「え、リリーとセブルスって幼なじみなの?」
「そうよ、家も近所だしね」
ねー、とリリーがセブルスに同意を求めるが、セブルスは照れてそっぽを向いてしまった。
「いいなぁ……」
「そう?」
「だって、いつだって遊びに行けるじゃん。ぼくなんて近くに誰もいないんだよ?」
「秋、日本に住んでるからな」
セブルスが口を挟む。そっか、とばかりにリリーが手を叩いた。
「え、でも日本っていいな! 私も行ってみたい! サムライとかニンジャとかいるんでしょ? 腰にカタナを差してワフクで外を歩くのよね! 秋もカタナ持ってるの?」
「持ってないよ!」
無邪気に問われびっくりする。そうか、英国とかじゃ日本ってそういうイメージなのか。
リリーの頭の中じゃ、日本は今だに鎖国してそうな勢いだ。
「いつの話だリリー。秋は刀も持っていなければ和服だって着ていないぞ。日本への認識を改めるべきだな、秋に失礼だろ」
とセブルス。おぉ、なんかカッコいい。さすがセブルスだ。余所の国への造詣も深いなんて、なんだか尊敬しちゃう。
「日本と言えばアニメとマンガだろう」
「ぼくの尊敬を返せ!」
がっかりだよ! 確かに有名だけどさ!
叫んで立ち上がる。
途端、コンパートメントの入口側の壁がごっそり吹き飛んだ。
……え、嘘、今のぼく? 魔力の暴走?
呆然と立ち竦む。この時間って杖使っていいんだろうか、分からない。というか今ので暴走するか普通! セブルスもびっくりのツッコミだよ! ほら見ればセブルスもリリーも険しい顔で立ってい、て……?
「ポッター!」
リリーが鋭く叫ぶ。つられてそちらに目をやった。
ひゅっ、と一陣の風が、耳元を掠める。
窓にぶち当たった火花は、窓もろとも砕け散った。
「…………」
こえー。
コンパートメントから飛び出したリリーに、つられてついていく。
通路はなかなかの惨状だった。ぼくたちのコンパートメントが一番被害が激しいが、近くのコンパートメントも窓にヒビが入ったりと危険なことに変わりはない。
そんな中騒ぎの元凶はやっぱりというかジェームズ・ポッターで、この前のイケメン君と共に杖で西部劇ごっこの真っ最中だ。
「いい加減にしなさい、ポッター、ブラック!」
リリーが叫んだ。ずかずかと危険地帯に踏み込むもしかし、遊びに没頭しているらしい二人には全く聞こえていないようだ。
「リリー、危ないよ……」
声をひそめてリリーを呼び止める。
「うん、危ないから、あの二人が飽きるまで待ってる方がいいよ、リリー」
聞き慣れない声に、目を向ける。鳶色の柔らかそうな髪に温和そうな表情の少年は、隣のコンパートメントの窓から身を乗り出して、諦めたように小さな笑みを浮かべた。
「でも、リーマス……」
困ったようにリリーは眉を寄せる。放っておけないとばかりに二人を見て、軽く頭を振った。そしてもう一度顔を上げた時には、緑の瞳に鮮やかに意志の光が浮かんでいた。
「止めてくるわ。ぶん殴ってでも」
そしてスカートを翻し歩いて行く。その背中を、ただただ見つめた。
「カッコいい……」
そこらの男子よりも普通にカッコいい。ぼくが女だったら惚れちゃいそうだ。
「リリーは凄いねぇ」
尊敬したような声音で、少年――リーマスは肩を竦める。
と、そこでリーマスの腕と身体の隙間から、薄い茶色の髪の毛に小柄な体躯の少年が顔を覗かせる。不安そうにジェームズ・ポッターらを見つめていたが、視線に気付いたのか小さく肩を震わせてぼくを見ると、ぱっとリーマスの後ろに隠れてしまった。
見かねたようにリーマスは苦笑いをすると、肩を竦めてぼくに笑いかける。
