【完結】空の記憶   作:西条

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第7話 悪戯仕掛人

「幣原秋? 誰、それ」

 

 時は、さかのぼること数ヶ月。雪は降らなくなったものの、まだ冷え込みの強い、三月の半ばの話。

 リーマス・ルーピンの呟きに、尋ねた本人であるジェームズ・ポッターは大袈裟に驚いた顔をした。

 

「彼の名前を知らない! そんなことじゃ君、モグリだと思われても仕方ないぜ!」

「…………」

 

 イラッとしたが、笑顔で堪えた。見兼ねたようにシリウスが「ジェームズが今ご執心の奴だ」とリーマスに告げる。

 

「なんだ、ジェームズが好きな子か。一体どんな子なんだい?」

 

 今の名前の響きからして、おそらく東洋人――日本人か。そんな子ウチの寮にいたっけ? と記憶を探るも、ジェームズの「ノンノン! 女の子じゃないんだなこれが!」とやけにテンションの高い声に遮られる。

 

「え、じゃあ何、男? ジェームズそんな趣味あったの近付かないでくれる気持ち悪いんだけど」

「リーマス酷いよ! そして違うからね!」

 

 眉を寄せ横目でジェームズを見ながら身体を遠ざけてみると、ジェームズは必死な表情で身を乗り出してきた。

 嫌だなぁ、冗談なのに、そんな顔しないでおくれよ僕が本気で言ったように思われるじゃんか。

 

「……幣原秋は……レイブンクローの生徒、だよ……」

 

 小さな声に振り返ると、怯えるようにピーターは小柄な身体を震わせた。もう一緒に行動し始めて半年以上経つと言うのに、相も変わらず怖がったような態度は変わらない。

 ……いや、これでも随分改善されたんだった。最初は目すら合わせてくれなかったからなぁ。

 

 この四人組――もとい悪戯仕掛人は、元はと言えばたまたま寮の部屋割がこの四人だったため発生したに過ぎない。

 ジェームズとシリウス、という目立つ二人に、たまたま自分とピーターがくっついた――そんなイメージを、リーマスは持っていた。

 だから――他のメンバーがどう思っているかは分からないが、少なくとも自分は――まだ、このメンバーでいることにしっくり来ない。

 正直、ジェームズとシリウス二人だけでいいんじゃないか、自分は必要ないんじゃないか、と思ってしまう。

 ただ、目立たずひっそりと平凡に、学校生活を送るつもりだったのに。

 

 うっすら残る手の甲の傷に、目をやった。

 見慣れた自傷の痕に、感情が渦巻く。

 

 ――気付かれては、いけないのだ。

 

 気付かれては――

 

「ほらリーマス! ピーターだって『彼』の存在を知ってたぞ!」

 

 ジェームズの声に、我に返った。咄嗟にセーターを引き伸ばし手の甲を隠すと、「というか、誰なの? その人」と尋ねる。

 

「リーマスも見かけたことはあると思うよ。闇の魔術に対する防衛術とかで同じクラスだしね。覚えてないかい? いつもわざわざ影の薄い後ろの席を選んで座る癖、授業中は誰よりも真剣なんだ。先生の言うこと一字一句漏らすもんか、みたいな危機迫る眼差しでね。背が低くて黒髪で、髪の毛ここで結んでる奴」

 

 ジェームズは自身の頭の後ろに握り拳を当て、場所を示してみせる。あぁ、と、そこでようやっと思い至った。

 

「そう。『呪文学の天才児』、幣原秋」

 

 リーマスの思考を読んだように、静かにジェームズは口を開いた。

 眼鏡の奥の瞳が煌めく。

 

「その名が示す通り、呪文学の成績はすこぶる優秀だそうだ。といってもまだ授業内での小テストくらいしか行われていないものの……噂では、今度の学年末テスト、総合はともかく呪文学は彼がぶっちぎりでトップだろう、とね」

「ぶっちぎりって……君やシリウスよりも?」

 

