【完結】空の記憶   作:西条

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「ぼくがいらない世界」-2

 気がついて、一瞬呆然とした。

 今までの記憶と、新たな記憶。混ざり合い、全てを呑み込むまでには、少し時間が掛かった。

 

 廊下の真ん中で立ち竦んだ自分に対し、生徒は僅かに邪険にするような瞳を向けて行く。

 ふと、隣を金色の裏地の少年が通り過ぎて行った。ハッと息を呑み、トム・リドルは後を追う。

 

 待ち侘びた。この日を。彼と再び笑い合う日々を、心の底から。

 

「――っ、直!」

 

 ピクリと少年の肩が揺れた。不審と警戒心を露わに、少年――幣原直は、振り返る。

 

 真っ直ぐな短い黒髪に、同じ色の瞳。東洋系の薄い顔立ち。一人だけ違う、金色の裏地が縫い込まれた制服。

 

 ――嗚呼。

 記憶通りの、その姿。

 

 酷く、懐かしかった。

 

「ファーストネームで呼びつけるなんて、僕はかつての君の友人か何かかい?」

 

 訝しみと荒んだ心が合わさり、直は昏い瞳をリドルに向けて薄く笑った。出てくる言葉は、日本語だ。外国語を面と向かって投げつけられれば、誰もが怯むと知っている目だった。

 

 その視線も意図も、全てを受け止め、リドルは微笑む。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 リドルの口から零れた流暢な日本語に、直は目を見開いた。やがて、驚愕を瞳に宿す。

 

「……なんで、泣いてんの?」

 

 リドルの頬を一筋伝った涙に、直は狼狽えたようだ。ギクリとたじろぎ、落ち着きなくリドルを見る。

 リドルは涙を拭わず、ただ笑った。

 

「――初めまして」

 

 もう、間違えないよ。

 胸の中で、呟いた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 紅の蒸気機関車が、キングスクロス駅の九と四分の三番線に滑り込む。色鮮やかな紅に、思わず胸が高鳴った。

 

「早くっ、父さん、母さんっ!」

「秋、慌ただしいなぁ」

 

 父が呆れた声を漏らす。ぼくはにっこりと笑った。

 

「だって、待ち遠しいんだもん!」

 

 待ち焦がれたホグワーツ。今日からぼく、幣原秋は、ホグワーツ魔法魔術学校に入学するのだ。未知の世界に飛び込む興奮に、気が逸って仕方がない。

 

「気持ちは分かるけどね。あまり直たちを急かすんじゃないよ」

 

 と、その時頭に手が乗せられた。慌てて頭を押さえ、顔を上げる。

 

「リドルさん!」

 

 ぼくの目線に合わせるように、リドルさんは身を屈めて薄っすらと微笑んだ。弾みでサラリとした黒髪が揺れる。あぁ、この人は初めて見た時から変わりなくカッコイイなぁ。

 ぼくを見る紅い瞳が、柔らかく細められた。

 

「トム、秋を頼む。この通り落ち着きがない息子だけど」

「この年代じゃこんなものだろう。それに秋は直、お前よりも頭のいい子だ。これからが楽しみだよ」

 

 コンパートメントにぼくの荷物を置くと、リドルさんは先頭車両に向かった。闇の魔術に対する防衛術の教師であるリドルさんは、教授陣の集まりがあるらしい。

 また後でね、とリドルさんは微笑むと、思い至ったようにぼくを見た。

 

「秋、君はどの寮に入りたい?」

 

 そう言われて、はたと考え込む。どの寮に、か。正直ピンと来ない。

 

「……どの寮に、って言われてもなぁ。そうだ、リドルさんは、ぼくが何寮っぽいって思う?」

 

 そうだねぇ、とリドルさんは目を細めた。何かを懐かしむような、遠くを見つめる眼差しだった。

 

「……レイブンクローに、きっと君は入る」

 

 それは予想というよりは、未来の断定だった。

 思わず目を瞬かせたぼくの頭を、リドルさんは笑って撫でると背を向け姿を消した。

 

 ホグワーツ特急が、ゆったりと滑り出す。両親の姿が見えなくなるまで手を振ると、ストンと座席に腰掛けた。

 ふと、寂しさに襲われる。これから、両親と離れて暮らすのだ。リドルさんに英語は叩き込まれたけれど、それでも日常会話には不安が残っている。

 

 その時、コンパートメントの扉が開かれた。姿を現したのは、小柄な一人の少年だ。長めの肩ほどまでの黒髪で、不機嫌そうに顔を顰めている。

 少年はふとぼくを見ると、ぽかん、と目を瞬かせた。

 

 その表情の変化を、妙だと思うべきなのだろう。だけれどぼくも、多分今、彼と全く同じ表情を浮かべていた。

 どこかで、彼と出会ったことがあるような、そんな不思議な気分。知らないことを知っているかのような、知っているべきことを知らないような、そんな少しふわふわとした心持ち。

 

 先に立ち直ったのは、彼の方だった。

 

「隣、空いているか」

 

 投げられた英語に一瞬戸惑うも、慌てて頷く。彼は小さく「ありがとう」と呟くと、すぐさま大きなコートを脱ぎ、学校指定のローブに袖を通した。

 

「あともう一人、連れて来ても構わないか」

「大丈夫だよ」

 

 そうか、と言った彼の眼差しは、暖かだった。

 

 やがて彼が連れてきた女の子も、なんだかぼくには初めて会った気がしなかった。綺麗な赤毛で、深い緑の瞳が印象的な女の子。

 

「初めまして」

 

 女の子が、ぼくににっこりと微笑みかける。柔らかに目を細め、口を開いた。

 