「ごめんね、ピーターってば人見知りが酷くって。僕はリーマス・ルーピンで、こっちがピーター・ペティグリュー。あっちの眼鏡がジェームズ・ポッターに、で、最後がシリウス・ブラック」
「あ、ぼくは……」
名乗ろうとしたところで、小さな声に遮られた。
見るとさっきの少年――ピーターが、リーマスの背中にへばり付くように顔だけを出してこっちを覗いている。
「知ってる、よ……幣原秋くん……でしょ?」
それだけ言って「はわっ」と慌てたようにリーマスの後ろに隠れるピーター。照れ屋なのだろうか、なんにせよ目が合った瞬間隠れられるのはちょっと虚しい。
「……って、どうしてぼくの名前を?」
「んー、まぁ君はどうしても目立つしねぇ。名簿の中で一人だけローマ字表記だったら、いやがおうでも目に止まるだろう?」
「…………」
ごめん、ぼくの目にはどっちも同じアルファベットの羅列にしか見えないや。
「ま、他にも理由はあるんだけどね」
「他にも? 何、それ」
あのね、と楽しげに微笑んでリーマスは口を開きかけたが、凛としたリリーの声に遮られた。二人してそちらに目を向ける。
「いい加減にして、ポッター! 人の迷惑ってものを考えなさい!」
「なんだエバンズか。今こっちは忙しいんだ、後にしてくれ」
「なんですって! あなたねぇ……」
拳を振り上げ叫ぶリリーの背後で、シリウス・ブラックが物陰から身を躍らせた。杖を振り下ろした途端、ジェームズとの直線上にリリーがいることに今気付いたのだろう、端正な顔が驚きに歪む。
「リリー!」
赤い閃光が、リリー向かって迸った。
――反射的に身体が動いたのは、ぼくに言わせれば奇跡に近い。なんせぼくは、からっきしとまでは言わないけど、運動は苦手な方だったのだから。
でも、それを奇跡と呼びたくない自分がいるのは――偶然だと言いたくない自分がいるのは。
やっぱりさぁ。
女の子を守りたいっていう男の本能みたいなのが、あるからなのかもしれないね。
「Protego!」
目前で火花が離散した。閃光が幾筋にも分かれ、細くたなびくと、やがて消える。
小さく息をついて杖を戻し――静まり返った空気にはっと我に返った。
「……あ、えっと」
こういう時上手く言葉が出ない自分がもどかしい。頭が真っ白になって、何を言っていいのか分からなくなる。
つかつかと険しい顔で、ジェームズ・ポッターがぼくに近付いてきた。後ずさることも忘れ、その場に根が生えたみたいにぼうっとつっ立ってしまう。
背が思っていたより高い。眼鏡の奥のハシバミ色の瞳に、身体が竦んだ。
「……君、幣原秋だよね?」
フルネームで呼ばれ、こっくりと頷く。と――ジェームズ・ポッターは破顔した。瞳を輝かせ、晴れやかな顔でぼくの手を取るとぶんぶんと大きく振る。
「初めましてっ、僕はジェームズ・ポッター、ずっと前から君と話がしてみたかったんだ!」
「……へ?」
まぁ、ひとまず、その……何だ。
新たな友人が、出来ました。
◇ ◆ ◇
ウィーズリー家での生活は、ダーズリー家とは全く違って面白かった。
双子と悪巧みしたり、ロンとチェスしたり、モリーおばさんに何回もお代わりさせられたり、アーサーおじさんにマグルの生活について質問されたり、ジニーに追い回されたり……はさておいて、今までの中ですっごい充実した夏休みだった。
ある日、いつものように双子と三人で花札(花札! 英国にこれが存在し、かつ魔法界に根付いていることには驚かされた)をしていると、大きな包みを抱えたふくろうがぞろぞろとぼくらの今いる部屋に飛び込んできて、部屋の空いているスペースに大量の荷物を運び込んできた。
その数と言ったらなんとまぁ、20は軽く越えていただろうか。
