「それでは……ようこそ、我が部へ!」
ジェームズ・ポッターが大袈裟な手振りで目の前の像を指し示す。しかし真面目な顔つきは瞬時に崩れ、腹を抱えて笑い始めた。
「マジ、シリウスやべぇ……! 女の子とか、しかもナンパするとか……顔覚えてないとか、マジありえねぇ……」
「うるせぇな、こっちだってやっちまったー! って思ってんだよ! ……笑い過ぎだろ! クソてめぇピーターまで笑ってんじゃねぇよ!」
真っ赤な顔でジェームズに言い返していたシリウス・ブラックだが、ここにきてターゲットを変更したらしくピーターにヘッドロックを極めにかかる。「ちょっ、シリウス苦しいっ……」とピーターがシリウスの腕をバンバン叩くも、一向に緩む気配はない。
……ぼく的には、そこで誰よりも笑い転げているリーマスの方が気になるんだけどな……。
金曜日。つまり、予定よりも二日ほど早く、ぼく、幣原秋と、リリーにセブルス、それにジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターは、東の賢者の石像前に集まっていた。理由は……まぁ、言いたくはないんだけど……その、シリウスとぼくが、その、いろいろ会ってちょっと早めに出会っちゃって……そんなとこ。詳しくは前回をチェック。
「災難だったね、秋」
「……ホントにね!」
笑い過ぎて出てきた涙を擦りながら労っても説得力ないよ、リーマス。
「全くもう、ナンパなんて最低よ!」
と、これはリリー。
「すごく秋困ってたのよ! そういう強引さ、直した方がいいと思うわ!」
「リリー……」
何だろう、リリーが格好良すぎて涙が……。
リリーは続ける。
「確かに秋が可愛いのは分かるわ。だって私も抱きしめたいくらい可愛いもの。むしろたまに抱きついてるわ。すっごくほっぺとかもぷにぷにでシミひとつないし、髪もサラサラで無邪気な笑顔が超絶可愛くて毎日観察日記を書きたいくらいだけど!」
……あれ?
「秋に手を出したいなら、私に秋への想いを綴った羊皮紙を三巻き提出しなさい! それから面会を許可するわ!」
「ちょっ、何言ってんの? リリー大丈夫!?」
「そうか……じゃあ、三巻き出せばいいんだな?」
「もちろん内容はチェックするわ。80点未満のものは不可よ」
「ジェームズも乗らないで!」
本当に、どうしてこんなことに……。
「というか、何でこの場にスリザリンなんかがいるんだよ?」
ピーターをいじめるという照れ隠しから復活したシリウスが、腕を組んでセブルスを文字通り見下した。しかしそんな態度にも、セブルスは屈せずににやりと笑う。
「秋を狙う変態から、秋を守るためにな」
「ぐっ……」
言葉に詰まり、悔しげにセブルスを睨むシリウス。対するセブルスは涼しい顔で、「秋、何かあったらすぐに僕に言うんだぞ。ブラックがキモいとか、ブラックがセクハラしてくるとか、ブラックがウザいとか、何でも言って構わないからな。すぐさま粛清してあげよう」とぼくに言う。ぼくは曖昧に笑みを浮かべると、肩を竦めた。
「というか、いつまでこんなところで喋ってるつもり? 僕、いい加減中に入りたいんだけど」
「おっと、そうだな! リーマス大魔王様がお怒りだ!」
リーマスが「僕別に魔王でも何でもないんだけどね……」と笑顔で呟く。……いや、その笑顔怖いって。
「中って? この辺り、部屋も何もないじゃない。廊下のど真ん中なのよ」
リリーの言葉にジェームズは胸を張ると「お任せあれ!」と言って仰々しくローブから杖を取り出した。そしてそれを石像の眉間につきつけると、「行くぞ……」と低い声を出す。同時にシリウス、リーマス、ピーターの三人も表情を引き締め、ジェームズに倣い杖を取り出した。今から何が起こるのかがさっぱり分からなくて、ぼくら三人はそれぞれ顔を見合わせる。
果たして、ジェームズは息を大きく吸い込むと「せーの!」と叫んだ。
寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
藪ら柑子の藪柑子
パイポパイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助
物凄い勢いで四人が言い終わるのと同時に、石像がパカリと中央から真っ二つに割れ、中に人一人が通れるくらいの穴が開いた。
「……一体どうして?」
ぼくの声は、誰にも聞かれなかった。
「さあ、付いてきたまえ」とジェームズは言うと、スルスルと中をくぐっていく。その後にリーマス、ピーター、シリウスが続き、残されたぼくらは半笑いで首を傾げあった後、彼らの後に続いて中を通っていった。
