【完結】空の記憶   作:西条

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第14話 共犯者

「秋」

 

 図書館で本を読んでいた時のこと。リーマスから声を掛けられたのは十月の終わり、段々と日が短くなり、寒さを感じだす頃だった。

 

「話したいことがあるんだ。ちょっと来てくれないかい?」

 

 リーマスの笑顔はいつもよりずっと強張っている。

 ぼくはパタンと本を閉じると「いいよ」と言って立ち上がった。

 

 連れて来られたのは、いつも悪戯仕掛人達が集まっているあの小部屋だった。セブルスが悪戯仕掛人から離れた後、ぼくも自然と足が遠のいていたところだ。

 そこにはジェームズとシリウス、ピーターが勢揃いしていた。ぼくがリーマスに連れられて来たのにも特にリアクションがないことから、リーマスはあらかじめぼくを呼ぶと皆に伝えていたのだろう。

 

「話したいことがある……僕のことだ。秋、僕は……僕は、狼人間なんだ」

 

 胸の中に堪えていたものを吐き出そうとするかのように、リーマスは顔を歪めて告白した。

 

 

 

 

 

 ──大体一ヶ月か。

 ぼくは日付を数えて、そう結論づけた。

 一ヶ月。ぼくが気付いていることを悟り、リーマスが悩んだ日数。

 

 リーマスは一つずつ、ゆっくりとした口調でぼくに話をしてくれた。

 自分の両親のこと。幼少期に噛まれたこと。その後の家族の苦労。ホグワーツに入学を許可された時の喜び。

 二年生の時、ジェームズ達に自分が人狼だと勘付かれて無理矢理口を割らされたこと。

 そして今、ジェームズ達が密かに進めている『動物もどき(アニメーガス)』について──

 

 ぼくは椅子に腰掛けたまま、黙ってリーマスの話を聞いていた。両手の指を無意識に合わせ、力を込める。

 

「……黙っていたことを謝るよ。ごめんね。決して、秋を信用していなかった訳じゃないんだ。でも……」

 

 リーマスは俯いた。

 

「……でも?」

「……君に嫌われるかも、と思ったんだ」

 

 ぼくは静かに目を瞬かせた。

 リーマスは続ける。

 

「狼人間なんて、怖いじゃないか……危ないじゃないか、危険じゃないか。だから、君が離れていくことが怖かった」

「…………」

「でも、この一ヶ月で……今までと全く態度を変えることなく、僕と接する君を見て……考えを改めた」

 

 数秒。ぼくは目を閉じた。

 再び目を開いた次の瞬間には、リーマスは──リーマスは、その顔に笑みを浮かべていた。

 

 それは意識的で、無理矢理な笑顔で、その眉は今にも泣き出しそうに歪んでいたけれども、その瞳には決して涙を滲ませない。

 怖くて堪らないという気持ちを綺麗さっぱり押し隠すことに成功したように、瞳に勝気で悪戯めいた感情を浮かべ、リーマスはぼくを見据えた。

 

「──秋。ぼくらの共犯者になってくれ」

「……上出来」

 

 口元を吊り上げ、ぼくは上目遣いにリーマスを見た。

 

「その提案、乗ろうじゃないか」

 

 右手を差し出す。

 ぼくの手を、リーマスはしっかりと取った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 昼食の後は(個人的な)鬼門である、魔法生物飼育学の授業だった。

 

「あれ? アキ、この授業を取るのは止めたって言ってなかったっけ?」

「じ、時間割の変更が上手くできてなかったみたいで!」

 

 ぼくの姿を認めたハリーの問いかけを、両手を振って誤魔化した。ハリーは不思議そうに首を傾げたものの、しかし直後に幸せそうな笑顔を浮かべてみせる。

 

「でも、アキと一緒にハグリッドの授業が受けられるなんて嬉しいよ!」

「……あ、はは……ぼくもだよ、ハリー」

 

 ちょっとだけ心苦しい。

 ロンとハーマイオニーは先程の占い学の授業でのことで、また喧嘩をしたらしい。この二人の喧嘩は日常茶飯事なので、ぼくらは大して気にすることなく歩みを進めた。

 

 とその時、ハリーがキッと目の前を見据える。何だろうとハリーの視線の先を辿ったところ、ドラコとクラップ、ゴイルの三人組がいた。ハリーをチラチラと見ては揶揄するように笑っている。

 

