「……君の親は、また来るのか?」
何故かそわそわとするセブルスに、ぼくは首を傾げつつも「多分来ると思うよ」と答えた。
ホグワーツ特急のコンパートメントにて、ぼくはセブルスとリリーと一緒に、最後の時を過ごしていた。
ジェームズやシリウスたちとはコンパートメントどころか車両まで結構離れているので、向こうで何があっているのか分からないが、多分いつも通りの大騒ぎが起こっているのだろう。そう想像して、思わずくすりと笑った。
リリーは、ぼくの微笑みを別の意味に解釈したようだ。笑って「セブは、秋のお母さんのことが好きなのよねー」と言うと、セブルスの肩に腕を回す。
「なっ、何を言うんだリリー!」
「ごまかさなくてもいいわよ。幼馴染の目は確かっ! 初恋が人妻だなんて、セブもなかなかやるわねぇ!」
「セブルス、ぼくのお母さんのことが好きなのかい? それは初耳だったなぁ。でもごめんね、うちの両親は仲がいいから……」
「君も本気にするんじゃない、秋!」
セブルスが頬を赤らめる。その反応が物珍しくて、ぼくはリリーと顔を見合わせて笑った。
◇ ◆ ◇
「お帰り、秋!」
母が笑顔で手を広げるのに、ぼくは素直に飛び込んだ。ぎゅっと優しく抱き締められ、自然と笑顔が零れる。
「ただいま! 母さん」
キングズ・クロス駅に着くと、父と母はぼくを待っていてくれていた。父も「お帰り」と笑顔でぼくの頭を撫でる。
「さーて、セブルスくんとリリーちゃんはどこかな? 秋」
「あそこだよ」
指差すと、笑顔で母は二人に近付いて行き、「二人ともお帰りー!」とセブルスとリリーを抱き締めた。リリーは嬉しそうな笑顔を浮かべて母を抱き返したが、セブルスは顔を真っ赤に染めてされるがままでいる。
その様子が面白くてぼくは声を上げ笑ったが、父はちょっとだけ不満そうだった。多分、母を取られた気分でいるのだろう。全く、未だに子供っぽい人だ。
ふと、金髪の女の子が目に入った。お母さんらしき人の手を握ったまま、母に抱き締められているリリーをじっと、睨むように見つめている。
あの子には見覚えがあった。一年の頃にリリーと一緒にいた女の子だ。ということは、リリーの姉妹か。
リリーの家族は、確か全員がマグルだ。その中で一人、自分だけが魔女であることを、そして姉と離れることになってしまったことを、密かに気に病んでいる。
この子が、リリーの姉か。
視線に気付いたか、彼女がぼくに目を向けた。じっと睨みつけるような視線に、吸い込まれそうになる。
「じゃあね、二人とも、元気でね!」
そう言って母は二人から離れた。その瞬間、彼女はぼくから目を逸らし、ぱっとお母さんの後ろに隠れてしまう。
ぼくの父が、リリーの両親に気付いてそちらに歩くと、二言三言言葉を交わす。
彼女はちらりと顔を覗かせると、再びぼくをじっと見つめた。ぼくも黙って彼女を見返す。
「秋、行くよ!」
そう言われて、はっと我に返った。
「じゃあ、また学校で!」とリリーとセブルスに手を振ると、彼女に目を向ける。彼女に向けて小さく手を振ると、向こうも気付いたようで、驚いた表情を見せた。
「さあ、帰ろうか、秋」
父がそう言って、ぼくに左手を差し出す。
頷いて、ぼくは父の手を掴んだ。
◇ ◆ ◇
楽しい時は、いつだってあっという間に過ぎていく。
終了式(と言う名の宴会)で、リィフが本日付けでホグワーツを離れ、元の通り魔法省内閣の王室警護任務に戻るらしい。最後にもう一度会ってみたいと思っていたけれど、女子生徒の嘆きがハンパじゃなかったので、こりゃ無理だと判断した。今日の夜は、リィフの部屋に引っ切り無しに女子生徒が訪れることだろう。
アリスはほっとしたような惜しいような、複雑な表情をしていたが、アリスの元にもリィフのファンの女の子が押し寄せてくるようになり、大変辟易しているようだった。アリスの元に女子がこんなに集まるなんて、珍しいこともあるもんだ。そう面白がって見学していたら、凄まじい勢いで睨まれた。これを期に、アリスも社交性を持ってもらいたいと思う。
今日は、ホグワーツ特急に乗って家に帰らなければならない日だ。また、あのダーズリー家での悪夢のような日々が始まるのか。そう思いながら憂鬱げに、昨日詰め込んだ荷物をコンパートメントに運び込む。
「アキ、手伝うよ」
そう言って手を差し伸べたハリーの手を、ぼくは笑顔で取った。
