【完結】空の記憶   作:西条

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シリウス・ブラックの場合

「ハリーが嘆いてたぞ、アキと話が出来ないって」

 

 シリウスの言葉に、アキは小さく肩を竦めた。

 

 アキ・ポッターと病室で二人きりになれたのは、シリウスにとっては酷く僥倖のようにも思えた。アキは凄く暇そうな顔で、魔法で本を浮かせパラパラペラリとページをめくっていたのだ。利き腕が使えなくとも、アキを見る限りそう不便はないようだった――もっとも、そのように振る舞っているだけかもしれないが。

 

「おや、ブラック家のご当主様。お仕事はよろしいので?」

「君、俺じゃなかったら潰れるレベルの仕事ガンガン任せてくるよな」

「現に君は潰れてないからいいじゃない、他人の力量は見極めて割り振っているつもりだよ。ブラック家のかつての人脈が今は欲しいんだ。英国魔法界の裏の支配者であった頃のね」

「お陰様で、被った埃を叩く作業が死ぬほど大変だよ」

 

 アキは目を細めるとふふっと笑った。

 

「それなのに、わざわざぼくに会いに来てくれたんだ、嬉しいねぇ。最後の挨拶でもしに来たの? それとも懐かしの友人に対し感動の再会でもしに来た? 代わろうか、ぼく邪魔でしょ」

「うんにゃ、今日は君に用があって来た」

 

 アキは真意を探るような目つきでシリウスを見る。

 

「よく、自分のいない未来をそうまで鮮やかに描けるもんだな、って思ってよ」

「ぼくらしいと言って欲しいね」

「不自然なくらいにな。秋の思考回路じゃああり得ないことだ」

 

 すっと、アキは表情から笑みを消した。右手で頬杖をつくと、視線だけで続きを促す。

 

「幣原秋は良くも悪くも自己中心的な男だよ。まぁもっとも誰もがそうだが。自分の復讐のために闇祓いになり、自分が逃げるためにアキ・ポッター(きみ)を作った。あいつの行動原理は、ちゃんと自分の利益が透けて見える。それが普通の人間だ。――なのに、君はそうじゃない。どうしてそこまで自己犠牲に振る舞える。どうしてそこまで、未来に献身的になれる」

 

 自分がいない未来に、どうして。

 

「いっそのこと、君は消える気がないんじゃないかとも思うよ。誰もが君に、アキ・ポッターに消えて欲しくないと思っている。ハリーなんていい例だ、必死過ぎて涙が出そうだよ。そこのところ、結局どうなんだ?」

 

 しばらくシリウスの灰色の瞳をじっと見ていたアキだったが、やがて静かに口を開いた。

 

「ぼくが消えていない理由はね、幣原秋のせいだ。あいつは多分、ぼくを殺す気はない。むしろぼくに生きて欲しいと願っている。幣原にとっては今の生活が心地よいんだ。こうして表に出て来ず、引きこもっているこの生活が。ぼくは……それが腹立たしい」

 

 アキは眉を寄せた。シリウスにとっては、思いも寄らない言葉だった。

 アキは続ける。

 

「ぼくはあいつに生きて欲しい。元々あいつの人生だ。折角、神様に認められて生まれてきたんだ、偽物のぼくとは違う、本物なんだ。本物ならちゃんと人生生き切って欲しい。それが、心の底からのぼくの願い。今の状態を簡単に述べると、ぼくの願いと幣原の願いが完全に拮抗し合っていて、おいそれと手出しが出来ない。だから――」

 

 そこでアキは言葉を切ると「……いや。なんでもない」と呟いた。

 

「なんでもない、な雰囲気じゃなかっただろ。なんだよ、続きが気になるじゃないか」

「本当に気にしないで。言いかけた言葉があるのは本当だけど、君に対して言うべきものじゃなかったことに思い至っただけだから。……ちょっと、ね」

 

 そこでアキは、仄暗い眼差しで微笑んだ。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「……シリウス」

 

 アキの病室を後にし、数歩歩いた時だった。

 名を呼ばれ振り返ると、ハリー・ポッターがそこに立っていた。

 

「おお、ハリー。どうした、アキは今部屋にいるぞ」

 

 アキと話でもしに来たか、そう思って親指で病室の扉を指し示すも、ハリーは首を振った。

 

「シリウスと話がしたいんだ……今、いいかな」

 

 言葉を呑み込んだ。

 脳裏に浮かんだ「仕事」の二文字を叩き潰すと踏みつける。

 

「おう、いいぜ」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ここでいいか、と聖マンゴ備え付けの喫茶店に足を踏み入れる。運ばれてきたコーヒーを一口飲んで顔を顰めた。文句言いながらも献身的な実家の屋敷しもべに思いを馳せる。

 かつて自身を売ったクリーチャーに思うことはあれど、あれからシリウスも色々学んだのだ。ぽつりぽつりと、弟のことでも話してやろうかと考えている。

 

「シリウスは……シリウスは、さ。幣原秋に戻ってきて欲しいと、そう思ってる?」

 

 手元のコーヒーに視線を落としながら、ハリーはそう呟いた。

 少し迷うも、ここで嘘を吐いても意味がないだろう。

 

「……その気持ちは、否定出来ないよ。かつての友人と共にまた生きていきたい、その気持ちは否定出来ない」

 

 そっか、とハリーは呟くと、身を縮めた。そうだよな、とポツリと漏らす。

 自身が長年共に生きたアキを望むように、シリウスやリーマスだって長年の友人であった幣原秋を望むのは、それもそうだと理解したらしい。

 

「でも……アキにも生きて欲しい」

 

 シリウスの声に、驚いたようにハリーは顔を上げた。緑の視線を受け止め、投げ返す。

 

「私の命を救ったのは、アキだ。幣原秋じゃない。その感謝の気持ちは、決して消えないし……どちらかと言えば私は、アキに生きて欲しいよ。偽物だと卑下するけれど、あいつの成し遂げたことはまぎれもない本物だ。アキこそ、これから紡がれる未来を生きるに相応しい」

 

 まぁ、とそこで一口コーヒーを呷ると、シリウスは呟いた。

 

「リーマスは、そうは思ってないだろうな」

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