【完結】空の記憶   作:西条

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第4話 幼馴染

「魔法魔術大会? 何それ」

「君は本当に、ホグワーツの行事に興味がないんだね」

 

 ぼくの数少ない友人の一人、リィフ・フィスナーがしみじみと呟く。「興味がない訳じゃないよ、ただそれよりも本を読んでるのが好きなだけ」と反論したが、リィフは肩を竦めてため息をついた。信じてないな、こいつ。

 

「魔法魔術大会ってのは、三年に一度ホグワーツで開催されてるイベントだよ。僕らが一年の時にも開催されてた筈だけど、(おぼ)えてないかい?」

「一年の時は右も左も分からない中、とにかく英語に必死だったから周りを見る余裕なんて無かったんだよ」

 

 あまり積極的に思い出したいことではない。

 リィフは一瞬だけ申し訳なさそうに顔を歪めた。そんな顔をさせるつもりはなかったんだと、ぼくは慌てて「で、その魔法魔術大会がどうしたの?」と尋ねる。

 

「あぁ。これは簡単に言えば『ホグワーツの中で魔法を一番上手に使える生徒は誰だ!』ってイベントなんだ。最近は時勢を反映してか、前回から一対一の決闘方式に変わったんだけど。実はこのイベント、四年生から出場可能なんだよね」

 

 なんとなく嫌な予感がした。こんな予感ほど、無駄に当たるのだ。

 

「……で、ぼくにどうしろと?」

「秋、出てみなよ!」

「イヤ」

「即答かよっ!」

 

 ほら、やっぱり。

 ツンと顔を背け、数占い学の教室へと歩みを進める。「ちょっと待ってよぉ……」と情けない声を上げたリィフが、程なくして隣に並んだ。

 一夏見ない間に、リィフは凄く背が伸びたようだ。成長期だろうか。もう十四歳だものね。

 ……ぼくの成長期はいつだろう。お利口さんにしていたらサンタさんも成長期もちゃんと来るって、ぼくはそう信じている。

 

「……大体、ぼくなんかが出たところで簡単に負かされちゃうに決まってるよ。四年生から出られるって言っても、五年生や六年生、七年生だって出るんだよ? 勝ち目なんてある訳ない」

「そんなことないですよ。前回の優勝者は四年生でしたから」

 

 リィフではない声が返ってきたのにギョッとした。慌てて振り返る。

 

「「フリットウィック先生!」」

 

 我らがレイブンクロー寮監かつ呪文学教授、フィリナス・フリットウィック先生。温和で優しく授業も分かりやすいと、自寮以外の生徒からも大好評の先生である。小鬼の血が混ざっているということで、ホグワーツでも数少ない、ぼくより背が小さい人だ。

 フリットウィック先生はぼくらに「こんにちは。いい夏休みを送りましたか? 秋くん、リィフくん」とニコニコ笑いかけた。

 

「上々です」

「いい夏休みでしたよ」

 

 ぼくらも先生に笑みを返す。フリットウィック先生は「さて、先程の話の続きですが」と前置きして口を開いた。

 

「決闘と言っても死ぬようなものじゃありませんしね。君達は成績も優秀ですし、生涯で一度くらい決闘を経験しておくのも有意義だと思いますよ?」

「流石フリットウィック先生、かつて決闘チャンピオンだっただけはありますね!」

 

 リィフの声に目を瞠った。フリットウィック先生が決闘チャンピオン? 先生は照れたように「昔の話ですよ」と苦笑する。

 

「歳が下だといって上級生に敵わないなんてことはありません。優勝したら盾やメダルももらえますし、将来ホグワーツを卒業した後にも役に立ちますよ。腕試し感覚でエントリーしてみてはどうでしょうか」

 

 実はですね、とフリットウィック先生は肩を竦めて声を潜めた。ぼくとリィフは身体を屈め、先生が話す言葉に耳を傾ける。

 

「三回連続、グリフィンドールに優勝をかっさらわれてるんです。そろそろ、我らレイブンクローの時代が来てもいい頃じゃありませんかね? ミネルバの誇らしげな顔は、もう見飽きました」

 

 そう言ってフリットウィック先生はウィンクした。ぼくとリィフは揃って吹き出す。

 

「そういうことなら、どうだい? 秋」

「ふふっ、仕方ないなぁ。なら、全校にレイブンクローの腕前を見せつけてあげるべきですね」

 