中は小さな部屋のようだった。畳でいうと六畳くらいだろうか。誰かがずっと昔住んでいたように、ベッドや机、本棚が置かれている。足元には絨毯が敷かれていて、真ん中には少し大きめの円卓が設置されている。
「ここが、僕ら悪戯仕掛人の司令室だ。そして、これからは君らの部屋でもある」
ジェームズが恭しい仕草でぼくらに入室を促した。そして慣れたように杖を振り、椅子を三脚出すと座るように勧める。おずおずと座ったぼくらの前に、手際よく紅茶が現れた。湯気まで立っていて、まるで淹れたてほやほやのようだ。
「この部屋、一体どうしたの?」
リリーの言葉にシリウスが「一年の時、探検してたら見つけたのさ。誰も使ってなかったから俺らの部屋にしてるんだ」と答えた。
「主にクラスメイトに聞かれたくない話をする時とかによく利用してるんだ。悪戯とか、ほら、皆にバレたら楽しくないだろう?」
と、これはリーマス。
「ま、そういう訳だ。さっき僕らが唱えた呪文があっただろう? あれを唱えりゃ中に入れる。君らにはその権利をあげよう」
ジェームズの言葉に、ぼくは黙って紅茶を傾けた。熱い紅茶は、しかし火傷しそうな程ではなく、程よい暖かさで喉を滑り落ちていく。甘さも丁度よくコントロールされていて、紅茶について詳しくないぼくでも、あぁ、美味しいなと感じることができた。
「……ひとつ、質問があるんだけど」
いいかな、とぼくは左手を上げた。
「なんで君らは、ぼくを……ぼくらをここに誘ったの? ぼくらは、何をすればいいの?」
真っ直ぐ、ジェームズを見つめる。ジェームズは落ち着いた様子でカップをテーブルに置くと、僅かに微笑んでみせた。
「何もしなくていいんだよ、秋」
「……何も?」
そう、とジェームズは肩を竦めた。カップを目の高さにまで掲げ、ぼくを悪戯っぽい目で見る。
「君は、少し誤解してる。君は、自分が誘われたのは自分が持つその莫大な魔力のためだと考えている、違うかい?」
「……そうじゃなかったら、何なの?」
それ以外に、ぼくは理由が思い浮かばなかった。
そう、何一つも。
ジェームズ・ポッターに見込まれたのは、ただただぼくに人並み外れた魔力があるというだけで――他に、理由なんてないと思っていた。
――だから。
「言っただろ? 『いい友達になれそうだ』って」
驚いたんだ。
だって、こんなこと言われたのは、生まれて初めてだったから。
「君のこと、もっとよく教えて欲しい。――僕と、友達になってくれませんか?」
すっと差し出された右手を、しばらくぼくは見つめ。
おずおずと出した右手を、彼は優しく握った。
「――あ、それと。ご存知の通り、僕らって悪戯仕掛人だから」
にこやかな笑顔でそんなことを言うジェームズに、ぼくらは「?」と首を傾げた。
「だから――悪戯仕掛けられても、怒らないでね☆」
ジェームズが頬に人差し指を当てて言うが早いか、セブルスの頭から「ぴょこん」と可愛らしい擬音を立てて、黒い猫耳が飛び出した。セブルスと猫耳のコラボは、まるで奇跡とも言える絶妙なハーモニーを生み出し、見る者の腹筋を崩壊させる程度の破壊力を持つに至る。
真っ赤になったセブルスがジェームズに掴み掛かるのは、それからそう遠くない話。
◇ ◆ ◇
ギルデロイ・ロックハート教授の教室に着き、彼の著書全七冊を積み上げると、ぼくの座高では前が見えないという状況に陥ってしまった。
隣で(まるでロックハートの本を持っていること自体が嫌なように嫌そうに)ぼくと同じように本を積み上げたアリスは、それでもまだ余裕げに目の前が空いている。張り合ってもどうしようもないことだけれど、でもちょっとだけ悔しくて、ぼくは気付かれないようにそっと本を数冊脇へ置いた。
授業が始まる三分前に、ハリーがロックハートに連れられてやってきた。ハリーは「僕とこの人とは何の関係もありませんし、喋ったりもしていないし興味自体ありません」といった澄ました顔でロックハートから離れると、ぼくらの席の後ろに座り、黙ったままロックハートの本を目の前に積み上げた。
ぼくより背が高いハリーでも、目線の高さまで積み上がるんだということに、少しだけ安堵を覚え胸を撫で下ろす。
「マジ、ないよ……」
ハリーがため息と共に吐き出した言葉に、にやっと笑って肩を竦める。ぼくは気の毒げな顔をして後ろを振り返ると、「お疲れ」と声を掛けた。
「お願いだよ、アキ、代わってって」
「無理だってば」
その時ロンとハーマイオニーが入ってきて、ハリーの両隣にそれぞれ腰掛けた。二人がそれぞれハリーに労いの言葉を掛け、ハリーがそれに応える。