「私はリリー。リリー・エバンズよ。あなたのお名前、聞いてもいいかしら?」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「アキ!」

 

 名前を呼ばれ、ぼくは振り返った。ぼくの手を握っていたハリーも、共に顔を向ける。

 

 キングスクロス駅で、パタパタとこちらに駆けて来たのは父さんだ。瞳に困惑を滲ませている。

 ぼくと瓜二つの父さんは、三十過ぎているというのに見た目も中身も子供っぽい。父さんと同じ歳になったら、ぼくも多分こんな感じになるのだろう。願わくばもう少し大人っぽくありたいものだ。

 

「あぁ、やっと会えた……この人混みじゃ、無理かと」

「秋さん、仕事はいいの?」

 

 ハリーの声に、抜けて来た、と、父さんは頬を書きながら悪気もなく笑う。

 その笑みに肩を落とした。

 

「別に、来なくっても良かったのに。ハリーたちと一緒に行くから大丈夫だって言ったじゃない」

「でも、アキとしばらく会えなくなるんだよ。会いたいと思うのは当然だよ」

 

 父さんは、大学にて呪文学の講師をしている。十年前ほどに新設された大学で、ホグワーツを中心とした英国魔法学校の進学先だ。この大学の設立により、魔法使いの人生は一気に多様化した。

 設立者の一人である父さんは、しかしぼくから見たら全然凄い人には思えない。この前は洗濯機を壊したし、電子レンジも爆発させたし、パソコンは分解させちゃうしで、いっつも母さんに怒られている。その時の父さんは、凄く情けない顔をしていて、到底父親の威厳なんて見当たらない。

 

「ジェームズとリリーは?」

「今日はリリーお姉さん一人。ジェームズおじさんは用事があるんだって」

「何かまた妙なことしてるんだよ、うちの父さんは」

 

 ハリーはうんざりした顔で言った。変わらないな、と父さんは苦笑する。

 

 そこで、リリーおばさ……お姉さんの姿を見つけた。向こうもぼくらを見つけ、笑顔で駆け寄ってくる。

 

「どこに行ったかと思った、探したのよ。……あら、秋じゃない! お仕事は?」

「皆それを聞いてくるよね……三限が空いてるから、いいかなって。アキを送ったらすぐ戻るよ」

 

 リリーお姉さんと話してるときの父さんも、少し情けない。

 

 ハリーがリリーお姉さんに服の乱れを直されている。先に行くよと言って、ホグワーツ特急に飛び乗った。ぼくの背中に、父さんの声が掛かる。

 

「リドルさんとセブルスによろしくって言っておいて!」

 

 分かったの言葉の代わりに、左手を振った。

 

 空いているコンパートメントを探して、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。もうある程度座席は埋まっていて、生徒もひっきりなしに通路を行き来していた。

 

 隣を通った小さな女の子の、風に靡いた銀髪に目を惹かれた。思わず目で追う。

 

「……え」

 

 何かに導かれるように、立ち止まった。ぼくの声に、女の子は振り返る。大きな灰色の瞳と、目が合った。

 

 凄く、可愛い女の子だった。静謐な硝子細工のような美しさに、息を呑む。

 恋に落ちたと、頭のどこかで理解した。一目でこの子に惚れたのだと、どくどくと喧しく脈打つ鼓動が聞こえる中、ぼくは思った。

 

「……っ、な、名前を……聞いてもいいかな」

 

 彼女は少し訝しむ瞳を向けたが、それでも口を開いた。

 

「……アクアマリン・ベルフェゴール」

「……やっと会えた」

「え?」

「あれ……何、今の」

 

 思いも寄らず、言葉が零れた。ぼくもびっくりして、口元に手を当てる。

 

「……変な人」

 

 楽しげに、彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 -----アキエンド「ぼくがいらない世界」fin -----

 

 

 

 

もう一つのエンディングへ




こんにちは。ここまで読んでくださり、心より感謝を。本当に、ありがとうございました。
こちら、アキエンド「ぼくがいらない世界」に到達、おめでとうございます。
別名『デウス・エクス・マキナエンド』ですね。

このエンディングは、1番初め『空の記憶』を構想した時に浮かんでいた、正史ルートのエンディング……では、ありません。分史ルート、とでもいいましょうか。
アキ・ポッターが消え、トム・リドルが『間違わない未来』を歩む、そういうエンディングとなりました。

「どうして、消えた方であるアキ・ポッターの名がエンディングに冠されているのか」という疑問を持たれた方もいると思います。しかし、これはアキエンドなのです。「アキ・ポッターの願いが叶う」エンド、だからです。

幣原秋とアキ・ポッター。この二人の物語に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
この最終話を、こうして皆様の眼前にお目見えすることが出来て、とても嬉しく思っています。

本当は、空の記憶はこのエンディングではないもう一つのみのエンディングを迎える予定でした。しかし途中で、そのエンドで救えない人たちを救いたくなったのです。このエンドは、それで救えなかった人たち全てを救うためのエンディングとなりました。主人公であるアキ・ポッター以外の全てを救う結末です。

どうか、アキのことを記憶の片隅にでも留めておいてくだされば、何より嬉しいことはありません。
一番最後の少年、幣原秋の息子、幣原アキ。彼はアキ・ポッターではありません。それでもきっと、アキ・ポッターと幣原アキは、よく似た二人であることでしょう。

もし、もう一つのエンディング、秋エンドを読んでいないという方は、ぜひともそちらも読んでいただければいいと思います。そして、秋エンドを見てこちらも読みに来てくださった方、共にご読了ありがとうございました。

それでは、遅くなりましたが。最終話までお付き合い、本当にありがとうございます。
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