【完結】空の記憶   作:西条

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第14話 @女子トイレ

 今日は朝から、今にも雨が降りそうな、どんよりとした天気だった。 ぼくはマフラーの両端をぎゅっと握ったまま空を見上げる。

 一月も半ばに入った今、雨が降るとしたら、それはきっと雪か霙だろう。そうなると、選手は体力が奪われて大変だ。

 特に今回は、ぼくの数少ない友人の一人であるジェームズ・ポッターが、弱冠二年ながらもスタメン起用として出場しているのだ。心配するのも当然というものだろう。

 

 しかし、ぼくの心配は、違った方向で裏切られることになる。

 

 試合前から、クィディッチ競技場は、何だか不穏な空気で満ちていた。ぼくはそれを気のせいかと思っていたのだが、選手入場の際に湧き上がった野次の凄まじさに、ぼくの感覚は正しかったことを思い知らされる。

 

「ねぇ、一体今日はどうしたの?」

 

隣に座るリィフに尋ねると(今回はちゃんとレイブンクロー観客席に座っているぼくである)、リィフはため息をつきながら、形式だけの笑みを浮かべた。

 

「そっか、秋はあんまり馴染みがないんだっけ」

「何にだい?」

「グリフィンドールと、スリザリンの確執に」

 

 そう言って、リィフはグリフィンドールとスリザリンの観客席をちらりと見た。どちらの寮生も大声を上げていて、何を言っているのかぼくにはさっぱり分からない。そのせいで、普段は聞き取りやすいリィフの英語でさえも、くぐもって聞こえた。

 

「確執……」

「ずっと昔から、この二つの寮は仲が悪くてね。創始者の頃からと言われているし、こりゃもう因縁だ。グリフィンドールの生徒はスリザリンを嫌ってるし、スリザリンの生徒はグリフィンドールを憎んでいる。これは変わらない、ホグワーツの慣習みたいなものだ」

「…………」

「秋もそのうち慣れるよ。このくらい、いつものことだ」

 

 リィフの笑顔に、ぼくは応えることが出来なかった。

 

 試合が始まると、野次はますます激しくなり、解説すらもまともに聞き取れないほどになった。英会話を習いたてのぼくにとって、正直解説を聞くのは、この状況でなくても難しい。諦めて、ぼくは試合中のジェームズの姿を探すことにした。

 

 程なくして、ジェームズは見つかった。戦況から離れた上空で、ふわふわと飛び回っている。しかしジェームズの顔面すれすれをブラッジャーが飛んできたのに、思わず血の気が引いた。

 間一髪で避けて、すぐさま箒の方向を変え逃げようとしたジェームズだったが、ブラッジャーはそんなジェームズを永遠と追いかけまわしている。ブラッジャーがこんなに一人の選手を狙うことはないのに、と不思議に思ったが、よくよく目を凝らせば、スリザリンのビーターがジェームズ目掛けて、間髪いれずにブラッジャーを打っているのだ。

 

「うっわ、えげつな……二年の新米だからって、ここまで集中攻撃かよ……」

 

 リィフが毒づいた。

 ジェームズがギリギリで避けるたび、グリフィンドールの野次も高まっていく。ジェームズはブラッジャーを避けるのに精一杯で、スニッチを探すことすらままならない。グリフィンドールの選手が順調に得点を重ねているが、しかしそれは、ジェームズ一人に二人のビーターがついていて、ゴールを邪魔されないからだろう。

 しかし、ジェームズがスニッチを掴まない限り、グリフィンドールの勝利となることはない。

 これは確かに、えげつないぞ。

 

「他の寮相手じゃ、スリザリンもこんな挑発的なことは仕掛けないんだけど……相手が悪かったね」

 

 グリフィンドールのシーカー、君の友達だろう? と、リィフは尋ねた。

 

「これが、トラウマになんなきゃいいけど。てか、怪我しないといいけど」

 

