【完結】空の記憶   作:西条

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第2話 届かない祈り

 心が、たゆたう。

 

 安心感のある心地良さは、例えるなら子供の頃離さなかった柔らかな毛布。大好きだったあの毛布を、一体いつ手放したんだろう。記憶が遠い。

 

 そして――微かに歌が聞こえる。

 何処か懐かしい、異国の歌。何処のものかも知れない、遠い歌。

 

 それから? ――淡い匂い。

 シャボンの泡? 卵焼き? ――否。そんなものでは例えられない。

 でも多分、例えるならば花の香り。淡く儚く、されど凛と麗しい一輪花。

 

 ――母さんの匂い。

 

 何かに導かれるように、ぼくは静かに目を開けた。

 

「……母さん」

 

 歌が止む。

 柔らかく微笑んで、母はぼくの顔を覗き込んできた。

 澄んだ瞳と、目が合う。

 

「ごめんね。起こしちゃった?」

 

 大丈夫だよ、と、ぼくは答えた。いつもより母と距離が近いのは、きっと母に膝枕されているからだ。

 

「何の歌なの?」

「不死鳥の歌だよ。輪廻の歌。巡り廻る、運命の輪の歌」

 

 はぁ、と、よく分からないままにぼくは生返事を返した。

 母は、何と言うか……少し、変わっている。

 いつまでも少女のままであるというか……大人になりきれてないと言うか――否、その表現では知能の遅れを彷彿とさせる。

 違う、違うのだ。

 決して頭が悪い訳じゃない。何かが出来ない訳じゃない。

 

 だから――一番当て嵌まる言葉は、やっぱり『マイペース』なのだろう。

 ものの捉え方がちょっと人とは違っているだけで。

 

「どうしたの? 秋」

 

 ぼうっと母の顔を見つめていたらしい。母ははにかんだように笑うと、首を傾げた。

 

「……母さんは」

「ん?」

「母さんは、英国出身なんだよね」

 

 言葉が軽い。まだ――眠い。

 

「そうだよ?」

「……お父さんとかお母さんに、会いたくないの?」

 

 しばらくの沈黙。寝起きでなかったら違和感を感じたであろう無言の間を、しかしぼくは感じとることが出来なかった。

 

「お母さんの家族は、秋と直さんの二人で充分なんだよ」

 

 やがて返ってきた答えに、深く考えることなくぼくは頷いた。

 やがて、とろとろと襲ってくる眠気。

 

「お休み――秋」

 

 大好きだよ。

 そう言って、母はぼくの額にキスを落とす。ぼくは小さく微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……あと、何回……」

 

 意識が暗転する直前に感じていたものは。

 

 震えた声と。

 泣き出しそうに歪む顔。

 

 そして、あくまでも優しくぼくの頭を撫で続ける、母の暖かい指先だった。

 

 

 

 ごめんね。

 何も話してあげられなくて、ごめんね。

 いつか、ちゃんと話すからね。

 だから、それまで――どうかお願い、無事でいて。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「「……っ!」」

 

 咄嗟にぼくらは後ずさり、ドアに背をつけた。どちらともなく手を握り合う。階下から、シナリオ通りのダドリーの台詞が聞こえてきた。

 

 生き物――だった。生き物としか表現出来ない。

 長い耳に大きな、すごく大きな緑の目。背丈はぼくの胸くらいか。ボロ布を纏い、ベッドの上に立っている。手足は棒みたいに細い。

 こんな生き物、幣原秋の記憶を探ってみたところでお目に掛かったこともない。

 その生き物はベッドから床に飛び降りて、床に額がつくくらい深々とお辞儀をした。

 ハリーがおずおずと声を掛ける。

 

「あ――こんばんは」

「ハリー・ポッター!」

 

 甲高い声に、思わず肩を竦めた。

 絶対今の、下まで聞こえた。

 

「ドビーめはずっとあなた様にお目にかかりたかった……とっても光栄です……」

「あ、ありがとう」

 

 その生き物は――どうやらドビーという名前らしい――ハリーに向かってもう一度低くお辞儀をした。

 そしてぴょこんとぼくに向き直り、そのゴルフボールみたいな目をキラキラと瞬かせて、笑みを浮かべた。

 

