【完結】空の記憶   作:西条

42 / 295
第13話 些細で大きな違和感

 夢を、見た。

 悪戯仕掛人らと、セブルス、そしてリリーと、皆で雪合戦をする夢。

 最初は普通の雪合戦だったのだが、悪戯仕掛人がいる中で「普通」なんてありえない。最後は三メートル大の巨大な雪玉が飛んできたり、火を吹く巨人が雪玉を弾き飛ばしたりと、何でもありなゲームだった。

 でもまぁ、楽しかったな、と、寝起きのぼんやりした頭で思う。

 

「アキ、起きてるかー」

 

 とその時、アリスがぼくのベッドのカーテンをシャッと引っ張って開けた。大欠伸をしたぼくを見て、「珍しいじゃんか、お前が俺より起きるの遅いなんて」と、にやっと笑う。

 

「……あれ? 今……」

 

 慌てて時計を見ると、朝食時間の十五分前だった。普段より一時間以上の寝坊だ。急いでパジャマから制服に着替え出したぼくに「そう急がなくてもいいぞー」と声を掛けながら、アリスはぼくの机に置いてあった本を手に取り、ベッドの端に腰掛けた。

 

「夜更かしでもしてたんか?」

「まぁね……早目に仕上げときたい分があってさ」

 

 シャツのボタンを留め、ズボンを履き、ベルトを締め、ネクタイを結び、靴下を履き、セーターを被り、ローブに袖を通す。

 もごもごとコートを羽織ったぼくに、アリスが呆れたように声を上げた。

 

「おい、暑くねーのかよ」

「アンタは感覚おかしいんだよ。雪積もった真冬なのに、シャツ一枚とか気が狂ってるとしか思えないね」

「……俺の気が狂ってるかどうかはともかくとして、だ。とりあえず今日は、俺に軍配が上がったな」

 

 え、と声を漏らしたぼくに対し、アリスは立ち上がるとカーテンを思いっきり開け放った。そのまますたすたと窓の方に歩みを進め、窓も全開に開け放すと、親指で外を指差す。

 

「寝ぼけてんのか? 今はまだ11月だよ」

「……え……あっ」

 

 かぁっと頬が赤く染まるのが分かる。

 言い返す言葉もなくて、でも慌ててコートを脱ぐのは癪なので、殊更ゆっくり脱ぐと、きっちりハンガーにまで掛けて、クローゼットの奥深くへと仕舞い込んだ。

 きっと今年の冬は、寒さで凍えるまでこのコートは引っ張り出さないだろう。

 

 手櫛で髪を梳かすと簡単に結び、澄ました顔でぼくはアリスを追い抜いた。「ほら、行くよ」と肩を竦めれば、アリスは喉の奥で笑いながら、素直について来る。面と向かって笑われるよりも、そっちのが相当恥ずかしい。

 苦虫を噛み潰したような顔で歩くぼくに、同寮の友人はぎょっとして道を開ける。

 

(……早まってんだ、幣原の時間が、現実の世界より)

 

 今までは、そりゃ日付までとは言わないまでも、大体同じペースだった。同じように年を取り、同じように季節が巡っていた。

 でも今は、違う。

 急に早まった、そのことは、何か意味があるのだろうか。

 不意に浮かんだ不安感を照れで打ち消して、ぼくは食堂へと向かう足を速めた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「こんにちは。顔色がいつも通り悪そうですけど、スネイプ教授、元気ですか?」

 

 満面の笑みで首を傾げたぼくに、教授は大きくため息をついた。

 

「何の用だ」

「まぁまぁ、そう急かさずに。ぼくと教授の仲じゃないですか」

「どんな仲だ!」

「えっと……昔あれやこれや色んなことがあった今、お互いの誕生日プレゼントを贈り合う間柄……」

 

 ぼくの軽口に、教授の眉間に深い皺がぎゅっと刻まれる。どうやら今日は、そうご機嫌ってな訳ではないらしい。

 こほん、と咳払いをして、ぼくは表情を引き締めた。

 

「今日は一つ、見て頂きたいものがありまして」

 

 そう言って羊皮紙の束を軽く持ち上げると、教授は少しだけ興味を引かれたらしい。ぼくの手から羊皮紙を取り上げると、ドアを押さえて顎で部屋の奥をしゃくる。どうやら入室のお許しが出たようだ。

