【完結】空の記憶   作:西条

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第19話 つんでれ、とは?

「……で? そこで、何故僕なんですか」

「さっきで一通り説明したと思うけど。えっと、これから友達になりたい人や気になる人で……」

「そういうことは訊いてません」

「そういうことを訊いたんじゃないの?」

「だから、そうじゃなくて……はぁ、もういいです」

 

 時は経って、十二月末。クリスマス休暇の到来だ。

 普段であれば、クリスマスを家族と共に過ごすためにほとんどの生徒がホグワーツから離れるものの、魔法魔術大会が開かれる今年はダンスパーティー目当てに居残る生徒も多いようだ。居残っている生徒は大体七割から八割ほど。普段のクリスマス休暇とは逆の現象が起きている。

 

 ぼくも父と母に「今年のクリスマス休暇は帰らない」と連絡したところ、二人とも「魔法魔術大会であれば仕方ない」と一瞬で納得してくれた。存分に楽しんでくるんだよとのことだ。

 

 さて、クリスマス休暇に入り、学び舎であるホグワーツはすっかりクリスマスモードに様変わりしている。廊下も寮も、どこを見てもクリスマス一色だ。今までクリスマスは日本に帰っていたから分からなかったけれど、こんなクリスマスもなかなかいいものだね。

 

「でもまさか、受けてくれるとは思ってなかったよ」

 

 ぼくがそう一人ごちると、レギュラスは露骨に不審そうな目を向けた。

 

「何ですか、断られること前提で誘ったんですか? そんな珍妙な人に僕は初めてお目に掛かりました。きっと貴方は告白も玉砕覚悟で向かう人なんですね、そんなんだから彼女の一人も出来ないんですよ。あぁ、彼女以前に、まず友達がいないんでしたっけ? 貴方には」

「……そんな痛快な皮肉を言われたのは初めてだよ」

 

 イギリスにも皮肉って文化があるんだなぁ。いや、そもそもブラックジョークと皮肉が得意なお国柄だったっけ? 英語にも随分と慣れたものだよ、本当に。

 

 そしてレギュラスは案外毒舌家だった。初めて会った時の印象としては大分無表情で無口なのかと思っていたけれど。

 無表情なのはその通りだったが、舌鋒鋭くぼくを攻撃してくる。そして毒舌を振るっている間は、目に生気が宿っている。

 

「でも、普通は受けてくれないもんじゃない? だって君、ぼくのこと嫌ってそうだったし……少なくとも苦手にはしてそうだし。だから、受けてくれたら嬉しいなって程度。それにしても、一体どうしてぼくの誘いを断らなかったの? 君ならダンスパーティーに行く相手くらい簡単に見つかるでしょ」

 

 何せ顔はシリウスと瓜二つなのだ。兄弟でもこれほど似るものなのかと思うほどにそっくり。加えてクィディッチではスリザリンチームのシーカーを務めているそうな。

 顔よし運動神経よし家柄よしとなれば、女の子が放っておく訳もない。さっきレギュラスがぼくに言った通り、レギュラスなら友達どころか彼女の一人や二人余裕で作れるだろう。……ちょっと羨ましいなぁ。

 

 ぼくの言葉を聞き、レギュラスは僅かに眉を顰めた。目を細めてぼくを苦々しげに見つめる。

 

「えぇ。僕は貴方が嫌いです」

「……じゃあ、どうしてダンスを受けたの?」

「そういう無神経な質問をする辺りが、特に大嫌いです」

 

 そう言われ、しぶしぶぼくは口を閉じた。

 無言の時が流れた後、次に口を開いたのはレギュラスだった。

 

「……貴方、ダンスは踊れるんですか」

「ううん、全然。さっぱり」

「はぁ?」

 

 すっげぇ見下すような声音で「はぁ?」と後輩から言われてしまった……。

 ぼくでも少しは傷つく。

 

「……僕は男役しか踊りませんよ」

「まぁ、そうですよね……」

「だから貴方は女役を覚えてください」

「……ん? あれ?」

 

 てっきり「貴方とダンスなんて何があってもたとえ惚れ薬を盛られたとしても服従の呪文に掛けられたとしても天地に誓って踊りません」と言われるとばかり思っていたのに。

 きょとんとするぼくの前に、レギュラスは手を差し出した。

 

「どうしたんですか。ちなみに言っておきますが、僕は一度しか教えませんよ。一回で完璧に覚えてください。ダンスすらまともに踊れない人の相手なんて、僕は絶対にしませんからね」

