【完結】空の記憶   作:西条

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第17話 花火

 終了式が終わった後、悪戯仕掛人の4人組と、ぼく、セブルス、そしてリリーは、連れ立って夜中の中庭に出てきていた。

 初めて見る夜の中庭は、奥に禁じられた森が見えるせいかとても暗く、少し恐ろしく見えた。

 しかし、悪戯仕掛人の4人は何度も夜外に出ているらしく、慣れたものだ。

 

「よい、しょっと……秋、水、このくらいで大丈夫かい?」

「うん、十分だよ」

 

 ジェームズが、湖からバケツに水を汲んで戻ってきた。ぼくは笑顔で宣言する。

 

「それでは、今から……第一回、花火大会を開催します!」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 きっかけは、魔法薬の授業だった。ある決められた物質を燃やすと特有の光が出る、すなわち炎色反応を習った後、セブルスと話している時、ふと「花火って作れんじゃね?」という話題になった。

 その時はただの夢物語と思っていたのだが、思った以上に話が弾み、さあ後は実験してみるのみ、という段階にまで話を作りこんでしまった。

 そんな面白そうな話に、悪戯仕掛人が乗らないわけがない。

 とんとん拍子に話は進み、終了式終了後、皆で自作した花火大会をしよう、ということになった。

 

「おいブラック、手元が震えて危なっかしいぞ。僕が火をつけてやろう」

「スネイプは黙ってろ! 火くらいつけれるに決まってんだろ」

「どうだか」

 

 皆でわいわいしながらロウソクに火を点すと、いよいよ花火大会が始まる。

 花火大会、といってもそんなに大げさなものではない、このメンバーで手持ち花火をする、といった小規模なものだ。

 それでも自分たちで自作したものを試すのは皆楽しく、あっという間に、結構数があった花火は消費されていく。

 

 赤、青、緑に輝く闇。

 白く光って、最後には燃え尽きる。

 花火に火がついているときは、近くにいた人と他愛もない話をして。火が消えたら、新しいものを取りに行って。

 花火が尽きても、話のネタは、尽きることがなかった。

 

「あーあ……終わっちゃったな」

 

 なくなった花火に残念そうなため息を漏らすリリーに、ぼくは小さく笑ってみせた。

 

「最後に、一つ用意してるんだ。……皆で、どうかな?」

 

 ぼくが最後まで取っておいたのは、線香花火。イギリスにはない、日本独特の花火。

 派手さは全然ないけれど、静かにジリジリと、時には華やかに、オレンジの光が舞う、幻想的な花火。

 火花を眺めているときは、自然と皆静かになって、自分の花火をじっと見つめていた。

 

 オレンジ色の火花が、皆の顔を染めている。セブルスが、リリーが、ジェームズがシリウスがリーマスがピーターが、皆確かにここにいて、そして今、最高に楽しい時を過ごしている。

 

 どうか、この友情が、永遠でありますように。

 

 玉が落ちなかったら、この願いはきっと叶う。

 

 そう、祈った。

 

 玉は音も立てず、落ちずに消えた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

「アリスっ! 何でリィフ・フィスナーのこと聞いたとき、『知らない』なんて嘘ついたのさっ!」

 

 朝食のあの騒ぎの後、ぼくらレイブンクローの二年生は寮の談話室で、アリスに詰め寄っていた。談話室に下りてきたアリスは、唐突に同級生一同に囲まれて面食らったようだったが、納得したようにため息をつくと、小さく舌打ちをした。

 

「そっか、お前一度、あいつの顔見てたんだっけ」

「どうして嘘ついたんだよっ」

 

 息巻くぼくに、アリスは冷めた目を向ける。思わず気が削がれるぼくに構わず、アリスは集まってきた同級生らに対して一言「暇人だな」と呟いた。

 

「どうだっていいだろ、あんな奴のことなんざ。それより明日の予習の方が、お前らには大切なんじゃねぇの?」

 

 嘲りをも含むその口調に、数人が殺気立つ。

 ぼくは挑発されるよりむしろ、そんなことを言うアリスの方が気がかりだった。

 あいつは、自分から敵を作るタイプじゃない。それが、どうして……。

 

「……フィスナー! 口を慎め!」

「育ちが悪いもんでね、こりゃ生まれつきだ。神経逆撫でしたんだったら、悪かったな」

「テメェ……!」

 