 

「それでは、失礼しまーす……」

 

 軽く頭を下げ部屋に足を踏み入れると、ぼくは辺りを見回した。一年の頃見た部屋と、内装はそう変わっていない。壁一杯の棚にぎっしりと詰まった本と魔法薬は、見ているだけで圧巻だ。

 自室へ繋がる扉は開いているが、しかしこれは勝手に入っていいものだろうか。

 

「何をそこで突っ立っている。早く中へ入りたまえ」

 

 と、背後で声がした。同時に背中をぐいと押され、思わずつんのめりそうになる。おっとっと、とバランスを取ったところで、ドアが閉まる音が聞こえた。

 

「座れ」

 

 命令形ですかそうですか。幣原の前ではあんなに可愛いいい子なのに、どうしてこうなったやら。どれもこれも長い歳月のせいだろう。

 ともあれ大人しく腰を下ろした。

 コトン、と目の前にカップが置かれる。暖かそうに湯気を上げる目の前の物体に、思わず「え」と声が漏れた。

 

「何だ」

「いや……だって、カップ……」

「客人をもてなすのは人としての基本だろう」

 

 ……えー、だってさぁ。

 ぼく前入ったとき、もてなされてないんですけどー。

 でも文句を垂れるとせっかくのお茶も取り上げられそうなので、ぼくはぐっと言葉を飲み込み「ありがとうございます」と礼を述べて、カップに口をつけた。途端、今まで味わったことのないくらい芳醇な香りに包まれ、目を見張る。

 教授、いい茶葉持ってんなぁ! 

 このお茶目当てに通うかもしんない、ぼく。そのくらい美味しいぞ。お茶にはこだわり派なのかなぁ、教授。

 

「さて……聞かせてもらおうか、アキ・ポッター。これ、貴様が全部一から考えたのか?」

 

 バサッ、とぼくの前に先程の羊皮紙を置くと、教授は神妙な顔のまま指を組んだ。トントントン、と神経質そうに、指先が三度動く。

 ぼくはカップを脇にやると羊皮紙を手に取り、目を落とした。

 

「元ネタはありますよ。マグル界でのインターネット、ご存知ですか?」

「……使ったことはないが、原理程度は知っている」

「じゃあ、電子メールも分かりますよね?」

 

 教授が頷くのを横目で見て、ぼくは説明を始める。

 

「発想の原点はそこです。離れた場所にいる二者が、同時に会話する方法はないか。現在マグル界に極々普通に存在する電話やメールといった機器が、魔法界には全くと言っていいほどない。だから……」

「だから……作ったと?」

 

 教授の声は、心なしか少し震えていた。不審に思い目を上げるも、続きを促され改めて羊皮紙に書いてある図面を見る。

 

「はい。本当は電話を真似たかったんですが、技術がなくて……メールを真似るくらいしか出来ませんでした。魔法式が合っているか、見てもらいに来たんですけど……」

「あぁ……しかし、まさかこの歳で……ひょっとして……」

「……教授?」

 

 ぼんやりと宙を見つめる教授に声を掛けると、はっとした風に教授は我に返った。コホンと咳払いをし、「魔法式の確認だったな。どれ、見せてみろ」と身を乗り出す。

 数箇所ちょっとしたスペルミスを直された後、教授は「貴様も中々やるもんだなぁ」と何故か普段よりも生き生きとした目で(あの、普段死んだ魚の目みたいな光の灯らない目してる教授が、だぞ!? ぼくはちょっとした恐怖を感じたね)頷いた。

 いつもと違う教授に戸惑いつつも、辺りを見回したぼくは、ふと棚に刺さっていた一冊の本に目が留まる。

 

「あ、教授。そこの『ホグワーツの歴史』、借りてもいいですか?」

「ん……別に構わんが。何だ、貴様も『秘密の部屋』に興味のある口か」

 

 そうですけど、と肯定すると、教授は立ち上がり、『ホグワーツの歴史』を手に取った。

 

「貸してやるのもいいが、今まで何人もうちの寮生が聞きにきてるからな。簡単な概要くらいなら喋れんこともないぞ」

「え?」

「……っ、鈍いな。我輩が貴様に教えてやろうと言っているのだ。心して聞きたまえ」

 

 どうしたどうした。何か今日の教授、キャラ違くね? 

