【完結】空の記憶   作:西条

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第9話 セカンド・メット

 新学期が始まっても、学年が一つ上がっただけで別段何も変わりのない毎日が始まった。

 変わったことと言えば、使ってる教科書が変わったり、先生が多少違っていたり、後輩が入って来たりといったことだけ。どれもこれも今までと違ったところはなく、ぼくは、その中で唯一の大イベントである(気がする)ジェームズ・ポッターからのお誘いの日を心待ちにしていた。

 

『日曜日午後2時、東の賢者の石像前』。

 

 彼、ジェームズ・ポッターから言われた言葉を、もう一度胸の中で繰り返す。今日は金曜日、お誘いの日まであと二日ある。

 そんな中、ぼくは図書館にて本を探していた。

 何を探していたのか、と問われれば……。

 

(やっぱ、手土産くらいは持っていった方がいいかなぁ)

 

 THE・日本の心。ぼくは大まじめだ。

 しかし、手土産といってもぼくはお金を持っていない。あるとしても小学生の小遣いレベルのチープなものだし、そんなんで何か買ったところで、何の面白みもない。

 そこで、ぼくは手軽な、いわば一発芸感覚で使える魔法ってないかなーと、ここ、図書館にて探していた次第である。

 

(実際、ジェームズ・ポッターがぼくに興味を持つなんて、このずば抜けた魔力がなかったら有り得なかった訳だし……)

 

 ならば、魔力を手土産にするのは妥当というものだろう。

 

「水が湧く魔法? 後片付けが大変じゃん……没」

 

 パタン、と手元の本を閉じた。本棚の元の場所に戻すと、さて、と上を向く。

 OWL試験(初級レベル)までの本はあらかた読み尽くしてしまった。後は上級生用の書物なのだが……ふむ。

 

 無理だと思うも、一度手を伸ばしてみる。

 ……届かない。

 全身全霊で背伸びをしてみる。

 ……これもダメか。

 

 ふう、と額の汗を拭うと、腕を組んだ。目線より遥か上にある棚を睨みつける。

 考えてみようじゃないか。

 上級生の書物。しかしそれは、現在2年生であるぼくにとってそうであるだけで、6年生にとってみれば何のことはない、普通に授業で使うしテストに出るレベルのものである。つまり、『上級生の書物』とは相対的なものなのだ。自分の年齢によって、同じ書物が『下級生の書物』にもなりうるということ。そして、その書物は大抵の場合、実際に授業で使いテストに出る学年に所属している学生にしか必要とされないのである。よって、そこから導き出される結論は、ただ一つ。

 

「ぼくも六年生になれば、あれくらい普通に平気に背伸びもせずに、タイトルだって斜め読めちゃうぜくらいの目線の高さになって簡単に手に届くくらい背が伸びている……!」

 

 やばいね! 

 あと4年で35センチか! 

 ……1年で8.75センチ? ちょっと待て、ぼくは去年確か3センチしか……

 …………。

 成長期という奇跡を、信じよう。魔法があるんだ、奇跡だってきっと起こる! 4年後にはぼくだって身長180センチ越えのイケメンになるんだい! スポーツだって万能で女の子にキャーキャー言われてやるんだい! 

 

 その時、ぼくの頭上を誰かの腕が通った。その腕はぼくが見つめてやまない棚の、焦がれてどうしようもなかった書物に軽々と触れ、何の抵抗もなく引き抜いた。

 …………あ。取られた。

 

「…………」

 

 どうして背が小さいというだけでいわれなき迫害を受けにゃならんのだ、そもそもこの図書館、脚立を用意しておけと何度言ったら……いやそれよりも……

 慌てて、ぼくは振り返った。

 

「どうぞ、可憐なお嬢さん」

 

 目の前に差し出された本と、唐突に降ってきた台詞に、ぼくの思考はしばしフリーズをする。

 

「欲しかったんだろ? そういう時は周りを頼ってもいいんだぜ。近くにこんな頼りがいのある男がいるってのに……。ま、そういう女の子、俺好きだよ」

 

 すっと通った鼻梁、涼しげで綺麗な二重の瞳、音を立てて揺れる黒髪。整った顔立ちを引き立てるかのように、程よく緩められた制服。第二ボタンまでが開いたその首に締まっているのは、金と赤グリフィンドールカラーのネクタイ。

 よく見ると案外幼い顔してんだけど、その幼さと色気がいい案配に混ざり混ざって、普通の人には出せないイケメンオーラを平然と振り撒いている。

 というか。

 

(シリウス・ブラックじゃんかよ!)