 リィフには、そして競技場に集まったほとんどの観客には、既に勝敗が見えていたのだろう。

 その通り、130対170で、スリザリンの勝利が決まった。

 試合時間、2時間45分。

 ジェームズは、始まって2時間で、他の選手と交代し、フィールドを去った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 クィディッチの試合が終わった後も、何となく寮に居つくのが嫌で、かといって図書館などで勉強する気にもなれず、ぼくは一人、廊下をとぼとぼと歩いていた。ホグワーツの大きな窓からは、夕日が明るく輝いているのが見える。眩しくて、顔を背けた。

 グリフィンドールとスリザリン。寮同士の対立は聞いてはいたけれど、ここまではっきりと見て取れるものなのか。

 こんな伝統は、どうして存在しているのだろう。

 皆仲良く、なんて、そんなの綺麗事だ。子供のぼくにだってそれくらいは分かる。

 じゃあ、どうしてこんなにも、胸の中がもやもやするのだろう? 

 

「秋?」

 

 声に、振り返った。小さく息を呑む。

 

「……セブルス……」

「久しぶりだな」

 

 いつも通りの仏頂面に、手には大きな専門書。一番上まで神経質に留められた制服のボタン。普段青白い顔は、夕日に当たってか、少し血色がよく、穏やかな顔に見えた。

 

 瞬間、分かった。

 ぼくが、何を気にしていたのか。

 思いついたのと、言葉に出したのは、ほぼ同時だった。

 

「セブルスは」

 

 口に出してしまったら、もう止まらない。戻れない、引き返せない。

 人に向けた言葉は、取り消せない。

 

「ずっとずっと、リリーやジェームズ達と、ぼくと、一緒にいてくれるよね?」

 

 それは、確認のような、懇願の言葉だった。

 セブルスの表情が、僅かばかり驚いたように変わる。

 

「急に、一体どうしたんだ?」

 

 その一拍の間ですらも、神経が捩れるくらいにじれったい。

 早く、そうだよと言って。ずっと一緒なんだと、そう誓って。

 自分は寮同士の対立なんか興味ないと、そう言い切って。

 

「君とぼくとリリーは、いつまでも友達でいられるよね?」

 

 どれだけ自分は切羽詰ったような表情をしていたのだろう。それを見る術はないけれど、セブルスの返事から、なんとなくそれは読み取れた。

 

「ああ、約束する」

 

 その言葉に、肩の力が抜けた。ほっと安心して微笑んだぼくに、セブルスも小さく笑みを浮かべてくれる。

 

「僕とリリーが、君を置いてどっかに行く訳がないだろう? 少しは信頼してもらいたいものだな」

 

 セブルスの、ぼくの抱いていた不安とは少しばかり論点の違う話を、あえて訂正せずに、ぼくはただ、嬉しくて笑っていた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 唯一のレイブンクローとグリフィンドールとの合同授業である、闇の魔術に対する防衛術は、初回のピクシー妖精以来、物凄くくだらない授業へと姿を変えていた。自分の本の中から素晴らしい(と本人が思っている)場面を抜き出し、自ら演じてみせる授業。

 白けたその授業に興味を示す人物は、ハーマイオニーといったロックハートが格好いいと思っているような視野の狭い乙女を除いてほとんどいなかった。

 アリスなんて大概寝てるか、他の授業のレポートしてるか。ぼくも皆も大体そのようなものだ。

 

 しかし、今はそのどちらでもない。ぼくは拳を組み、その上に顎を乗せ、壇上で行われる授業を静かに見物していた。

 

 理由は簡単。

 

「ハリー。大きく吼えて――そう、そう――そしてですね、信じられないかもしれないが――」

 

 ロックハートの茶番に、我が敬愛すべき兄貴、ハリー・ポッターが付き合わされているからである。

 ロックハートはハリーがお気に入りらしく、茶番にしょっちゅうハリーを誘ってくる。普段は真っ黒い笑顔を人の目も気にせず振り巻き断るのだが、今回は何故かノリノリだった。いや、ノリノリとまではいかないか。イヤイヤとノリノリが7:3くらいだ。