「……っふふ」

「何笑ってんですか。気持ち悪い」

「あは……ごめん」

 

 差し出された手を軽く取る。

 そんなぼくの反応に、何故か手を差し出した側のレギュラスが驚いたように目を見開いた。

 

「どうしたの?」

「……女役をやるなんて、嫌じゃないんですか」

「まぁ、こんな見た目だしね。髪も伸ばしてるし、女の子に間違われるのは慣れてるよ。君の方がぼくより背も高いし、君が男役をやるのはまぁ当然かなって。流石に女性物のパーティードレスは着ないけど、そのくらいなら喜んで」

「……喜んでやるなんて、変態ですか」

「違う、今のは言葉の綾ってもんだよ!」

 

 レギュラスはそこで、ほんの僅かだけど笑みを浮かべた……ような気がした。

 一瞬で普段の無表情に戻ってしまったので、もしかしたら目の錯覚か、光の悪戯だったのかもしれない。

 でも──シリウスとはまた違う、穏やかで柔らかい雰囲気を、ほんの一瞬でも感じたのは確かだった。

 

「レギュラス」

「……何ですか」

「ぼくとのダンスを受けてくれて、ありがとう」

「……本当ですよ。高貴な僕が、本来なら絶対に関わることのない貴方と踊るんです。精々心から感謝してください」

「……全く、口が減らない後輩だ」

「貴方に先輩面される謂れはありません」

「はいはい」

 

 ぼくは笑顔でレギュラスを見上げた。

 

「……本当に……変な人ですね、貴方って」

 

 そう呟いたレギュラスは、何かを言いかけては口を閉じ。

 そっと目を伏せ、口元を歪ませた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 グリフィンドール対ハッフルパフの試合は、何と言うかもう、滅茶苦茶だった。

 とにかく酷い大雨で、あまりの土砂降り加減に観客席では選手達の姿なんてまともに見ることもできない。観戦は諦めて、監督生らと共にクラスメイトや後輩に(特に女の子を優先に)、風邪を引かないよう防水魔法と保温魔法を掛けている時──『それ』は現れた。

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントで感じたあの寒気が、ゾクゾクッと足元から這い上がってくる。

 ──同じだ。深い海の底に引き摺り込まれるような感覚──

 

「……吸魂鬼(ディメンター)だ!」

 

 観客席の一番前に駆け寄り、身を乗り出してグラウンドを見下ろす。グラウンドを埋め尽くさんばかりの数の吸魂鬼(ディメンター)に、思わず目が回った。咄嗟に手すりを掴む。

 ……一体どうして。ダンブルドアの許可はあるのか?

 

 観客席のパニックは指数関数的に増大して行き、応じて吸魂鬼の勢いも増していく。

 

『……あぁ……もう、疲れた、な』

 

 耳元で誰かが呟く。いや──()()()()()()()()()()()()()

 

『止めてくれ……ぼくは、もう耐えられない……』

 

 この声は、知っている。

 ぼくは、君をよく知っている。

 

『……ぼくはもう、誰も殺したくなんてないんだ』

 

 君は──君は。

 鋭く頭が痛んだ。目が眩むほどの頭痛に、右手で頭を押さえ歯を食い縛る。

 遠のきそうになる意識を何とか引き止め、ローブのポケットに手を伸ばした。杖を掴むとグラウンドの吸魂鬼に向ける。

 

Expecto Patronum (守護霊よ来たれ)……っ」

 

 しかし、ぼくの杖先からは儚い(かすみ)しか出てこない。いくら魔力を込めたところで、実体のある守護霊を作り出すことはできなかった。

 

 手に力が入らず、思わず杖を取り落とす。虚しく地面に転がった杖に手を伸ばしたその時、グラウンドに誰かが入って行くのが見えた。ダンブルドアだ。

 

 ダンブルドアが杖を振ると、杖先から真っ白な守護霊が飛び出した。あれは不死鳥(フォークス)だろうか?