 

 血の気がさぁっと引く。まずい、この状況は非常にまずい。女子だと間違えられたこともショックだし、人生初のナンパ(?)が同性だということも中々トラウマチックだ。しかし、更にまずいことがある。

 

(何でぼくの顔覚えてないんだ、このイケメンは!)

 

 アンタらのトップがぼくに声掛けたんじゃん! 

 日曜日午後2時東の賢者の石像前の約束はどうなんだよ! 

 

「うっわ、難しい本読んでんねー。何年生?」

 

 アンタと同じ2年だよ! とも言えず、うぅ、と後ずさった。と、逃がさないとでも言うように、シリウス・ブラックはぼくの肩のすぐ横に手をつく。本棚にピッタリ背中をつけ、ぼくは目線をさ迷わせた。誰か、誰か知り合いはいないものか……。

 しかし、友人なぞこの学校では両手の指で事足りる程しかいないぼく、そう簡単に遭遇なんて出来る訳がない。

 しかも、シリウス・ブラックが並外れたイケメンという事実が女の子達の嫉妬を掻き立ててしまったようで……ああぁ、睨まないでってば。どうかぼくと代わってくださいお願いします。

 

「その色のネクタイ……ってことは、レイブンクローなんだ。頭良さそうだもんな。こっちの方じゃあまり見ない顔だけど、もしかして外国から来たの?」

 

 迫ってくるシリウス・ブラックに、思わず肩を縮めた。ダメだ、怖い。知らない人に無遠慮に距離を詰められることが、触れられることが、怖い。

 思い出してしまう。

 自分が相手を傷つける力を持っていることを、否応なしに自覚してしまうから。

 それが好意であれ、敵意であれ。

 ぼくの心が、堪えられない――

 

「ブラック! その子嫌がってるでしょ、離れなさい!」

 

 唐突に響いた声に、我に返った。舌打ちと共に腕が離れる。

 ……助かった? いや、それよりも……。

 

「別に嫌がってなんかねーって。本取ってあげたんだぜ? 俺」

「じゃあさっさと渡してあげて離れなさいよ!」

「あー……はいはい。うるっせぇな……」

「図書館でナンパするような非常識には言われたくないわ! ……それよりあなた、大丈夫? 変なことされたりは……」

 

 そこで、彼女は絶句した。覚悟を決めて、ぼくは彼女――ぼくの数少ない友人の一人、リリー・エバンスに笑いかける。

 

「助けてくれてありがとう、リリー」

 

『ナンパ』という単語が、ぼくの中で黒歴史となった瞬間だった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「え、あの吠えメールってロンのだったのかい? あんなの見たのぼく初めてだったから、びっくりしちゃったよ」

 

 夏休み明け最初の昼休み、中庭に出て来たハリー、ロン、ハーマイオニーの姿を見つけぼくは駆け寄った。アリスがあっという間に木陰で眠ってしまい、一人で残りの30分間の休み時間をどう潰そうと途方にくれていた所だったのだ。

 

「吠えメールのことはもう言わないでくれよ、アキ。僕らだって反省してるんだぜ」

 

 ロンが唇を尖らせ主張する。そして「そうだ、アキ」と、ふと思い出したようにローブをまさぐると、不器用にテープでぐるぐる巻きにされた杖を取り出した。

 

「君の魔法のセンスを見込んで頼みがあるんだけど、これ、どうにか直せないかなぁ?」

 

 乱暴に扱ったらすぐに二つに分かれてしまいそうなそれを、おっかなびっくり受け取る。テープをそうっと剥がし、静かに地面に置くと腕を組んだ。

 

「これは……なかなか派手にやったねぇ。一体どうしたの?」

「どうしたって言うか……僕らが車で来た時、暴れ柳に突っ込んじゃって。その時に」

 

 ハリーが笑いながら答える。ハーマイオニーがそれについてロンにお小言を言うのを尻目に、杖を取り出した。杖の先で静かになぞると、白銀の糸がすうっと杖の傷口に絡みつく。糸の色が完全に杖と同化してから、ぼくは杖を拾い上げるとロンへと手渡した。

 

「こりゃ中の芯も傷ついちゃってるよ。ぼく程度じゃ完璧には直らないけど、とりあえず外側の木の部分だけでも繋いどいた」

「サンキューアキ! 君、やっぱ凄いよ!」

 

 素直な賛辞に照れながら「でも気をつけて。芯の部分がダメになっちゃってるから、魔力が暴発しやすくなってるからね」と一応忠告しておく。聞いているのか聞いていないのか分からない笑顔でロンは適当に頷くと、いそいそとローブの中に杖をしまった。

