夢を、見た。
悪戯仕掛人らと、セブルス、そしてリリーと、皆で雪合戦をする夢。
最初は普通の雪合戦だったのだが、悪戯仕掛人がいる中で「普通」なんてありえない。最後は三メートル大の巨大な雪玉が飛んできたり、火を吹く巨人が雪玉を弾き飛ばしたりと、何でもありなゲームだった。
でもまぁ、楽しかったな、と、寝起きのぼんやりした頭で思う。
「アキ、起きてるかー」
とその時、アリスがぼくのベッドのカーテンをシャッと引っ張って開けた。大欠伸をしたぼくを見て、「珍しいじゃんか、お前が俺より起きるの遅いなんて」と、にやっと笑う。
「……あれ? 今……」
慌てて時計を見ると、朝食時間の十五分前だった。普段より一時間以上の寝坊だ。急いでパジャマから制服に着替え出したぼくに「そう急がなくてもいいぞー」と声を掛けながら、アリスはぼくの机に置いてあった本を手に取り、ベッドの端に腰掛けた。
「夜更かしでもしてたんか?」
「まぁね……早目に仕上げときたい分があってさ」
シャツのボタンを留め、ズボンを履き、ベルトを締め、ネクタイを結び、靴下を履き、セーターを被り、ローブに袖を通す。
もごもごとコートを羽織ったぼくに、アリスが呆れたように声を上げた。
「おい、暑くねーのかよ」
「アンタは感覚おかしいんだよ。雪積もった真冬なのに、シャツ一枚とか気が狂ってるとしか思えないね」
「……俺の気が狂ってるかどうかはともかくとして、だ。とりあえず今日は、俺に軍配が上がったな」
え、と声を漏らしたぼくに対し、アリスは立ち上がるとカーテンを思いっきり開け放った。そのまますたすたと窓の方に歩みを進め、窓も全開に開け放すと、親指で外を指差す。
「寝ぼけてんのか? 今はまだ11月だよ」
「……え……あっ」
かぁっと頬が赤く染まるのが分かる。
言い返す言葉もなくて、でも慌ててコートを脱ぐのは癪なので、殊更ゆっくり脱ぐと、きっちりハンガーにまで掛けて、クローゼットの奥深くへと仕舞い込んだ。
きっと今年の冬は、寒さで凍えるまでこのコートは引っ張り出さないだろう。
手櫛で髪を梳かすと簡単に結び、澄ました顔でぼくはアリスを追い抜いた。「ほら、行くよ」と肩を竦めれば、アリスは喉の奥で笑いながら、素直について来る。面と向かって笑われるよりも、そっちのが相当恥ずかしい。
苦虫を噛み潰したような顔で歩くぼくに、同寮の友人はぎょっとして道を開ける。
(……早まってんだ、幣原の時間が、現実の世界より)
今までは、そりゃ日付までとは言わないまでも、大体同じペースだった。同じように年を取り、同じように季節が巡っていた。
でも今は、違う。
急に早まった、そのことは、何か意味があるのだろうか。
不意に浮かんだ不安感を照れで打ち消して、ぼくは食堂へと向かう足を速めた。
◇ ◆ ◇
「こんにちは。顔色がいつも通り悪そうですけど、スネイプ教授、元気ですか?」
満面の笑みで首を傾げたぼくに、教授は大きくため息をついた。
「何の用だ」
「まぁまぁ、そう急かさずに。ぼくと教授の仲じゃないですか」
「どんな仲だ!」
「えっと……昔あれやこれや色んなことがあった今、お互いの誕生日プレゼントを贈り合う間柄……」
ぼくの軽口に、教授の眉間に深い皺がぎゅっと刻まれる。どうやら今日は、そうご機嫌ってな訳ではないらしい。
こほん、と咳払いをして、ぼくは表情を引き締めた。
「今日は一つ、見て頂きたいものがありまして」
そう言って羊皮紙の束を軽く持ち上げると、教授は少しだけ興味を引かれたらしい。ぼくの手から羊皮紙を取り上げると、ドアを押さえて顎で部屋の奥をしゃくる。どうやら入室のお許しが出たようだ。
「それでは、失礼しまーす……」