 

「ねぇロン、うちの兄貴は一体どうしたっていうの?」

 

 隣に座るロンに尋ねてみると、ロンは曖昧に首を傾げた後、救いを求めるようにハーマイオニーに視線をやった。ハーマイオニーは肩を竦めると、今度教えるわとばかりに目配せをする。何だか仲間外れのようで、ちょっとだけ寂しい。

 皆が知っていることを、ぼくだけが知らない。そんな気分。

 

 チャイムが鳴り、一気に皆が目を覚ました。騒がしくなった教室内で、ロックハートの声が響く。

 

「――宿題。ワガワガの狼男が私に敗北したことについての詩を書くこと! 一番よく書けた生徒にはサイン入りの『私はマジックだ』を進呈!」

 

 きっとその本は、ハーマイオニーに行くのだろう。サイン入りだなんて、売ったら結構な金になりそうなものだ。本を貰おうと頑張る気力はないが。

 

 ちらりと隣のアリスを見ると、まだ眠たそうに前をぼーっと見つめていた。普段より険のない眼差しで、本日最後の授業ということもあり、朝整えられた髪はだいぶ大人しくなっている。その横顔を見ていると、面影がふと、リィフに重なった。思わず瞬きをする。

 どうして今まで気付かなかったのだろう? 

 性格の違いか、纏う雰囲気の違いか。金髪に碧の瞳、なんて、ここ、英国にはありふれていたからか。

 

 こんなに似ていることに、今まで気付かなかったなんて。

 

 唐突に言葉が口をついて出た。

 

「そういえば、アリス。リィフ・フィスナーって、君の親戚にいたりする?」

「いない」

 

 驚くほどの速さで返事が返ってきた。う、とぼくは黙り込む。アリスは、眠気が一気に吹き飛んだかのような目つきで立ち上がると、乱暴に椅子を蹴り、すたすたと一人歩いて行った。

 

「何だ、あいつ……」

 

 訝しげに眉を寄せる。と、その時ハリーが席へと戻ってきた。アリスが消えた扉を眺めると、「一体どうかしたのかい?」と首を傾げる。

 

「何でもないよ、多分」

「そう? ならいいんだけど」

 

 ハリーは思いの他あっさりとそう言うと、ふと悪戯っぽい顔を見せた。声を潜めて「付いてきてよ、黙ってるだけでいいから」と言うと、ぼくの手を取り歩き出す。向かった先は何故だかロックハートの所で、しかも不思議なことに、ロンとハーマイオニーも付いてきた。

 ハリーが目配せすると、ハーマイオニーがロックハートの元へ進み出る。そして珍しく歯切れの悪い口調で「あの――ロックハート先生?」と尋ねた。

 

「わたし、あの――図書館からこの本を借りたいんです。参考に読むだけです」

 

 ロックハートはシャイニングスマイルと共に振り返ると、ハーマイオニーを見た。かぁっとハーマイオニーの顔が色を塗ったように赤くなる。可愛いなぁ、これで相手がロックハートなのが残念だ。

 

「問題は、これが『禁書』の棚にあって、それで、どなたか先生にサインをいただかないといけないんです……先生の『グールお化けとのクールな散策』に出てくる、ゆっくり効く毒薬を理解するのに、きっと役に立つと思います……」

「あぁ、『グールお化けとのクールな散策』ね! 私の一番のお気に入りの本と言えるかもしれない。おもしろかった?」

「はい、先生。本当にすばらしいわ。先生が最後のグールを、茶漉しで引っ掛けるやり方なんて……」

 

 すばらしいのか。ぼくはあそこ、声を出して笑ったけどな。

 

「そうね、学年の最優秀生をちょっと応援してあげても、誰も文句は言わないでしょう」

 

 ロックハートはにこやかに微笑むと、机の引き出しからすごく大きい、利便性よりも見た目を重視しましたと全身全霊で主張しているような孔雀の羽ペンを取り出した。そしてロンの顔を見て(どうやら呆れた顔をしていたようだ)「どうです、素敵でしょう?」と笑いかける。ロンは曖昧に笑みを返した。