 レイブンクローの生徒は、他寮と比べても大人びていて落ち着いている奴が多い。

 それでも、まだ12歳だ。挑発されりゃ、それが安い挑発だと分かっても、買わずにはいられない。

 

「ハッ、育ちが悪いなんて、どこの冗談だ? 魔法界でも屈指の名門、フィスナー家のご子息がよく言うよ」

 

 一人が、逆に挑発し返した。

 アリスの目の色が、僅かに変わる。眉がすっと寄った。

 

「王室直属、そして英国魔法界の始まりから脈々と連なる『中立不可侵』の家系、羨ましいねぇ? 中流家庭で5人家族のウチとはえらい違いだよ。まぁ、アンタは? その煌びやかな家系の中でも一番の問題児で、落ちこぼれだけどなぁ!」

 

 そこまで言われてアリスが黙っていないことは、この一年ちょいの付き合いで読めていた。アリスが手を出すよりも先に二人の間に割って入る。

 アリスは舌打ちをして拳を下ろすと、ぼくを見下ろした。

 

「ぼくの質問に答えてよ」

「答える義務はない」

「今日の朝起きてこなかったの、わざとだろ」

 

 ぼくの言葉に、アリスは少し驚いたようだった。

 

「知ってたんだ、君は。今日、君のお父さんが来るってこと。……ねぇ、どうして会いたくないの? そこまでして君は、お父さんを嫌うの?」

 

 苛立ったように、アリスの目が細まる。普段の、アリスが怒ったときとはまた違う反応だ。

 こんな表情をするのかと驚いた矢先、肩を押された。思わず後ろに倒れこみかけたのを、数人の同級生が助けてくれる。

 その間に、アリスは一人、談話室を出て行った。

 

 パタン、と扉が閉まる音を皮切りに、同級生の皆が今のアリスについて文句を言い始める。

 

「大丈夫か? かなり強く押されたみたいだったけど」

「全然大丈夫だよ」

 

 助けてくれた同級生数人の手を払うと、ぼくは寮の出口へと急いだ。

 ぼくの背中に、声が掛かる。

 

「あんな奴放っとけよ、アキ!」

 

 ぼくは何も言わずに扉を押し開け、前を目指した。

 

「アリスっ!」

 

 廊下の先に、見慣れたシルエット。それを目指して駆け出したぼくだったが、しかし、そもそもの運動量の差か、体力の差か、ぼくはあっという間にアリスに撒かれてしまった。

 行き場がなくなり、ぼくは廊下の真ん中でただただ立ち尽くす。

 

「どうして……」

 

 誰もいない廊下で、一人呟いた。

 

「どうして、父親をあそこまで嫌うんだ……」

 

『……アンタ、母さんと結婚なんてしなきゃ良かったんだよ。……俺なんて、生まなきゃ良かったんだ』

『アンタの言い訳は聞き飽きた! こうやって無駄に親ぶるのも世間の目ぇ気にしてなんだろ、ホントは今にもこんなガキと縁切りてぇ癖に!』

 

 夏休み、ハリーを探して迷い込んだ、ダイアゴン横丁の裏路地で聞いてしまったあの会話。

 今までずっと聞けずにいたけれど……。

 

「……アリス……君は、何で……」

 

「……君は……」

 

 声に、顔を上げた。あ、と、思わず声を漏らしそうになる。

 驚いたのは向こうも同じようで、あ、という口の形のまま、ぼくの姿を凝視していた。

 そりゃそうだ。幣原秋の知り合いだった者は、ぼくに会うと大体こんな反応をする。

 ぼくの姿に、幣原の面影を見出す。

 懐かしい亡霊を見たかのように立ち尽くし、呆然とする。

 彼――リィフ・フィスナーもご多分に漏れず、そんな人間だった。

 

「あぁ――すまないね。ちょっと聞き覚えのある言葉が聞こえたもので、思わず……」

 

 照れたように苦笑し、リィフは頭を掻いた。そして「初めまして。私は魔法省内閣第一王室警護府所属のリィフ・フィスナーだよ。本日挨拶をさせてもらったんだけど、覚えているかな? 本当はもう少し役職名が長いんだけど、勝手に省略させてもらってるんだ。あんまり長いと覚えにくいし、印象にも付きにくいからね」と笑い、右手を差し出してくる。