軽く頭を下げ部屋に足を踏み入れると、ぼくは辺りを見回した。一年の頃見た部屋と、内装はそう変わっていない。壁一杯の棚にぎっしりと詰まった本と魔法薬は、見ているだけで圧巻だ。
自室へ繋がる扉は開いているが、しかしこれは勝手に入っていいものだろうか。
「何をそこで突っ立っている。早く中へ入りたまえ」
と、背後で声がした。同時に背中をぐいと押され、思わずつんのめりそうになる。おっとっと、とバランスを取ったところで、ドアが閉まる音が聞こえた。
「座れ」
命令形ですかそうですか。幣原の前ではあんなに可愛いいい子なのに、どうしてこうなったやら。どれもこれも長い歳月のせいだろう。
ともあれ大人しく腰を下ろした。
コトン、と目の前にカップが置かれる。暖かそうに湯気を上げる目の前の物体に、思わず「え」と声が漏れた。
「何だ」
「いや……だって、カップ……」
「客人をもてなすのは人としての基本だろう」
……えー、だってさぁ。
ぼく前入ったとき、もてなされてないんですけどー。
でも文句を垂れるとせっかくのお茶も取り上げられそうなので、ぼくはぐっと言葉を飲み込み「ありがとうございます」と礼を述べて、カップに口をつけた。途端、今まで味わったことのないくらい芳醇な香りに包まれ、目を見張る。
教授、いい茶葉持ってんなぁ!
このお茶目当てに通うかもしんない、ぼく。そのくらい美味しいぞ。お茶にはこだわり派なのかなぁ、教授。
「さて……聞かせてもらおうか、アキ・ポッター。これ、貴様が全部一から考えたのか?」
バサッ、とぼくの前に先程の羊皮紙を置くと、教授は神妙な顔のまま指を組んだ。トントントン、と神経質そうに、指先が三度動く。
ぼくはカップを脇にやると羊皮紙を手に取り、目を落とした。
「元ネタはありますよ。マグル界でのインターネット、ご存知ですか?」
「……使ったことはないが、原理程度は知っている」
「じゃあ、電子メールも分かりますよね?」
教授が頷くのを横目で見て、ぼくは説明を始める。
「発想の原点はそこです。離れた場所にいる二者が、同時に会話する方法はないか。現在マグル界に極々普通に存在する電話やメールといった機器が、魔法界には全くと言っていいほどない。だから……」
「だから……作ったと?」
教授の声は、心なしか少し震えていた。不審に思い目を上げるも、続きを促され改めて羊皮紙に書いてある図面を見る。
「はい。本当は電話を真似たかったんですが、技術がなくて……メールを真似るくらいしか出来ませんでした。魔法式が合っているか、見てもらいに来たんですけど……」
「あぁ……しかし、まさかこの歳で……ひょっとして……」
「……教授?」
ぼんやりと宙を見つめる教授に声を掛けると、はっとした風に教授は我に返った。コホンと咳払いをし、「魔法式の確認だったな。どれ、見せてみろ」と身を乗り出す。
数箇所ちょっとしたスペルミスを直された後、教授は「貴様も中々やるもんだなぁ」と何故か普段よりも生き生きとした目で(あの、普段死んだ魚の目みたいな光の灯らない目してる教授が、だぞ!? ぼくはちょっとした恐怖を感じたね)頷いた。
いつもと違う教授に戸惑いつつも、辺りを見回したぼくは、ふと棚に刺さっていた一冊の本に目が留まる。
「あ、教授。そこの『ホグワーツの歴史』、借りてもいいですか?」
「ん……別に構わんが。何だ、貴様も『秘密の部屋』に興味のある口か」
そうですけど、と肯定すると、教授は立ち上がり、『ホグワーツの歴史』を手に取った。
「貸してやるのもいいが、今まで何人もうちの寮生が聞きにきてるからな。簡単な概要くらいなら喋れんこともないぞ」
「え?」
「……っ、鈍いな。我輩が貴様に教えてやろうと言っているのだ。心して聞きたまえ」
どうしたどうした。何か今日の教授、キャラ違くね?