 それでこそ我が寮の生徒です! と、フリットウィック先生が小さな手で拍手する。ぼくとリィフは顔を見合わせ、笑い声を上げた。

 新学期が始まってすぐの、九月。まだ暑い日差しが照りつける時の話である。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 古きを辿れば、ベルフェゴール家は元はブラック家とグリーングラス家の分家に相当する。

 どちらも数少ない純血の名家。そこから分離したベルフェゴールは経済界にて頭角を(あらわ)し、そのまま時の流れに身を任せ──やがて彼らは()()()()()()()

 

「分家であった筈のベルフェゴール家は、いつしか本家より勢力が大きくなった。そんなことは滅多にない。何よりも優先されるべきは本家である。分家とは大樹の枝に過ぎない。ないのは見栄えが悪いが、いざとなったら切り落として差し支えない──その筈なのに、半ば成り上がり的にベルフェゴール家は栄えていった。今や分家と誰も呼ばなくなるほどに。悪魔と契約したのだと、その苗字に(ちな)んで囁かれるほどに」

 

 そこまで言い切り、アリスは一度息をついた。前髪を掻き上げ、左耳のピアスに触れると手を下ろす。

 アリスの部屋は、本人の性格をそのまま反映しているようにすっきりと片付いていた。そもそも最低限しか物がない。本棚に勉強机にベッドにクローゼットと、この名門貴族らしい家の中では唯一と言っていいほど機能重視の部屋だった。まぁ、部屋自体は相当広い訳だけど……。

 

「スリザリン側についたのも確かその頃だった筈だ。ブラック家を筆頭に、ここ近年英国魔法界で強い力を持っていたのはスリザリン派閥だからな。根深い純血主義に迎合した方がベルフェゴールとしても得と判断したのだろう。

 そもそも凄まじく乱暴に定義すれば、英国魔法界はばっさり二つに分けられる。グリフィンドール派とスリザリン派だ、お前も肌感覚としてはあるだろう? ダンブルドア、ウィーズリー、ロングボトム、それにポッターはグリフィンドール(そっち)派。ブラック、マルフォイ、ベルフェゴール、グリーングラス、レストレンジはスリザリン(あっち)派。まぁ人間なんざ言葉で分類できちまうほど簡単な生き物じゃねぇからな。おっそろしく複雑な思惑とかが絡み合ってんだろうけど、ざっくりと説明すりゃあこんな感じだ」

 

 まぁ確かに、おっそろしくざっくりとした解説ではあった。「アリス先生」とぼくはおずおずと左手を上げる。

 

「ぼくとハリーの苗字がさらりと登場したり何やら覚えのある苗字がわんさか出てきたりしている訳ではありますが……」

「詳しいことは俺もよく分からん。何せガキの頃に叩き込まれたことだからな。詳しく知りたいなら親父に聞け。あいつなら大体網羅してるだろうし」

 

 そんなリィフは、今日もまたどこかのパーティーにお呼ばれだ。そんな調子で週の半分は家に不在なものだから、流石は名門のご当主様よと呆れ返ってしまう。

 いずれアリスも家督を継いだらそうなるのかと尋ねたところ、アリスは苦々しい顔つきで「ぜってぇ嫌だ」と首を振った。

 

「でも、家は継ぐんでしょ?」

「俺が継がないと、他に継ぐ奴いねぇからな。俺は一人っ子だし、養子も取らない、新しく妻も娶らないとなりゃあ俺が継ぐしかねぇしよ。《中立不可侵》のフィスナーを、俺のせいで潰すワケにはいかねぇし」

「あぁ……」

 

 去年同室の友人ウィル・ダークに教わったことを思い出す。英国魔法界の秩序を担う《中立不可侵》。グリフィンドール派閥とスリザリン派閥の均衡を保つ影の功労者。

 

「そりゃあなぁ。イギリスの地図が二色に塗り分けられる未来なんざごめんだし。マジめんどいけど誰かがやんなきゃだし、ならウチしかねぇだろって。……激務だから気は進まねぇけど」

 

 アリスは憂鬱げな眼差しだ。まぁ、リィフの働き方を間近で見てるとそう思うよな……。

 でも、フィスナー家って本当に凄い名家だったんだなぁ。普段のアリスからはその辺りの感覚を全然感じないんだけど。

 ドラコほど露悪的にではないにせよ、もっと名門貴族らしく振舞うべきじゃないのかいアリスさんよ。少なくともリィフは、アリスよりはそのように振舞っていたぞ。

 

「さて……お嬢サマの話に戻すぞ。マルフォイに何て言われたっつってた?」

 

