新学期。駅の構内は、今でこそ人は少ないが、しかしこれからその数を増していくだろう。
時間にまだ余裕があるためか、人で埋まってる場所はまだ少ない。
父に手伝ってもらいトランクを乗せ、一息ついて車窓から身を乗り出し、セブルスとリリーが来るのを今か今かとわくわくしながら待つ。
「楽しそうだな、秋」
「うん!」
笑顔が零れる。ぼくにそう尋ねた父は「そうか」と言って笑うと、列車にもたれた。
「父さん達、帰らないの?」
「なんだ、帰って欲しそうな口ぶりだな」
心外そうに言われ、そうじゃなくて、と慌てる。
「ちゃんと秋を見送るまでいるさ。しばらく会えなくなるんだ、最後まで一緒にいたいと思うのは当然だろ?」
言われた言葉に、ぼくはただ小さく頷いた。
「それもそうだけど、お母さんは、秋の一番の友達だっていうリリーちゃんとセブルスくんに会いたくってねー。どんな子なんだろ、って、ずっと楽しみにしてたんだよ」
「え、そうなの?」
「そうだよ、しっかり紹介してね?」
母が目を細めて笑う。
友達を紹介……か。色々照れ臭くて、でも何だかこそばゆい。そして、何より嬉しい。
自分にも、そんな友達が出来たことが。
自分が、そんな友達を作れたことが。
嬉しくって、仕方がない。
「……しょうがないなぁ、母さんは」
照れを隠して、頬杖をつく。
そして、何気ない話をしながら、二人が来るのを待つのだった。
◇ ◆ ◇
母の行動は迅速だった。
二人がぼくらのいるコンパートメントに姿を現した瞬間、窓越しにも関わらず腕を伸ばし、まだ荷物も下ろしていない二人の手を、それはもう満面の笑顔で握ったのだ。
「こんにちは! リリー・エバンスちゃんと、セブルス・スネイプくんだよね。幣原秋の母です、秋と仲良くしてくれてありがとう!」
急激な展開の速さにポカンとしている二人に、いたたまれなくなる。ごめん、こんな母親でごめん。
先に現状を把握したのは、やっぱりというか、リリーの方だった。女の子の方が現状把握能力は高いのかな。
笑顔を作りさらりと挨拶すると、荷物を置いて座席に腰を下ろす。そして今だに固まっているセブルスの背中をバシンと叩いた。
そしてようやっとセブルスの時間が流れ出す。
「え、あ、あの……」
顔を真っ赤にさせてセブルスは口ごもる。
「君が、セブルス・スネイプくん? 可愛い子だねぇ」
おっとりとした顔で母は笑う。
それに痛みを覚えたように、セブルスは微かに顔を歪めた。
「……可愛い、だなんて、言われたことない、です」
「あれ? じゃあお母さん、すごく照れ屋さんなのかもしれないね。じゃあ、代わりに私が言ってあげる」
セブルスの腕を引き、身体を引き寄せ片腕を軽く背中に回すと頭を撫でて。
母は、『お母さん』の表情で微笑んだ。
「君は、すっごく可愛くて、すっごくいい子だねぇ」
セブルスの肩に入っていた力が、少し抜けた。母はそのまま身体を離すと、もう一度愛おしむようにセブルスの頭を撫で、そして満面の笑顔でぼくの方に身を乗り出してきた。
「秋はホント、可愛い子見つけてくるのが上手だねぇ。リリーちゃんもすっごい可愛い」
「ねぇ母さん、リリーに『可愛い』って言うのは別に構わないだろうけど、セブルスは男の子だよ? あんまり可愛い可愛い連呼するのもどうなの?」
あ、それもそうか、と母は思い当たったように呟いた。しかし「ま、いっか!」と勝手に自己完結させ、考え事終わりっとばかりに手を叩く。
その時、もう出発するぞ早く乗り込めー、とばかりに汽笛が鳴る。時計を見ればもう11時、さっきの母さんの暴走はなかなかに時間を食ったようだ。
グァコンッ、と汽車のエンジンがかかり、軽くコンパートメントが揺れる。