しかしそう突っ込むのもはばかられるため、ぼくはつとめて真面目な顔をして「お願いします」と言ってみせた。
教授は椅子に深々と腰掛けると、指の腹で『ホグワーツの歴史』の背表紙を撫で、口火を切る。
「……秘密の部屋とは、ホグワーツ魔法魔術学校の四人の創始者の一人、サラザール・スリザリンが、ホグワーツを去る時に秘密に造った部屋のことだ。
創始者については知っているな? 各寮にもその名が残っている通り、創始者たちは自身の名を冠した寮を設け、好みの生徒を自身の寮に選び取った。
しかし、サラザール・スリザリンは、ホグワーツの生徒そのものを、生粋の魔法族の家系の者のみに限ると考えていた。それが後、他の三者、特にゴドリック・グリフィンドールと決定的に決裂し、サラザール・スリザリンはホグワーツを去った。
しかしその際、自分の継承者が、ホグワーツに相応しくない生徒を追放出来るよう、『秘密の部屋』をこっそり造り、そこにスリザリンの怪物を封じて、ホグワーツを去った……と言われている」
ぼくは黙って、教授の言葉の続きを待った。
「しかし、それから千年経った今も、『秘密の部屋』は見つかっていない……『秘密の部屋』はあくまで伝説であり、真実ではない。『秘密の部屋』などは存在しない……
それが、我々の出した結論だ。誰かが考えた空想話が広がったものと」
「じゃあ……先日の事件も、愉快犯だったと?」
声を上げると、教授は「そうだろう」と頷く。
「でも、ミセス・ノリスは石になったんですよね? あんなの、一生徒が出来るものじゃないですよ。ましてや、愉快犯なんて。教師か、もしくは相当な魔力の持ち主か……」
そこで、ぼくは口をつぐんだ。静かにぼくを見つめる教授の目を、しっかと見返す。
ああ、この目は。
なるほどなるほど、そういうことか。
「……疑ってるんですか、ぼくを」
「自覚があるようだな」
カップを手に、教授は立ち上がった。お代わりの紅茶を注ぐ後ろ姿を、奥歯を噛んでじっと見る。
「貴様、先日の事件の犯人だと思われてるぞ」
知ってたか? と聞かれ、思わずあっけに取られた。
「やっぱりな。本人の耳には入らないようにするなんて、さすが学生というものだ。つめの甘さも含めてな」
「な……何で、ですか。ぼくには何の関係も……」
「あるじゃないか。貴様の兄ハリー・ポッターは、あの事件の第一発見者だ。猫を失ったフィルチが我を忘れてポッターが犯人だとわめき散らしたのを聞いた生徒だって多い。そして、猫を石にすることくらい簡単だと思わせる程、魔力を持った人物が、ポッターのすぐ近くに一人いる……短絡的な人間なら、繋げてしまうのももっともだと思わないかね?」
ぼくの前から空になったカップを教授が取り上げた。目線を落とし、こぶしにぎゅっと力を入れる。
「……まぁ、でも」
よかったよ、と教授は、ぽつりと呟いた。
「……え?」
「やってないだろ?」
そう言ってぼくを見た教授は、何と言ったらよいのだろう、凄く……穏やかな表情をしていた。
そう……たとえるなら、幣原を見つめているような。
心許せる友人と相対しているかのような暖かな視線に、自然、目が奪われる。
「……今日はもう遅い、帰りたまえ。完成したら、実物を持ってくるように」
「は……あ、あの!」
ガタン、と椅子を蹴り、ぼくは立ち上がった。ぼくに背を向けた教授は、顔だけで振り返る。
「……あの。また、暇な時とかに来ても、いいですか?」
教授は、しばらく黙ってぼくを見ていたが、やがて顔を戻すと「次もまた、もてなすとは限らんぞ」と呟いた。教授の背に、ぼくはにっこりと笑って見せる。
「ありがとうございます」
歓喜に騒ぐ胸の内を悟られないうちに、ぼくは部屋から立ち去った。