【完結】空の記憶   作:西条

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第17話 魔法合戦

「とうとう、この時が来たね……」

「あぁ、その通りだ……」

 

 腕を伸ばし、ぼくらは杖先を合わせあう。指定位置にまで戻ると、フリットウィック先生の合図で構えた。

 

「どっちが勝っても恨むなよ、秋!」

「こっちこそ! シリウス!」

 

 ──魔法魔術大会四年生の部四回戦。

 グリフィンドール寮シリウス・ブラック対レイブンクロー寮幣原秋──開幕! 

 

 

 

 

 

 初っ端に仕掛けてきたのはシリウスだった。

 

Incarcerous(縛れ)!」

 

 先手必勝とばかりに呪文を唱え、シリウスはこちらに走ってくる。ぼくが魔法を打ち消している間に距離を詰めようという算段か。

 ──だが、そんな時間は与えない。

 

Impedimenta(妨害せよ)!」

 

 妨害呪文を唱える。

 杖の一振りで魔法を打ち消したぼくは、バックステップでシリウスに詰められた距離を離した。シリウスは足を止め、反対呪文で飛んできた魔法を消し去る。

 そこから先は、呪文の打ち合いだった。

 

Diffindo(裂けよ)!」

Incendio(燃えよ)!」

Relashio (放せ)!」

Tarantallegra(踊れ)!」

Finite(終われ)!」

 

 ここ数年の付き合いで、シリウスもぼくのことは熟知している。一瞬でも間が空いたらその時点で終わりだとでも思っているようだ。間髪いれずに呪文を唱え続ける。

 しかし、相手のことをよく知っているのはぼくも一緒。もう四回戦、流石にもう一回戦の頃のようなぎこちなさは解れている。決闘にも随分と慣れてきた。

 

Confringo(爆発せよ)!」

Aguamenti(水よ)!」

Bombarda(砕けよ)!」

Protego(護れ)!」

 

 ぼくの爆破呪文は、すぐ脇の石像に直撃しては、石像の右肩を根こそぎにした。

 辺りに激しく破片が飛び散る中、それでもシリウスは『盾の呪文』で武装しつつ突っ込んでくる。

 

「……っ!」

 

 近距離戦だとぼくは圧倒的に不利だ。『魔法魔術大会』と銘打っているものの、実際は何を使っても構わない。最終的に相手を『決闘継続不能』な状態にすればいいのだ。

 他の組では相手の手から無理矢理杖をもぎ取ったり、更には魔法を使うことなくそのまま相手に殴りかかったりといったこともあったらしい。呪文ちんたら唱えるよりも拳握って振り抜いた方が早いというのは、まぁ一理ある。

 

 シリウスはそんなことをするような奴じゃないとは思うものの、でもアイツは杖をもぎ取るくらいなら平然とやりそうだ。護身術とか習っていてもおかしくないような名門の生まれだし、後なんつーか、単純にケンカが強そう。

 

Immobulus(動くな)……っ!」

 

 呪文を叫んだものの、それより早くシリウスが物凄い勢いでぼくに飛びかかってきた。思わず狙いを外してしまう。

 シリウスはぼくに杖を向けたまま、空中で叫んだ。

 

Lumos(光よ)!」

 

 瞬間、目も眩む閃光がシリウスの杖先から迸る。慌てて目を瞑ったものの、しばらく視力は奪われることになるだろう。

 そして今のは、何よりもぼくに対して有効な手段だ。

 

Expelli(武器よ)……」

 

 ……流石に視界を奪われちゃ敵わない。もう少し戦っていたかったけれど……仕方ない、か。

 

「……なっ!?」

 

 呪文の途中でシリウスが驚愕の声を上げた。

 目が開けないため正確には分からないものの、ぼくがこっそりと仕掛けておいた『落とし穴』に足を取られたに違いない。直後「うわっ」と聞こえたから、恐らくは両足とも。

 

 声が聞こえてきた方向と、仕掛けた位置を頭の中でマッチングさせる。おおよその場所の見当をつけ、ぼくは杖を向けた。

 

Petrificus Totalus(石になれ)!」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 十月三十一日のハロウィンの日は、初のホグズミード休暇だった。

 ホグズミードで週末を満喫した同寮の友人達のお喋りを、ぼくはハロウィン仕様のご馳走を頂きながら聞いていた。そんなに楽しげに話されると、なんだかぼくまで楽しくなってくるな。

 

