【完結】空の記憶   作:西条

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第11話 クィディッチ

「秋! 今回こそはちゃーんと! クィディッチの試合見に来てよね!!」

 

 寮の天蓋付きのベッドに寝転んで本を読んでいた時、突然リィフ・フィスナーが、断りもなしにカーテンを開けると笑顔でそう捲くし立てた。ぼくは小さくため息をつくと本をぱたんと閉じ、上半身を起こす。枕元に本を置いて一回伸びをしてから、「何、急に」とリィフを見た。

 

「そりゃ、今まであんまりクィディッチの試合は見てなかったけどさ……去年の後半は、結構君に連れられて行ったと思うけど? まぁ、確かに選手の名前とか、細かいルールとかは全然覚えてないけど……」

「でも秋、今までは僕が誘わないと来なかったじゃん? そうじゃなくて、次からは一人でも来てねってこと。アルとかジェイもいるからさ、そいつらと一緒においでよ」

「……どういうこと? リィフ、見に行かないの?」

 

 ぼくの問いに、待ってましたと言わんばかりにリィフは胸を張った。零れんばかりに笑みを浮かべ、「僕、レイブンクローのチェイサーに選ばれたんだ」と誇らしげに言う。思わずぼくは身を乗り出した。

 

「凄いじゃん!」

「ま、まだまだ控えだけどね。でも選抜通ったんだ」

 

 ふにゃ、とリィフの顔が嬉しそうに緩む。さらさらの金髪が、ふわりと落ちた。

 

「うわ、凄い! おめでとう!!」

 

 まるで自分のことのように嬉しい。そうか、これが『友達』なんだ。パチパチと拍手をし続けるぼくに照れたように、リィフはぼくにストップを掛けた。

 

「いやー、それほど喜んでもらえると嬉しいつーかなんつーか……はい、不肖リィフ・フィスナー、寮のために頑張ります!」

 

 ビシッ、と敬礼してみせるリィフ。しかし真面目な表情もすぐに崩れ、「ありがとう~~」とデレる。

 

「いつあったの? その選抜ってやつ」

「選抜自体は五日前にあって、で今日が結果発表だったんだ。受けたの結構多かったよー、採用枠三人のとこに十何人も来てたしね」

「へー、でも、二年生で受かるって凄いんじゃない?」

 

 ぼくの言葉に「まぁまぁ」と笑顔でリィフは頷いた。

 

「でも、今年は結構多かったよ、二年生。えっと、ウチの寮からは僕とダグだろ? ハッフルパフに女の子が一人と、あとはグリフィンドールの……えっと、確か、ジェームズ・ポッター」

「ジェームズ!?」

 

 思わず身を乗り出したぼくに驚いたように、リィフは「うわっ」と言って少し仰け反った。

 

「なんだ、知り合いなの?」

「あ……えっと、うん。……友達、なんだ」

 

『友達』のくだりに、ちょっと照れた。友達って、名乗ってもいいんだよね。友達ってそう言ってくれたもんね。認めてくれたもんね。

 

「友達かぁ。……なんだか秋が言うと、重みが違う気がするなぁ」

「き……気のせいだよ、きっと」

「じゃあ、なおさら見に来てよ。応援よろしく! 秋、全然クィディッチの試合見に来ないからさぁ、嫌いなのかと思ってたよ。僕が無理矢理連れてきてる感がハンパなくてさぁ!」

「嫌いじゃ……ないよ。……約束、しよう。絶対見に行くから」

 

 こくこく、と首を縦に振る。そんなぼくの頭を、リィフはぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた後、「おう、約束!」と、あの輝かしい笑顔でそう言ったのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 日曜日の朝。クィディッチの練習があるというハリーを待つため、ぼくは着替えて身支度をした後、いつものように朝食を食べ、それからロンとハーマイオニーと共に連れ立ってクィディッチ競技場へと足を踏み入れた。ついさっき太陽が昇ったばかりの競技場は、まだ少し肌寒い。でも、朝露に濡れた芝生が光を反射してキラキラ輝くのが凄く綺麗だった。

 

「うーっ、寒いっ!」

 

 ローブの端を掴んで身震いすると、「このくらいで?」とロンが呆れたように声を出した。

 

「そんなんじゃ、ホントに冬が来た時もたないぞ?」

「だって寒いもんは寒いんだもん。アリスみたいなこと言わないでよ!」

 

 そう言うとロンは僅かにたじろいで「……みたいなこと言ったかなぁ」と眉を下げる。相変わらずアリスが苦手なようだ。確かに、この二人が仲良く喋ってるのって見たことないけど。……てか、アリスが誰かと仲良く喋ってる現場自体、ぼくは見たことないんだけど。

 

「あら、ハリー達が出てきたわ!」

 