 

「これは、いつもは本のサイン用なんですがね」

 

 枠からはみ出るほどの大きな丸文字で、ロックハートはハーマイオニーの差し出す紙にさらさらとサインをすると、その紙をハーマイオニーに返した。そしてハリーに目をやると(ハリーがぎくっとたじろいだ)「で、ハリー」と、本当かどうかよく分からない自慢話を始める。ロンとハーマイオニーと頷き合って先にその場を離れると、廊下に出てハリーを待った。

 

「ねぇ、禁書の棚の本を借りたいだなんて、一体どうしたの?」

「ちょっと色々あるのよ。落ち着いた場所で話すわ」

 

 ハーマイオニーは息を切らしながら言う。と、その時ハリーが教室から飛び出してきた。4人で歩きながら、ハリーが呟く。

 

「信じられないよ。僕たちが何の本を借りるのか、見もしなかったよ」

「そりゃ、あいつ、能無しだもの。どうでもいいけど。僕たちは欲しいものを手に入れたんだし」

「能無しなんかじゃないわ」

 

 ハーマイオニーが反論するのに、ロンは「君が学年で最優秀の生徒だって、あいつがそう言ったからね……」と皮肉げに言った。

 

 ハーマイオニーが司書のピンス先生の審査を通り抜け、無事に大きな古そうな本を両手に抱えてきた後、ぼくらはまた廊下を歩いていた。三人とも気が急いているのか、無意識のうちに普段より歩くスピードが速い。口数がぐっと少なくなった三人に、ぼくも黙ってついていく。

 

 着いた先は、三階の女子トイレだった。ハーマイオニーが躊躇いもなく入り(そりゃそうだ、女の子だもの)、ぼくら男三人は立ち止まる。するとハーマイオニーに「何してるの、入ってきなさいよ」と一喝された。

 

「いや、入ってきなさいって……」

 

 たじろぎながらも、表札を確認する。確かに女子トイレだ。ハリーが諦めたような表情で「アキ、ここはもう誰も使ってないから、気にせず入っていいんだよ」とぼくを促し、自らも女子トイレに足を踏み入れた。ロンはしばらく文句を垂れていたが、ハーマイオニーに論理的にまくしたてられ、すごすごと中に入っていく。意を決して、ぼくも女子トイレに入っていった。

 

 ……なんか、物凄く、なんてーか……精神に掛かる負担が大きい行為だ、これ。

 

「さて、アキ。こんなところまで連れてきてしまって、悪かったわね」

「まさかぼくの生涯で女子トイレに入る羽目になるとは、露ほども思ってなかったよ」

 

 ぼくの皮肉とも愚痴とも付かぬ言葉を聞き流し、ハーマイオニーは「あなたの意見も聞きたいの」とはきはきと言った。

 

「説明するわ。私達が今、一体何をしているのか」

 

 ハーマイオニーは最初からすらすらと、まるで台本でもあるかのように淀みなくぼくに語ってくれた。ミセス・ノリスのあの事件のこと、サラザール・スリザリンが作ったという『秘密の部屋』について、そして継承者について――

 

「私たちは、スリザリンの継承者を、ドラコ・マルフォイだと考えているわ。いえ、疑っているのよ」

「…………、……」

 

 何か言おうとした、でも言葉は出てこなかった。

 マグル生まれの子供を排除し、純粋な魔法族の子供のみに教育を施したいと願っていた――それがサラザール・スリザリンだと言うのなら、その継承者もまた、同じ思想を持っているだろう。そして、確かにドラコはこの上もなく、その人物に相応しいように思えた。

 

「でも、突拍子なさ過ぎる。ぼくらがよく知っている人物から、条件に当てはまる奴をピックアップしたに過ぎないじゃないか」

「だけど、アキ、あいつ以上に当てはまる奴なんて、中々いないんだよ」

 

 と、ロン。

 

