【完結】空の記憶   作:西条

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第35話 私の世界、あなたの世界

 足音に、リリーと二人で目配せをした。そして、二人で息を詰めて数秒待つ。自分の心臓の鼓動がうるさく聞こえてしまうほどの静寂と興奮の中、ぼくらは二人で「わっ!」と叫び、セブルスの目の前に飛び出した。

 

「うわぁっ!?」

 

 単純だが効果のある悪戯に、セブルスは見事驚いてくれたようだった。その場から固まって動かない。

 悪戯の成功に二人で手を叩いて喜んでいると、やがて、セブルスははあっ、と大きなため息をつき、頭を押さえた。

 

「……秋、リリー。君らはちょっと、あいつらに影響され過ぎやしないか? リリーはともかくとして、秋までが乗るとは思ってなかったよ」

「何を言ってるんだいセブルス! ぼくはそんなに大人しい子じゃないよ」

「やっぱり私の見立ては正しかったのね! 秋、ノリノリで乗ってくれたわよ。やっぱ持つべきものは良き友! よねー」

 

 セブルスが1人の時に物陰に隠れ、脅かす。言葉で書けばこんな十数文字で表せてしまう程度の行動だが、これを実行するのは案外難しい。まずセブルスを1人で、人気のない廊下に誘導すること、そしてそれを先回りして待つということ。タイミングもかなり重要だ。セブルスの目の前に急に現れないと、驚きも半減してしまう。

 

 リリーはその点、とても優秀な仕掛け人だった。さすが、セブルスの幼馴染なだけはある。セブルスが「昔のリリーはすごくやんちゃで……」と苦い口ぶりで語るのが、少しだけ理解できたほどだ。

 

「それで? これからどんなコンボが待っているんだ? 爆竹がパンパン鳴りながら後ろから迫ってくるのか? カエルが無限に増殖して部屋を溢れ返らせるのか?」

「あれ? 私、そんなことしたっけ」

「したんだ! 勝手に忘れられちゃあ困る」

 

 ぼくはリリーと顔を見合わせた。リリーが可愛らしくウィンクをする。そんな可愛らしい外見とは裏腹に、一体何をやっているんだ君は。

 

「今回は本当にあれで最後の悪戯か? まだ続きがあるんじゃないだろうな」

「やだなぁ、あれだけだって。そんなに警戒しないでよ」

「ふん、どうだかな……リリーとずっと一緒にいて、警戒しなくなる方がおかしいんだ」

 

 どれだけリリーに悪戯されてきたんだ、セブルスは。

 

「セブルスが悪戯されそうな顔してるからなんじゃない?」

「どんな顔だ!」

「そんな顔よ、セブ」

 

 ぼくとリリーは顔を見合わせてクスクス笑い合った。セブルスは言い返そうと何かを言おうとしたようだったが、諦めたように肩を下ろす。

 

「大広間では悪戯仕掛人がまだ何やらやってるみたいだが、君らはいいのか? 行かなくて」

「別にぼくら、悪戯仕掛人じゃないしね。セブルスとリリーとこうして三人でいる方が、ぼくは好きだな」

「そうそう。やっぱりこの三人じゃないとねー」

 

 そう言うぼくらに、セブルスはちょっと驚いたようだった。ぼくらを交互に見た後、ふっと表情を和らげ「君らは……」と呟く。

 

「私達が離れていくとでも思って安心してたんでしょ。残念でした、私達はセブのことがだーいすきだから、いっくらセブが望んでも離れてなんてあげませーん」

「まぁ、三人とも寮が違うのにわざわざ一緒にいる辺り、離れる気なんてそうそうないよね」

 

 そう、これは、ぼくが出した結論。

 ぼくと、リリーとセブルス、この三人の友情ほど手放したくないものは、ぼくにはない。

 これこそが、ぼくが守りたいもの。

 そう、胸を張って言える。

 

「……ありがとう」

 

 セブルスが小さな声でそう言った。ぼくらは笑顔で、それに応える。

 

「よーし、じゃあネタばらししましょうか!」

 

 リリーが大きな声でそう言った。きょとん、とするセブルスの前にぼくは出ると、にやっと笑って赤く長い、リリーの髪の毛みたいなカツラを外す。その下に現れた黒髪を見て、セブルスはぽかんと口を開けた。同時にリリーが、まるでぼくの髪のような黒髪のカツラを外すと、ぼくの隣に並んだ。杖を取り出し、一振りで声を元に戻す。

 

「……あー、うん。やっぱり自分の声がしっくりくるよ。自分の喉からリリーの声が出てくるなんて、なんか妙な感じ」

「私はむしろ、自分が喋ってないのに自分の声が聞こえることの方が変に感じたわ。それにしても秋、スカート似合うわね」

「ぼくとしては早く着替えたい限りなんだけどね……すごく心許ないんだけど、これ。女の子はいつもこんなに不安な気持ちで一杯なの?」

「うーん、慣れれば別に何ともないんだけどね。そうだ秋! 今度本格的に女装させてよ。あなた目は大きいし睫毛長いし、すっごく可愛くなると思うの! いや、今も可愛いんだけどさ!」

「全力で断る!」

 

 呆然とぼくらを見ていたセブルスが、ようやっと「な……なっ!?」と我に返ったように後ずさった。ぼくら二人を交互に見た後、もう一度「……はぁっ!?」と叫ぶ。

 