 頭がすこぶる優秀なこの友人達は、勉強している様子もないのに澄ました顔をしてトップを取り続けている。頂点に当然な顔して居座る、そんな彼らを脅かす存在がいるのは上手く想像出来なかった。

 

「どんな子なんだい、その幣原くんは?」

 

リーマスの問いに、しかしジェームズはオーバーに肩を竦め、両手を上に上げた。

 

「分からないんだ」

「分からない? どうしてさ」

「今まで一度もしゃべったことがないからだよ」

 

 ますます不思議に思って、リーマスは首を傾げる。

 

「珍しいね、ジェームズ・ポッターともあろう人が、どうして話し掛けに行かないの?」

「……それは、その……」

 

 珍しく口ごもるジェームズに代わって、シリウスが口を挟んだ。

 

「避けてんだよ、他人に関わることを。幣原クンは、徹底的に」

「そ、そうなんだよ! まともに話す奴なんて、エバンズとレイブンクローの数人と……後、スリザリンの……誰だっけ?」

 

 気を取り直したようにジェームズが身を乗り出す。執り成すようにシリウスが「スネイプだろ、あの陰気臭い奴」と補足した。

 

「へぇ……どうして?」

 

 さぁ? と、ジェームズとシリウスは揃って首を傾げる。

 

「……前、いじめに遭ってたからだよ」

 

 ばっと、三人は一斉に、声の主であるピーターを振り返った。ひぇっと小さく声を漏らし、ピーターは慌てて手近にあった毛布を引っ被る。

 

「おいピーター、いつまでテメェはっ、俺らにビビればっ、気が済むんだっ!」

「はわっ! や、やめ、シリウス……!」

 

 業を煮やしたシリウスは、ずんずんと大股でピーターの元まで歩み寄ると、被った毛布を掴み引っ張った。

 剥ぎ取られては敵わないと渾身の力で応戦するピーターに、シリウスも熱が入る。

 

 何だかんだで戯れる二人を横目に、リーマスは口を開こうとジェームズを見た。

 しかしジェームズの表情があまりに真剣なのに、思わず言葉が迷子になる。

 口元に指を当て、眼鏡の奥の瞳を細く眇め、ジェームズ・ポッターは何かを考え込んでいるようだった。

 

「……いじめ……いじめか……僕らだから避けられてる訳じゃなかったんだ……じゃあ……」

「……ジェームズ?」

「でも、どうやって……何?」

 

 笑顔で、ジェームズは顔を上げた。

 言おうとしていた言葉を飲み込み、代わりにリーマスは尋ねる。

 

「彼を仲間悪戯仕掛人に引っ張り込む算段?」

 

 元々ジェームズが始めたようなこのグループ、ジェームズリーダーが引き入れたいと願うなら、リーマス達はそれに従うまでだ。

 しかし、ジェームズは首を横に振った。

 

「彼は、悪戯仕掛人には引き込まないよ」

「……どうして?」

 

 だってさ、と、ジェームズはいつものように、清々しい、本心からの笑顔であることを見る者に感じさせるような、明るい微笑みを浮かべた。

 

「悪戯仕掛人は永久に、この四人だけのものだ。他の誰にも名乗らせない、世界最高のエンターテイナーなんだから。ひょっと出の奴に、そんな題目名乗らせないさ」

 

 改めて、リーマスはジェームズを見る。

 そして下を向いて、小さく笑った。

 

「世界最高とは、大きく出たもんだ」

「なぁに、僕らなら世界も取れる。シリウスもそう思うだろ?」

 

 もはやピーターと遊んでんのか虐めてんのか分からない程ピーターをもみくちゃにしながら、シリウスが「おうよ相棒!」と調子よく言う。

 ピーターが、悲鳴とも笑いとも付かない声を上げた。

 

「……うん、そうだね、その通りだ」

「だろ?」

 

