ログベルは今、机を挟んでドクターの正面に座っていた。
ドクターの側面では秘書のように……というか現在の秘書であるアーミヤが静かに見守っている。
ラヴァが「一週間の謹慎だ」と占った一週間後。
処遇をどうするか決める為に面談と相成っていたのだが、馬鹿のふりをしていたら本当にそっち方面へ寄ってしまったログベルがヒートアップし大荒れとなっていた。
「──だから、これ以上誰かの涙を見たくないんです!」
「……(こくり)」
「それが分かるなら、どうして前線に出してくれないんですか!」
「……」
「何とか言ってくださいよ!」
「……(ふるふる)」
説得を続けるログベルと、機械のように無言で首を動かし続けるドクター。
そして、正直切り上げて別の仕事をしたいけど口を挟めないでいるアーミヤ。
三つ巴の戦い(?)は(ログベルが)荒れてるだけで何も進まない。
ばん、とログベルが自筆の書類取りだし机を叩いた。
無言のままドクターがとりあえず受けとる。
というか面談なのに無言なのはいいのだろうか?
喋らないドクターの横からアーミヤが読み上げた。
「攻撃力、防御力、術耐性、ブロック数……なんですか、これ?」
「わたしのスリーサイズ!」
「いや4つありますよ。しかも意味違いますし」
作戦そのに。
言って駄目なら分からせろ作戦。
現在のロドスの戦力は多いとは言えない。
戦闘員の求人も出ている位には足りていない。
なので、高い戦闘能力を再度認識させそれを腐らせるには勿体ないと考えさせるのだ。
ログベル自身も自分で驚く戦闘能力。
あの暴れた当時、全員でかからないとまずいと一時撤退の判断までさせた実績があるのだ。
相手は新米の行動予備隊とはいえ、武装も特にない素のまま訓練を受けた人間複数を相手取れた。
今や装備も整い、また勉強も受けている。あの時よりも戦闘慣れもした。
と、等々を書き連ねた手書きの書類を用意し見せたのだが……。
「……(ふるふる)」
ドクターは首を横に振った。
それを見てアーミヤが頷く。
「わかりました」
「え、なんで分かるの?」
意味が伝わったらしい。どうやって?
「……」
「ロックベアさんが前線に出たがる最大の理由、リコさんですよね? 今はそのリコさんを捕まえる為の準備をしている所なんですよ」
「へ?」
「彼女がとても正義感に溢れているという話が本当なら、こちらへ戦力として迎え入れるつもりですので」
「……(こくり)」
無言のドクターが取り出したのはリコによる被害の報告。
レユニオンやロドスの陣営に損害を与えていると言う情報だ。
突如として戦場に現れ暴龍のように荒れ狂うその破壊力は、もはや局所的な天災とまで称されるリコ。
しかしそれを静めてロドスへ引き込むことができ最大限働いてくれるのなら、今まで受けた損害をチャラにしてもお釣りが来ると判断していた。
各隊員や基地職員への確執は多少残るかも知れないが、そうだとしても捨て置けない。
「……(こくり)」
「いや、うん」
首の動きにそこまでの意味が?
もしやここの指揮は実質アーミヤが握っているのでは?
と、ログベルは思ったが黙っておく。
何にせよ、リコを止めるのに前向きなのなら嬉しい。
「でも、だったらなんでわたしは謹慎なの?」
リコを止められるのは自分しかいない。というよりも、自分が止めなければいけない。
こう言えば責任感による物だけだと勘違いされるかも知れないがそうではない。
というのもそもそも暴れている原因は、バンガーを守り切れなかった事に対する怒り嘆きだ。
そしてあの時、罰を求めるリコを殴ってやれなかったせいで、今こうしてやりきれない気持ちのままにさせている。
自分が会って止めなければいけない。
いいや、自分じゃないとリコを止められない。
「ロドスに連れてくるのなら、謹慎のままだと話は進まないっしょ?」
「……」
続いてドクターが取り出したのは、何かを測定した何か。
流石のログベルも知らないものを見せられて納得はできない。
「天災を予測するのと同じように、暴走龍レッドリングことリコさんの出現を予測できるようにしたそうですよ」
それは凄い。
書かれている数値はよくわからないが。
それと、暴走龍レッドリング? なんだか恐ろしげな名前にされてる。
「……クロージャさんの趣味です」
「ああ~」
ランセットのAIをわざわざ卑屈にしたり、好きなものとして自分を設定したりする変わり者。
技術者としての腕は良いのだろうが、身体の大きさをからかわれるログベルは少し苦手だった。
それでもリコの出現ポイントを予測できるようにしてくれたのなら感謝するしかない。