「き……君ら、いつの間に!?」

「ん? 一番最初の、セブを脅かす前から」

「で、でも……た、確かに君らは体格も似てるし、身長も同じくらいだし……で、でも目の色とかは!?」

「カラコンって言うのが、今女の子の間で流行ってるの」

「声は!?」

「流石にそれは魔法を使ったんだ。結構魔法式を組むの、苦労したんだよ?」

 

 息を呑むセブルスに、ぼくら二人は笑顔で、声を揃えて言った。

 

「「悪戯成功!」」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 学期末の試験がなくなったことに、学校中が歓喜に沸いた。普通なら試験期間真っ最中の筈なのに、ぼくら生徒は一足早い夏休みが来たとばかりに全力で遊びほうけている。

 ついこの前まで寒さが抜けなかったのに、夏が訪れ、この英国に、ホグワーツに焼けるような暑さを振り撒き始めた。

 

 中庭の木陰で、僕は芝生の斜面に寝転んでいた。闇の魔術の防衛術の授業が中止になったため、この一コマはぼくたちレイブンクロー生にはありがたい空き時間だ。さっきまで読んでいた分厚い本を枕に、ぼくは空を眺める。

 

 雲の動きが早い。風が芝生をさあっと駆け抜け、鳥がすっと空を横切った。

 

「アキ」

「うわあぁっ!?」

 

 視界が銀に覆われた。それが何かを理解するのは、頭より身体が早かった。

 ぼくの運動能力では驚くべきと表現出来るほど早く、ぼくは身体を起こして振り返る。

 

「あ……、アクア」

 

 長く真っ直ぐな銀髪。小柄で華奢な体躯。きっちりと留められた制服には、スリザリンのカラーであるグリーンが、あらゆるところに刺繍されている。

 

 アクアも、ぼくの咄嗟の動きに驚いたらしい。ぽかんとぼくを見ていたが、やがて口を開いた。

 

「……びっくりした」

「あ、ごめん……えと、まあぼくもびっくりしたし、おあいこってところで。で……」

 

 辺りを見回した。

 

「……え、と。何か用?」

「……用ってほどじゃ、ないんだけど。あなたと話したいと思って」

 

 ほう。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。舞い上がってしまいそうだ。

 

「スリザリンは、授業は?」

「……さっき、早めに終わったの。薬草学の授業。もう、2年生で習う範囲は終わっちゃったからって。……あそこで寝てるのはアキかな? と思って、来てみたの」

 

 アクアはその場に、スカートの皺を気にしつつ座った。

 ……あー、もうね、なんだか分からないけどとりあえず嬉しいね。心が温かくなるっていうの? アクアがぼくの視界の中にいるってだけで、何だか浮き足立ってきてそわそわする。

 

「……無事で、よかった」

「あはは……ありがとう」

 

 言葉に困って、頭を掻いた。ぼくはただ、巻き込まれただけなのだ。ハリーをおびき寄せるためにリドルが使った、囮の役割。

 あれだけ散々ぶちのめされたのに怪我一つしていなかったのは、流石夢の世界だから、というべきだろうか。

 

「……それと。あのね。フィスナーの件、ありがとう」

「え? ……あ、あぁ……別に、ぼくは何もしてないよ」

 

 笑って頭を振る。ぼくはただ、思いのままに二人に対して思いをぶちまけただけだ。関係を修復させたのは、間違いなく二人がお互いに歩み寄ったから。

 

「……でも、きっかけを与えてくれたのは、あなたよ。ドラコもあなたには感謝してた。お礼が遅くなって、ごめんなさい」

「そんな、お礼だなんて。いいよ、アクアのその言葉だけで、ぼくは十分だよ」

 

 むしろ、そこまで心を配ってもらえるアリスがむしろ羨ましいほどだ。

 

「ドラコは? 最近落ち込んでるって、風の噂で聞いたけど」

「あぁ……別に、放っておいて大丈夫よ。アキが気にすることじゃないわ。ドラコのお父様が、ホグワーツの理事長の職を辞された、それだけのことよ。校内を威張って歩けないのが不満みたい」

 

 くすくすとアクアは笑った。僅かに彼女の頭が揺れ、銀髪が日の光に当たってキラキラと輝く。

 

 やがて、お互いの間を沈黙が流れた。でも、この沈黙は嫌なものじゃない。穏やかで、何だか暖かい。なんとなく、ずっと一緒にいたいと思う。

 

「……ねぇ、アキ」

「……ん?」

 

 アクアは、僅かに不安げな表情で、ぼくを見上げた。

 

「あなたは、この世界が好き?」

「え……」

 

 思わず、アクアを見返した。ごくり、と唾を飲み込む。

 アクアはどうして、そんなことを訊くのだろう。

 この世界とは、何を指しているのだろう? 

 

「そうだね、好きか嫌いかって言われたら、迷い無く好きって答えられるくらいには好きかな、ぼくは。ぼくが大好きな人たちが一杯いるこの世界が、ぼくは大好きだよ」

 

 物言いたげに、アクアの瞳が揺れた。

 今のぼくの答えは、正解だったのだろうか。それとも間違えてしまったのだろうか。アクアの表情から、それは読み取れなかった。

 

「……アキは、優しいわね」

「そうかな? ぼくは、自分の思う通りに生きてるだけだよ」

 

 くすり、とアクアは柔らかく微笑む。

 

「……私も、大好きな人たちが一杯いるこの世界は、大好きよ」

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