 ジェームズが、どうしてこの四人で悪戯仕掛人というグループを作ろうとしたのか、その理由は分からないけれど。

 これから先の学生生活は、何より楽しく、ずっと思い出に残るような、かけがえのないものになるだろうと思った。……思えた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ハリーを発見したとの情報が入り、ぼくとアリスは集合場所であるグリンゴッツで皆と合流した後、教科書を買うためにフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かった。

 

 分かれるタイミングを失い、居心地悪そうにアリスは背を丸めてぼくらより一、二歩遅れてついてくる。目つきが元々悪い上にその姿勢だから、ロンなんてびびっちゃってアリスから距離を置こうと早足で歩いてみたりして、先程出会ったハーマイオニーに「迷子にでもなるつもり!?」と怒られてる。

 

 ぼくとハリーはアリスを間に挟むと、場の空気を明るくしようと軽口を叩いたり冗談を飛ばしたりしていた。

 こういう時、何も話さなくても、ハリーはぼくがしたいことをすぐに理解し、合わせてくれる。双子であること、家族であることが、ありがたく、頼もしく、嬉しい。

 

 ……それに、ぼく一人だったら、きっとアリスと上手く話せなくてぎくしゃくしていたと思う。

 

 ちらりとアリスを見上げた。お父さんに殴られた頬の傷は、そう目立たない。目元の皮膚が薄い部分が、微かに赤く腫れているくらいだ。

 時折眉をひそめる仕草を見せるので、少し痛むのだろう。

 

 確かに、先程のアリスの暴言は目に余るものがあった。

 でも親がそう簡単に、子供を、しかも顔を、グーで殴るものだろうか。子供のケンカじゃあるまいし。

 

 視線に気付いたのか、アリスがぼくに目を向けた。

 ぼくが何も言い出さないのが分かると、不機嫌そうに眉を寄せ、小さく舌打ちすると前を向く。足元の小石を、ぞんざいに蹴り飛ばした。

 

「…………」

 

 どこまで深入りしてよいものか。

 どこまで踏み込んでいいものか。

 基準が、分からない。

 関わっていいものか、知らんふりを決め込むべきか。

 

 たかが友達、されど友達。向こうが困ってたり悩んでたりしていたら、手を貸したくなってしまう。

 ……でも、所詮友達なだけで、そんな図々しく他人の問題に首を突っ込むのもお節介な気がする。アリスも、自分のテリトリーに勝手にずかずか上がり込まれるの、嫌いなタイプだし。

 

 ……難しいなぁ。

 

「……うわ、人、多……」

 

 ハリーが二つ隣で呟いた。目を上げると、そこには確かに黒山の人だかり。何で本屋にこんなに人が? と疑問に思ったか、それもすぐに納得した。

 

『サイン会

 ギルデロイ・ロックハート

 自伝「私はマジックだ」

 本日午後12:30~4:30』

 

「奥様方、お気をつけくださーい! 押さないで順番にお並びください!」

 

 本屋のバイトさんなのか、若い魔法使いが数人、あちこちに散らばってお客さんの列を整えている。

 並んでいる人はほとんどが女性で、主婦くらいの人ばかりだ。

 よりにもよって、サイン会の最中に来てしまうとは。

 

「タイミング悪……」

「あら、アキ、()()()あなた、彼の凄さが分からないって言うんじゃないでしょうね? 素晴らしいわ、だって新しい教科書のほとんどが彼の本なんですもの」

 

 ハーマイオニーが嬉々として話すのに、苦笑いをした。

 ……あれが教科書? ただの娯楽本としてなら読めなくもないが、というかあの本のどこから学べと言うんだ? 

 誕生日プレゼントとしてスネイプ教授が贈ってきた『ロックハート詰め合わせ』は、まぁ確かに役に立った。あんなくだらない――もとい、役にたたないものだということが分かったのだけでも儲けものだ。

 今年の闇の魔術に対する防衛術の教授は彼のファンなのだろうか。

 

 ハーマイオニーに引っ張られ、不本意ながらもサイン会の列に並んだ。

 脇に山積みにされていたロックハートの著書を、何の気なしに一冊掴んで値段を見る。

 ……と、目玉が飛び出るくらい高くて唖然とした。誰だ値段設定した奴は、物の価値が分かってない愚か者め! 