 許可証にサインがないため留守番となったぼくへと、友人達は様々なお土産を買ってきてくれた。なんともまぁ心の優しい友人達だ。お土産のほとんどがゾンコの悪戯グッズだったのには何らかの悪意があるとしか思えなかったけどね。

 

 ぼく? ぼくはとりあえず、信じられないほど大量に出された課題の山を崩すことができただけでも充実した週末だったと言えよう。

 全く、選択科目を全部履修するなんて正気の沙汰とは思えない。ハーマイオニーは大丈夫だろうか。

 

 また、先日アクアとパンジーのケンカの仲裁をした際に謎の理不尽でスネイプ教授から罰則を受けたため、仕方なしに教授の研究室へと向かったところ、教授はぼくに罰則を言い渡したことをすっかり忘れていた顔でぼくを出迎えた。何なんだよ全くもう。気分で罰則を言い渡すのはやめましょう。

 

 折角だったので教授とお喋りに興じてきた。現代の魔法界では脱狼薬という薬が開発されていて、これを満月の前一週間欠かさず飲むことにより、満月の日が来ても理性を保ったままでいられるらしい。

 

「じゃあこれが罰則ということで」との雑な指示で、教授の代わりにその薬をリーマスの元へ届けに行ったところ、そこには我が兄ハリーの姿もあった。どうやら二人でお茶をしていたようだ。

 リーマスはぼくが届けた脱狼薬を見ては「本当に砂糖を入れちゃダメなのかい?」と恨めしそうな顔をしていた。気の毒なことに、味がすこぶるイケてないようだ。

 

 さて、十月も終わり際、クラスメイトもぼくがどうやって全部の授業に出席しているのか不審に思い始めたらしく、度々「どういうことだ?」と問いかけられるようになった。

 勿論、逆転時計(タイムターナー)のことを話す訳にはいかないため、思いっきり全力で誤魔化すしかないのだが。

 ……一体いつまで保つかなぁ。あと、こういう時異様に勘が鋭いアリスが何も言って来ないのが怖いなぁ。

 

 しかし豪華な食事を目一杯詰め込んだせいで、大広間から寮へ戻る道すがらですら、うっかりすると歩きながら眠ってしまいそうなほどに眠かった。課題に頭をフル回転させたからかもしれない。

 ホグズミードではっちゃけたのだろう、皆の顔もぼーっとしている。アリスもひっきりなしに大欠伸をしていた。

 

 ユークはアリスの腰に抱きついたまま(最近のユークはアリスを見かけるとすぐに引っ付きに来るので、ぼくも段々とその姿を見慣れてきた)幼い寝息を立てている。全く、こいつは眠っている時は可愛いのになぁ。姉に似た整った顔をしている訳だしね。

 ぼくらを引率する監督生も、意識は既に寝室のふかふかベッドへと向かっているらしく、ドアノッカーが出す問題に三度も間違える羽目になっていた。

 

 レイブンクロー寮の前で待たされるのは、レイブンクロー生にとっては日常茶飯事だ。運が悪いと何時間も立ち往生することになる。

 以前、ドアノッカーの問題に四十人近くが集まっても正解することができず、挙句の果てにフリットウィック先生を呼び出す惨事にまでなったことがある。しかしフリットウィック先生も結局答えられなくて、寮の中にいた生徒がたまたま降りてきた時は思わず喝采が上がったものだ。本当に、ロウェナ・レイブンクローは厄介な品を作ったものよ。

 

 寮の扉が開くのを待っている間、気付けば立ったままうたた寝をしていたようだ。フリットウィック先生の「諸君! 大広間に戻りなさい!」との声にハッと意識を取り戻した。

 

 何事かとざわめきが走る。レイブンクロー生の一人が「どうしたんですか、先生?」と尋ねた。フリットウィック先生も動揺していたのか、普段は賢明な先生らしくもなくポロリと口を滑らせた。

 

「シリウス・ブラックがホグワーツ内に侵入しました! 監督生、点呼の後大広間に皆を引率するのです、即座にですぞ!」

 

 

 

 

 

 ぼくらは急遽大広間で一晩を過ごすこととなった。ぼくはハリーやロン、ハーマイオニーと一緒に隅の方に寝袋を敷くと中に潜り込む。

 

「シリウス・ブラックが侵入したって、本当なの?」

「あぁ、そうだ……グリフィンドールのほら、太った婦人(レディ)、知ってるだろ? あの肖像画がズタズタに切り裂かれてたんだ」

 