 

「……ハーマイオニー、よくそんなの読む気になるね……」

 

 ハーマイオニーの手にある、ロックハート著『バンパイアとバッチリ船旅』を見ながら、ぼくは呆れた声を出した。途端ぐいっと詰め寄られ、慌ててぼくは身体を引く。

 

「何言ってるのアキ! 彼は素晴らしいのよ、読んでみて、よーーーーっく! 分かったわ! 大体あなた、書店で買う前からこの本に対して気の乗らない返事ばかりして! さてはまだ開いてもないんでしょう!」

「ちゃ、ちゃんと開きはしたよ……」

 

 あまりの剣幕にたじたじだ。女の子って強い。ハリーが笑いながら「ハーマイオニーはロックハートにお熱なんだから」と茶化すと、ハーマイオニーはぱっと赤くなってハリーを睨む。……ふ、所詮女の子なんて、イケメンに弱いんだ。……あ、アクアもこうだったらどうしよう。ぼく、三日くらい立ち直れない自信ある。

 組分けの儀の後、闇の魔術に対する防衛術の教師としてギルデロイ・ロックハートが紹介された時は、大広間に女の子達の嬌声が響いたものだ。大半の男子が耳を塞ぎ、アリスなど3割は殺意の篭った目でロックハートを睨み舌打ちしていた。モテる男は敵なのだ。特に、学校内に狙ってる女の子がいたりした場合。

 

「次が、初めての彼の授業なのよ。あぁ、楽しみだわ……」

 

 もう完全にハーマイオニーは目がハートになってしまっている。こりゃ何言っても聞いてくれそうにない。恋は盲目とはよく言ったもんだ。

 

「……それ、アキが言う?」

「うるさいハリー」

 

 否定はしないけど。

 その時、何だか視線を感じてぼくは振り返った。首に大きなカメラを掛けた薄茶色の髪の少年が、ぼくらの方を躊躇いがちに窺っている。顔立ちが幼いから、ぼくらより一つ下、一年生だと思われた。この時期の男子って本当に、一年で見違えるくらい大人びるものだから。一つ歳が下なだけなのに、凄く幼く見えたりするのが不思議だ。

 

「それ、君が言うのかい?」

「うるさいよロン」

 

 これでも去年より3センチ伸びたのだ。まだまだにょきにょき伸びる筈なのだ。

 

「どうしたの? アキ」

 

 ハリーがぼくの視線の先を辿り、少年へと行き着いた。途端に少年は顔を真っ赤にし、そしてぼくらの方に近付いてきた。

 

「ハリー、元気? 僕――僕、コリン・クリービーと言います。僕も、グリフィンドールです。あの――」

 

 ロンに目配せして、ぼくらはそっとその場を離れた。3メートルくらい距離を置くと、どうやら写真をせがまれているらしいハリーを眺める。

 

「有名人は大変だなぁ」

 

 そう言ってロンに笑いかけると、ロンは「……そうだね」と微妙な表情でハリー達を横目で見ていた。

 

「アキは、羨ましいって思ったりしないの?」

「何を?」

 

 首を傾げ尋ねると、ロンは微かに頬を染めた。下を向くと、小声で呟く。

 

「だって……もしかすると、『生き残った男の子』は君だったかもしれないんだよ。有名になっていたのは君かもしれない。なのに、いっつも話題になるのはハリーばっかり……それって、何か嫌じゃない?」

 

 赤みがかった瞳が、何かを訴えるように揺れた。

 

「……ぼくは」

 

 唇を舐め、言葉の続きを探す。

 

「ぼくは……」

 

 

「サイン入り写真? ポッター、君はサイン入り写真を配っているのかい?」

 

 その時、ドラコの皮肉めいた声が聞こえた。クラッブとゴイルを両脇に従えたドラコは、コリンのすぐ後ろで立ち止まると、大きな声で「みんな、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」と叫ぶ。

 ドラコが何でいちいちハリーに絡むのか、ぼくにはよく理解出来ない。根はいい奴なんだけど、ハリーの悪口を言ってる時のドラコは嫌いだ。

 

「僕はそんなことしていないぞ。マルフォイ、黙れ!」

 

 ハリーが怒って叫び返した。負けじとコリンも「君、やきもち妬いてるんだ」と応戦する。

 

「妬いてる?」

 

 ドラコはコリンの言葉を鼻で笑い飛ばした。上から目線を崩さずに含み笑いをする。

 

「何を? 僕はありがたいことに、額の真ん中に醜い傷なんか必要ないね。頭をかち割られることで特別な人間になるなんて、僕はそう思わないからね」

「……アキ!」

 