「そして……アキ・ポッター様。お噂はかねがね聞いておりました……お会い出来て身に余る光栄です」

「ちょっ、ちょっと、何でぼくの名前を知ってるのさ?」

 

 ぼくはハリーのような有名人ではない。ましてハリーに全然似てもないから、兄弟だって見ただけで分かる人もいない。そして当然、ぼくにこんな知り合いはいない。

 ドビーはぼくに対しても頭を下げると、まるで尊敬するものを見るかのようなキラキラした瞳でぼくを見上げる。すごく居心地が悪い。

 

「アキ・ポッター様は、自分がどのくらい有名なのか、全然ご存知ないのです。少なくともドビーめは、あなた様の名を10年前から知っておりました」

「……はぁ、どうも」

 

 それはそれは。

 ハリーはぼくの手を引っ張ったまま壁伝いに机の方ににじり寄ると、崩れるように椅子に腰掛けた。

 ぼくも机の上に座ると(行儀悪いけど、これ癖だったりする)足を軽くぶらぶらさせる。

 ちなみにぼくが机に座ったせいで、机の近くに置いている鳥かごの中で眠っていたヘドウィグがぱっと目を覚ましぼくにうたぐり深い目を向けた。切ない。

 

「君はだーれ?」

 

 ハリーが尋ねる。今だハリーはぼくの手を握ったままだ。

 

「ドビーめにございます。ドビーと呼び捨てて下さい。『屋敷しもべ妖精』のドビーです」

「あ――そうなの。あの――気を悪くしないで欲しいんだけど、でも――僕らの部屋に今『屋敷しもべ妖精』がいると、とっても都合が悪いんだ……あ、知り合いになれて嬉しくないって訳じゃないんだよ。だけどあの、何か用事があってここに来たの?」

「はい、そうでございますとも。ドビーめは申し上げたいことがあって参りました……複雑でございまして……ドビーめは一体何から話してよいやら……」

 

 ドビーが困ったようにうなだれる。間を持たせるため、ハリーはベッドを指差すと「座ってね」と言った。

 途端、ドビーはわっと泣き出した。思わずドアがある場所に目を向ける。

 階下の雰囲気が一瞬張り詰めた、ような気がした。

 

「す――座ってなんて! これまで一度も……一度だって……」

「ごめんね、気に障ることを言うつもりはなかったんだけど」

 

 ハリーが囁く。と、ドビーは涙に濡れた顔を上げた。

 

「このドビーめの気に障るですって! ドビーめはこれまでたったの一度も、魔法使いから座ってなんて言われたことがございません――まるで対等みたいに――」

 

 なんだか、ハリーが何か言うたびに墓穴掘ってる気がする。

 ベッドに何とかドビーを座らせると、腕を組む。小さくなった屋敷しもべ妖精を見ていると、なんだか切ない。

 

「君は礼儀正しい魔法使いに、あんまり会わなかったんだね」

 

 ハリーが同情を込めて尋ねた。ドビーはこっくり頷いて、そして唐突に「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」と叫びながら激しく窓に頭を打ち付け始める。

 びっくりして、慌ててハリーと二人がかりでドビーを止めた。

 

「一体どうしたの?」

 

 ぼくが尋ねると、ドビーは少し目を回しながら答えた。

 

「ドビーめは自分でお仕置きをしなければならないのです。自分の家族の悪口を言いかけたのでございます……」

「君の家族って?」

 

 ハリーが興味津々といった顔で尋ねた。

 

「ドビーめがお仕えしているご主人様、魔法使いの家族でございます……ドビーは屋敷しもべです――一つの屋敷、一つの家族に一生お仕えする運命なのです……」

「その家族は君がここに来てること知ってるの?」

「滅相もない……ドビーめはこうしてお目にかかりに参りましたことで、きびしーく自分をお仕置きしないといけないのです。ドビーめはオーブンの蓋で両耳をバッチンしないといけないのです。ご主人様にバレたら、もう……」

 

 ドビーは身体を抱くと身を震わせた。ぼくも想像して背筋が寒くなる。

 

「酷い……」

 