 ドラコとは……あのパーティー以来、一度も口を利いていない。流石のぼくも、面と向かってあんなことを言われた後じゃ、ドラコとどんな顔で会えばいいのか分からない。

 ハリーに話したら、ドラコのことを嫌っているハリーはどんな手段に出るか分からないし……うぅん、どうしたもんかねぇ。

 

 小屋の外で、ハグリッドは皆を待っていた。オーバーを着込みファングを従えたハグリッドは、早く授業を始めたくて堪らないといった表情を浮かべている。

 

「さあ、急げ。早く来いや! 今日は皆にいいもんがあるぞ! すごい授業だぞ! 皆、来たか? よーし。ついてこいや!」

「……ハグリッドがそう言う時は、決まって何かがあるんだよな……」

 

 アリスの呟き声に、ぼくとハリーは深々と頷いた。ちょっと気を引き締めて掛かることにしよう。出来る限り魔法生物には近寄らない方向で。

 

 ぼくらはハグリッドの後をついて校庭を横切った。一瞬森の方に行くのかと危惧したものの、どうやら違ったようだ。

 生徒を放牧場のような場所まで連れてきたハグリッドは「皆、ここの柵の周りに集まれ!」と号令を掛けた。

 

「そーだ……ちゃんと見えるようにしろよ。さーて、イッチ番先にやるこたぁ、教科書を開くこった──」

「どうやって?」

 

 ドラコが冷たく尋ねる。

 

「どうやって教科書を開けばいいんです?」

 

 ドラコがカバンから取り出した教科書は、紐でぐるぐる巻きに縛ってあった。……あー、そういやハリーもベルトで縛っていたっけ。書店では確か本同士で殺し合いをしてたっぽいし、なかなかとんでもない教科書のようだ。

 ……あれ? でもフリットウィック先生がぼくにと用意してくださった本は随分と大人しいようだけど?

 

「だ、だーれも教科書をまだ開けなんだのか?」

 

 ハグリッドの言葉に、ぼく以外の全員が頷いた。ハグリッドは憮然とした表情で「お前さん達、撫ぜりゃーよかったんだ」と言いつつハーマイオニーの教科書を取り上げ、スペロテープをべりりと剥がす。背表紙を一撫でするだけで、教科書は大人しくなった。

 

「ああ、僕達って、皆、なんて愚かだったんだろう! 撫ぜりゃーよかったんだ! どうして思いつかなかったのかねぇ!」

 

 意地悪げに言うドラコ。ハグリッドがみるみる自信を無くして「お……俺はこいつらが愉快なやつらだと思ったんだが」ともごもご呟く。

 うーん、悪いけどハグリッド、愉快ではないかな、困ったことに……。

 

「あぁ、恐ろしく愉快ですよ! 僕達の手を噛み切ろうとする本を持たせるなんてね、まったくユーモアたっぷりだ! アクアがこれであわや指を数本無くすところだったんですからね!」

 

 ごめんハグリッド、それは許せない。

 アリスが隣で「おー、今日もお嬢サマの保護者だな、あいつは」とクツクツ笑っている。

 

 ハグリッドが魔法生物を森から連れてくると言って離れた途端、一気に辺りがざわついた。

 アクアがドラコに何か言っている。それにドラコが何か言い返して──仲いいなぁ、全く。ぼくが悲しくなるほどに。

 

「オォォォォォォォー!!」

 

 急に女子生徒が甲高い声を上げた。思わず何事かと辺りを見渡す。

 馬と鳥を掛けて二で割ったような不可思議な生き物が十数頭、こちらに向かって走ってきている。ハグリッドがそれらを鎖で繋いでいるから安心できたものの、猛烈な勢いに当てられて、気弱な子などは泣き出してしまわないだろうか。

 

 ……別に、アクアの方を窺ったりなんてしていないよ? 彼女はいつも通り、むしろ少しワクワクした顔をしていた。可愛い。

 

「ドウ、ドウ!」

 

 ハグリッドの掛け声に、群れは柵の前で足を止めた。その生き物達を柵に繋ぎ、ハグリッドは嬉しそうな大声で「ヒッポグリフだ! 美しかろう、え?」と笑う。

 ぼくは静かに数歩下がった。どのくらい距離を取っていれば、彼らを怯えさせずにいられるだろう。

 

 ……でも、ハグリッドが「美しい」と言うのも分かる気がする。毛並みの艶が驚くほど綺麗で、彼らが身じろぎをするたびにオーロラのようにキラキラと波打つのだ。いつまでも見ていられる気がする。