 ハリーの声が聞こえる。ざわっと喧騒が一瞬大きくなって、やがて静まった。左手で杖を構えたまま、ぼくはドラコを見据える。

 

「ドラコ、ハリーに謝って」

 

 ぴんと張り詰めた緊張感が場を支配した。誰もが事の成り行きを見守って、息を潜めている。咳ばらい一つ聞こえない静寂の中、ぼくは軽い足取りでドラコに近付いた。その間も、杖の切っ先は揺らすことなく、ただただ真っすぐにドラコの心臓を狙っている。

 

「今謝ったら、口が滑ったってことで許してあげるよ」

「……は、アキ、いたのか」

「うん、久しぶり」

 

 にこやかに笑った。ドラコは引き攣った笑顔を浮かべながら、こっそりと両隣のクラッブとゴイルを見上げる。すかさず二人の鼻先に杖を突き付け、動きを封じた。

 

「君は僕の友人だろう? 友人に杖を向けるなんて、行儀がなっていないんじゃないか?」

「生憎だけど、ぼくは友人よりも家族が大切なんだよね。んー、謝ってくれないとなると、さて、どうしよっか? 手始めに、君に首輪をつけて禁じられた森でも散歩してみよう。ぼくってば動物に嫌われるからさぁ、一度ペットってものを飼ってみたかったんだよね」

 

 禁じられた森、という単語を聞いて、ドラコがさっと顔を青くした。冷ややかな目で、ぼくはドラコを見つめる。人に首輪をつけて散歩、なんて想像したら目茶苦茶シュールなシチュエーションなのに、茶化す人は何処にもいない。それは多分、ぼくなら実際にやりかねないと思われているからだろう。何だかしょっぱい。

 

「…………ぅ、そ、その……」

 

 拳をギュッと握り、頬を染めてドラコは口を開いた。プライドが高いお坊ちゃま、ぼくに――というより、ハリーに――謝らざるを得ないのが悔しいのだろう。全く、赤くなったり青くなったり、忙しい人だ。ちょっといじめ過ぎたかな、と反省した。

 

「その……わ、悪かっ……」

「いったい何事かな? いったいどうしたかな? サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」

 

 ドラコが勇気を振り絞って謝罪しようとした瞬間、大きな声が響いた。振り返ると、そこにはトルコ石色のローブをひらめかせたギルデロイ・ロックハートの姿。ロックハートは、ドラコに杖を向けるぼくを見て、それはそれは楽しそうに「おやまぁ!」と白い歯を輝かせ笑った。

 

「決闘の真似事でもしてるのかい? オチビちゃん、君程度の力じゃ彼に切り傷だって付けられないさ。そう、私くらいでないと――もっとも、私じゃ相手が可哀相ですがね」

 

 チビ、という単語にカチンとくる。自分の背丈について言われるのは構わないが、それがバカにした響きを伴っていた場合、誰でもそうだろうが、むっとするのだ。

 しかしロックハートの興味はぼくからハリーに移ったようで、「聞くまでもなかった! ハリー、また会ったね!」とハリーを羽交い締めにする。彼はハリーが凄まじいまでの殺気を出していることに気付かないのだろうか。

 ドラコ達がこりゃ幸いとばかりにこの場から抜け出したのを、視界の隅で捉えた。しかしロックハートの登場にすっかり気が抜けてしまって、追いかけようという元気もない。

 

「さぁ。撮りたまえ、クリービー君。二人一緒のツーショットだ。最高だと言えるね。しかも、君のために二人でサインしよう」

 

 コリンはわたわたとカメラを構え、写真を撮った。パシャッとフラッシュが辺りに飛び散る。

 その時昼休みの終了を告げるチャイムが鳴って、思い思いの時間を過ごしていた生徒達も皆、だらーっとした足取りで校舎へと歩き出した。

 

「さあ、行きたまえ。皆急いで」

 

 ロックハートはそう呼び掛けると、ハリーをヘッド・ロックしたまま校舎へ向かう。残されたぼくとロンは顔を見合わせ、肩を竦めた。

 

「あんな間近で彼を見ることが出来るなんて! あの完璧な笑顔っ、穏やかな眼差しっ、知的な鼻筋っ! あぁっ、格好いいーっ!」

 一人ハーマイオニーだけが、恋という重篤な病に冒されていた。ロンと目配せしあい、ハーマイオニーを放置してぼくらは歩き出す。

 次の授業、闇の魔術に対する防衛術が、酷く憂鬱に思えた。

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