 思わず、呟いていた。ハリーも同意見のようで、ぼくの言葉に小さく頷くと再びドビーに向き直り「君を助けてあげられないのかな? 僕らに何か出来る?」と尋ねる。

 しかしこの質問は軽率だった。ドビーがまたしても感謝の雨を降らせたのだ。

 

「お願いだから、頼むから静かにして。おじさんたちが聞きつけたら、君がここにいることが知れたら……」

 

 ハリーが必死で囁く。と、ドビーは潤んだ目をぼくらに向けた。

 

「ハリー・ポッターが『何かできないか』って、ドビーめに聞いてくださった……アキ・ポッターさんも、あなた様方が偉大なお方々だとは聞いておりましたが、こんなにお優しい方々だとは知りませんでした」

「誰に聞いたの、それ?」

 

 ぼくの声に、ドビーは肩を大きく震わせる。

 

「誰がぼくらの話をしてるの? それって、君のご主人様だよね? ……誰なの?」

 

 タンッとぼくは机から下りると、一歩前に踏み出した。ドビーは怯えるように一歩下がる。

 

「あぁ、アキ・ポッター様。お聞きにならないでください。ドビーめはドビーの意思でここに参ったのです。ご主人様は関係ございません……」

「じゃ、誰かは聞かない。……でも、何しに来たの?」

「アキ!」

 

 ハリーがぼくの肩を掴む。ぼくはハリーを振り返った。ハリーが何か言わんとする前に、強い口調で言う。

 

「嫌な予感、しないかい?」

「……え?」

「何かが起こる前兆って言えばいい? とにかく、何かが起きるんだ。そして、それは――ぼくたちの身に、容赦なく降り懸かってくる」

 

 ハリーは黙り込んで、ぼくの顔をじっと見つめた。

 ぼくも迷わず見つめ返す。

 

 

「ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません」

 

 

 ドビーの声が、部屋に広がった。思わずはっとして、ドビーに視線を向ける。

 

「な、なんて言ったの?」

 

 ハリーが、呆然と呟いた。

 

「僕、だって、戻らなきゃ――九月一日に新学期が始まるんだ。それがなきゃ僕、耐えられないよ。僕の居場所はアキの隣で、そしてホグワーツなんだ」

 

 ドビーは激しく首を振る。

 

「ハリー・ポッターは安全な場所にいないといけません。ハリー・ポッターがホグワーツに戻れば、死ぬほど危険でございます」

「どうして?」

 

 ドビーは囁いた。

 

「罠です、ハリー・ポッター。今学期、ホグワーツで世にも恐ろしいことが起こるよう仕掛けられた罠でございます。ドビーめはそのことを何ヶ月も前から知っておりました。ハリー・ポッターは危険に身を曝してはいけません。ハリー・ポッターはあまりにも大切なお方です!」

「僕だって、自分の身以上にアキが大切だ! なのに君の話では、ここに留まらないといけないのは僕一人! 何でだよ!」

 

 ハリーが叫ぶ。

 ドビーと目が合った。縋るような目だった。

 

「貴方さまなら、なんとか止めていただけると思ったのです」

 

 ドビーが囁く。

 

「アキ様はあのお方にもひけを取らない魔力の持ち主でございます。ドビーめは期待したのです。貴方様なら――あの連鎖を止められると」

「……どういう意味?」

 

 ぼくも囁き返した。と、前触れもなくドビーは叫び声を上げ壁に頭を打ち付け始める。

 思わず仰天して、ハリーと二人で引き戻すと、しっかとドビーの腕を掴んだ。

 

「言えないのは分かったから! でも、君はどうして僕らに知らせてくれたの? もしかして――それ、ヴォル――あ、ごめん――『例のあの人』と関係があるの?」

 

 ハリーが尋ねる。ドビーがまた壁の方へ傾ぐのを慌てて留めた。やがて、ドビーはゆっくりと告げる。

 

「いいえ――『名前を呼んではいけないあの人』ではございません」

 

 そしてドビーは、意味ありげにぼくとハリーを――主にぼくを――見つめる。ぼくとハリーは顔を見合わせた。

 

「『あの人』に兄弟がいたかなぁ?」

 