天災のように突如として戦場に現れるというのは、ラヴァの占いから知れた、リコがこの世界から一時的にいなくなっている事に由来するものだろう。
自分が謹慎なのはその出現予想の精度がまだ高くないか何かで、唯一止められる可能性のある自分の体力を温存しておきたいからか。
なるほど、なるほど。
ならばリコが出てきた瞬間にいつでも駆け付けられるように、訓練にでも励んで──
「……」
「え、そうなんですか?」
「……(こくり)」
無言のドクターとアーミヤが会話を交わした。
二人分の視線がログベルを貫く。
「え、な、なに?」
「いえ。謹慎の理由は別だそうで……」
「……(ごくり)」
おずおずといった様子で、ドクターが最後の書類を取り出した。
出し惜しみをしていた、というよりは出すのを躊躇って最後になってしまったという風だ。
ログベルは不思議そうに小首を傾げながら受け取り、目を通す。
「……製造管理、出荷梱包等々肉体労働の手が足りない……?」
なので力自慢を回して欲しい、というどこかの職員からの懇願。
ということはだ。
「謹慎ということにして、実際はわたしの力を頼って……?」
「……(ぷるぷる)」
「最初からそう頼めーっ!」
ログベルの咆哮が轟き、ロドス全体を震わせた。
・・・・・
「はぁ……」
ひと段落終えた宿舎。休憩室。
リコレーダーの精度が安定するまで謹慎は続く。
「バンガー、わたしどうしたらいいのかな……」
リコは背負い込む気質だ。いくら傷付いてもいいからとみんなの幸せを願うような人。
ただそれは、自己犠牲的な善の精神だけで成り立っている訳ではない。
自分のせいで誰かがという責任が強すぎるあまり、思い詰めてしまうタイプだ。
あの時の正解は、待ってる事だった。
戦闘が終わってリコがロドスと接触しているのなら、慌てずとも待ってればいい話だった。
リコに責任はない。
だけど、自分が離れたせいだと思い詰めてしまった。
これは単純に罪が欲しいならくれてやると殴って終わりな話じゃないだろう。
それだけじゃあ駄目だ。立ち直れない。リコの悪夢は終わらない。
死んだ者は生き返らない。死んだ者は過去。
無論、バンガーの事を忘れろなんて言わない。ログベル自身も忘れた瞬間はない。
「……寝てる?」
机に突っ伏して思考を巡らせていた所に声がかけられた。
「寝てないよ」
と顔を上げれば、そこにいたのはグムだ。
片手にはフライパンを、その中にはクッキーが焼かれて置いてある。
クッキーを焼いたのだろうか。……フライパンで?
「ラー……じゃなくって、グム」
「うん、グムはグムだよ!」
閉鎖された食糧難の地獄の学校でラーダことグムとは一緒だった。
一緒だった故に、ログベルはあの光景を思い出してしまった。
気の狂ったグムがどう見ても食用じゃない肉料理を出したことを。
今はそんな狂気も去って笑顔の似合う少女だが、未だにログベルは少し苦手だ。
相手に悪気もなければあんな環境だったし仕方ない。そう理解はしているが恐怖は拭えない。
「クッキー焼いたけど食べる?」
「ありがと。いただきます」
怪しい物じゃないし手に取って口へ運ぶ。
相変わらず味覚も嗅覚もなく味は分からないが、さくさくとした触感を楽しむ。
「……その、バンガーの事なんだけど……」
咀嚼し無言になったログベルへ、おずおずとグムは話しかける。
学校を出る決心がついたのはバンガーがアーツを使えるようになったのもそうだが、原因の一つとしてグムの肉料理の件もある。
それ故に放浪し、散ってしまった事を謝ろうとしていた。
「――誰せいでもないよ。仕方なかったんだ」
座ったまま横に手を伸ばせばグムの頭がある。昔よく妹にそうしたように、ログベルは優しく撫でた。
「わたしだって悔しいし悲しいよ。でも……」
涙が出そうになり堪える。
「バンガーの分、先に繋げないとねっ」
少し涙声になってしまったが伝えたいことはハッキリと伝える。
地獄の学校で友人もほとんど失った。最後に残った妹も死んでしまった。
だけど悲しむだけでは前に進めない。忘れてはいけないけど、立ち止まってもいけない。
「そのこと、リコにも伝えないと!」
バンガーの死から先へ進めていない、立ち止まったままのリコ。
当事者として、姉として、引っ張ってあげないと。
「ごちそうさま!」
「どこ行くの?」
「訓練室!」
まず会話をするためにはひとまず止めないといけない。
リコに負けないような身体作りをしないと!
――そう思い訓練室へ駆け込み全力を尽くそうとしたログベルであったが、気合が入り過ぎるあまりにすぐに機材を破壊し出禁となった。