想像して欲しい、自分の部屋にふくろうが20匹いる情景を。足の踏み場もない上に、丁寧なことにぼくを見ていちいち威嚇してくるもんだから、なんかもう、心が折れそう。ぱきっと。
「何だいこりゃ」
「双子のじゃないの?」
「アキのじゃないか?」
首を傾げながらも荷物を引き寄せ開けると、『誕生日おめでとう』と書かれたカードを添えて綺麗にラッピングされたプレゼントがあった。
「アキのじゃないか」
「ハリーのもあるぞ」
差出人はハーマイオニーで日付は2週間前、ぼくとハリーの誕生日の数日前だ。
あれ? 確かその頃、ドビーが手紙止めてなかったっけ? と首を傾げながらも、双子の片方にハリーを呼んでもらえるよう頼むと包みを開ける。
ハーマイオニーにロン、そして予想外にもアリスからのもあった。
まさかあいつがぼくの誕生日を覚えていたなんて! と感慨深くなる。
サプライズはもう一つ。スネイプ教授もプレゼントを贈ってきてくれたのだ。あれはびっくりした、びっくりして宛名三回は確認したもん。
凄く重くて分厚くて、これは本だ、との予想通り本だった。
しかし、スネイプ教授がプレゼントで贈りそうな本のタイプとは正反対で――『魔法薬学大全』とか『実践黒魔術』とかそういった感じの実用書とは丸っきり別物の、何と言ったらいいのだろう、アイドル? みたいな人が白い歯を見せつけている写真が表紙の、何だろう、主婦向け? な本が贈られてくるとは思いもしなかった。
じ、実は好きなのかな! と顔を強張らせると、天からの助けとしてメッセージカードが目に入った。飛び付くように開くと、そこにはそっけなく『今年度の闇の魔術に対する防衛術での教材だ。君が買うまでもない。金をドブに捨てる行為を黙って見ておけなかっただけだ』と、さらりとした筆記体で書いてある。
スネイプ教授がここまで授業の教材をけなすなんて……うん、考えないようにしよう。
5つ目のものを開けると、ドラコのだった。
『僕のところの屋敷しもべが迷惑なことをしてすまなかったな。
この大量の荷物について聞き出すと君のところだというので、こちらから送り直しておく。よい休暇を過ごしてくれたまえ。
――そして、誕生日おめでとう、アキ。
PS.ちなみに僕らはこのバケーションでアテネの方に行ってきたぞ。写真を同封する』
手紙でも高飛車なのは変わらないとくすくす笑っていると、双子の一人が一体何が面白いんだと覗き込んできた。
「この手紙はもしかして、あのマルフォイ家のご子息からではないですかな?」
「ダメですぞ殿下、悪い子と付き合っちゃあ!」
双子が騒ぐのに肩を竦めて、ぼくは顔を引き締めるとドラコの手紙の内容に目を細める。
ドビーはマルフォイ家の屋敷しもべ妖精だった。
でもドビーは、あの日ぼくらのところに来たことはご主人様からの命令じゃないって言って、ぼくらに何かを――危険を――知らせようとしてくれていた。とすると考えられるのは――
と、そこで同封すると書いてあった写真の存在を思い出した。封筒から引っ張り出し、そして――稲妻に撃たれたような衝撃が脳天から爪先まで一気に走る。
「――畜生っ!!」
突然の叫び声に、今にも部屋に入ってこようとドアノブに手を伸ばしていたハリーはその体勢のまま固まり、今入っていいものか真剣に悩んだ、らしい。
双子は唖然とぼくを見つめ、ぼくのあまりの真剣さ、絶望さに一言も茶化すことが出来ずただただ黙り込んだ、という。
台所で料理の手伝いをしていたジニーは、ぼくの大声に驚いて指を切ってしまったと聞いた。申し訳ない。しかしそんな周りのことも気に出来ないくらい、ぼくは一枚の写真に呆然としていたのであった。
「アクアとのツーショット、だと……!?」
恐るべし、家族ぐるみのお付き合い。