『空の記憶』次世代続編呪いの子沿い(沿わない)を上げた記念に、こちらも更新。
「知ってるか? アキって基本朝は早いけど、年に数度寝坊することがあるんだ」
そう言ってきた相手の顔を、思わずジッと見た。
短い金髪に、碧の瞳。左の耳に二つのピアスを揺らした私の幼馴染、アリス・フィスナーは、私の視線に気付かぬまま、フォークでミートパイを崩している。
魔法省唯一の食堂は、ピーク時はとんでもない人でごった返すものの、それを過ぎれば人は疎らだ。少し遅いランチとでも洒落込もうとした折、その中で見つけた数少ない知り合いの姿に、席を外す理由は思いつかなかった。
「……あなたも、随分遅いのね」
「ん……まぁ、な。入りたて、だし」
そんな言葉を一つ漏らし、目の前の彼はペリエを煽る。それを見て、私も少しだけグラスを傾け、唇を潤した。
「お前、いつもこの時間に昼なのか?」
「……そういう訳じゃないわ。たまたま、よ」
私が闇祓い局に入局して、三ヶ月が経った。この時間に昼なのは、単に午前の仕事が終わらなかったからだ。
今年の闇祓いは、入部希望者は全員受け入れるという大判振る舞いだった。入部試験どころではなく、またいもり試験どころではなかったからというのが理由だ。それにつられて入部した同期は多かったが、じきに篩に掛けられて行くのだろう。既に半分は減ってしまった。夢と希望で乗り切れる職ではない。
「あいつは反対してたんじゃねぇの、お前が闇祓いに入ること」
その通りではあったが、同意するのは癪だった。第一この男は、どうしてこうもアキのことを知ったように話すのだろう。仲が良いのは承知の上だが、ここまで来るとイラッとする。しかも、無自覚だし。
「……押し切っただけよ」
「押し切っただけ、ねぇ」
意味を含むように私の言葉を繰り返す。
学生時代と変わらぬシャツ姿。襟元は流石に少しボタンを詰めたようだ。所属を一目で示すローブを日頃纏わないのは、ホグワーツ卒業後も変わらない。
「そういや、とんとあいつに会ってねぇな。あいつが退院しちまってからは、一度も」
「……まぁ、そうでしょうね」
「連絡は取ってんのか?」
一瞬、躊躇した。
「……えぇ、まぁ」
嘘ではない。ゼロではない、というだけだ。
新たな年度が始まり、新たな身分になり、三ヶ月。その間交わした手紙は一通きり。こちらから送って、その数週間後に返って来た、ただ、それっきり。
アキの様子は、弟のユークからのふくろう便がむしろ雄弁だった。私の可愛い弟は、お姉ちゃんが心配でならないらしく週一でふくろう便を送ってくる。
先の戦いで亡くした両親ですら、こんなには連絡をして来なかった。授業の様子、生徒からの評判。私はアキが思うより、随分と多くのことを知っている。
「ま、あいつなら、どんなとこでも生き抜けるとは思うがな」
果たして、それはどうだろう。私はそこまで、アキを信じ切れはしない。
誰もが、アキは強いと言う。真っ直ぐな眼差しで、背筋を伸ばしてただ前を見つめられる人だと言う。その言葉を否定はしない。
でも、私は知っている。アキの強さに隠された脆さを、私は多分、知ることを赦されている。
ホグワーツ特急のデッキで、土砂降りの雨の中、彼に縋られたあの時を。時計塔から飛び降りようとした直前に見せた、あの微笑みを。幸せになることを恐れた、震える瞳を、きっと私だけが知っていた。
でも――それでも。
私しか知らないアキがいるのと同じように、フィスナーしか知らないアキは、きっと存在するのだろう。私が想像出来ないアキが、きっと沢山いるのだろう。
アキにとって、私は恐らく『特別』だ。
しかし、その『特別』な場所にいるのは、私一人では決してない。
フォークでリンゴを突き刺した。咀嚼しながら、考える。
アキにとっての唯一は、私でも、フィスナーでもなく。
唯一人、ハリー・ポッターに他ならないのだろう。
アキの存在にも関わる、大切な人。いつだって連絡を取り合える羊皮紙を渡した相手は、ハリー・ポッターだ。
私では、ない。
そう思うと、何だか笑えてきた。脈絡なく笑みを零した私に、フィスナーは訝しむ視線を向けてくる。
「どうした?」
「別に……なんて、誤魔化すのも野暮ったいわね。単に面白いなと思ったの。私たち、一応はずっと付き合いがある間柄なのに、アキのことしか共通の話題がないみたいで」
アイスコーヒーを飲み終わり、立ち上がる。
「あまり一人の友人に依存し過ぎると、女の子にモテないわよ? アリス」
子供の頃のように名前で呼んだ。随分と可愛らしい響きを持つそれに、彼の顔が苦味を帯びる。
「……そんなに依存してるか、俺」
「自覚ないの? 小悪魔ね、アキも」
肩を竦めた。
まぁ、それも、アキらしいと言えばアキらしいのだけど。
「……学生時代から、いきなり環境が変わってさ。今までいつもそこにいた奴が、今じゃ会おうと思ってもなかなか会えなくなった。物事が一瞬で変わることなんざ、とうの昔に知っていたことなのに」
アリスは小さな声で呟いた。
「……クリスマス」
口を開いた私に、ん? とアリスは目を上げた。
「予定ある?」
「ねぇけど……何だよ、突然」
「それなら空けておいて。……あの連絡不精さんと少し話せば、あなたも気が紛れるでしょ?」
そこまで依存してねぇ、と、目の前の彼はムッと眉を寄せた。どうだか、と軽く肩を竦める。
「……いいのかよ」
「何が?」
「二人きりじゃなくって」
「二人きりなんて初めっから考えてないわ」
目を瞬かせるアリスの前で、指折り数えた。
「私にユーク、ハリーにハーマイオニー、そしてロン……ウィーズリー家の方達もきっと集まると思う」
他にも多分、何人も。アキに知らせることなく、クリスマスパーティの準備は着々と行われている。
共に、クリスマスを祝いたいのだと。
祝えるこの幸運を、噛みしめるように。
だから来てね、そう言うと「なんでそんな大人数なんだよ……」とアリスは嘆息した。頭を抱える彼に、笑う。
「あら、知らないの? クリスマスはね」
家族と過ごす日なのよ。
左手を、軽く振った。
そう、クリスマス。付き合い始めて四年目の記念日なのだし、指輪でもせがんでみようか。
アキは一体、どんな反応をするだろう。何事も積極的なのに、私に関してだけは臆病な彼。
それならば、渋々ながらもこちらから、距離を詰めても良いだろう。
「……離れてても、よくアキを信じられるな」
アクアと、そう呟かれた声は力ない。
アキのことを信じ切れなど、していない。けれど、この気持ちを言葉にするとしたら、きっとこのようになるのだろう。
「だって、私の未来の旦那様ですもの」