 

「そんじゃ、もうちっと、こっちゃこいや……」

 

 ハリー達が恐々と柵に近付いていく様子を、ぼくは少し遠くから眺めた。ハリー達以外はあまり近寄りたくないらしく、皆がハリー達の様子を窺っている。

 

 ……お、アクアは一歩進み出たな。と思ったらドラコに引き止められた。危ないぞ、とでも言われているのだろうか。しかしアクアはドラコの制止を振り切って前に歩みを進めた。ドラコは諦めたように肩を竦め、クラップとゴイルの元に戻っていく。

 

「まんず、イッチ番先にヒッポグリフについて知らなければなんねぇことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ、ヒッポグリフは。絶対、侮辱してはなんねぇ。そんなことをしてみろ、それがお前さん達の最後の仕業になるかもしんねぇぞ。必ず、ヒッポグリフの方が先に動くのを待つんだぞ。それが礼儀ってもんだろう、な?

 こいつの傍まで歩いてゆく。そんでもってお辞儀する。そんで、待つんだ。こいつがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もしお辞儀を返さなんだら、素早く離れろ。こいつの鉤爪は痛いからな。じゃ……よーし、誰が一番乗りだ?」

 

 ハグリッドは期待を込めた眼差しで辺りをぐるりと見渡すも、誰もが尻込みしているようだった。ハグリッドの表情がどんどん曇っていく。

 その時、ハリーが「僕、やるよ」と名乗り出た。

 

「……流石、ぼくの兄貴」

 

 ハリーは放牧場の柵を乗り越え、前に進む。ハグリッドはとても嬉しそうだ。

 

「よーし、そんじゃ──バックビークとやってみよう」

 

 鎖を一本解いたハグリッドは、灰色のヒッポグリフを群れから引き離すと首輪を外した。固唾を呑んで見守る皆の前で、ハリーも緊張したように身構えている。

 

「さあ、落ち着け、ハリー。目を逸らすなよ。なるべく瞬きするな。──ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せんからな……」

 

 ぼくも祈るような心地でハリーを見つめた。ヒッポグリフはまだ動かない。

 心配したハグリッドがハリーを後ろに下がらせようとしたその時、ヒッポグリフは前足を折り、お辞儀をした。

 

 ワッ、と生徒の間でも歓声が起こる。中でも一番喜んでいるのはハグリッドのようだった。

 

「やったぞ、ハリー! よーし……触ってもええぞ! (くちばし)を撫でてやれ、ほれ!」

 

 ハリーとしては下がっていいと言われたかったに違いない。ちょっと困った顔をしながらも、ハリーはヒッポグリフの嘴を撫でた。

 ハリーの勇姿にクラス全員が拍手をした。ぼくも大きな拍手をハリーに送る。

 

「よーしと。ほかにやってみたいモンはおるか?」

 

 ハリーが成功した姿を見て勇気づけられたのか、他の生徒も放牧場へと入っていった。ハグリッドはヒッポグリフを一頭ずつ放していく。やがてあちらこちらでヒッポグリフがお辞儀をする光景が見られるようになった。

 

 向こうでは、アクアがヒッポグリフの一頭と向かい合っている。真っ黒な毛並みが綺麗な()だ。……あらあら、お辞儀をしてもらった瞬間、あんなに晴れやかな顔しちゃって……うん。

 アリスはこういった生き物系はお手のモノだよなぁ。一年の頃もノーバートを、下手すりゃハグリッドより早く手懐けていたし。あっという間にお辞儀をさせてやがる。

 ネビルはなかなか成功しないなぁ。また上手くいかなくって慌てて逃げちゃった。これで三度目か。次こそは成功して欲しいな……。

 

「……アキ」

「うひゃあっ!?」

「……毎回毎回思うのだけど、そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」

 

 アクアが呆れた声を上げた。なんと、いつの間に隣に来ていたのか。

 尻餅をついたぼくに対し、アクアは手を差し伸べてくれる。数秒間躊躇して、ぼくはアクアの右手をおずおずと握った。ぼくよりも小さくて、薄くて、柔らかい。

 

 立ち上がって手を放した後も、その感触だけはなかなか消えてはくれなかった。

 

「……噛みちぎられなくてよかった」

「?」

「いや、こっちの話」

「そう? ……あなたは、参加しないの?」

「あはは……しないというか、出来ないというか……ね」

 