「じゃあ秋、またクリスマスにね!」
「うん!」
ゆっくりとホグワーツ特急が動き出す。
リリーもセブルスも、ぼくの両親に手を振り返してくれた。
「行ってらっしゃい!」
父が叫ぶ。ぼくも笑顔で、叫び返した。
「行ってきます!」
◇ ◆ ◇
角を曲がり二人の姿が見えなくなって、ぼくはやっと座席に腰を下ろした。
「お前の母さん、変わってるな」
「あはは……ごめん」
セブルスに言われ、ぼくは苦笑いした。
「ホントに。友達のお母さんがあんなフレンドリー、なんて、そうないわよ?」
「フレンドリーを越えてるような気もするけどな。さすがお前の母親だ」
「それどういう意味!?」
セブルスに突っ込む。
セブルスは小さく笑って、ふと外に視線をやると、照れたような顔で、そうっと呟いた。
「……でも、すごく……いい人だな」
◇ ◆ ◇
車のタイヤが軽く地面を打ち、停止した。エンジンが止まってからドアを開け、転がるように車を飛び出す。
小さく息をついて、辺りを見回した。
だいたい朝の5時前くらいだろうか、まだまだ空が仄暗い。
込み上げてくるあくびを噛み殺した。
「アキ、眠いの?」
ロンの問いにこくりと頷く。
車の中で2時間程うとうとしたり寝たりといった、そんな中途半端な時間を過ごしていたためか……非常に寝足りない。
でも、車内のテンションが高すぎたのもいけないんだ……寝たいという欲求より遊びたいという欲求のが勝ってしまう。
「アキは寝る時間も起きる時間も規則正しいからねぇ……こんなイレギュラーなことに弱いんだよね」
ハリーがしみじみと呟いてぼくの頭を軽く撫でる。
「うん……」と頷いて、くぁとあくびをした。
「えっ、そしたらアキはオールナイトをしたことがないと?」
「人生半分は損してるぜ!」
双子が騒ぐも、だって眠いもんは眠いんだもの。夜中の12時を過ぎたら抗えないくらい眠くなるんだもの、仕方ない。
「お子ちゃまだなー」
「お子ちゃまじゃないっ!」
うりうりと頭を撫でてくる双子に眉を寄せ頬を膨らませる。
子供扱いされる程の年じゃないし、この容姿この外見だけで子供扱いされるのは御免だ。
中身で判断されてるのだとすると……そしたら、まぁ仕方ない……かな?
「ほら、騒ぐと見つかるぜ、アキ」
「ホント、だからお子様なんだぜ?」
「ぐっ……」
声を詰まらせ双子を睨む。しかし二人いるので視線が定まらず、結果なんだか中途半端なものになってしまい恥ずかしくなって止めた。
双子の片割れが、打って変わった真面目な顔つきで全員を見渡す。
「さあ、みんな、そーっと静かにニ階に行くんだ。お袋が朝食ですよって呼ぶまで待つ。それから、ロン、お前が下に跳びはねながら下りて行って言うんだ。『ママ、夜の間に誰が来たと思う!』そうすりゃハリーとアキを見てお袋は大喜びで、俺たちが車を飛ばしたなんてだーれも知らなくてすむ」
「了解。じゃ、ハリーとアキおいでよ。僕の寝室は……」
と、ロンがそこで不自然に間を取る。
どうしたんだ、とあくびを噛み殺しながらロンの視線の先を辿った。
ウィーズリーおばさんが庭の向こうから、鶏を蹴散らし猛然とこちらに突き進んで来ている。普段は穏和そうなその顔が、今は般若の形相だ。
鶏が泡を食って夫人の足元から走り逃げ、飛べないのにも関わらず羽根をばたつかせた。
「アチャ!」
「そりゃ、ダメだ」
双子が観念したように呟く。
ウィーズリーおばさんはぼくらの前で足を止めると、ぼくらを――正確にはぼくとハリー以外を――ずずいっと見渡した。
「それで?」
「おはよう、ママ」
重苦しい沈黙に堪えきれなかったように、双子が朗らかに挨拶する。しかし逆効果だったようで、ドッカーンッ! と地雷が爆発した。