 とその時ハーマイオニーが指差した。そちらを見ると、なるほど深紅のユニフォーム姿の選手達が更衣室からぞろぞろと出てきていた。誰もが眠たそうで、中でも双子はふらふらしていて、たまに二人で頭をぶつけ合っている。

 

「まさか……まだ終わってないのかい?」

 

 ロンが信じられないという顔でハリーに尋ねた。ハリーはちょっと眉を寄せ「まだ始まってもいないんだよ。ウッドが新しい動きを教えてくれてたんだ」と若干不機嫌そうに返す。そしてロンとハーマイオニーの手にあるトーストを恨めしげに見つめた後、箒にまたがり空へと舞い上がった。

 

「あれだけ自由に空を飛べたら、なんて素敵だろうね」

 

 思った言葉が、そのまま口をついて出る。それほどまでに、選手達は自由そうだった。

 目を細めて選手達を眺めていると、背後で小さな音が聞こえた。誰かが金網を開け、スタンドの中に入ってきたのだ。何の気なしに振り返る。

 

「あ……」

 

 そして、何の気なしに振り返ったことを後悔した。

 小さな身体に細い手足。長い銀髪は朝日を受けて透明に輝いていて、思わず目を細めた。

 緑と銀のコートをきっちりと着込んだ彼女、アクアマリン・ベルフェゴールは、ぼくたちを見て「あ……」と驚いたように目を丸くする。

 

「あ、えっと……アクアも練習見に来たの? じゃあ一緒に見ようよ」

 

 やばいやばいやばい。心の準備が出来ていなかったせいで、声が上擦りそうになる。心臓は一瞬で狂ったように早鐘を打ち始め、頬が緩みそうになるのを食い止めるだけで精一杯だ。今年度初アクアの威力は伊達じゃない。

 

「あ、いや、その……」

 

 困ったように眉を寄せてきょろきょろと辺りを見回していたアクアだったが、ハーマイオニーが優しく「ね、こっち来て私達と一緒に見ましょうよ」と促してくれたおかげで、てててっと駆け寄ってきた。ハーマイオニーGJ。さすがは学年一の才女だ。

 

「……あの……ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 ぼくの横にちょこんと座ったアクアは、不安げに小さく肩を丸めた。しばらく黙って練習風景を眺めていたアクアだったが、やがてぼくの肘を軽く引っ張った。

 

「……ねぇ、アキ」

 

 その仕草がかーわいいっ。

 高鳴る気持ちを抑えつつ「どうしたの?」と聞くと、アクアはぼくにしか聞こえないような小さな声で「……この練習、もう終わるの?」と尋ねた。

 

「いや? 今始まったばかりなんだ。……何で?」

 

 途端、アクアの表情が曇る。ぎゅっとコートの裾を握ったアクアにもう一度「どうしたの?」と尋ねた。掛けた言葉は同じだが、しかし内容は全く違う。

 

「……ドラコが……今日、スリザリンが練習するからお前も見に来いって……」

 

 いいなぁドラコ、アクアをお前呼びかぁ、呼びつけるって羨ましい……、じゃなくって。

 

「……スリザリンが練習するって?」

 

 黙ってアクアが競技場の入り口を指差した。辿ると、そこには濃い緑のユニフォームを着込んだ集団が、今まさに入ってくるところだった。

 誰かが一人、練習から外れて急降下する。きっとグリフィンドールのキャプテンだろう。

 

「何だ? あいつら、何しに来やがった」

 

 ロンが首を傾げながら呟いた。その言葉にアクアが身を固くする。

 次々にグリフィンドールの選手が降り立ち、スリザリンと話を始める。しかし話と言っても穏便に済むような雰囲気は微塵もなく、まさに一触即発の空気が漂い始めた。誰に促されるでもなく自然にぼくらも立ち上がり、彼らの元へ向かう。アクアがぼくの隣に並んで歩いてくれるのがたまらない。がしかし、今はそう軽口を叩ける場面ではなかった。

 

「何であそこにマルフォイがいるんだ? ……どうしたんだい? どうして練習しないんだよ。それに、あいつ、こんなとこで何してるんだい?」

 

 ロンが、クィディッチのユニフォームを着ているドラコを見て言った。ドラコは得意げに頭を傾けると「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ」と事も無げに笑う。

 

「僕の父上が、チーム全員に買ってあげた箒を、皆で賞賛していたところだよ」

 

 スリザリンチーム全員が、揃って新品の箒をぼくらに見せ付ける。金文字で「ニンバス2001」と書かれたその箒は、箒に疎いぼくでもその価値が分かるくらいだった。

 

「いいだろう? だけど、グリフィンドール・チームも資金集めして新しい箒を買えばいい。クイーンスリープ5号を慈善事業の競売にかければ、博物館が買いを入れるだろうよ」