 アクアはきょとんと首を傾げる。ぼくの特殊な体質について説明すると「……不思議なこともあるものね」と頷いた。

 

「いいな、ぼくも触ってみたいもんだよ。あんなに毛並みが見事な生き物は見たことがない」

「そうよね! とっても綺麗で……あ」

 

 アクアがキラキラ輝く素晴らしい表情でぼくを見上げた。しかし我に返ったのか、小さく声を漏らすとほんのりと頬を赤らめる。その姿に思わずにやけた瞬間、アクアに睨まれた。

 

 残念、普段の氷雪系美少女の無表情で睨まれたらちょっと怖いけど、頬が赤い状態の君に睨まれたところで可愛い! としか思わないんだ。

 

「……コホン。……近付くこともできないだなんて、残念ね」

「まぁね。皆が飼ってるフクロウとかも飼えないものだから、ちょっと羨ましいなとは思うよ。もう慣れたけどね」

 

 ぼくに怯えない動物なんて、ハリーが飼っているシロフクロウ──ヘドウィグくらいなものだ。きっとぼくの存在に慣れたのだろう。

 

「……そう言えば、ユークのことなんだけど……」

「ああ、ユークは……」

 

 言葉を続けようとした瞬間、放牧場の方から悲鳴が上がった。

 先程、ハリーにお辞儀をしていたヒッポグリフ──バックビークが暴れているのを、ハグリッドが押さえつけている。草の上で身体を丸めているのは────

 

「……ドラコっ!?」

 

 アクアが小さな悲鳴を上げて口を押さえた。

 ドラコのローブが見る間に血で染まる。その時、アリスが素早くドラコの元に駆け寄った。

 

「死んじゃう!」

「死ぬかバカ。教師の話くらいちゃんと聞いとけ」

 

 喚くドラコの頭をアリスは思いっきりぶん殴った後、ひょいとドラコを背負い上げた。

 ……あー、あれは痛い。頭がカチ割れた気分になるだろう。しばらくは声すらも出せなさそうだ。

 

「ハグリッド、俺がこのバカを医務室に連れてくから、後はちゃんと締めとけ」

「うにゃ……いかん、それはいかん。俺の責任だ……」

「いいから!」

 

 アリスの怒鳴り声に、ハグリッドが竦み上がる。

「わ、分かった……うん」と呟いたのを確認し、アリスは歩き出した。血が草地に点々と飛び散るのを見てアクアがビクッと身を硬くする。

 

「大丈夫だって……マダム・ポンフリーは傷跡一つ残さず治してくれるさ」

「……えぇ、そうね」

 

 アクアは脳裏に浮かんだ嫌なイメージを振り払うように頭を振った。

 

「あー……じゃ、じゃあ、その……うん。もう授業はこれで終わりだ……解散」

 

 震える声でそう言ったハグリッドは、声と同じくらいぶるぶると震える手でヒッポグリフに首輪を掛けると森の方へ歩き出す。

 

 パンジーが「大丈夫かどうか、私見てくる!」と言って駆け出して行った。アクアもドラコの様子を見に行きたいんじゃないかと、ぼくはアクアをそっと窺う。しかしアクアはぎゅっと拳を握ったまま、微動だにしなかった。

 

 スリザリン生は喧々囂々、全員がハグリッドを罵倒しているようだった。そんなスリザリン生にグリフィンドール生が鼻息荒く反論している。

 

「すぐクビにすべきよ!」

「マルフォイが悪いんだ!」

「……アクア?」

 

 アクアの顔色が悪い。そっと顔を覗き込んだところ、アクアはハッと我に返ったように目を瞬かせた。

 

「だ……大丈夫」

「まだ、何も言ってないけど」

「…………」

 

 アクアが唇を引き結ぶ。

 まぁ……アクアにとってのドラコの大きさを思えば、そんな顔をするのも止むなしだろう。

 

「ドラコが心配?」

「……心配と怒りが半々かしら」

 

 アクアの返答にぼくは思わず目を瞬かせた。

 ……驚いた。てっきり心配し切っているものだと思ったのに。

 

「フィスナーの対応を見る限り、ドラコに落ち度があったことに間違いはないでしょう。彼のことだから、ヒッポグリフを侮辱でもしたんじゃないかしら。……愚かな人」

 

 血の気が引いた顔のまま、アクアは毅然とした眼差しで前を見据えた。

 

「…………」

 

 ぼくは開きかけた口を閉じ「……帰ろう」とアクアを促した。

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