 ぼくも右手を差し出した。

 ぼくの手がすっぽりと包みこまれるほどの、大きな手。幣原の時代とは比べ物にならないほど、大きくて年を重ねた、大人の手。

 

「覚えてますよ。驚きましたもん」

 

 二重の意味で。

 リィフは――って、彼の友人でもないぼくが大人の男性を(しかも友達の父親を)こうしてファーストネームで呼んでいいものか分からないのだが――「そう。……驚いた? ……まぁ、いいか」と頷くと、少し辺りを見回した。誰もいないことを確かめると、小声で尋ねる。

 

「今、『アリス』と聞こえた気がしたんだけれど……良かったら誰のことか教えてくれないかい? いや、その……その名前に心当たりがあってさ。えっと……その、君が仲がいい女の子だったりするのかな?」

「違いますよ。ぼくの知るアリスは、男ですから」

 

 リィフの目を見て、答える。

 この目の色、アリスにそっくりだな、と考えながら。

 笑顔を浮かべた。

 

「初めまして。ぼくはアリス・フィスナーの友人の、レイブンクロー寮所属のアキ・ポッターです。これからよろしくお願いしますね、アリスのお父さん」

 

 リィフは、しばらく唖然としていたようだったが――やがて小さく笑うと、目を細めてぼくを見た。

 

「それなら話が早いようだね。あいつに友達がいたとは、何よりだ」

「……実の息子なのに、不思議な表現をするんですね。人ごとみたいだ」

「人ごとだよ。あいつの友達なら分かるだろう?」

「人ごとって……」

 

 リィフは、どこか疲れたような笑顔を浮かべた。

 

「君は何だか、結構色んなことを知っているようだね。もちろん、うちのことも」

「……そう多くは、知りませんよ」

 

 アリスは、自分のことを全然語ろうとしないから。

 ぼくがアリスについて持っている知識は、一年余りを過ごしてきたにしては、あまりに少ない。

 8月25日生まれのA型で、趣味は昼寝。意外と読書が好きで、意外と字が上手い。几帳面だけど、身の回りは適当。

 時折、左耳の雪印ピアスに触る。触る時一瞬だけ、穏やかな顔をする。

 それだけ? ――それだけ。

 父親はリィフ・フィスナー。

 では、母親は? 家族構成は? 兄は、弟は、いるのだろうか。

 分からないことが多すぎて、知らないことが多すぎて、まるで、信頼されていないようだ。

 本当にそうなのかもしれない。

 アリスは、誰も信頼していないのかもしれない。

 

「ダイアゴン横丁で、たまたまあなたとアリスを見掛けたんです。その……言い争っている、ところを」

「ああ……あれか」

 

 リィフは遠い目をして、虚空を眺めた。

 

「それは、みっともないものを見せてしまったね。私のことを、酷い父親だと思っただろう?」

「いえ、そんなことは……」

 

 アリスがそれ以上に衝撃的すぎて、そちらを思う理由がなかった、というのが正解かもしれない。

 でも確かに、実の息子の顔をグーで殴った姿は、未だに覚えている。

 

「言い訳をさせてもらうなら、あの時数日、眠っていなくてね。少々イライラしていたんだ。殴り合いなんて我が家では日常のことだけれど、驚かせてしまったのなら、すまなかったね」

「……アリスはあなたのことを、憎んでいるようでした。父親だと認めたくないかのように――」

「あぁ……あいつは、私を父親だとは、もう二度と思いはしないんだろうね」

「どうして――アリスとの間に、何があったんですか?」

 

 切なげに、リィフは目を伏せた。

 

「――僕は、ダメな父親だから」

 

 小さく呟かれたその言葉に、思わず目を瞬かせた。自然、黙り込む。

 

「今度は私から、質問させてくれないか?」

 

 その沈黙を破ったのは、リィフ・フィスナーだった。

 彼はぼくの目を見たまま、真剣な表情で尋ねる。

 

「変なこと聞くようだけどさ、……幣原秋って、親戚にいたりしないかい?」

 

 昔よりもずっと精悍で、ずっと体つきも変わったリィフは。

 それでも、目の色だけは、昔と変わらないのだなと思った。

 少年時代の面影を僅かに残しただけの、大人になってしまった彼の瞳の中に。

 ぼくは、少年の頃のリィフ・フィスナーを、見つけた気がした。

 

 ぼくはしばらく無言でいた後。

 

「いないですね。……人違いじゃないですか?」と、小さく呟いた。

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