「母さんがどんなに心配したか、あなたたち、わかってるの?」
低い静かな声、それなのに恐ろしさを感じるのは、きっと母親の威厳だろう。
「ママ、ごめんなさい。でも、僕たちどうしても――」
「ベッドは空っぽ! メモも置いてない! 車は消えてる……事故でも起こしたかもしれない……心配で気が狂いそうだった……わかってるの? ……こんなことは初めてだわ……お父さんがお帰りになったら覚悟なさい。ビルやチャーリーやパーシーは、こんな苦労はかけなかったのに……」
「完璧・パーフェクト・パーシー」
「パーシーの爪の垢でも煎じて飲みなさい! あなたたち死んだかもしれないのよ。姿を見られたかもしれないのよ。お父さんが仕事を失うことになったかもしれないのよ――」
なんでだろう、ペチュニアおばさんの金切り声よりも、こっちのが数倍恐ろしく聞こえるのは。
ウィーズリーおばさんは声が枯れるまで三人を怒鳴りつけると、ぼくとハリーの方に向き直った。思わずたじろぐ。
「まぁ、ハリーにアキ、よく来てくださったわねえ。家へ入って、朝食をどうぞ」
そう言ってウィーズリーおばさんは家の方に歩き出した。あくびをしたところでハリーに手を引かれ、されるがままに足を動かす。
半分目をつむりながら家に入り、椅子に座らされても尚眠たくて、ハリーの肩にもたれてうとうとする。
「ほら、アキ」
「ん……」
肩を揺すられたが、それでも眠気が覚めない。
ため息をついたハリーが「すいません、どこかに寝かせられる場所ってないですか?」と尋ねる声が聞こえた。
「じゃあ俺たちの部屋に来いよアキ。ロンの部屋にハリーを泊めてさ」
「ロンの部屋に三人入るのは厳しいだろ、俺達の部屋には余裕があるし」
口々に双子が言い、「行くぞ」と腕を引っ張られた。慌てて目を開け、双子に続く。
狭い廊下を通って、ジグザグの階段を上る。と、階段の途中で一人の少女が階段から身を乗り出して台所の方を一生懸命見ようとしていた。
「おいジニー。愛しのハリー様が気になるなら自分で見に行けよ」
「もう、フレッド!」
顔を赤らめて、少女――ジニーはフレッドの胸を拳で叩く。その時ぼくに気付いたようで、「あら?」と声を上げて近寄ってきた。
「どうだジニー、お前より可愛いだろう」
「彼こそ、あのハリー・ポッターがベタ惚れしている弟、アキ・ポッターだ!」
「そしてこっちは俺らの妹、今年ホグワーツ入学のジニー」
ベタ惚れって……そうかぁ?
というかジニー、ぼくより背が高い。今年入学ってことは一個下。
……一つ年下の女の子にまで……切ない。
「あ、この人がアキ? 初めまして! あたしはジニー・ウィーズリー、よろしく!」
手を取られぶんぶん振られる。笑顔でぼくも「よろしく」と返した。と、ジニーはまじまじとぼくの顔を見つめる。
「……な、何?」
思わずたじろぐ。
「……ホントに男の子? 可愛い……どこに泊まる予定? あたしの部屋来ない? スペースなら空いてるわ。その可愛さの秘訣教えて欲しいの」
「い、いや……その。女の子と相部屋は……ちょっと」
何もないと思うけど。何も間違いなんて起こらないと思うけど。
というかそれ以前に恥ずかしい、色々な意味で。
「そうだぞジニー、アキは俺達の部屋に泊まるんだから」
「どうだ、羨ましいだろ」
双子が囃す。苦笑いして「バイバイ」とジニーに手を振り歩を進めた。
数段上ったところで、ジニーに声を掛けられ振り返る。
「……分かったわ。あたし……」
すぅ、と息を吸い込み、静かに彼女は呟いた。
そして、ずびしっ! とぼくに指を突き付け、凛然と告げる。
「あなたを、ハリー・ポッターを巡ってのライバルと認定するわ!」
「…………」
違う!