全員が席に着いた後、ロックハートは大きな咳払いと共に生徒の前に進み出た。途端に静まり返った教室の中、ロックハートはネビルの教科書を一冊掲げる。
表紙はウインクをしている自分の写真で、こんなにたくさん自分の顔に囲まれて恥ずかしくはないのかなぁとぼんやりと考えた。
「私だ」
知っている、と喉元まで出そうになった。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞――もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
あぁ、今のは笑わせようとしたんだな、と思って曖昧に笑みを浮かべてみるも、余計に白けた空気が辺りを漂った。アリスなどは両腕を組み、顎を上げてすっげー興味なさそうな顔でぼうっとしている。まだ眠いのかもしれない。
「全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います、心配ご無用――君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかをチェックするだけですからね」
テスト、という言葉に、レイブンクロー生(アリス以外の、だけど)はざわついた。テストの中身うんぬんというよりも、テスト自体に恐怖を感じるのだ。
真面目ちゃんだからね。ぼくも分かる。……本当だからね?
テストペーパーを配り終えると、ロックハートは教室の前の席へと戻った。そして「三十分です。よーい、はじめ!」と叫ぶ。バサバサッと紙の擦れる音が教室中に響いた。ぼくも用紙を表に返すと、中身に目を落とし――思わず、ぽかんと口を開ける。
1.ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2.ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?
3.現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
カチャン、という音が隣から聞こえた。アリスが羽根ペンを投げたのだ。アリスはそのまま机に突っ伏すと、程なくして寝息を立て始める。アリスの自由っぷりが、今はかなり羨ましい。
三十分後、テスト用紙が回収された。ロックハートはそれらをパラパラとめくりながら「チッチッチ――私の好きな色はライラック色だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね」などと好き勝手に呟いている。
アリスはまだ突っ伏して目を閉じたままだ。本格的に寝てんのかもしれない。さっき回収される前にアリスの答案を見たところ、見事なまでに真っ白だった。名前すら書かれていない清々しさだ。
てかコイツ、意外とまつ毛長いなぁ……。
「……ところが、ミス・ハーマイオニー・グレンジャーは、私のひそかな大望を知ってましたね。この世界から悪を追い払い、ロックハート・ブランドの整髪剤を売り出すことだとね――よくできました! それに満点です! ミス・ハーマイオニー・グレンジャーはどこにいますか?」
ロックハートの言葉に、クラス中(アリス以外、だけど)がハーマイオニーの方を振り返った。ハーマイオニーはいつものように手をぴしっと伸ばしていたが、しかしその手は微かに震えていた。
「すばらしい! まったくすばらしい! グリフィンドールに十点あげましょう!」
パチパチと、曖昧に拍手が沸き上がる。これが他の教授で、もっとマシなテストだったら、ぼくもちゃんと拍手するんだけど。ごめんね今回はこれで許してね、なんてことを考えながら、おざなりにぼくも拍手をした。
とその時、唐突に「ミスター・アキ・ポッター!」と名前を呼ばれ、びっくりして前を向く。
「実に惜しい! 一問ミスです。第三問、今までの私の業績の中で、何が一番偉大だと思うか? との問題に答えていませんね? 先程自己紹介の時にももう一度言ったと言うのに――まぁいいでしょう。ミスター・アキ・ポッターはどこです?」
手を上げるのがもの凄く恥ずかしい。アリスが寝てるのが救いだった。アイツに笑われたら、立つ瀬がない。レイブンクローの皆も凄く微妙な顔してぼくを見ていて、それがさらに何とも言えない感を増長させている。
「ミスター・ポッターは、えっと……レイブンクローですね。レイブンクローにも五点差し上げましょう。おや? 君はもしや、ハリー・ポッターの……」
「……はい、弟です」