 アリスの言葉に、ぼくは慌てて顔を引き締めた。

 そう、本題はそちらの方なのだった。ただ本題に入る前にと、アリスは英国魔法界の派閥に疎いぼくのために『アリスさんの簡単♪ 魔法界名門貴族特集』をしてくれたんだけど……。

 

 ──この世界には、知らないことが多過ぎる。

 強いて、淡々と答えた。

 

「『アクアは、ダメだ。アクアマリン・ベルフェゴールは、()()()だけは、君には渡さない。──悪魔の名を持つ少女は、アキ・ポッターには守れない』と──そう言われた」

 

『渡さない』と言われたことよりも『守れない』と言われたことの方がショックだった。

 ぼくでは彼女を守れないと、面と向かってそう言われた。

 

「……それは、多分」

「ぼくが『アキ・ポッター』だからだ。『例のあの人』を倒したハリー・ポッターの、双子の弟だからだ。そうだろ? アリス」

 

 僅かに目を瞠ったアリスは、やがて静かに頷いた。

 

「……スリザリン側にとって、グリフィンドールの象徴でもある『生き残った男の子』ハリー・ポッターは憎むべき敵だ。『例のあの人』が姿を消し、平和な時代が訪れて尚、そんな時代錯誤な考えに取り付かれた頑迷な奴らは多い」

「……あぁ、そうだろうな」

「それに加えて……ベルフェゴール家。あの中でアクアマリン・ベルフェゴールがどういう立ち位置か分かるか?」

「え? どういう立ち位置って……その一族の直系で、弟がその家の後継だって、そう言ってたんじゃなかったっけ?」

「阿呆。お前はお嬢サマが絡むと、途端に頭の回転が鈍くなる。困ったもんだ、お前としたことが表面的なことしか見えてねぇのか?」

 

 むぅっとぼくは眉を寄せた。そりゃあ一体どういう意味だ。同時に考える。

 ……表面的しか見えていないと評したということは、つまり問題はアクアの性格か? とまで考え付いてからは早かった。

 

「まさか……」

「やっと思い当たったか」

 

 アリスは物憂げに口を開く。

 

「アクアマリン・ベルフェゴール。闇の帝王は間違っていると主張し、両親、はては一族の思想全てを拒絶する少女。ベルフェゴールきっての異端であり、アイツの両親ですら、アイツの扱いには手を焼いている。ベルフェゴール家直系でありながらも孤立している状態なんだ、アイツは」

 

 あの大人しい外見からは想像もつかないほど、アクアが激しく怒った姿を、ぼくは何度か目にしたことがある。

 たとえば一年生の頃。闇の帝王は間違っていると、ドラコに面と向かって叫んだあの時。

 たとえば去年の事。ハーマイオニーを侮辱したドラコの頬を、公衆の面前で張った時。

 

「地下牢に何度放り込まれても、闇の帝王は悪い人だ、皆騙されてるんだと叫ぶアクアを……俺もマルフォイも見過ぎたんだろうな……」

 

 沈鬱そうな表情を浮かべ、アリスは呟いた。

 

「なぁアキ。俺はお前に謝らなくちゃいけないのかもしれない。お前の、アクアに対する気持ちを焚き付けるような真似をしたことを」

「……アリス、それは……」

 

 それは。

 それは、どういう。

 

「『守れない』……言葉通りの意味だ、アキ。好きでこんな奴と一緒にいる訳じゃないと散々喚きながらも、アイツは決してアクアの手を放さなかった。最後には必ず、アクアの元へと戻ってきた。昨日のパーティーだってそうだ……公の場には、大体アイツはアクアのすぐ傍にいた。……アイツの両親に対する恭順が、まさかこんなところで重要となってくるとはな」

 

 アリスは切なげに苦笑した。

 

「ドラコ・マルフォイ。ブラック家を継ぐ者がもういなくなった今、スリザリン派閥の筆頭はマルフォイ家だ。その次期当主であるアイツは、その身分を盾にアクアを一生涯守る気でいる。アクアを害する全てのものから」

 

 そこまでの意志を持ち合わせているとは思わなかったんだと、アリスは微笑んだまま言った。

 

「本当に……すまない、アキ」

 

 やめてくれ。アリス、お願いだから謝らないでくれ。

 惨めになるから。

 

「そりゃあ……『アキ・ポッター』には渡せねぇよな……」

 

 アリスはしみじみと目を細めた。それは、幼馴染を懐かしむような表情で。

 ぼくは開きかけた口をぎゅっと閉じると、何も言えずに目を伏せた。

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