 

「……直は自ら望んで死んだ。俺様の手を汚すまいと、最後まで気に掛けた愚か者だった」

「…………っ」

 

 ぎゅっとリドルの目元が寄る。

 ヴォルデモートはそんなリドルを見、鼻で笑うと言葉を続けた。

 

「息子の、幣原秋を守る為に。……直が隠した本を、見つけ切れなかった……その時代の俺様であれば、記憶にあることだろう」

「……見つけた。あるよ、ここに。……直は完成させていた。あの語った夢物語を、あの、バカは……」

 

 リドルはそこで言葉尻を震わせた。ぐっと奥歯を強く噛み締める。

 そうか、と、少し満足げにヴォルデモートは息を吐いた。

 

 リドルが右手を少し持ち上げ、軽く手を開く。瞬時に、手元にナイフに現れた。刀身が朝の光に照らされ煌めく。

 自身の未来に馬乗りになったリドルは、両手でナイフを握ると、はっきりとした声で言った。

 

「死ね、ヴォルデモート」

「……かつての自分に殺されるというのも、悪くはないものだな」

 

 そう薄く笑い、ヴォルデモートは目を閉じる。

 振り上げられたナイフは、吸い込まれるようにヴォルデモートの胸へと突き立てられた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 誰にも顧みられることのないヴォルデモートの遺体に触れる。現在片腕しか動かないため、少し苦心しながらも、胸の真ん中で指を組ませた。乱れた着衣を整え、せめて死者らしい格好をさせる。

 

 倒れ伏す死喰い人にも、ぼくは同じ行為を繰り返した。

 

 それにしても、血が足りない。少しクラクラする。

 左腕は、相変わらず痛覚も無ければ、触れられた感覚も何もないし――これはちょっと、早めに聖マンゴに向かうべきだろう。切り落とす、なんて羽目になっても驚かないぞ。それくらいにゾッとする。

 

 よろめきながらも足を進めると、アクアとユークの姿があった。自身の父と母、二人の亡骸の前で膝を付き、静かに涙を零している。

 一度立ち竦み、やがて何かに突き動かされるように、彼女らの元へ歩み寄った。

 

「……アク、ア」

 

 ぼくの声に、アクアは涙に濡れた顔を上げた。その顔はいつにも増して綺麗で、そして、美しかった。

 

「……後悔は一切していないわ。でも、少し……泣かせて、ちょうだい」

 

 ユークは歯を食い縛り、嗚咽を殺しながら泣いている。

 周囲をよく見渡せば、スリザリン生がそれぞれ、家族や親類、またはお世話になった先輩だろう、それぞれに、密やかに縋り付いては、密やかに涙を零していた。

 

「……もしも」

 

 呟いた言葉を、アクアが聞き咎める。静かに首を振った。

 

「なんでも、ないよ」

 

 目を伏せた。

 逝った魂に、静かに祈る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。