「おお、君がそうか!」と言って、ロックハートはニッコリした。そしてすぐさまぼくに興味を失ったようで、「では、授業ですが……」と言うと机の後ろに屈み込んだ。
「アキったら、何だかんだ言って、彼の本きちんと読んでるんじゃない!」
と、ハーマイオニーが目を輝かせ、身を乗り出してくる。それに苦笑いを返して、「暇だったんだよ……」と肩を竦めた。
そう、暇だったのだ。そしてロックハートの本は、いい暇潰しの役目をしてくれた。いつの間にか、フィクションのSFだと思って読んでたし。
ロックハートは覆いの掛かった鳥カゴのようなものを持ち上げると、教卓の上に置いた。皆も緩慢ながら注意を引かれ、なんだなんだと注目する。
「さあ――気をつけて! 魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです! この教室で君たちは、これまでにない恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいる限り、何物も君たちに危害を加えることはないと思いたまえ。落ち着いているよう、それだけをお願いしておきましょう」
そう言って、ロックハートは覆いに手を掛けた。
「どうか、叫ばないようお願いしたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」
ロックハートは低い声で囁く。雰囲気作りは得意なのか、弛緩していた教室も少しピリッとした空気が漂い出す。学校の先生なんかじゃなくて、俳優にでもなればいいのに。
ロックハートはパッと覆いを取り払った。人の間から、ぼくも前に目を凝らす。
「さあ、どうだ。捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー妖精」
誰かがプッと噴き出した。堪え切れずに、横を向くと何人かが笑い始める。
大きいふくろうが余裕で入るくらいの大きさの鳥カゴに、群青色の身体をしたピクシー妖精が所狭しと詰め込まれていた。キーキーと喧しく鳴き続け、中には挑発的に中指を立てている奴もいる。魔法界ってホント凄い。でもそんなに恐ろしくはない。
「さあ、それでは。君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」
ロックハートが楽しげに叫ぶと、籠の戸をひらりと開けた。
途端に猛スピードで飛び出すピクシー妖精。一瞬で教室中は阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。というか、対処法の一つも教えてから放せよ先生。いい加減だなぁ。ぼくの髪紐を引っ張ろうとするピクシーを手で追い払いながら、ぼくはため息をついた。
「さあ、さあ。捕まえなさい。捕まえなさいよ。たかがピクシーでしょう……」
ロックハートがなにやら言っている。机から杖を取り上げると、それを振り上げ「ペスキピクシペステルノミ――ピクシー虫よ去れ!」と叫んだ。
「…………」
しかし何も起こらない。ピクシーが一匹ロックハートから杖を奪うと、ぽいっと気軽に窓の外へ放り投げた。ロックハートはヒェッと肩を縮めると、机の下に潜り込む。呆れてぼくは肩を竦めた。
「一体、何の騒ぎだコリャ……」
ふと隣を見ると、不機嫌そうにアリスが眉を寄せて教室の惨状を傍観していた。アリスの雪印ピアスに悪さしようとしていたピクシーを無造作に捕まえると、平然と机に叩きつける。哀れなピクシーはそれで伸びてしまったようだった。
「んだよ、ピクシー? バッカじゃねぇの」
アリスが吐き捨てるのと同時に終業のチャイムが鳴る。ロックハートが何か言う前にすぐさま教室のドアが開き、どっと生徒が流れ出た。
「さあ、君たちにお願いしよう。その辺に残っているピクシーをつまんで、籠に戻しなさい」
ロックハートは残っていたぼくやアリスやハリーといった姿を見つけると、そう言い残してそそくさと出て行ってしまった。後ろでバタンと扉が閉まる。
「耳を疑うぜ」
「私たちに体験学習をさせたかっただけよ」
ロンの言葉に、ハーマイオニーが返した。いやハーマイオニー、それは流石に盲目過ぎない?
「……はー、早く終わらせよっか」
大きく息をついて、ぼくはそう呟いた。そしてパチンと一回、大きく指を鳴らす。一瞬後、そこら中を好き勝手はしゃぎ回っていたピクシーは、何か大きな手に押し潰されたように机の上に転がっていた。
「アキってさぁ、ずっと前から聞きたかったんだけど、何者?」
ロンが尋ねるのに、軽く肩を竦めた。
「さあ、何なんだろうね」