 しかしそう突っ込むのもはばかられるため、ぼくはつとめて真面目な顔をして「お願いします」と言ってみせた。

 教授は椅子に深々と腰掛けると、指の腹で『ホグワーツの歴史』の背表紙を撫で、口火を切る。

 

「……秘密の部屋とは、ホグワーツ魔法魔術学校の四人の創始者の一人、サラザール・スリザリンが、ホグワーツを去る時に秘密に造った部屋のことだ。

 創始者については知っているな? 各寮にもその名が残っている通り、創始者たちは自身の名を冠した寮を設け、好みの生徒を自身の寮に選び取った。

 しかし、サラザール・スリザリンは、ホグワーツの生徒そのものを、生粋の魔法族の家系の者のみに限ると考えていた。それが後、他の三者、特にゴドリック・グリフィンドールと決定的に決裂し、サラザール・スリザリンはホグワーツを去った。

 しかしその際、自分の継承者が、ホグワーツに相応しくない生徒を追放出来るよう、『秘密の部屋』をこっそり造り、そこにスリザリンの怪物を封じて、ホグワーツを去った……と言われている」

 

 ぼくは黙って、教授の言葉の続きを待った。

 

「しかし、それから千年経った今も、『秘密の部屋』は見つかっていない……『秘密の部屋』はあくまで伝説であり、真実ではない。『秘密の部屋』などは存在しない……

 それが、我々の出した結論だ。誰かが考えた空想話が広がったものと」

「じゃあ……先日の事件も、愉快犯だったと?」

 

 声を上げると、教授は「そうだろう」と頷く。

 

「でも、ミセス・ノリスは石になったんですよね? あんなの、一生徒が出来るものじゃないですよ。ましてや、愉快犯なんて。教師か、もしくは相当な魔力の持ち主か……」

 

 そこで、ぼくは口をつぐんだ。静かにぼくを見つめる教授の目を、しっかと見返す。

 ああ、この目は。

 なるほどなるほど、そういうことか。

 

「……疑ってるんですか、ぼくを」

「自覚があるようだな」

 

 カップを手に、教授は立ち上がった。お代わりの紅茶を注ぐ後ろ姿を、奥歯を噛んでじっと見る。

 

「貴様、先日の事件の犯人だと思われてるぞ」

 

 知ってたか? と聞かれ、思わずあっけに取られた。

 

「やっぱりな。本人の耳には入らないようにするなんて、さすが学生というものだ。つめの甘さも含めてな」

「な……何で、ですか。ぼくには何の関係も……」

「あるじゃないか。貴様の兄ハリー・ポッターは、あの事件の第一発見者だ。猫を失ったフィルチが我を忘れてポッターが犯人だとわめき散らしたのを聞いた生徒だって多い。そして、猫を石にすることくらい簡単だと思わせる程、魔力を持った人物が、ポッターのすぐ近くに一人いる……短絡的な人間なら、繋げてしまうのももっともだと思わないかね?」

 

 ぼくの前から空になったカップを教授が取り上げた。目線を落とし、こぶしにぎゅっと力を入れる。

 

「……まぁ、でも」

 

 よかったよ、と教授は、ぽつりと呟いた。

 

「……え?」

「やってないだろ?」

 

 そう言ってぼくを見た教授は、何と言ったらよいのだろう、凄く……穏やかな表情をしていた。

 そう……たとえるなら、幣原を見つめているような。

 心許せる友人と相対しているかのような暖かな視線に、自然、目が奪われる。

 

「……今日はもう遅い、帰りたまえ。完成したら、実物を持ってくるように」

「は……あ、あの!」

 

 ガタン、と椅子を蹴り、ぼくは立ち上がった。ぼくに背を向けた教授は、顔だけで振り返る。

 

「……あの。また、暇な時とかに来ても、いいですか?」

 教授は、しばらく黙ってぼくを見ていたが、やがて顔を戻すと「次もまた、もてなすとは限らんぞ」と呟いた。教授の背に、ぼくはにっこりと笑って見せる。

 

「ありがとうございます」

 

 歓喜に騒ぐ胸の内を悟られないうちに、ぼくは部屋から立ち去った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。