 ドビーは大きく首を振る。

 ハリーはお手上げだと言うように肩を竦めた。

 

「それじゃ、ホグワーツで世にも恐ろしいことを引き起こせるのは、ほかに誰がいるのか、全然思いつかないよ。だって、ほら、ダンブルドアがいるからそんなことは出来ないんだ――君、ダンブルドアは知ってるよね?」

 

 ドビーは頷く。

 

「アルバス・ダンブルドアはホグワーツ始まって以来、最高の校長先生でございます。ドビーめはそれを存じております。ドビーめはダンブルドアのお力が『名前を呼んではいけないあの人』の最高潮のときの力にも対抗できると聞いております。……しかし、でございます。ダンブルドアが使わない力が……正しい魔法使いなら決して使わない力が……」

 

 正しい魔法使いが、使わない力。

 その意味を察して、背筋が凍った。

 ホグワーツで一体、何が起ころうとしているんだ!? 

 

 そんな思考に頭を浸していたからだろうか、ドビーが電気スタンドを引っつかみ自分の頭を殴り始めるのを、止めることが出来なかった。

 ぼくらがドビーを黙らせるのと、一階が静まり返ったのは、ほぼ同時だった。

 

「ダドリーがまたテレビをつけっぱなしにしたようですな。しょうがないやんちゃ坊主で!」

 

 おじさんの声。そして近付いてくる足音。慌てて洋服箪笥にドビーを押し込んだちょうどその時、ドアが開いた。

 

「いったい――貴様らは――ぬぁーにを――やって――おるんだ?」

 

 おじさんはぼくらを交互に睨みつけると、唸るように怒鳴る。

 

「日本人ゴルファーのジョークのせっかくのおちを、貴様らが台無しにしてくれたわ……今度音を立ててみろ、生まれてきたことを後悔するぞ。分かったな!」

 

 おじさんが出て行ったのを確認して、ぼくらはドビーを箪笥から出した。

 

「ここがどんなところかわかった? 僕らがどうしてホグワーツに戻らなきゃならないか、分かっただろう?」

 

 ハリーがドビーに訴える。そしてちょっと目を伏せ「あそこにだけは、僕の――つまり、僕の方はそう思ってるんだけど、僕の友達がいるんだ」と呟いた。

 

「ハリー・ポッターに手紙もくれない友達なのにですか?」

 

 ドビーが言いにくそうに言う。え、と、思わず小さく声を上げた。

 

「多分、二人ともずーっと――え?」

 

 ハリーも気付いたようだ。眉をひそめ、ドビーを見る。

 

「僕の友達が手紙をくれないって、どうして君が知ってるの?」

 

 ドビーはもじもじと落ち着きなく身体を揺すった。

 

「ハリー・ポッターはドビーのことを怒ってはダメでございます――ドビーめはよかれと思ってやったのでございます……」

「君が、僕たち宛の手紙をストップさせてたの?」

「ドビーめはここに持っております」

 

 ハリーは思わず立ち上がる。と、ドビーはハリーの手の届かないところへ逃れると、着ている枕カバーの中から分厚い手紙の束を引っ張り出し掲げた。

 

「ハリー・ポッターは怒ってはダメでございますよ……ドビーめは考えました……ハリー・ポッターが友達に忘れられてしまったと思って……ハリー・ポッターはもう学校には戻りたくないと思うかもしれないと」

 

 ハリーは手紙に手を伸ばす。も、ドビーに阻まれそれは叶わなかった。

 

「ホグワーツには戻らないとドビーに約束したら、ハリー・ポッターに手紙を差し上げます。あぁ、どうぞ、あなた様はそんな危険な目に遭ってはなりません! どうぞ、戻らないと言ってください」

「いやだ! 僕らの友達の手紙だ。返して!」

「それならドビーはこうするほかありません」

 

 ドビーは悲しげに呟く。

 目が追えなかった。目の前からドビーの姿が消え、慌てて振り返るとドアが開け放たれ階段を駆け降りる音。

 ぼくより先にハリーが動いた。遅れてぼくも後を追う。

 と、キッチンで急にハリーが止まった。思わずぶつかりそうになる。ひょっこりとハリーの横から顔を出して――絶句した。

 山盛りのホイップクリームとスミレの砂糖漬けが、天井あたりを浮遊していた。

 呆然とし、慌ててドビーを探す。

 

