【完結】空の記憶   作:西条

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第34話 可能性

 魔法魔術大会の決勝戦が終わり、すぐに修了式の日になった。

 今年度は我がレイブンクロー寮が見事に寮対抗杯で一位を獲得したので、大広間中の飾りは青と銀色に彩られている。だからだろう、レイブンクロー生は誰もが誇らしげな顔だ。

 当然、ぼくだって嬉しい。だってこの優勝は、ぼくが魔法魔術大会で優勝した分もプラスになっているのだから。二位のグリフィンドールと百点も差を付けた圧倒的な勝利だ。

 

 基本穏やかなレイブンクロー生だ、表立って騒ぐような人は少ないものの、今日は心なしか皆の表情も綻んで見える。

 シミ一つなく磨き抜かれた銀の食器が、空中でゆらめく蝋燭の光に照らされてピカピカと光っている。

 

 オーケストラ隊の合奏が聞こえる中、ダンブルドアはゆっくりと立ち上がり両手を叩いた。すぐさまざわめきが収まる。

 ダンブルドアが今にも喋り出そうと息を吸った瞬間、急に大広間の扉が開いた。全校生徒の注意がパッと扉に集まる。

 ドアから現れたのは、巨大な火の玉だった。それはぼくら生徒の頭上を猛スピードで飛び越えると、壇上のダンブルドア目掛けて一直線に突っ込んでくる。

 

 ダンブルドアがその火の玉を片手でパッと払った、その瞬間────

 パンッという音と共に、その火の玉から沢山の星の欠片が零れ出た。

 

 それらは色とりどりに発光しながら、大広間中を自由気ままに飛び回る。星と蝋燭の光で彩られていた大広間に、新たな光が加わった。

 まるでそれらは、長く尾を引く流星のように、とても綺麗で、幻想的で、美しかった。

 

 誰の仕業か──なんて、聞かなくても分かっている。

 手を差し伸べると、タイミングよく星が手の中に飛び込んできた。そっと摘み上げ、光にかざす。

 自然と笑みが零れていた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 訪れたリーマスの部屋は、もう随分と片付けられていた。

 リーマスは部屋の真ん中で鼻歌を唄いながら杖を振っている。杖の動きに従って、本棚に押し込められていた本が次々と旅行カバンの中に入っていく。拡張呪文でも掛けられているのだろう、どう見ても入りそうにない量の本がカバンに吸い込まれるように消えた。

 

「……おや、アキじゃないか。目が覚めたようだね。どうだい、気分は?」

「悪くはない、とだけ言っておきましょう……」

 

 少し息を吸い込み、ぼくは言葉を紡いだ。

 

「昨日の顛末を、ハリーから聞きました。……ぼくが、幣原秋だってことも」

「……あの場で突然バラすような真似をして、悪かったとは思っているよ」

 

 リーマスの笑顔が消えた。代わりに気遣わしげな表情でぼくを窺う。

 ぼくはその視線を無視して口を開いた。

 

「最初に会った時の『久しぶり』は、何てことはない、幣原秋への挨拶だったんですね。ぼくの中で……この中で」

 

 自分の頭を指差した。

 

「眠る、幣原秋へ」

「……早目に言わなかったのは、ごめんね。ただ、君が『アキ・ポッター』としてどう生活してるのか気になっただけなんだ」

「……昨日、幣原が何を言ったのか、何をしたのか、ハリーは多分、ほとんど全部正直に教えてくれたと思います……そういう嘘をつかれるのをぼくが嫌うことを、ハリーは知ってるから。

 ……ハリーがぼくを、弟でもない宙ぶらりんで不安定なぼくを、それでも好きだって言ってくれたから……ぼくはかろうじてここにいることができる。ハリーに拒絶されたら、ぼくは生きていけない。ぼくは……ぼくはハリーが好きだ。でも、この気持ちは、幣原秋がハリーを守るために、ぼくに植え付けた人工的なものなんじゃないかって、思って……凄く、怖くなった」

 

 自分の思考をコントロールされている気分。

 自分の意思で行動している筈なのに、誰かに操られているような、そんな恐怖。

 

「あぁ、それなら大丈夫だ」

「……大丈夫?」

 

 しかしリーマスは、ぼくを安心させるようににっこりと笑った。

 

「一度、君がここで眠り込んでたことがあっただろう? その時、久しぶりに秋とお喋りさせてもらったんだけどね。その時、秋は言ってたよ。自分が分かるのは、アキ・ポッターが見たものと聞いたものだけだ、アキの感情や思考は分からないんだって」

「……それは、不便ですね」

「本当にそう思うかい?」

「だってそうでしょう。幣原はぼくを、自分の手足と同じ感覚で作ったんだ。ならば幣原はブレインとして、操縦者として、ぼくの上に君臨しなきゃいけない。それにしちゃあ、これはあまりにお粗末じゃないか──手足ですらない、ぼくは幣原にとってただの同居人だ。この身体を共有しているお荷物に過ぎない」

「……まぁ、私には……幣原秋が結局のところ何を考えていたのか、いまいち分かりかねるところがあるからね。天才の所業は、凡人には理解できないものさ。秋が失敗したのか、それとも意図的にこうしたのか、それは私にも分からない。でも」

 

 そこでリーマスは言葉を切った。

 

「君は一つの可能性だ。僕はそう思うよ」

「……可能性」

「幣原秋が選び取れなかった道を選んでくれる、可能性だ」

「何ですか……それ」

「言ってもいいけど、君を通して幣原に伝わっちゃうからね。それは癪かな」

「…………」

 

 次にリーマスは戸棚に杖を向けた。陶器の食器が凄い勢いでカバンの中に飛び込んでいく。……えっ、いや、流石に陶器は……というか、このカバン四次元にでも繋がってんのか?

 

「……ホグワーツを辞めて、これからどうするんですか?」

「とりあえず、書き溜めていた論文があるからそれを出す。しばらくは何とか暮らしていけるだろう……職は適当に探すよ。何、慣れたものさ」

 

 そんな顔をするなとリーマスは言って、ぼくの頭を軽く撫でた。感触を懐かしむように、髪に指を絡ませするりと解く。

 

「先生……いや、リーマス」

 

 リーマスの目を、ぼくはじっと見つめた。

 

「ぼくら、また会えるかな」

「君らしくない、消極的な言葉だね。僕の知るアキ・ポッターは、もっと明るい少年だった筈だけど?」

 

 悪戯っぽくリーマスは微笑む。それなら、とぼくもにやりと笑った。

 

「また会おう、リーマス」

 

 そうだね、とリーマスは頷いた。

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