 

 同時に、ウィーズリー家の家計が心配になってきた。

 ホグワーツの学生が5人ってことは、すなわち掛かる学用品の値段も5倍ってこと。決して裕福とは言い難いウィーズリー家(これ婉曲表現ね)に、育ち盛りの男二人が転がり込んでいるこの状況下、やはり圧迫している家計分は返すべきだろう。

 ぼくは自分で買うとして、スネイプ教授からのロックハート詰め合わせは双子に謹呈するとしよう。

 

 そう一人で頷いている間にも、列はどんどん前に進んでいく。

 やがてロックハートご本人の姿が見えるようになった。

 服のセンスは、悔しいけれども悪くはない。顔も、今のぼくのように斜に構えた態度でもってしても咄嗟に欠点が出て来ないレベルには整っている。

 ……まぁ確かに、ぼくにはロックハートを嫌う理由はないんだけど。娯楽本を教科書と称し高い金を払わせる、新しい闇の魔術に対する防衛術の教授に対して苛ついてるワケだし。

 

「痛っ!」

 

 ロンが呻いて、じとっとした目で、ロックハートをあらゆるアングルから撮り続けるカメラマンを睨みつけた。

 しかし、カメラマンはどこ吹く風と言った体で、「日刊予言者新聞の写真だから」とうそぶく。

 

「それがどうしたってんだ」

 

 ロンが吐き捨てるも、カメラマンはシカト。しかしロックハートには聞こえたらしく、ん? とした表情で顔を上げた。

 そのまま辺りに目を遣り――やがて、ある一点で止まると、いきなり立ち上がって叫ぶ。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 

 あぁ、またか、と、ぼくの兄貴は額に手を当て、小さく呟いた。

 人垣がさっと割れ、あれよあれよという間に前に引っ張り出されるのを、苦笑いして見送る。

 

 ハリーの有名人っぷりは、何も今に始まったことではない。

 道を歩けば知らない人に手を掴まれ感動され、店に入れば握手会が始まることもざらにある。

 ヴォルデモートを倒したというのは、それだけ凄いことなんだとは分かるけれども、ハリーは不本意のようだ。まぁそうだろう、物心つく前にやったことなのだし、実感なくて当然だ。

 

「皆さん! なんと記念すべき瞬間でしょう! 私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほどふさわしい瞬間はまたとありますまい!」

 

 ハリーの肩に腕を回し、完璧スマイルでロックハートが辺りを見回した。ハリーは苦虫を100匹ほど噛み潰したような表情で、あらぬところに視線をさ迷わせている。

 

「ハリー君が、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に本日足を踏み入れたとき、この若者は私の自伝を買うことだけを欲していたわけであります――それを今、喜んで彼にプレゼントいたします。無料で――」

 

 ロックハートの声に、熱烈な拍手が上がった。小さく肩を竦め、「ロックハートってどう思う?」とアリスに尋ねようと振り返る。

 しかしさっきまでアリスがいたはずのところに本人はいなくて、慌てて辺りを見回しアリスの姿を探した。

 出口へ向かうアリスの背中を見つけ、人混みを掻き分け追いすがる。

 

「待っ……待ってってば! まだ何も買ってないじゃん!」

「あんな男の書いた本、中身もスカスカに決まってんだろ」

 

 アリスは振り返りもしない。そのままずんずんと足を進めていく。

 ……とっさに「そんなこたぁないよ」と反論出来ないのがつらい。

 

「で、でも! 一応学校指定の教科書なんだから、ちゃんと揃えないと」

「……はぁ」

 

 アリスは苦り切った表情で振り返ると、ちらりとロックハートを見、「最悪……」と呟いた。

 

「そ、それにさ! 内容なんて読んでみないと分からないし! 書いた人は確かにあの人だろうけどさ……」

 