 ハリーの言葉にこくりと頷く。

『太った婦人(レディ)』とはグリフィンドール寮の入口を守っている肖像画だ。何度もハリーにグリフィンドール塔に連れ込まれているものだから、今では太った婦人<レディ>とも顔見知りになってしまった。

 

「ピーブズがダンブルドアに『シリウス・ブラックがやった』と報告した……ピーブズは厄介なヤツだけど、校長先生には嘘はつかない。本当に、シリウス・ブラックだったんだ……」

「でも、どうしてグリフィンドールの塔の場所を知っていたのかしら?」

 

 ハーマイオニーは険しい顔で呟いた。

 

「あそこは他の寮の人は知らない筈よ……アキはまぁ、別でしょうけど」

「……シリウス・ブラックはグリフィンドール出身だよ、ハーマイオニー。死喰い人は皆スリザリンだ、なんて認識は間違ってる」

 

 ──そう、シリウスはグリフィンドールの出身だ。ジェームズやリーマス、そしてピーターといつも一緒で……四人で『悪戯仕掛人』などと名乗ってはいろんなことをしていたっけ。

 

「おったまげー。ブラック家からでもグリフィンドールっているんだね」

 

 と、これはロンだ。

「どういうこと?」とハリーが尋ねる。

 

「だってブラック家っていえば、マルフォイのとことおんなじくらいブラックな純血家系だぜ! 純血大好き一家で、一族みーんなスリザリン! そんな中、よくグリフィンドールに組み分けされたもんだよ」

 

 それは……確かに、そうだ。

 それだけじゃない……シリウスは闇の魔術やヴォルデモートの思想を憎んですらいた。少なくとも、ぼくにはそう見えた。

 

 ──人は変わる。歳月が人を容易く変えてしまうことを、ぼくは知っている。

 ──本当に、それだけか? 

 

 純血主義のスリザリン一家の中、一人だけグリフィンドールに組み分けされたシリウス。闇の魔術が嫌いで、どこまでも真っ直ぐで──

 それは何だか、アクアとユークをも一緒に思い出された。

 

「ブラックはまだ城の中だと思う?」

 

 ハーマイオニーの囁き声に、ロンは「ダンブルドアは明らかにそう思ってるみたいだな」と言葉を返した。

 

「ブラックが今夜を選んでやって来たのはラッキーだったと思うわ。だって今夜だけは、誰も寮塔にいなかったんですもの……」

「きっと、逃亡中で時間の感覚がなくなったんだと思うな。今日がハロウィンだって気付かなかったんだよ。じゃなきゃこの広間を襲撃してたぜ」

「……一体どうやって入り込んだんだろう?」

 

 ハリーがポツリと呟く。

 ハリーの言葉は、恐らく生徒全員の疑問だった。

 

「『姿あらわし術』を心得てたんだと思うな。ほら、どこからともなく突如現れるアレさ」

 

 レイブンクローの先輩であるアベルが口を挟んでくる。アベルの言葉につられた周囲の生徒も、ざわざわと「変装してきたんだ、きっと」「飛んできたのかもしれないぞ」と好き勝手に言い出した。

 

「まったく。『ホグワーツの歴史』を読もうと思ったことがあるのは私一人だっていうの? アキは読んだことくらいはあるわよね?」

「アベル、同じレイブンクローとしてちょっとそれはいただけないと思うけど」

 

 レイブンクローである誇りと自負くらいは持っていて欲しいものだ。

 その時、少し離れた場所でフレッドとジョージが何やら話しているのが目に入った。

 

「なぁ、あの地図で探せば……」

「この監視の中、グリフィンドール塔には戻れないだろ」

「それもそうか。あれをどこで手に入れたのかも話さなきゃいけなくなるな」

「さすがにそれは困りモンだ」

 

 双子にしては真面目な表情だ。一体何の話をしているのだろう?