 

 スリザリンが笑い出す。しかしアクアはコートをぎゅっと掴んで、小さく俯いた。伏せられた瞳は、しかし弱々しくマルフォイを見つめている。そこでチームと一緒になって笑うマルフォイは、アクアの存在に気付いているのだろうか。

 

「少なくとも、グリフィンドールの選手は、誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

 

 ハーマイオニーがきっぱりと言う。マルフォイの笑顔がさっと消え、そして吐き捨てるように言い返した。

 

「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれそこないの『穢れた血』め」

 

 途端、グリフィンドールチームから驚くほどの声が上がった。フレッドとジョージはドラコに飛びかかろうとし、オリバーがかろうじてそれを食い止める。誰もが非難轟々で、ぼくもドラコが何か言ってはいけないことを口にしたんだということが分かった。ハーマイオニーの顔を恐る恐る覗き込むと、今にも泣き出しそうに歪んでいた。大きな瞳の端に、涙が見る間に溜まっていく。息も出来ず、ぼくはその様子をただただ見つめていた。

 

「マルフォイ、思い知れ!」

 

 ハーマイオニーに気を取られて、ロンをすっかり忘れていた。慌てて振り返った瞬間、緑の閃光が迸る。そして何故かドラコではなく、ロンが後ろ向きに倒れ尻餅をついた。

 

「ロン、ロン! 大丈夫?」

 

 ハーマイオニーがすぐさま駆け寄る。ぱっと袖で涙を拭ったのを、ぼくは見た。ロンは口を開いたが、出てきたのは声ではなく、大きなゲップと数匹のナメクジだった。かけるはずだった魔法が、ロンの壊れかけの杖のせいで逆噴射したのだ。それを見て、笑い転げるスリザリン。ムカッと来たが、今はひとまずロンの方が先だ。そう思ってロンの元へ駆け寄ろうとしたとき、ふと視界の端でアクアの姿を捉えた。思わず足が止まる。

 アクアは、地面を叩きながら笑っているドラコへとツカツカと近付いていった。アクアの影に、ドラコが顔を上げる。「何だ、お前もいたのか」とドラコが笑いかけた瞬間、アクアはドラコの頬を平手で張った。

 スリザリン全員の笑いが止んだ。ドラコが驚いたようにアクアを見つめる。

 

「最低っ!」

 

 アクアのこんな大声は、初めて聞いた。そのままローブの中に手を突っ込み、杖を取り出したのを見て、ぼくは慌ててアクアを後ろから羽交い絞めにする。

 

「嫌っ、放して!! あんなこと言っちゃいけないのっ、ドラコ、謝って、謝ってよ!!」

「駄目だって!」

 

 暴れる彼女の手から、無理矢理杖をもぎ取った。ドラコたちスリザリンが、そそくさとその場を離れていく。

 

「ハリーごめん、ロンをハグリッドのとこに……」

「分かってる」

 

 ぼくの兄貴は言葉少なに頷くと、ロンの肩に腕を回した。ハーマイオニーと二人でロンを支えると、そのまま引きずっていく。グリフィンドールチームも戸惑いながら、その場を後にしていった。

 アクアの身体から、すっと力が抜ける。思わず彼女を取り落とした。地面に膝を着いた彼女は、小さく嗚咽を漏らす。震える肩に、ぼくは触れることが出来なかった。

 

「あ……アクア」

 

 泣いている女の子に掛けてあげられるような言葉を、ぼくは知らない。女の子の涙を止められるような男じゃない。

 好きなのに。彼女のことが好きなのに。

 ぼくは、彼女のために何も出来ない。

 吸い込まれるように、呟いていた。

 

「君は……ドラコのことが」

 

 何故か、言葉が喉の奥でつっかえる。更に彼女を泣かせてしまうと分かっていながら、ぼくは言葉の続きを口にした。

 

「好き……なのかい?」

 

 びくっ、と大きく、アクアの肩が震える。しばらく静かに涙を零していた彼女だったが、決心したように、頭がこくんと傾いた。

 

「…………、そっかぁ……」

 

 すとん、と芝生に腰を下ろした。いや、下ろしたなんてそんなんじゃない、身体の力が抜けて尻餅をついた、って方が正しい。

 両手で顔を覆って、大きくため息をついた。アクアが、こっちを見ていないのが幸いだった。

 こんな顔、彼女には見せられない。

 

「そっかぁ……」

 

 眉を寄せ、小さく笑った。そして、歯を食いしばる。

 

「……はーぁ」

 

 見上げた空は、朝の澄んだ、綺麗な水色で。

 ぼくらの想いも全部、吸い込んでくれたらいいのに。

 ぼくの想いを、消し去ってくれたらいいのに。

 

 この、胸の痛みと、一緒に。

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