「今、魔法界でも混血が進んで、本当に正真正銘混じりけなしの純粋な魔法族の家系ってのは本当に少なくなってるんだ。僕が知ってる中でも、僕んとこのウィーズリー家に、マルフォイ家、ベンジャミン家にベルフェゴール家、後もう一つが……あぁ、あそこは混じったんだっけ。とまぁ、代表的なのは4家しかない。その中で一番闇の魔術に寄ってるのが、マルフォイ家だ。あの家系は全部スリザリン出身で、いっつもそれを自慢してるしね。あいつならスリザリンの末裔だっておかしくはない」

「もちろん、可能性の話だけどね」と、ハーマイオニーが引き継いだ。「だから、私達は確かめようと思ったの」

 

 そう言って、ハーマイオニーは借りてきたばかりの分厚い本をバラバラと捲った。さすが禁書、ぞっとするような挿絵がいたるところにある。スネイプ教授は好きだろうな、こういうの、と、失礼にも何となく想像してしまった。

 

「あったわ。ポリジュース薬」

「ポリジュース薬!? 君ら、まさか……」

 

 驚いて叫ぶ。

 ポリジュース薬は、少なくとも学生がおいそれと手を出してはいけないほど危険な劇薬だ。作るのも大変だし、またその手順も複雑怪奇。その代わり、きちんと調合さえすれば、一時間他人の姿になることが出来る。闇祓いの入学試験でも出されたほどの、超高度な魔法薬だ。

 

「そう、そのまさかよ」

 

 ハーマイオニーはそんなことを、真面目な顔で言ってのける。いや、でも、これは流石にハーマイオニーでも難しい――でも、真剣な瞳で文字を追うハーマイオニーを見ていると、もしかして彼女なら……といった感情が沸いてくるのは不思議なものだ。

 

「こんなに複雑な魔法薬は初めてお目にかかるわ……クサカゲロウ、ヒル、満月草にニワヤナギ……」

 

 ロンとハリーはハーマイオニーに全てを丸投げするつもりらしく、ハーマイオニーの呟くことにうんうんと頷くだけだ。しかしその二人も、さすがに「変身したい相手の一部」という言葉は聞き捨てならなかったらしい。

 

「なんだって、どういう意味? 変身したい相手の一部って。僕、クラッブの足の爪なんか入ってたら、絶対飲まないからね」

「でも、それはまだ心配する必要ないわ。最後に入れればいいんだから……」

 

 ハーマイオニーはロンを無視して本を読み進める。清々しいまでのシカトっぷりだった。

 

「ハーマイオニー、どんなにいろいろ盗まなきゃならないか、わかってる? 毒ツルヘビの皮の千切りなんて、生徒用の棚には絶対にあるはずないし、どうするの? スネイプの個人用の保管倉庫に盗みに入るの? うまくいかないような気がする……」

 

 ハリーの言葉を遮るように、ハーマイオニーがぴしゃりと本を閉じた。男共は皆黙り込む。

 

「怖気づいて、やめるって言うなら結構よ」

 

 女子トイレに、ハーマイオニーの声が朗々と響いた。

 

「私は規則を破りたくはない。わかってるでしょう。だけどマグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい魔法薬を密造することよりずーっと悪いことだと思うの。でも、二人ともマルフォイがやってるのかどうか知りたくないっていうんなら、これからまっすぐマダム・ピンズのところへ行ってこの本をお返ししてくるわ」

「僕たちに規則を破れって、君が説教する日が来ようとは思わなかったぜ」

 

 ロンが小さくぼやいた。ハーマイオニーはぼくの方に向き直ると、キラキラした目で身を乗り出してくる。

 

「この作戦のためには、あなたの力が必要なのよ、アキ。こんな複雑な魔法薬、私一人でなんて到底無理、無謀だわ。でも、あなたに直接これを飲ませるつもりもない。あなたがドラコ・マルフォイやスリザリンの何人かとも仲がいいことくらい知ってるもの、その友情を壊すようなこと、出来ないわ。ただ、手伝って欲しいの。そして、マグル生まれの子が脅迫される事件を、一緒に解決してほしいと思ってる」