 

 守護霊がグラウンドを優雅に飛んで行く。それを見た吸魂鬼は、波が引くようにすぅっと逃げていった。ぼくはホッと胸を撫で下ろす。

 

 その時、箒から誰かがグラウンドの泥の中に落っこちた。二十メートルを真っ直ぐ落ちていく人の影に、ぼくは思わず血の気が引く。

 頭痛は吐き気すらも伴うものだったが、全てを無視してぼくは杖を掴んだ。観客席の手すりを乗り越え空中に身を投げ出す。

 

 落下の最中杖を振り、人影が落下するだろう地点の泥濘(ぬかるみ)を限りなく柔らかくする。自分に対する空気抵抗も最大限にまで上げて、泥のグラウンドに軟着陸した。泥に足を取られるも、そのまま駆け出す。

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントでも、吸魂鬼(ディメンター)一体を見て気を失ったハリーだ。

 あれだけの数の吸魂鬼に対して、到底無事だとは思えない────!

 

「ハリー!」

 

 落下地点にはグリフィンドールの赤いユニフォームを着た選手達が集まっていた。選手達は駆け寄ってきたぼくを見て道を開けてくれる。

 フレッドとジョージがハリーを泥の中から抱き起こしているのを見て、ぼくは思わず立ち竦んだ。

 

「心配するな、アキ。ハリーは生きてる」

「気は失ってるけどな」

 

 フレッドとジョージはぼくに笑みを向ける。双子の笑顔にホッと胸を撫で下ろした。

 

 やがて来たダンブルドアは担架を『出現』させるとハリーを乗せた。

 城へ向かう担架の後ろに、ぼくらも黙ってついていく。医務室までの道すがら、誰もが無言だった。

 

 途中、ロンとハーマイオニーがぼくらの集団に合流しても、ウッドが「ちょっと俺、シャワー室に行ってくる」と青い顔で言い残し去って行っても、双子が「あいつ、溺死するつもりだぜ」と囁いた以外は皆ずっと黙りこくっていた。

 

 医務室に到着し、ハリーを担架ごとマダム・ポンフリーに預ける。医務室を出た後、ダンブルドアはぼくを呼び止めた。

 

「何ですか?」

「あの場所では手狭でもあるし、もう少し広いところで話そうかの」

 

 ダンブルドアが歩いて行く。なんだか……態度でしか分からないものの、どこか苛立っている、ような?

 

「……そう言えば、どうして吸魂鬼が校内に入ったのでしょう?」

「吸魂鬼は誰の言葉であっても従わぬ。吸魂鬼が人に従っているように見えるのは、彼らにとっての()()を我々が差し出しておるからじゃ。そしてその()()が足りぬと思えば、彼らは手段を選びはせん」

 

 ダンブルドアは振り返らずにそう言った。

 ……利益、か。確か吸魂鬼の好物は人間の幸福な感情だったっけ。

 シリウス・ブラックからホグワーツを守るため、魔法省は吸魂鬼をホグワーツに配置しているけれど……そもそも吸魂鬼自体が魔法省で従えられる代物ではないってことか。

 

 やがて、ここで良いかと判断したのか、大きな窓の傍でダンブルドアは足を止めた。

 

「アキよ。君が予想していた時期よりちーっとばかし早いが、いかんせん急なものでの」

「はい?」

 

 首を傾げるぼくに、ダンブルドアは「吸魂鬼を倒す唯一のものを、君は知っておるかね?」と問いかけた。

 

「……守護霊の呪文。それ以外、奴らを退けるものは存在しないと」

「やはり、君は勉強熱心で優秀な学徒のようじゃな。まっこと、レイブンクローの名に相応しい」

「守護霊の呪文なら」

 

 ダンブルドアから目を逸らす。小さな声でぼくは言った。

 

「……何度か練習したんですが、どうもしっくり来なくって……」

 

 ぼくも幣原と同じく莫大な魔力を持っている。これだけの魔力だ、大抵の魔法であれば苦もなく使いこなせていた。それが何故か、守護霊の呪文だけ上手く行かないのだ。

 難易度は確かに高い筈だけど、でもだからと言ってぼくが使えないなんて……うーん、自分の能力をちょいと過信しすぎていたかもな? 謙虚になろう、自分。

 

 ふむ、とダンブルドアは頷いた。

 

「幣原秋も苦手な代物じゃった。だがしかし、君の大事な兄上を守るためにはこの上なく有効な手段であろうぞ」

 

 ──それは、そうだ。

 ハリーを守るためにはこの上なく有効な手段であることに、間違いはなくて。

 であれば、ぼくが選ぶ道はたった一つしかない。

 

 ……何だか、とてつもなく嵌められている気もするんだけど……しかしこれがハリーを守る手立てとなるのであれば、ダンブルドアの思惑に乗るのもいいかと思えた。

 

「分かりました。──ぼくに守護霊の呪文を教えてください」

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