やがて、汽車が動き出す。ハリーやロン、ハーマイオニー、フレジョの双子にジニーと一緒のコンパートメントは、退屈という二文字の存在すらも疑うほどに楽しかった。
魔法が使える最後の数時間を存分に楽しもうと、「爆発ゲーム」をしたり、双子が持っていた花火をしたり、魔法で武器を取り上げる練習をしたり。ハリーはめっきり武装解除の呪文が上手になっていて、感嘆するばかりだ。
途中で、ぼくらのコンパートメントにアリスが入ってきた。
アリスは最初こそ、このコンパートメントの騒々しさに引いていたが、フレッドとジョージの双子に「騎士様のお出ましだー!」「フィスナー卿ー!」ともみくちゃにされるうちに、どうでもよくなったらしい。双子は、人を楽しい気持ちにさせる魔法を持っている。すばらしい魔法だ。
アリスが、トイレに行く、と言って席を立つと、ちらりとぼくに目を向けた。察して、二言三言喋った後にぼくも立ち上がる。
コンパートメントの外で、アリスはぼくを待っていた。そのままぼくを見ないまま、アリスは足を進める。
デッキに出ると、風が顔面を直撃した。衝撃に反射的に目を閉じて、ゆっくりと目を開く。
風景が、猛スピードで流れていく。アリスは鉄柵にもたれたまま、流れる木々をじっと見ていた。
アリスの金髪が、風に掻き回されてあちこちへと飛び回る。アリスの左耳についた雪印のピアスが、煽られてキラキラと舞った。
「……前、ぼくに手紙が来たんだ。『アリス・フィスナーに近付くな』ってだけ書かれた手紙」
アリスが、ふとぼくを見た。
ぼくは意地の悪い笑顔を作る。
「あれ、君が出したんだろ?」
「……性格悪ぃな、お前。そういうのは察しても言わねぇってのがセオリーじゃねーの?」
アリスもぼくを見て、にやりと笑った。
「ホントに意味わっかんねー奴だな、お前」
「そうでもないと、君の友達なんてやってらんないよ」
風が想像以上に強い。髪を押さえて、ふと目を上げると、木々の間に海が見えた。アリスも「おっ」と声を上げ、二人でそちらを無言で見つめる。
「お前、夏休みうちに来ないか?」
「アリスの家に?」
「あぁ……その、な。親父、今まで働きすぎだ、少しは家族を大事にしろーってんで、この夏休み一杯休暇をもらったらしいんだよ。でも……」
「アリスと二人じゃ間が保たない、と。で、話し相手にぼくが?」
「ま、簡単に言やぁそんなもんだ。勿論、お前が良ければの話だが」
アリスの提案に、ぼくは少し迷った。
と、その時、新たな声が加わった。
「行っておいでよ、アキ」
慌てて振り返ると、そこにはハリーが、何もかも了解している、という顔で笑っていた。
「あんまりにも君たちが遅いからさぁ、ひょっとして何かあったんじゃないかーって、僕が探しに来たってわけ。全く、ジニーもいるってのにフレッドとジョージったら『ひょっとしたらフィスナー卿×アキ殿下の秘められた恋が!』『主従関係に対する反逆行為ですな! 下克上とはいい響きだ!』なんて盛り上がっちゃってさぁ、早く帰ってこないと、更にエスカレートしちゃうよ」
「……双子が何を言ってんのかいまいちぼくには理解できないんだけど、まぁそれは置いといて、だ」
人間同士を掛け算して、一体何が楽しいのだろうか? そもそもどうやって掛け合わせるのだろう。まぁいいや。
「行ってもいいのかい? ハリー」
「あぁ。行っておいで。僕は大丈夫だから」
そんなこと言われても、あのおじさんおばさん達の中にハリーを一人残すのは不安で仕方がない。
アリスも、ぼくの家の事情は理解している。「アキの兄貴、お前もアキと一緒にうちに来れば……」と言いかけたのを、ハリーは笑顔で制した。
「僕ら二人とも行っちゃったら、いじめる相手がいなくて、それはそれでおじさん達が怒るでしょ? だからアキ、君一人で行ってらっしゃい」
それでもぼくが不安げな目を向けると、ハリーは優しくぼくの頭を撫でた。ぼくよりもずっと大きい、それは、『兄の手』だった。
「お兄ちゃんを、信じなさい」
ハリーがふと、遠くを見つめた。眩しそうに目を細め、微かに微笑む。
ぼくも振り返ると、ハリーの目線を追った。アリスが天を仰ぎ、息をつく。
「綺麗だな」
珍しくも、アリスが感嘆の声を漏らした。
吸い込まれていきそうなくらいの、蒼く澄み切った空。
その色を心に焼き付けようと、ぼくは目を見開いた。
秘密の部屋編、完結。
次話からアズカバンの囚人編に参ります。