 

 ハーマイオニーが差し出した手を、ぼくは少し考えてから、握り返した。「そうだね」と、ぼくはため息をつく。

 

「ドラコから聞き出すっていうんなら、きっとアクアも近くにいるはずだし。あの子の前で演技なんて、出来る気がしないしね」

「ありがとう」

 

 ほっとしたように、ハーマイオニーが笑った。ぼくも、「ぼくに、君らマグル生まれの子が一人でも助けられるのなら」と言って、僅かに微笑む。

 

 ハーマイオニーもマグル生まれだ。先日面と向かって『穢れた血』なんて言った奴が、秘密の部屋の後継者かもしれない、ということは、中々の恐怖だろう。気丈に振舞ってはいるが、事情は何となく読める。

 

 ハーマイオニーははっとしたように、少しだけ息を呑んだ。それに気付かぬふりをして、ぼくはハリーに向かい合う。

 

「そうだハリー、君に渡したいものがあるんだ」

「何だい?」

 

 ハリーが訝しげに眉を寄せた。ぼくはカバンの中から、三十センチ四方くらいの羊皮紙を取り出す。その端をハリーに掴んでもらうよう言うと、ぼくもその反対側の端を右手で摘んだ。そして左手で杖を取り出し、ちょっとした魔方陣を空中で組むと、コツンと杖で羊皮紙に触れる。

 

 途端、カァッと明るい光が小さな個室中に飛び散った。眩しさに思わず腕を上げ、顔を逸らす。光が弱まった頃、薄目を開けて羊皮紙を見ると、そこにはラテン語の文字が浮かび上がっていた。

 

「ねぇアキ、今のは何だい?」

「ふふ、まぁ見てなよ」

 

 やがて、浮かび上がった文字が消える。それを見届けた後、ぼくは羊皮紙を真っ二つに引き裂いた。片方をハリーに持たせると、「ちょっと見ててよ」と笑って羽根ペンを取り出す。そして、自分側の羊皮紙に『ハリー・ポッター』と書き込んだ。

 

「えっ?」

 

 ハリーの驚く声が聞こえる。それににニヤッと笑うと、ぼくはハリーを振り返った。

 

「ちゃんと送られた?」

 

 ハリーが、手元の羊皮紙を表にしてみせる。そこには確かにぼくの字で『ハリー・ポッター』と書かれていた。

 

「いきなり浮かび上がったんだよ。……あ、もしかして。これが、君が夏休み中掛かって作ってた発明品?」

「正確にはもっと前からなんだけどね。ま、送られたのなら何よりだよ」

 

 あげるよ、持ってて。と、ぼくはハリーに言った。

 

「これがあれば、お互いすぐに連絡を取り合える。ぼくに何か伝えたいことがあったなら、君もその羊皮紙に書いてみてよ。……あぁ、そうだ。ちなみに、ハリーが手に取らないとその文章、写らないからね。先生達くらいに魔力のある人じゃない限り、ただの羊皮紙にしか見えないから」

「へぇ……分かったよ、大事にする。ありがとね、アキ」

 

 ハリーは無邪気な笑顔をぼくに向けた。その笑顔はとても暖かくて、穏やかで、ぼくに対する信頼に満ちていて……。

 

 この笑顔を守りたい、それだけだった。

 

 クィレルの賢者の石事件があってからというもの、ぼくはこの発明品作成に熱中した。まだ二年のぼくに専門的な知識はなく、思ったより時間が掛かってしまったが……とりあえず、今の不穏な校内、ハリーが巻き込まれる前に渡せてよかったと思う。……もう巻き込まれているような気もするんだけど。

 

 ぼくが、ハリーを守る。

 

 この紙切れ一枚で、ハリーを巡る運命が変わるかは分からないけれど……それでも。

 

 ハリーは大切な、ぼくの家族だ。

 

 そんな決意を胸に秘めて、ぼくは静かに微笑んだ。

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