 ぼくの必死のフォローに、にもべもなく「読んだことあるから」と返すアリス。……なら、内容の酷さも重々承知って訳だ。なおさら引き留めるのが難しくなってきたぞ。

 

「……あ」

 

 その時、アリスが小さく声を漏らした。視線はぼくの頭上に向けられている。

 思わず、身体を捻って後ろを見上げた。

 

「……おや、奇遇だな、フィスナーの息子。父親はどうした、いないのか?」

「……どうもっす、ルシウスさん」

 

 長い金髪に、黒いローブ、さりげなく高級感のあるカフス。歳の頃はぼくらの父親くらい。纏うオーラは重く、どことなくスネイプ教授と通じるところがある。

 

「親父はいませんよ……ルシウスさんこそ、どうしてここに?」

「あぁ、ドラコの学用品を揃えにね。……しかし残念だ、お前の父親に伝えたいことがあったのだが」

 

 ドラコ、という単語に、ぴくりと反応した。ひょっとして……ドラコの父さん? 

 そう思って見てみると、他に考えようのないくらいにそっくりだ。

 

「……親父に用事なら、本人に直接伝えた方がいいっすよ」

「本当に、君ら親子は不仲だな。昔が懐かしいよ、どこに行くにも父親っ子だった君が」

「……その話なら、止めてください」

 

 アリスが硬い声で遮る。ドラコの父親――ルシウスさんは「それは失礼」と慇懃に笑った。

 

「それでは、私はこれで。お父上によろしくな」

 

 アリスの目が微かに細められる。拳を身体の横でぎゅっと握った。

 思わずどきりとするが、しかしアリスは小さく息を吐くと手の力を緩め、「さようなら」と静かに返す。

 

 ルシウスさんはすっと背を向けかけ――突如、何かに驚いたように向き直った。

 ずんずんと近付いてきて、ぐわしっ、とぼくの肩を掴む。

 あまりに唐突なルシウスさんの行動に、後ずさりどころか身じろぎ一つ出来なかった。

 

「……名を名乗りたまえ」

 

 低い声で、ルシウスさんは呟いた。刺すような鋭い視線に動揺する。

 どうしてそんな真剣にぼくなんかの名を尋ねるのかが分からなくて、戸惑った。

 

「えっと……アキ・ポッターです」

「秋?」

「え?」

 

 強く肩を揺さぶられ、目眩がする。

 

「……幣原秋の血縁か何かか?」

「えー……多分、違うと……」

「まさか!」

 

 ……んなこと言われても……一応ぼくはハリーの双子の弟で、ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターとの間に生まれた子であって、幣原とは血の繋がりはないのであって……多分、一応、戸籍上では。

 じゃあ一体、ぼくと幣原はどんな繋がりがあるのだろう? 

 

 その時、遠くから「父上!」という声が聞こえた。

 ルシウスさんは弾かれたようにぼくの肩から手を外す。そして、やがて人込みを掻き分けやってきたドラコに、強張った笑顔を返した。

 

「父上、ここにいたんですか、探したんですよ。……あ、アキと……フィスナーもここにいたのか。買ったか君ら、早めに行かないと売り切れる勢いだぞ。何せ、ホグワーツの全生徒がこれを買いに来るんだからな……」

 

 ドラコの両手一杯のロックハートの本を、ルシウスさんは受け取ると丁寧に鞄の中に詰め込んだ。荷物がなくなって軽くなったことを示すかのように、ドラコは小さく肩を回す。

 

「……行くぞ、アキ」

「あ……うん」

 

 アリスに促され、ようやっと視線をマルフォイ親子から外す。

 ルシウスさんと目を合わせないように注意しつつドラコに手を振ると、アリスの隣に並んだ。

 

「……畜生め」

 

 小さな声で、アリスは吐き捨てる。

 眉を寄せ苦しげに前を見つめるその姿が、何だかとても痛々しかった。

 こっそりとアリスを盗み見て、うなだれて自分の足元を見つめる。

 アリスはその日、ずっと不機嫌そうに黙り込んでいた。

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