【完結】空の記憶   作:西条

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「ぼくがいない世界」-1

 セブルスの言葉を聞いて、秋はこの上なく嬉しそうに微笑んだ。

 

「……君なら、そう言ってくれると信じていた」

 

 黒の瞳が、歓喜に揺らぐ。

 

「この未来を紡いだのはアキだ。ぼくじゃない――そう、ぼくじゃない」

 

 軽く頭を振ると、右手を広げた。愛おしさを眼差しに湛え、笑う。

 

「それでこそ、ぼくの――親友だ」

「……当たり前だろう、秋」

 

 あぁ、きっと、これで良かったのだ。

 これで――良い。

 

「幣原秋。君は死ぬべきだ。未来をあの少年に譲り渡せ。そして……僕を赦して、くれるか」

「元から何一つ怒っちゃいないよ。君を信じて、良かった」

 

 柔らかく秋は微笑む。かつて見慣れ、かつて焦がれた笑顔が、確かにそこにはあった。

 純粋な笑顔だと、そう思った。

 

 この笑顔をもう一度見ることが出来て、本当によかった。

 

「先に逝くよ。ぼくとリリーが恋しいからって、駆け足飛びにこっちへ来ないでよね。ふざけんなって、もう一度現世に蹴り落とすから」

「……あぁ」

 

 どちらからともなく、手を伸ばし合った。指を合わせ、絡める。

 

「バイバイ、セブルス。……あぁ」

 

 眦に涙を浮かべ、晴れやかに、秋は呟いた。

 

 

「今まで生きていて……よかったなぁ」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 白い空間で目を覚ませば、そこには自身と全く変わらぬ顔があった。憤怒の表情で、ぼくを――幣原秋を、睨みつけている。

 

「どうしてっ、どうしてだよ幣原秋!」

 

 掴みかからんとする勢いでこちらを見るアキ・ポッターの姿に、思わず笑った。

 ここが夢の世界、内面世界であるため、共に左腕は吊っていない。

 

「生きたいんだろ、アキ。……この未来は君が作ったんだ、ぼくじゃない。もう君は、一人で生きてゆく番だよ」

「オリジナルを差し置いて生きろと、そう言うのか!?」

 

 アキの視線は必死なものだった。

 あぁ、この子は、心の底からぼくに消えて欲しくないと願っているのだ。

 

 そこまで想われている、そのことが、なんだか嬉しかった。

 

「君は未来を紡げる人間だ。君を待っている人たちが、この世の中にはたくさんいる。……シリウスを助けてくれて、ありがとう。ぼくに、生きていて良かったとそう思わせてくれて、本当にありがとう」

 

 微笑んだ。ぼくの笑顔に、アキは息を呑む。数瞬後、その顔がくしゃりと歪んだ。

 

「バカ……バカだよ。どうして生きてくれないの……ぼくは、君に生きて欲しいんだよ……っ。どんな有様だったっていい、ただ、ぼくは……」

 

 頬に涙が伝う。慌てて、アキは目元を拭った。

 

「どんな有様でも、いいって言うならさ。ぼくのやることも、許してよ」

 

 え、とアキは小さな声を漏らす。ぼくは心の底からの笑みを浮かべた。

 

 ぼくの生き様は、君が知っている。

 ぼくの未来は、君なんだ、アキ。

 

「胸を張って。誇って。君は偽物なんかじゃない。――だって君は、ぼくなんだから!」

 

 どうか、生きて。

 幸せな未来を、歩んで。

 

「今まで君を苦しめることしか出来なかったぼくからの、最初で最後の贈り物だよ」

 

 涙を拭って、アキは微笑んだ。凄く綺麗な笑顔だと、思った。

 

「最初で最後、なんかじゃないよ」

 

 両手を広げ、アキは笑う。

 

「君から貰った人生も、君から貰った記憶も、全て――大事に、するから」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 少し離れたところで、トム・リドルが立っていた。ぼくとアキのやり取りを、冷めた目で見つめている。茶番だとでも思っているのだろう。

 その手には、例の本『デウス・エクス・マキナ』が握られていた。

 

「バカバカしいとは思っているよ。茶番さ、こんなもの……あーあ、貴重な時間を無駄にした」

 

 大袈裟にため息を吐くと、リドルは毒付く。深紅の瞳をこちらに向けると、吐き捨てた。

 

「君は、こっちの道を選ばないんだ」

「うん。……ごめんね、その道は選べない。ぼくの父は、父さんは、選ばなかったよ。……君を助けてあげられなくって、ごめん」

「……本当、バカだよね」

 

 リドルはぼくに背を向けると、一瞬で姿を消してしまった。恐らく本体ごと、消えてしまったのだろう。リドルが手にしていた『デウス・エクス・マキナ』も、同時に消えた。

 

「さぁ……アキ、分かっているはずだよ」

 

 アキを呼ぶ。少し頼りない足取りでアキはぼくに歩み寄った。

 その手を取り、導く。ぼくの首元へと。

 

 地面に背をつけた。

 腹の上に跨ったアキは、涙を零しながら、ぼくの首に置いた手に力を込める。ぽたぽたと涙が降り注いでくる。

 

「うん……上手」

 

 手を伸ばした。アキの頭をそっと撫でる。

 

「大好きだよ、アキ」

 

 苦しめるばかりでごめんね。

 これからは、君が未来を生きてくれ。

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