「あぁ、ダメ……ねぇ、お願いだ……僕ら、殺されちゃうよ……」

 

 ハリーの掠れ声。視線の先を辿ってやっと、ドビーが戸棚の上に腰掛けていることに気付く。

 

「ハリー・ポッターは学校に戻らないと言わなければなりません――」

「ドビー、お願いだから……」

「どうぞ、戻らないと言ってください……」

「僕、言えないよ!」

 

 ハリーが静かに叫ぶ。そんなハリーを見て、ドビーは悲しそうな顔をした。

 

「では、ハリー・ポッターのために、ドビーはこうするしかないのです」

 

 反射的に、左手を伸ばした。杖なしでも魔法が使える力が、ぼくにはあるから。

 でも、結局、使うことは出来なかった。

 退学処分と一時の叱責、それを天秤にかけた。

 それは、きっと『正しい』ことなんだろうけど。

 

 ガシャン、という音に、思わず顔を背ける。

 

 自分の計算高さが、酷く格好悪く思えた。

 

 パチッと音がして、ドビーの姿が消える。食堂から悲鳴が上がり、バーノンおじさんがキッチンに飛び込んで来ても、ぼくらは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 それでも何とかその場を取り繕ったおじさんは凄く立派だと思う。メイソン夫妻に苦しい言い訳をし、ぼくらには虫の息になるまで鞭で打ってやると宣言して、モップをぼくらに手渡した。ぼくとハリーは、お互いがお互いの顔を見ないまま、一言も喋らず黙々とモップで床を擦ることに終始する。

 

 あそこで、もっと上手くドビーから話を聞き出せていれば、こんな結末にはならなかったかもしれない――そんな後悔が、酷く身に染みた。

 

 でも、不幸はここからだった。本当にぼくらは不幸に憑かれてる、あるいは好かれてると言ってもいいかもしれない。

 おばさんが食後のミントチョコを皆に回していた時、突然巨大なふくろうが、食堂の窓から舞い降りると、メイソン夫人の頭の上に手紙を落として去って行ったのだ。

 メイソン夫人は悲鳴を上げながらリビングを飛び出し、何やら喚きながらぼくらの横を走り過ぎ、やがて家から飛び出したようだ。遅れてメイソン氏も奥さんの後を追うように、文句を言いたいだけ言うとこの家を出て行った。

 

 これはぼくたち、死ぬかも。

 

 メイソン夫妻に気を取られていたぼくは、バーノンおじさんが手紙をぼくらの目の前に突き出すまで、ふくろうが運んできた手紙の存在にすっかり気付いていなかったんだ。

 ……いや、気付いてたら何か出来たのか、と問われれば、多分無理、と答えることしか出来ないだろうけど。

 

 思わず、ハリーを振り返った。

 待ち侘びた魔法界からの手紙、しかしハリーの表情は蒼白で、少なくとも喜びの色は伺えなかった。当然か。

 

「読め!」

 

 おじさんが凄む。ハリーが震える手でそれを広げた。横から覗き込んで――そして、不幸はどこまでもぼくらが大好きなことに、絶望する。

 

 それは、魔法省からの、この家で呪文が使われたことに対する、警告の手紙だった。

 

「お前らは、学校の外で魔法を使ってはならんということを、黙っていたな」

 

 恐怖で、絶望で、身体が硬直する。ぴくりとも身じろぎ出来ない程の、圧倒的な――恐怖。

 

「言うのを忘れたというわけだ……なるほど、つい忘れていたわけだ……」

 

 おじさんは残忍な顔で、ぼくらに判決を下す。

 

「さて、小僧ども、知らせがあるぞ……わしはお前らを閉じ込める……お前らはもうあの学校には戻れない……決してな! 戻ろうとして魔法で逃げようとすれば――連中がお前を退校にするぞ!!」

 

 狂ったように笑いながら、おじさんはぼくらを二階へと引きずって行った。

 それは、商談がご破算になったことに対する怒りのようにも、八つ当たりのようにも見えた。

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