 ハーマイオニーが大きなため息をついた。

 

「あのねぇ、この城を護っているのは城壁だけじゃないってことなの。こっそり入り込めないように、ありとあらゆる呪文が掛けられているのよ。ここでは『姿あらわし』はできないわ。

 それに、吸魂鬼(ディメンター)の裏をかくような変装があったら拝見したいものだわ。校庭の入口は一つ残らず吸魂鬼が見張ってる。空を飛んできたって見つかった筈だわ(ここでハリーとロンがちょっと目を見合わせた。去年の空飛ぶ車のことでも思い出しているのだろう)。

 その上、秘密の抜け道はフィルチが全部知ってるから、そこも吸魂鬼が見逃してはいない筈……」

「灯りを消すぞ! 全員寝袋に入って、おしゃべりはやめ!」

 

 その時、辺りの見回りをしていた監督生のパーシーが大声を出した。

 ロウソクの灯りが一斉に消える。パーシーがすぐ近くにいたのもあり、ぼくらは黙り込んだ。

 

 目を閉じるも、心がざわついていて眠気はさっぱりやって来ない。さっきまでは立ったままウトウトしていたのに、何たる差だ。

 いや……きっとぼくは眠りたくないのだろう。その理由ははっきりしている。

 

 ぼくは夢の中で、シリウスと会いたくないのだ。

 ジェームズやリーマスやピーターと仲良く楽しく日々を過ごす彼を、ぼくに親しげに笑い掛けるあいつを、ぼくはもう……きっと、見たくないのだ。

 

「…………」

 

 リーマスと話したい。リーマスに何もかも打ち明けて、縋ってしまいたい。

 幣原秋としてリーマスと喋りたい。でもそうするには、今のぼくが持っている幣原秋の記憶と、リーマスが知るだろう幣原秋との数年の空白が邪魔だ。

 

 夜が更けるごとに、次第に生徒のざわめきが消えていく。徐々に生徒達も眠りに落ちていく。

 ──夜って、こんなに長かったっけ?

 天井に映された星々を、ぼくはずっと見つめていた。

 

 生徒が寝静まった朝の三時頃、大広間に入ってきたダンブルドアは、ぼくらのすぐ近くにいたパーシーの元に歩み寄った。ぼくは目を閉じて耳をそばだてる。

 

「先生、何か手がかりは?」

「いや。ここは大丈夫かの?」

「異常なしです。先生」

「よろしい。何も今すぐ全員を移動させることはあるまい。グリフィンドールの門番には臨時の者を見つけておいた。明日になったら皆を寮に移動させるがよい」

「それで、『太った婦人(レディ)』は?」

「三階のアーガイルシャーの地図の絵に隠れておる。合言葉を言わないブラックを通すのを拒んだらしいのう。それでブラックが襲った。『婦人(レディ)』はまだ非常に動転しておるが、落ち着いてきたらフィルチに言って『婦人(レディ)』を修復させようぞ」

 

 そこでまた扉が開く音が聞こえ、足音がこちらに近付いてきた。

 

「校長ですか?」

 

 この声はスネイプ教授のものだ。

 

「四階はくまなく(さが)しました。奴はおりません。さらにフィルチが地下牢を捜しましたが、そこにも何もなしです」

「天文台の塔はどうかね? トレローニー先生の部屋は? ふくろう小屋は?」

「すべて捜しましたが……」

「セブルス、ご苦労じゃった。わしも、ブラックがいつまでもグズグズ残っているとは思っておらなかった」

「校長、奴がどうやって入ったか、何か思い当たることがおありですか?」

「セブルス、いろいろとあるが、どれもこれも皆ありえないことでな」

「校長、先日の我々の会話を覚えておいででしょうな。確か──あー……一学期が始まった時の?」

「いかにも」

「どうも……内部のものの手引きなしには、ブラックが本校に入るのは……ほとんど不可能かと。我輩は、しかとご忠告申し上げました。校長が任命を──」

「この城の内部の者がブラックの手引きをしたとは、わしは考えておらん」

 

 ダンブルドアの言葉にやっと勘付いた。スネイプ教授は、リーマスがシリウスを城に引き入れた可能性を示唆しているのだ。

 ダンブルドアはきっぱりと言った。

 

「わしは吸魂鬼(ディメンター)達に会いにいかなければならん。捜索が終わったら知らせると言ってあるのでな」

「先生、吸魂鬼(ディメンター)は手伝おうとは言わなかったのですか?」

 

 パーシーの声。ダンブルドアは冷ややかに返した。

 

「おお、言ったとも。わしが校長職にある限り、吸魂鬼(ディメンター)にはこの城の敷居は跨がせん」

 

 その言葉を最後に、足音は立ち去っていく。

 ふと辺りを見回せば、ハリーは勿論、ロンとハーマイオニーも目を開けていた。

 

「一体何のことだろう」

 

 ロンが呟く。

 ぼくは何も喋らず、ただ、寝袋を頭まですっぽりと被った。

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